アシリカル1-6

 

 密林での厳しさ

 次の満月が近いという事で、カントとアシリカルは東に引き返した。諸島が見える海を越え、砂浜の見える港を超え、砂漠を越え、内陸の街や森や湖も通り越して、空に届くような木々が生えている密林にやってきた。空は晴れているが、太陽がギラギラと照りつけ、空はとても澄んでいて、雲は大きなものや小さなものが浮かんでいて、空気が蒸してて、とても暑いのだ。アシリカルの顔や体には汗が一つ二つと滴り、カントも暑さで疲れきっているようだった。
「何!? この暑さは~。まるで熱した鍋の中にいるみたいよ。ここは夏なの? チュプカントコタンの夏はこんなに暑くないわよ」
 アシリカルはカントの背中の上で暑さでうだっていた。カントの羽毛が更に暑さを増させているため、今にもとろけそうである。
「待っててアシリカル……。今、水辺を見つけるから……」
 カントは自分も暑すぎて辛いのに、密林の中にある川を探した。アシリカルとカントから見た景色は上は空の青と雲の白、その向こうに山脈がそびえたち、深緑の大樹が大地を覆っている。密林からは鳥なのか猿なのか大きな獣なのかわからない生き物の声が聞こえてくる。アシリカルはこの奇声を聞くたび、何が鳴いていて何をやっているのかという気味悪さにおびえていた。
「あっ! アシリカル。見えたよ、この密林の泉だ!」
「えっ、ホント! このまま前進して!」
 カントは泉を見つけ、直進した。着地すると、小さな岩の積み重ねの頂から新鮮な水がわき出ており、それが積み岩を流れ、密林中の川を造っていたのだ。
「ああ、良かったぁ」
 アシリカルは岩の頂から水を手ですくって飲んだ。何日も水を飲んでいなかったように、何杯もすくって飲んだ。カントも岩のふもとで銀の嘴から水を飲んだ。
「ぷはー、生き返るー」
 アシリカルは周囲を見回した。密林は大きな葉っぱや赤くて大きな花弁の花をつけた見た事もない木々が生えており、地面の草はぼうぼう、土は黄色とも白ともいえない色でさらさらとしており、空にいる時より蒸すのだ。更に木々で見えない奥からは、奇声がさっきより大きく聞こえる。
「ううう、いつ化け物が出ても、おかしくない雰囲気ね……」
 アシリカルが密林の様子を述べていると、密林からプォ~、プォ~……という音を耳にした。
「ん? 何!? 何の声!? カント~、ちょっと来てよぉ」
「どうしたの」
「変な音が聞こえるの。おっかない生き物だったらどうしよう。あと蛇、わたし怖いのよ」
 アシリカルは幼い時、森で迷子になってカガシ蛇を誤って踏みつけて追いかけられた時以来、蛇が嫌いなのだ。アシリカルとカントは謎の鳴き声の正体を暴くためにこっそりと近づき、茂みの中をかき分けた。茂みの葉も剣のように細くて長い葉が一つの枝に十枚も付いているものであった。
「あっ!!」
 アシリカルとカントは鳴き声の主を見て、目を丸くした。見た事もない生き物だったからだ。脚は丸太のようで、耳はハスの葉のように平たく大きく、鼻が管のように長くて、体は灰色で牛や馬と違って毛は少なく、地肌が見えるのであった。大きさはアシリカルの背丈と同じで、左前脚を引きずってその場にいたのだ。アシリカルがその生き物に近づくと、左前脚の平たい足の裏に木のトゲが刺さっていた。
「これが痛くて鳴いていたのね。よしよし、取ってあげるよ」
 アシリカルはトゲを抜いてあげた。するとその生き物は鳴くのをやめ、長い鼻をアシリカルの首に巻きつけ、顔をすりよせた。
「わあ、な、何!?」
「お礼を言っているんだよ。たぶん。その子は手の代わりに鼻で、アシリカルをなでているんだよ」
