アシリカル1-4

 

 かれた山村の奇跡

 アシリカルとカントは煌めく夜空を飛んでいた。瑠璃色の空に白金の粒をちりばめ、猫の目状を縦にした月が青白く輝く光景は、アシリカルの里の夜空よりも美しく見えた。地上はというと、山の稜線が道を描くように長々と続き、山のふもとは木々が所々生えている森と草地である。
 そして山のもっと下は砂地で、ちまちまと草が生え、建物や井戸らしきものはなく、寂しい感じがした。
「アシリカル、そろそろ下りて休んでもいい?」
「え、でも、ここに泉や川はないよ」
「ううん、眠るだけでいい。ここらへんで下りるよ」
 そう言ってカントは原っぱに着地し、アシリカルはカントに寄り添って眠った。静かな夜だった。目が覚めた時は太陽が東の空に白々と染めた時だった。アシリカルとカントは朝ご飯を探しに飛びはじめて、食糧のありそうな森や川を探しだした。やっとかかった時には、一時間過ぎていて、山の中腹の森林でカントは山の頂から流れる川の水を飲み、アシリカルは木の実を採って空腹を満たした。木の実は殻をむくと白くて曲がった種みたいなもの、白い殻に緑の種みたいなもの、果実は赤紫の堅い表皮にチポロ(イクラ)のような赤い粒々が入っていて、甘酸っぱくておいしい。魚はイチャニウ(マス)を三匹、火をおこして焼いて食べ、殻や骨は地面に埋めた。アシリカルが食べ物のあまりを埋めていると、ヒタヒタと足音が聞こえ、それが鹿や兎のような動物ではなく、人間だということがわかった。アシリカルは父と狩りに行く時、気配や足音で人か動物の区別がつくようになっていた。
「カ、カント。誰か来るよ、あなたは隠れてて! この川上の先へずっと!」
 アシリカルはカントを隠そうと必死になり、カントを異国の地の人間が見たらとんでもない事が起こるという事は先読みできた。
 カントは川上の方へと逃げ隠れ、あとにはアシリカルが残った。そして現れたのは――。
「ああっ」
 人間の少年であった。ただし、背丈はアシリカルよりも大きめで、ぼさぼさの黒い髪、眼も黒く、肌も浅黒く、服はかぶるだけの紺の服の上に右肩だけを出した薄紫の衣と紺の下衣は七分で、脚には革ひもの草履、腰に刃先の曲がった短刀をぶら下げている。
「お前は誰だ? 見慣れない奴だな。どこから来たんだ」
 少年は高低が混ざったような声でアシリカルに訊いた。
「わ、わたしはアシリカル。えっと……、ここからずっと遠くの島国からやって来たの……。えっと、ここで……迷子になって……」
「迷子?」
 少年はアシリカルの状況を聞いて、獲物を狙うような顔から無表情になった。
「何だ、てっきりおれは、お前の事を泥棒かと思ったよ。けど、おれの村は貧しくてな、食べ物も水も家畜も少ないし、お金なんかないといってもいい」
「どういうこと?」
「ついてくればわかるよ」
 少年はアシリカルにそう言った。そして少年は背負っているかごに木の実や果物を入れ、素焼きの水がめに水を汲むと山を下り、アシリカルもついていった。
「あのう、あなたのお名前なんていうの?」
 アシリカルは山道を下る時、少年に訊いた。
「おれ、ムスタファっていうんだ。死んだじいちゃんが自分の若い時の王様の名前からつけたんだ」
「そうなんだ……。わたしは、自分の国の言葉で〈新しく作る〉を意味しているの……」
「意外と立派な名前なんだな。もしかしてその国のお姫様じゃあ」
「えっ、ち、違うよ! わたしは里の剣士よ。ただの庶民! しょ・み・ん!」
 アシリカルはムスタファに言った。
(ヤトロみたいな子だな)
 アシリカルの里には幼馴染の少年、ヤトロがいる。ヤトロはアシリカルと同じ剣士で、彼の兄のクスエップは剣士長(エムシニシパ)を務めている。気が強いところが案外似ているとアシリカルは思った。
