アシリカル1-8

 

 帰郷

 アシリカルとカントは満月になる日まで、和国本土の上空を飛んでいた。時折カントが清水を飲みに和国の山や森に下りる事があったが、アシリカルは困る事はなかった。和国のこの時期は夕立ちや夜の雨が多く、カントは夜の山や森でも過ごせたが、アシリカルはそうはいかなかった。さすがに雨の量は多くて、山や森の洞穴や木の中でも雨水をかぶって風邪、最悪の場合肺炎になると考えて宿屋での一夜を選んだのだ。カントが山で一夜を過ごしている間、アシリカルはその近くの村や町の宿屋で雨露をしのいでいた。
 宿代や食事代は何とかなった。というのも、竜宮城で竜宮王を助けたお礼の玉手箱に真珠やサンゴ、水晶や琥珀、小金と小銀が入っていたのだ。アシリカルはこの宝がどれほどの貨幣の値になるのか知らず、真珠と小金を持って、宿屋の主人に一泊三食付きの宿泊費として出したところ、宿屋の主人はウズラの卵大の真珠と指三本分の筋を見て腰を抜かしたのだ。
「お、お嬢ちゃん、こんなの高価な物、たった一泊二十文の宿代として払うなんて、何を考えているの!」
 宿屋の主人はアシリカルに怒鳴ったが、宿屋の使用人が主人に耳打ちし、「旦那様、あの真珠と小金だけでも十両はしますよ」と聞くと、宿屋の主人は考えを改めてたくさんのお釣り銭である和国の十分(じゅうぶ)貨幣を出して宿に泊めてあげた。
 和国の宿屋は四畳半の小さなものであったが、アシリカルにとってはカムイシレペツの家に似ていて旅の疲れをいやす事が出来た。竜宮城の客室は居心地良かったけど、広すぎて落ち着けなかった。い草で作った畳、蔓草模様のふすま、入口の障子、そして町の景色が見える障子窓。障子窓からは和国の瓦屋根の商家や屋敷、木板屋根の長屋や商いをする男や綺麗な着物を着ておしゃべりをする娘や近所同士でけんけんや道に絵を描く子供たちの姿が見られた。
 食事も今までの木の実や川魚ばっかりだったアシリカルは宿屋の高級食を食べた。アワビの酒蒸し、松茸の吸い物、白米、タイやヒラメや青魚の刺身、栗きんとんをいただいた。食事をしていると、サーという音と共に雨が降った。外にいた町人たちは次々に家の中に入っていったり、駆け出したりする。
 竜宮帝国を抜け出してから二日が経っており、今日と昨日は雨の降る日で、アシリカルは宿で夜を過ごしていた。
 次の日の朝に目覚めた時は雨はやんでおり、アシリカルは宿を出て、カントのいる町はずれの森へと向かって、後はカムイシレペツのチュプカントコタンへと向かう事にした。
「お世話になりました」
 アシリカルは宿屋の主人と使用人達に別れのあいさつをなした。
「ああ。どうしたしまして。それにしても、町はずれの森に行くなんて、何があるっていうんだい?」
 宿屋の主人が訊いてきたので、アシリカルは「待ち合わせ場所です」と答えた。
「待ち合わせ場所ねえ……。道中、盗賊や熊が出てくるから気をつけなさいよ!」
 宿屋の主人はアシリカルに言った。アシリカルは商いの準備をしている商家や洗濯や勤め先に出かけようとしている住人達の長屋を抜けて森との境目の橋を渡り、の山の中にいるカントの所へやってきた。
「カント、ただいま」
「やあ、アシリカル。よく眠れたかい?」
 カントは銀の嘴で毛づくろいをしながら、アシリカルに訊いた。野山の中はヒバリやカラなどの鳥達がさえずっている。カントの近くにある石をどけ、他の人達に盗られぬよう隠した玉手箱を取り出し、中身を調べる。まだ真珠や小金がびっしり入っている。チュプカントコタンでこの数のお宝は一生ではないけれど、三十年は楽して暮らせるぐらいである。アシリカルは玉手箱を持って、カントの背に乗る。
「さあ、カムイシレペツのチュプカントコタンへ出発!!」
「了解」