「ああ、そうなの……。でも、離してくれない。くすぐったくて重いから」
 アシリカルは長鼻から離れ、それを改めて観察した。牛や馬と違い、蹄でなく足が太くて、口には歯が少ないことからまだ子供だという事がわかった。そして目は黒くて小さく、優しそうな感じある。
「この子、お父さんとお母さんはどうしたのかしら……。迷子よね。この子の両親を探してあげましょう。一匹じゃ、怖いけだものにやられちゃう。まだ小さいのに食べられちゃったらかわいそうだもの」
「うん、探そう。今度はぼくも一緒にね……」
 アシリカルとカントは長鼻の子供の両親を探しに、密林の中を歩き回った。密林の中は恐ろしいほど蒸しており、カやブヨも飛びまわっており、地面にも時々ムカデが出てきた。密林の中は嫌な事ばかりではなく、めしべの大きな桃色や黄色の鼻を見つけたり、熟れだした木の実も見つけた。試しに黄色くて両端が赤い雪だるま型の木の実を三つもぐと、甘い香りがした。皮をむくと、薄橙の瑞々しい果肉が出てきて、かぶりつくと程よい甘さが口の中に走った。カントも長鼻の子供も果実をぺろりと食べた。木々に埋もれた密林の中の奥が白く光っているのを見つけたアシリカルは原っぱだと思って二匹を連れて進んでみた。ところが――。
「何、これ
 何とそこは泥と土砂に埋もれた村だった場所であった。細木と茅葺屋根の家は無残に壊れ、がれきになっていたり、横倒しに倒れていたのもあった。土砂に埋まった木々も泥山から串刺しにしたようになっており、地面は泥水と砂粒と大量の土で汚されていた。
「一体この村に何があったんだろう……」
 アシリカルがこの光景に驚いて突っ立っていると、向かい側の密林から三人の男達が出てきた。三人とも壮年で、頭に長い布を巻きつけ、脚が隠れるほどの長い着物に肩掛け、足には革ひものついた靴を履いている。そして土砂の山で何かを探して、壊れていない石の水がめ、木の桶二つ、小刀一丁を泥山から掘り出した。アシリカルは男達に駆け寄り、話しかけた。
「すみません、この村に何があったんですか?」
 男達はアシリカルを見て、肌の色も服の形も自分たちとは違うのを見て、異国の人間の娘と知った。
「お嬢さん、何だね?」
 男達は服も褐色の肌の手足や顔も泥まみれになっており、アシリカルを見た。
「ああ、十日前に嵐が起きて、川が氾濫して洪水で流された上、近くの山が崩れて土砂崩れしたんだよ」
「生き残った村人や家畜たちはよその土地へ移った」
「だが、よその地に移ったからといって、今までどおりの生活を送れる訳ない。こうしてたまに前の村での使える道具を探しているんだよ」
 男達はアシリカルに言った。カムイシレペツでも猛吹雪や嵐や落雷で亡くなる人も出てくる。もちろん田畑や人家もなくなる事もある。自然は生き物たちに命を与える恵みもあれば、全てを壊す災いの顔もあるのはアシリカルも承知だ。その時、カントと長鼻の子供がやってきて、男達はカントを見ると目をひんむかせた。
「ややっ、あれはガルラ様でねえか! どうしてここに!?」
 男の一人が叫んだのを見て、アシリカルは何の事だがわからず。首をかしげた。
「おじさん達、この子はカントといってフリィの子供なの。ガルラ様じゃないわ。そもそもガルラ様って誰なの?」
 アシリカルの質問に二人目の男が答えた。
「ああ、お嬢ちゃんの国ではガルラ様は〈フリィ〉と呼ばれてんのか。この鳥神様はわしらの国ではガルラ様といって、空の守り神なんだよ。はるか北の地ではフェニックスと呼ばれており、炎を操るといわれているんだ」
「そうなの、カント?」
