アシリカル2-1

 

 顔面魔神たちの島

 果てしない紺青の大海原と明るい青の空、その海の上を鷲よりも大きな鳥がナギの中を飛んでいた。体は夕空のような橙、喉から腹にかけてと翼の先は星空と同じ藍色、鉤のような嘴と蹴爪は銀色、眼は金色に輝いている。その鳥の上には二人の少女と一人の少年が座っていた。
「うー……陸はまだ見えねえのか? 潮風べたべた、匂いも飽きたー……」
 黒い短髪に切れ長の黒い眼に赤い縁取りの紺地の衣(アツシ)を着た少年ヤトロが向かい風を受けながらカントに言った。
「三日間も海の上、顔も髪も洗いたい」
 腰まである長い黒髪に黄色い縁に生成り地の衣を着た少女ランコが言った。ランコの肌は雪のように白いのだが、日に焼けて赤くなっている。
「西を見ても、東を向いても、北にも南にも陸や島らしきものは見当たらないよ。あってもカントがやっと止まれるくらいの岩場だしなぁ。心配していた嵐や津波がなかたのが救いだよ」
 アシリカルがカントの頭近くに乗って、三百六十度見回す。アシリカルは白地に桃色縁の衣と頭帯(マタンプシ)、紺色の帯(クッ)と手甲(テクンペ)と脚絆(ホスィ)を身につけ、桃色の半丈下衣の身なりで、最初の旅と同じ姿だった。三人の共通はといえば、足元の鮭の皮で作った靴で、アシリカルとランコの共通は頭帯、アシリカルとヤトロの共通は腰の刀(マキリ)である。刀は戦士の証である。そしてヤトロは頭帯の代わりに木の繊維で編んだ冠をかぶっている。
 カムイシレペツを出て三日目、初めて巨鳥の背に乗って旅をするヤトロとランコにとっては上空から見たチュプカントコタンや糸のような川や苔のような森林や青い点の池や湖を目にした時は最初ははしゃいでいたものの、三日間どこを見ても同じ空と海の光景に飽きてきた。海の初めて見た時のヤトロとランコの反応は薄青の空と濃青の海の組み合わせとしょっぱい匂いのする潮風、水面に波立つ白波、空を飛ぶカモメや灰色のアジサシ、水面をはねるイルカやクジラの群れを見て素晴らしく思えた。カントも大きくなったとはいえ、三人を乗せて飛ぶのはつらく、時折海から突き出た岩の上で休んでいた。その間アシリカル達は魚を釣ったり、貝やカニを採ったりして腹を満たしていた。幸い無人島も見つかったりして、そこでカントを一晩寝かせ、アシリカル達は真水を飲んだり、果物を積んで食べたりと過ごした。
 もちろん初めて見る極彩色の果物にヤトロとランコは初めて目にした。太陽を思わせる拳大の木の実は甘酸っぱくて瑞々しく、アシリカルの頭ほどもある茶色の木の実には白い乳のような果汁が満たされていた。他にも色々な花や草や木などが色々あってヤトロもランコも「旨い旨い」と言って食べた。そして皮や種などの食べられない部分はカムイシレペツの風習に従って、地に埋めた。食べ物は神様の授かりものとして扱われ、大地神に帰すために埋めている。
 そして夜はカムイシレペツとは違った夜空の星々を見て、ヤトロとランコは驚いた。見慣れぬ星座や月、そして浜辺の近くの茂みでカントに寄り添って寝ていた。
「そろそろ土地が見えてきてもいいのに……」
 アシリカルが半ば諦めかけていたその時、黒い点を見つけた。
「ヤトロ、ランコ! 巳(ここでは五時の方角とする)の方角に島が見えるよ! あそこに行ってみようよ!」
「何っ!?」
「本当!? 行ってみましょうよ!」
 ヤトロとランコも目を輝かせ、カントも全速力を上げて巳の方角へと飛んでいった。カントが進んでいくにつれ、島の大きさがはっきりとしてくる。島は草地と幾つかの丘、そして数え切れないほどの縦長の顔をした石像がいくつも草地や丘に置かれていたのだ。
「うわっ……。何だ、この顔は!? 変なもんが祀られてんのか!?」
 ヤトロが顔面像を見て叫んだ。
「何なの、この石像? まるでわたしたちを見てるみたい!」
 ランコも石像を見て言った。
「わたしも初めて見るけど……。あの岬辺りで降りてみましょう」
 アシリカルはカントに近くの岬に降りるように言った。カントは岬に降りたち、カントの背に乗っていたアシリカル達三人は草地に足をつけた。降り立った地は春のように暖かく、暑すぎでも寒すぎでもない。