 カントは大きく羽ばたいて上昇し、北へと前進した。上空からはアシリカルが泊った町の光景や田畑、川が箱庭のように小さくなり、雲がぼかしのように景色を隠し、東風(こち)が吹いてくるのがわかる。飛んでいる間に山や野原や森で、青々とした木々に城や黄色や桃色の花を咲かせている自然の恵みが見られた。季節は春の半ばから晩春に入ろうとしていた。そして、アシリカル十五歳の誕生日である。
 そうして町と山が入れ替わる光景を見て行くうちに、四角く囲まれた湾と二つの半島ある和国本土の北を超えて、広大な島国、カムイシレペツが見えてきた。北に来ると、風は少し冷たくなったが、もう少しで両親や友達のいるカムイシレペツに着くのだ。
(帰ってきたら、お父さんとお母さんとランコ、あとそれからクスエップさんとヤトロに話そうかな。何から旅の思い出を語ろうか)
 そう考えているうちにカントは二人が初めてであったニセウ林の丸く空いた場所に舞い降りた。ニセウ林は二人が旅だった時とは全く変わっていなかった。子供が少し大きくなった鹿(ユク)の親子、金毛の狐(チロヌプ)、狸(モユク)、カケスもスズメも山鳩も動物達も変わっていなかった。ニセウ林も青々と葉やかわいい花をつけており、森が丸く空いた地から、白金の太陽と白くも出染まった青空が見えていた。風もアシリカルとカントの帰還を祝うように吹いていた。
「カントはどうする?」
 玉手箱と他の荷物を持って、アシリカルがカントに訊く。今夜は満月。満月になれば、カント達フリィが住むカムイコロヌプリの出入口が開く。
「ぼくは待っている。夜になるまで、ここにいるよ」
「そうだね……」
 アシリカルは言った。子供であれ、フリィが人里に出てきたら大騒ぎになると。
「じゃあ行ってくるね」
 アシリカルはカントに笑いながら自分の里(コタン)へと駆け出していった。
 ニセウ林を出て、小川を丸太で渡り、菫やナズナやハコベの花を咲かせている草原を超えて、チュプカントコタンへ足を入れた――。
「あっ!!」
 アシリカルは里の様子を見て叫んだ。何と家々やプゥが屋根や壁を壊されあばら家のようになっており、田畑は植えた作物がむやみにほじくり返されており、道や庭は三つの線でえぐられたようにあちこち走り、木々もへし折られ、平凡で平和だった土地が天災か魔物の襲撃のように地獄のようになっていた。
「い……一体何が……!? お父さんは? お母さんは? みんなは?」
 アシリカルは村の惨状を見て、あちこちの家をのぞいてみた。玄関ののれんがバタバタと風でふき、幽霊のように見える。中途半端に壊れた戸がギィ、ギィときしむ音が大ガラスの鳴き声に聞こえる。
 アシリカルがぼんやりしていると、砂利を踏む音がして振り向いた。そこには里の剣士たちが五、六人いたのだ。
「ア、 アシリカル! アシリカルじゃないか!」
剣士たちの中で一番若い男が叫んだ。短く切った短髪、赤い縁に紺地の衣を身につけ、名前のように鷹のような鋭い目をした少年、ヤトロであった。男達は着物の色は違うが、頭に縄を編んだ冠をかぶっていた。
「ヤ、ヤトロ……。みんなは、この村に何があったの……?」
「アシリカル、お前が旅だった事はお前の両親から聞いたよ。里のみんな、無事に帰ってくるのを祈って……」
 ヤトロはアシリカルが村を出ていった事は承知していたが、その続きを話した。
「昨夜のことだった。おれ達はいつものように眠っていたよ。ところが、嵐が来たのかと風の大きな音がして、窓を見たら、何羽、何十羽のフリィがこの村を襲ってきて家を壊し、田畑を荒らし、道をえぐった。
 みんな大騒ぎでチキサニ(春(はる)楡(にれ))の林へと逃げた。死人は出なかったけれど、負傷者がたくさん出た」
「え……!?」
 アシリカルは昨夜の出来事を聞いて驚いた。
「一番大きなフリィが人間の声でおれ達に言った。