 アシリカルはカントに訊ねてみたが、カントは知らないという風に首を振る。カントは知らないという風に首を振る。三人目の男がアシリカルの後ろにいる長鼻を見つけ、「その子はどうした?」と訊ねてきた。
「あの……この子は迷子になっていて、ケガしていたのをわたしとカントが見つけたの」
「ふーむ、象はわしらの国では神様で幸運を運んでくるといわれているんだ。まあ、密猟でないのなら……」
「み、密猟じゃないわ。この子の親を探しているだけよ」
 アシリカルが子象の事を話すと、三人の男は少し考えてから思い出したように手を叩いた。

「象の群れなら見つけたよ。川を渡って、そのまた先にある大きな川を渡った場所に象の棲む島があって、そこに行けばこの子の親がいるんじゃないかなあ」
「ほ、本当ですか? 良かったねぇ、象ちゃん」
 アシリカルは子象の頭をなでる。
「ただし気をつけな。大川にはワニがいるからな。かみつかれないように飛び石を渡るんだ」
 一人目の男が言った。アシリカルがワニと何かと訊いたので、男は木の枝で地面にワニの絵を描いて教えてあげた。トカゲのように四つんばいで口は大きく突き出しており目は鋭く、尻尾も長くて、体の表面がごつごつしているのがワニだと教えられた。
「おじさん達、ありがとう。子象ちゃん、お父さんとお母さんのいる所へ行こう」
 アシリカルとカントは子象を連れて、再び密林の中に入っていった。

 
 アシリカル・カント・子象の三人は、象の群れを探しに昼間でも暗い密林の中を歩き回っていた。灯りといえば、葉々の隙間から差す太陽の木漏れ日だけ。時折、木の上から灰色の毛並みに顔と手足の地肌が黒い猿が枝から枝へと軽やかに移るのを見かけたり、緑やら灰色の羽毛に長い嘴の小鳥を見かけたり、目的地に着くまでの楽しい発見もあった。その間にアシリカルもカントも子象も汗をかき、喉もカラカラになりそうだった。そう思った時、さらさらと流れる水の音を聞いて、三人は小川を見つけた。
「やった! 第一関門だ」
 小川は流れはゆるやかなうえ、足首までの深さで溺れる事もなく、すぐ渡れる距離だった。しかし子象は水の流れを見ただけで、川が怖く感じているようで、足を進めない。
「大丈夫だよ、渡ろう」
 アシリカルが優しく言ったが、子象は足を止めたまま。
「困ったなぁ、どうすれば……。ああ、そうか、橋を作ればいいんだ」
 アシリカルが思いついた時、カントは「どうやって?」と訊いてきた。
「うーん、近くにある木を二本、倒すしかないね……」
「この山刀(マキリ)で堅そうな木を伐るの?」
 アシリカルは自分の腰に差してある山刀(マキリ)を見た。これで木が伐れるだろうか。枝とか細い茎ならともかく。ふと、カントは川上の方を見て、あそこに偶然折れた二本の木が端になっているのを見つけた。
「あ、見つかったよ、橋が! あれで渡ろう」
「おお、やったぁ。良かったねー、子象ちゃん、橋が見つかって」
 三人はさっそく川上の方へ行き、木の橋を渡り、あとは大川へと進んでいった。木々の向こうからは日差しとさっきよりも大きな流水の音とバオー、バオー、という動物の鳴き声。そう、とうとう大川と大川に浮かぶ離れ小島を見つけたのだ。大川には灰色の飛び石が大小に置かれ、通り道の役割をしていた。川はザアザアと音を立てていて激しかった。アシリカルは川岸に立つと、近くにあった木の枝を川底に差して、深さを計ってみた。木の枝の折れ目ぎりぎりで、かなりの深さであった。三尺(九十センチ)ぐらいだろう。
「うーん……、かなり激しくて深そうだね。飛び石は平たくて丈夫でいっぱいあるからいいとして、ここにはワニがいるからなあ」