「う……っわ」
 ヤトロは顔面像を見上げて口を大きく開けた。顔面像は五尺(一五〇センチ)前後あるアシリカル達よりも大きく、六尺は越えている。横幅はアシリカル達の腰周りよりあり、手を広げるくらいの大きさだ。象は鼻も耳も長く、目は細くて唇は薄く、あごも長い。像は赤銅色の丸い重箱のような帽子をかぶっている者もあれば、そうでないものもある。
「これ一体、何でできていて、どうやって作ったんだろ」
 ランコは顔面像の鼻の頭を平手でペチペチ叩いた。触るとざらざらしている。アシリカルは顔面像のこともあったけど、カントに清水を飲ませて力をつけてあげたいことに専念した。
「カントは、大丈夫? ここら辺に泉とか川とかないのかな」
 フリィは巨鳥だが、必ずしも長時間飛べる訳ではない。時折、地上に降りて泉や川の清水を飲んで力をつけないといけない。もちろん木の実などの他の食料も大事だが。カントもアシリカルとの初対面の時よりも成長してたくましくなったとはいえ、成体には程遠い。
 三人と一羽が立ちつくしていると、メェ~という音がして、はっとなった。振り向くと、そこには毛むくじゃらの四本足の生き物を十数頭連れたここの島民らしき少年が経っていた。少年はアシリカル達と背丈は同じだが顔が幼い。年齢は恐らくアシリカル達より少し下だろう。髪は黒くて短く刈っており、肌はアシリカル達と違って浅黒、服も袋の底に穴を開けたような薄茶の服と黒い下衣を着ており、足元は帯状の草履のような履物、大きくて長めの木の枝を杖にしている。連れている生き物は顔と蹄はもしゃもしゃの毛がなく、白い地肌や黒い地肌、目は横長の虹彩でちょっと気味が悪い。頭部には横長の耳とクルンと巻いた角がある。
「おーい、君たち誰だい? 島の人間じゃないね。こんな所で何しているの?」
 少年はアシリカル達に向かって叫んだ。
「あ、あの、わたしたちは旅人よ。この……カントって子が、喉が渇いていて水辺を探しているのー」
 アシリカルは少年に言い返した。すると少年は西の方角を指差した。
「泉なら山の中腹に行けばいい。そこなら人間がいないから、君らが連れている鳥くんでも平気だよ」
「ありがとーっ。カント、そこに行っておいで。わたし達はあとで……」
 アシリカルはカントにそう言うと、カントはこくんと頷いて島の中の山の中腹へと飛んでいった。カントの飛び立つ姿を見て、少年は目をまん丸くしていた。自分の連れている獣を採られるかと思いそうな風貌と思いきやそうでもなかったと感じた。アシリカル達は少年に駆け寄る。すると毛むくの生き物が三人の匂いを嗅いできて、見慣れぬ動物の様子を見てヤトロとランコは小さく驚いた。
「君たち羊を見た事ないの? この島の暮らしに必要な生き物なのに……」
 少年は言った。アシリカル達の郷、チュプカントコタンでは家畜といったら畑や長旅などの遠出に必要な馬、狩りの時に連れていく犬、食糧庫のネズミを退治してくれる猫ぐらいだ。衣類は狩猟した熊やキツネなどの野生生物の毛皮や魚皮や植物の繊維で作った衣や靴、食べ物は畑や田でしか作れない野菜や穀物はともかく、肉や魚、果物や山菜は森や山で採っている。アシリカルもヤトロもランコもこんな毛もじゃの目つきの怖い生き物を見た事がない。
「君たちは誰? 何処から来たの? ぼくはラモン。この近くの村に住んでいるんだ」
 ラモンという少年はアシリカル達に自己紹介する。
「わたしはアシリカル」
「おれはヤトロ」
「わたしはランコよ」
 アシリカル達も自己紹介する。
「で、さっき飛び立った鳥――がカント。わたしたちはこの島の北の海の……遠い遠いカムイシレペツという島の、チュプカントコタンの外を調べている、ってか物見遊山、ってか……」
 アシリカルはラモンに説明する。ヤトロとランコは話がかみ合っているのかそうでないのか見ている。
「あ、それでラモンはどうしてここに来ているの?」
 アシリカルはラモンに訊ねる。
「ぼくは羊たちに草を食べさせに来たのさ。羊は草しか食べないからね。羊の毛を刈って紡いで糸にして織って服を作って、年寄りになったら食べるからね。他にも鶏や豚も飼っているけど……」