『チュプカントコタンの人間達よ。お前達は一ヶ月前、我らの子を一羽つかまえただろう。子供を返せ。今日の日暮れまでに返さぬのなら、お前達を滅ぼす』と。
 おれ達、フリィの子なんて知らないのに……」
 アシリカルは青くなった。カントが親に連れられてカムイコロヌプリに帰らずに、この地に残り、アシリカルと共に旅をしていて、それを知らない他のフリィ達がカントは里の人間達に捕まってしまったと思って里を襲撃した事を。
「アシリカル、ここにいてもしょうがない。チキサニ林へ行こう」
 アシリカルは男達に連れられ、カントがいるニセウ林とは反対側のチキサニ林へと向かった。
 チキサニ林では里の住人達が木に布を張って過ごしていた。一時の避難所である。中にはケガした者もいて、頭や手足に包帯を巻いていた。見慣れた顔の男の人と女の人が帰ってきた娘を見て駆けつけた。
「おお、アシリカル」
「無事だったのね」
黒いぼさ毛に口ひげをはやした父と褐色の髪に色白の肌で背の高い母が娘が生きていた事を知ると喜んで抱きしめた。
「もしかして帰ってくるのが三年後じゃないかと思っていたが、案外早く帰ってきたじゃないか」
「心配かけさせて。でも生きててよかった」
 両親は大喜び。他にもランコや他の友達や剣士仲間、ヤトロの兄のクスエップも長老もアシリカルが帰ってきたのを見て喜んだ。
 避難所では健康な男達は狩りや釣り、健康な女達は調理・薪集め、病人やケガ人や老人子供の世話と役割分担していた。アシリカルも薪集めをし、男達が獲ってきた鳥獣や魚を調理した。
 村人全員で食事を分け合って食べていると、白い髪とひげをたくわえ背の曲がった長老が空を見てつぶやいた。
「もうすぐ日暮れじゃ……」
 フリィの子供を親達に連れて返すまでの期限が刻々と近づいてきている。
「そ、そうだ。でも肝心のフリィの子供が見つからないんじゃなあ……」
 村人の農夫が言った。
「おれ達、フリィの子なんていつどこで見つけたかなんて知らないぞ」
「そう言えばそうよ。もしフリィの子を見つけたら、大騒ぎになっているもの」
「一ヶ月前にこの近くにフリィなんていたかなあ?」
 村人たちの話を聞いていくうちにアシリカルは肉煮込み(カムオハウ)を食べる手を止め、自分のやった事で村人たち全員に迷惑がかかってしまった事に痛感した。
「もしかして誰かがフリィの子の存在を隠していたのだろう」
 誰かが放った一言で、アシリカルは汁の椀を落とし、林から逃げ出してしまった。
「アシリカル!?」
 逃げ出したアシリカルを見て、両親とランコとヤトロが叫んだ。アシリカルはチキサニ林を飛び出して、廃墟となった里、野原へと逃げ込んだ。アシリカルを追って、ヤトロとランコ、そして父親が駆けつけた。
「おい、アシリカル。どうしたんだよ、急に飛び出して……」
 ヤトロが言ったと同時に、アシリカルはずっと我慢していた罪の意識が両目からこぼれおちた。
「どうして泣くの?」
 ランコが急に泣きだしたアシリカルを見て訊いた。
「ごべんなざい……」
「どういう事だね? 何が言いたいのかさっぱり……」
「お父さん……。わたしなんだよう……。里の近くに落ちてきたフリィの子を見つけたのは……」
 アシリカルは三人に白状した。ランコとヤトロは思わず「ええ!?」と叫び、父はどういう事が詳しく訊いた。
 アシリカルは一ヶ月前にフリィの子を見つけて十日親身になって世話をしてあげた事から、フリィの子と共に国外へ旅した事を全部話した。
 父もランコもヤトロもどうしてアシリカルが里を出ていなくなったのか合点がついた。
「それで、そのフリィの子はどこにいるんだい?」
 父が訊ねると、アシリカルは野原の近くのニセウ林に指をさす。
「あそこにフリィの子供がいるのかよ……」
「凶暴じゃなきゃいいけど……」
 ヤトロとランコが不安がった。アシリカルは二人に言う。