 カントは子象を離れ小島に届けるために、土砂で滅んだ村の男達の話を思い出して、どう渡ろうか考えた。
 ところが子象は水から大川の飛び石の方へと進み、川岸から飛び石の上に足を踏み込んだのだった。アシリカルとカントは感心して、子象の精神成長に喜んだ。幸い飛び石の間の幅は狭かったので落ちる心配はなさそうだった。アシリカルとカントは子象を支えるように後ろからついていった。一つ、二つと飛び石を乗り越えて、最後の六つ目の飛び石に来た時だった。川から何とワニが出てきたのだ。長くて大きな口に鋭い目、長い尾に前進は硬い凹凸のある皮膚に覆われた灰緑の体。子象はワニを見ると驚いて泣き出し、ワニは子象にかみついて水に引きずり込ませようと迫ってきた。しかしアシリカルが腰のを抜いて、ワニの上あごを傷つけた。
「グオオゥッ」
 上あごを傷つけられたワニは痛さのあまり川へ逃げ帰った。これで一見落着かと思っていたが、他のワニが二匹、三匹と川から現れたのだ。
「やだぁっ、こんなに太刀打ちできないよ!!」
 アシリカルはワニの群れを見て恐れをなした。カントは銀の嘴と蹴爪でワニを追い払う。
「カント、あんたも戦ってくれるの?」
 アシリカルはカントが勇ましく戦う様を見て、子象に近づくワニを刀(マキリ)で追い返した。ワニも逃げる奴もいれば、更に襲いかかってくる奴もいる。その時だった。離れ小島の茂みから、大きな象が何頭も出てきて、長い鼻で木を引き抜いて、ワニ達に投げつけたのだった。ブオオオ、と空気と大地が振動するような声を呻らせながら、ワニ達を追い払ったのだった。大人のゾウ達にはかなわないと悟ったワニ達は逃げるように散らばっていった。
「た……助かったぁ……」
 アシリカルとカントは最後の飛び石に座り込んで力が抜けた。危うくワニ達のえじきになるところだった。小島の岸から子象の両親と思われる山のように大きな象が子象を迎え入れたのだった。子象と両親は鼻で再会を取り合った。
「良かった……。めでたしめでたし、で」
 アシリカルは子象が親元や仲間達の所に帰れてよかったと一息つく。その時、カントは象の親子を見て、自分の両親や兄弟の事を思い出したかのように寂しい顔を見せた。
「カント……?」
 アシリカルはカントの様子を見て訊いた。
「カント、もうすぐだからね。あんたがカムイコロヌプリの頂上に帰れるのは」
 アシリカルの言葉を聞いて、カントははっとする。
「うん。そうだったね……。でも今日は無理だから、明日に出発するよ」
 アシリカルとカントはその日は象達と一緒に一夜を過ごした。離れ小島にはたくさんの果実を実らせた木々があり、細長くて黄色い皮に包まれた実や赤いひょうたんのような木の実に、中にはアシリカルの頭ほどもある木の実もあって、そのままではかめないと知って、刀で表皮を切って、中の果汁を飲んで空腹と飢えを満たした。それから旅の帳面にゾウやワニや島や植物の絵を描き、記録をおさめた。
 夜は昼間のような蒸し暑さとは違い、少し暖かくて春のように気持ちがよく安らかに過ごして眠った。
 そして夜が明けると、アシリカルとカントは旅立って、東へと向かった。空から見た地上の象の小島は他の川よりも大きい大川の上に浮かび、三日月の形をしていた。それだけでなく、土砂で滅んだ村も見れ、密林から離れた平地に簡素な布の張った家の集落を見つけ、それが滅んだ村の生存者たちという事がアシリカルには分かった。
(村の人達、新しい土地で頑張っていくんだね)
 アシリカルは象達と村人たちの幸せを願いながら、東の地へ進んだ。