 山を下りると、そこは砂地に草が生えただけのさびれた土地で、二人はさらに植物の少ない岩山の中腹の村へとやって来た。
「ここがおれの村だよ」
 ムスタファの住む村を見て、アシリカルは脱帽した。中腹の村は石を積んだ塀や先をとがらせた杭で敷地をはりめぐらせ、家は細木を重ね合わせた小さな家で、その隣が家畜小屋で、世帯によって飼う生き物が異なる。村の中心に石の井戸があったが、水は一滴もない。村人たちは男性はムスタファと同じ姿であるのに対し、女性は長い頭巾をかぶり、上衣も長袖、下衣も長い布を巻いたものである。アシリカルが驚いたのは村のさびれ方より人の活気なさであった。
 村人はみんな座っていたり、横たわっていたり、追いかけっこする子供、畑を耕す男、家畜のえさやりや布を作る女、そういった者は一人もいない。家畜小屋も角のある牛や馬、巻き角の羊や赤ら顔のニワトリもよぼよぼであった。
 村人はムスタファが戻ってくると、水や食べ物の施しによってたかってきた。みんな我よ我よと食糧を求め、あっという間になくなった。ムスタファの食べる物は本の三つの緑の種子と掌一杯の水だけ。
「もう一年以上もこうやっているさ」
と、ムスタファは平気で言うが、少し辛そうであった。その時、一人の老人がアシリカルの前にやって来た。老人は小麦色の肌に長い白ひげ、水色の長い布で頭に巻きつけて腰が曲がり、古びた木の枝をついている。
「おや、お客様でしたか。どこの国の人で?」
 老人はしゃがれ声を出しながら、アシリカルに訊いた。
「あ、あの、わたしはただの旅人でアシリカルといいます。あなたは……」
「わしはここの村長ですじゃ」
 アシリカルは村長を見て、かなり弱っていると悟った。
「あのう……失礼ですが、どうしてこの村はこんなに貧しいのですか?」
 アシリカルは思い切って、長老に訊ねた。
「はい。ここに来た旅人は今までこの村の様子を聞きませんでしたが、あなたは聞いてくださった。
 この村は一年半前まで……いえ、この山は緑豊かな土地で、衣食住に恵まれていました。しかし、ある時、川の水がだんだんと減り、木や草は枯れ、鳥や獣や魚も棲まなくなり、村もさびれ、死者も出てきました。
 今はこうやって村の体力のある若者が日替わりで遠くの山の水や食べ物を採ってきます。あの子、ムスタファも父親は三年前に狼に殺され、母親は三ヶ月前に病で逝ってしまいました。まだ十四歳だというのに、挫けない心があるだけで運が良かったといえるでしょう……」
「そんな……」
 アシリカルは村の貧困化とムスタファの生い立ちを知って衝撃を受けた。
「一年前にこの山の頂上に原因があると踏んだ者があの頂上に登ってみたところ、巨大な岩が山の川の流れをせき止めていたと知りました。みんなで岩をどかそうと試みましたが……誰ひとり動かせず、この有様です」
 長老はしみじみと言ったのち、長老の話を聞いたアシリカルは長老に喝を入れた。
「あきらめたままでいいの? 岩を動かせず、植物が枯れて、みんなすさんで……。ずっと苦しいままでいるの?」
 長老どころかムスタファをはじめとする村の人間までアシリカルの言葉を耳にした。
「わたしの国だって、諦める前に他の方法で答えを見つけているよ! 里の中とその近くにしか行けなかったわたしだって、ここにいるのに」
 村人はアシリカルの言葉を聞いて、心を動かされた。
「そうだ、先祖代々住みなれた土地をこのままにしちゃいけない!」
「もう一度、この山に水と緑を取り戻すんだ!」 
 村の男も女も子供も老人も。緑あふれる山を夢見て、活気づけた。
 アシリカルの勇気ある一言で、かれかけてきた生きる力を取り戻したのだった。