「大丈夫だよ。カントはいい子だから」
「カント? フリィの子の名前かね?」
 父が訊ねると、アシリカルはこくん、と頷いた。

 アシリカルは父とランコとヤトロを連れてカントがいるニセウ林へやってきた。
「お、おお……」
 三人は間近で初めて見るフリィを見て、心を震わせた。青と橙の羽毛と銀の嘴と蹴爪はまるで夜空と夕日と月のような美しさだったからだ。カントは頭を体にうずめて眠っていた。
「カント、カント」
 アシリカルはカントを揺さぶり起こした。カントは瞼を開け、金色の瞳をアシリカルに向けた。
「アシリカル、もう帰ってたんだ。里の様子はどうだった?」
 カントはかわいらしい声を発して、アシリカルに訊いた。
「わっ、しゃ、しゃべった……!」
 ヤトロはフリィが口きいたのを見て、しかもかわいい声で言ったのを見て、目をひんむかせる。その声で、カントがアシリカル以外の人間の存在に気づいた。
「ア、 アシリカル……。その人たちは……?」
「大丈夫、この人たちはわたしの父と友達で、カントには手を出さないから平気よ。それよりも村が大変な事になっていたの! わたしとカントが里に帰ってくる前に、カントの仲間達がカントをつかまえたと思って村を襲ってきてた、っていうの。死人は出なかったけど、里のみんながケガをしたり逃げていったの――」
 アシリカルの話を聞いて、カントはあ然とした。
「それでね、フリィ達は日没までにカントを返さなかったら、里の人間をみんな滅滅ぼす、って……」
「ぼくがチュプカントコタンの近くに落ちた事で父さん(ミチ)や母さん(ハポ)や兄ちゃん達が、里のみんなを襲った……」
 その話を聞いて、カントは両目を潤ませた。アシリカルの父が空を見た。太陽(チュプ)が西に沈んでいくのを見た。
「もうすぐ日が沈むぞ。フリィ達が来る」
「アシリカル、行こう。アシリカルを連れて、みんなにつかまっていない事を教えるよ。そうすればみんな里を襲ったり、里の人間を滅ぼすのをやめてくれるよ……」
「うん。カント、わたし行くよ。他のフリィを止めに」
 アシリカルはカントの背中に乗り、里へと向かおうとした。
「ちょっとアシリカル、大丈夫なの!?」
「お前だけで行くのかよ。村の剣士を何人かについてもらって行けばいいのに……」
 ランコとヤトロは二人だけでフリィの群れに立ち向かうのを止めた。
「いいや、ランコ、ヤトロ、この二人に任せればいい。アシリカルに交渉を頼むくらいなら……」
 その時、アシリカルの父がアシリカルの腰にマキリがないのに気がついた。
「ちょっと待て、アシリカル。マキリはどうした。どこにやった?」
父の問いにアシリカルは答えた。
「な……失くしちゃったの……。深い水の底に……。カントの背中に乗っていたら、マキリが海に落ちちゃったの」
「……」
 アシリカルはてっきり父に怒鳴られると思ったが、父は押し黙った。そして後に「そうか……」と言った。しかしその後に顔を上げて、アシリカルに言った。
「マキリは失くしたのなら、また造ればよい。だがアシリカル、お前はなくなってはいけない。ちゃんと帰ってこいよ!」
「はい、お父さん。それでは行ってきます」
 カントに乗ったアシリカルは日没を迎えようとするチュプカントコタンへと羽ばたいていった。
 廃墟となったチュプカントコタンにアシリカルとカントが降り立つと、風が吹き、南東の空から飛んでくる鳥の影が見えてきた。三羽や四羽ではない。その十倍の数である。影が近づくにつれて、その姿があらわになり、橙と青と銀の嘴と蹴爪に金の双眸の巨大な鳥、フリィが現れたのだ。フリィの大きさはまちまちだが、一番大きなフリィはチュプカントコタンを両翼で包むほどの巨大さである。フリィ達は羽ばたきながら、アシリカルを見た。
「お前だな。我らフリィの子供をとらえたのは。子供とはいえ、フリィをつかまえるとは何事か」
 長(ニシパ)のフリィがアシリカルに言った。フリィの声でアシリカルとカントの体が振動で電気を帯びたようにビリビリ感じる。
「わたしのかわいい子供をとらえて地上にいさせるとは何を考えている」
 長の隣にいた二番目に大きなフリィが言った。このフリィは声が高くてメスのようである。アシリカルはフリィ達の威圧と声をこらえて、言った。
「聞いて下さい。フリィ達よ。わたしの名は、アシリカル。このチュプカントコタンに住む娘(メノコ)です。この子は一ヶ月前に上手く飛べなくて、この里の近くのニセウ林に落ちてわたしが見つけました。この子は飛べるようになるまで、次の満月を待つしかなかったのです。その間にわたしが世話をして、飛べるようになるとわたしと共に旅をした訳です。ですから、決してとらえて従わせた訳ではありません。お願いです! どうかわかってください……」
 アシリカルはフリィ達にカントが他のフリィ達とはぐれた理由を話した。しかしフリィ達は黙ったまま。カントも前に出て、フリィ達に言った。
「父さん(ミチ)、母さん(ハポ)、兄弟達」
 カントは長とその妻のフリィに言った。どうやらカントの両親のようだ。
「父さん(ミチ)、母さん(ハポ)。ぼくは地上に来た時、あの頃は上手く飛べなくて、偶然アシリカルと出会った。アシリカルはぼくにカントという名前をつけてくれた。食べ物も持ってきてくれた。毎日林の中のぼくを訊ねに来てくれた。アシリカルだけでなく、森の鳥や獣たちもぼくに優しくしてくれた。ぼくは鳥を見て、飛び方を覚えた。
 その後はアシリカルと一緒に旅をした。岩と林の国、雪の国、砂地の国、海辺の国、暑い国、海の底の国……。他にもいろいろ見てきたけれど、いろいろな動物や人間、町や住処、見た事もないものを目にした。
 辛い事や苦しい事もあったけど、アシリカルがいたからこそ、ぼくは飛べたんだ。
 アシリカルはぼくをとらえたんじゃない。ぼくを助けて、アシリカルの願いを叶えてあげたんだ。父さん(ミチ)、母さん(ハポ)、みんな、わかって……」
 カントの話を聞いて、フリィ達はアシリカルに向けた冷たい眼差しを向けるのをやめた。カントの父であるフリュイの長は、アシリカルに言った。
「カントが言うのなら、お前や里の者たちにしてしまった事は許してやろう。だが、この子……カントは一ヶ月も我々と会えずにいたのだ。カントは返してもらうぞ」
 フリィの長が言ったので、アシリカルは一も二もなく承知した。
「はい」
「カント、こっちにおいで」
 フリィの母鳥と兄鳥がカントに呼び掛けた。カントも翼を羽ばたかせ、フリィの群れへと入っていった。
「もう、お前と会う事もないだろう。フリィが人間の娘と触れ合うなんて、あり得ない話だ。誇り高く気高きフリィは天神(カントカムイ)と同じ場所で暮らすのがふさわしい」
 フリュイの長がアシリカルに言った。
「……さようなら、アシリカル」
 母フリィに連れられて、カントはアシリカルに別れを告げた。
「……行くぞ。もうすぐ夜だ。満月の夜にだけ、カムイコロヌプリへの扉が開く」
 フリィの長がカントに言った。フリィの群れは月が浮かぶ北西の空へと飛んでいった。飛んでいくフリィの群れを見て、アシリカルは走りだし、追いかけてカントに向かって叫んだ。
「カント! カント! わたし、わたしね、カントとの旅、楽しかったよ! ずっと、ずっと覚えておくからね!」
 フリィの群れが見えなくなるまで、アシリカルは走り続けて、カントに別れの言葉を叫んで言った。
「さようなら! さようなら!」
 フリィの群れはとうとう見えなくなり、アシリカルは里の真ん中に座りこんだ。
「カント……」
 一筋の涙と一つの言葉が目と口からこぼれた。そして、青と橙の羽が一本、アシリカルの目の前に落ちていた。