 その日のうちにみんなは、山の頂上へと進んでいった。山頂の巨大岩をどかす任務に出たのは、アシリカルとムスタファ、そしてわずかな若者や力ある者。村人の案内で、一行は頂上を目指していった。だが、頂上に近づく度、足場は険しく気を抜いたら谷底へ真っ逆さまになってしまう。一行は縄と鉄の串で岩山へと登っていった。途中、二、三人が足を滑らせたりしそうになったが、みんなで支えあった。
 一行が着いたのは夕暮れで空が夕闇になり、日も西に傾いている。一行は山の頂上の巨大岩に目をやった。何せ、大人二十人が手をつないだくらいの大きさなのだ。
「よーし、着いた。みんな、どかそう!」
 アシリカルの指示で男達は丸太を岩の隙間に差しこみ、上へ押し出すという風に岩をどかそうとした。
「せーのっ!」
 ところが岩は重たくびくともしない。みんなはさっきの二倍の力を出したがその時、小さな声が聞こえてきた。
「いてっ」
 アシリカルはその声を聞いて、誰かケガをしたのか訊いてみた。
「誰か、今、『いてっ』て言わなかった?」
「ん、いいや」
「さっき聞こえたんだけどなぁ……。よーし、もう一回力入れてー」
 みんなは丸太を動かそうとした時、また「いててっ、いてっ」という痛がる声をアシリカルは耳にした。
「みんな、ちょっと止めて。また痛がる声が聞こえたよ。一体、誰?」
 みんなは「自分じゃない」と言う。その時、日は暮れて、空が薄い青紫になり、空に月が浮かんだ。満月ではないが、薄青く照らされる月光で、巨大岩の正体がわかった。アシリカル達のいる方向とは反対――岩の顔が照らされた。
「違う! これは岩じゃない! 人間、いや巨人だ!」
 ムスタファが叫んだ。よく見てみると、岩だと思われていたものはちゃんと人間の手足がついている。そしてちゃんと粗末だが服も着ているのだ。するとそれはむっくりと起き上がり、巨人はうつろな眼で小さな人間達を見た。巨人はぼうぼうの髪とひげ、鼻は団子鼻で腹が太鼓のようである。
「おい、人間達。わしの寝入っている時の邪魔をするとは何事か。ちくちくと木の棒でわしの尻を刺しおって」
 巨人は大きな手で村の衆の一人を捕まえようとしたが、ムスタファが勇気を持って、巨人に言った。
「すみません、巨人さん。お願いです。そこをどいて下さい。あなたが山の上で寝た時に水源がふさがれ、水が減り、木も草も枯れて、おれ達の村は誰もがひもじい思いをしているんです。どうか……そこからどいて下さい!!」
 ムスタファが精一杯お願いすると、巨人は自分の体で山の水源がふさがれていた事を知った。
「おお、すまなかった。うっかりここが寝心地よくってね、長く眠ってしまった。わかった、ここからどこう。お詫びとして、すぐ木や花も返してあげよう」
 そして巨人は大きなお腹を持つ体をずらして、山から下りた。それと同時に、山の水が一気に噴き出し、川上から川下を激しく流れ出てきて、干上がった川を一気に満たした。それだけでなく、かれていた山が一斉に芽吹いて、枝を伸ばし、花を咲かせ、実をつけたのだった。巨人は別の場所へと去っていった。
「やった、やったぞ! 水と緑が甦った!!」
 ムスタファも村の衆も喜び、一年半ぶりの自然の恵みを目にした。村人達が喜んでいるさ中、カントがアシリカルを迎えに飛んできた。
「アシリカル~!」
「カント、ごめんね。ちょっと用件ができちゃって。でも、もう終わったから」
「アシリカルを探して飛んでいたら、岩山が急に緑の山になったのを見て驚いたよ。もしかしたらと思って来てみたら……」
 そしてアシリカルはカントの背に乗って、ムスタファや村人達に言った。
「みんな、良かったね。わたしはこの子に乗って、次の旅先へ行くから。また、どこかで会えるといいね!」
「アシリカル、その鳥は……」
「この子はカント。わたしの旅のお供よ」
 そう言うなり、カントは羽ばたいて西の夜空へと飛んでいった。
「アシリカルー! ありがとなー!!」
 ムスタファは大声で叫んで、アシリカルに礼を言った。

 村に戻ったムスタファは親代わりとなって彼の世話をしている狩人の親方からアシリカルの話をしたところ、この土地に伝わる伝承を語ってくれた。
 まず巨人の伝承は、巨人は神様の化身で、苦しんでいる人々に恵みや施しを与えてくれる存在で、あることを教わった。次に天女の話を聞かされた。天女はあでやかな鳥に乗り、神のお告げや災いを教えてくれると教わった。
「あの子は天女だったんだ」
 ムスタファは親方の話を聞いて納得した。
「じゃあ、アシリカルは次の災いの起きる土地へ飛んでいったのかな?」
「さあ、それはわからん。もしかしたら偶然だったってこともあるしな……」
 そう言って親方は、かまどの火を消し、ムスタファに言った。
「山の水がかれて原因を突き止めた後に、巨人の施しをもらって水と緑が戻って来たからって、気を抜いちゃいかん。またいつか水源がなくなるかもしれん。
 明日から気を引き締めて働くぞ!!」
「はい、親方!」
 ムスタファの村では、後日三日間、水と緑が戻った祝いを開き、人々に活気が戻った事はアシリカルは知らない。
 カントの背に乗ったアシリカルは地平線の向こうへと進んでいった。