 ラモンが島の暮らしをアシリカルに教えた。羊たちはその間に草地の青い草をムシャムシャ食べており、ヤトロとランコは「羊を食べている」という言葉を聞いて少し青くなった。カムイシレペツの人間は野生生物を狩って生きる狩猟民族だ。この島には野生生物は野兎やキツネやしゃこ鳥もいたけれど、どうやらこの島の島民は食肉は家畜が多いらしい。あとは魚やカニや貝くらいだ。ランコのお腹がきゅうと鳴った。ランコの腹の虫を聞いてラモンが言った。
「ぼくたちの村に来てみるかい? 少し休んでいったら?」
「えっ、いいの?」
 アシリカルとヤトロはラモンの台詞を聞いて顔を明るくさせた。しかし自分の空腹音を聞かされたランコは少し恥ずかしくうつむいていた。

 ラモンの村は海辺の近くの丘の上にあった。家々は均等に削った灰色の石を積み重ね屋根は乾燥させた草を編み重ねた三角屋根で窓と扉は木板、どの家にも木板の柵囲った庭がある。その庭に洗濯物を干す女性や娘、かごに寝かせた赤ん坊の弟妹や孫をあやしながら糸を積むいている娘や老女が羊毛を紡いで糸巻きに寄せていた。男たちは畑を耕して種まきや水やり、先に出来た野菜や穀物を収穫してかごに入れていた。家畜を飼っている家ではその隣に下が灰色の石で木の柱と屋根の簡素な家畜小屋があり、羊のメェメェ鳴く声、豚のブキーブキー鳴く声、ニワトリのコココ……という鳴き声が響いている。
 ラモンの家は庭と羊小屋のある家で、庭に細い木が植えてある。蛇やトカゲの鱗上の樹皮におじぎ草を大きくしたようなてかてかの葉に魔司を大きくし長くしたような花がてっぺんにあった。ラモンは羊たちを一匹残らず小屋に入れた。その後は家畜小屋の戸の閂をしっかりかけ、石造りの家の戸を叩いた。
「父さん、ただいま。お客さんを連れてきたよ」
 ラモンがそう言うと、家の戸が開いてラモンと同じ服を来て口ひげをはやした男の人が出てきた。
「ラモン、お帰り。お客さんってどこだね? どんな人だね?」
 ラモンの父親が見回すとラモンの後ろに色白肌に見慣れぬ衣をまとった三人の男女が立っていた。
「この人たちだよ。旅をしているんだって。少し休ませてあげたいんだ」
 ラモンは父親にアシリカル達を紹介する。
「あなた方が旅人ですか? 初めまして」
 ラモンの父親がヤトロに握手する。
「え、あ。は、初めまして」
 ヤトロはしどろもどろにあいさつする。
「初めまして。ラモンのお父さん」
「初めまして」
 アシリカルとランコもあいさつする。
「うちは女房を亡くして息子のラモンと二人暮らしですが……。狭くてむさ苦しい所ですが、うちで良ければ」
 ラモンの父親が三人に言う。ラモンの家の中は丸い机と三本脚の丸椅子が三人分、寝台の布団と枕は羊毛地に中藁、他には石のかまどと金属の鍋、湯あみ用の大きめのたらいにラモンの亡き母親が使っていた糸車がある。
「あ、大丈夫です。わたし達が住んでいた所もこんな感じでしたから」
 アシリカルはラモンの父親に言った。ラモンの父親はアシリカル達のために食事を作ってあげた。かまどの近くの陶器の壺や藁袋から食べ物を引っ張り出し、鍋に切り刻んだ葉菜や根菜や芋、水に戻してふやかした羊の干し肉を水と一緒に煮て、煮込み汁を作り、他にキビと粟と羊の乳で作ったおかゆ、更に食後の口直しの果物、掌大のイチジクを出してくれた。
 おかゆと煮込み汁を木のお椀に入れ、味付け用の岩塩を一つまみ入れてみんなに配る。アシリカルもランコもヤトロもラモン親子も長年使ったと思われる黒ずんだ木さじでおかゆと煮込み汁を食した。煮込み汁からは羊の肉の臭みが漂ってくるがアシリカル達は残さず食べた。おかゆも羊の乳の匂いが漂う。
「それにしてもあなた達、珍しい服を着てますね。縁についている模様なんか見た事がない」
 食事の途中、ラモンの父親がアシリカル達に訊いた。アシリカルは自分の着ている着物や頭帯の模様を見て、「ああ」と返事する。
「これですか。えっと、魔除けの紋ですよ。結構素敵でしょう」
 アシリカルはラモン親子に袖をひらひらさせて解説する。ヤトロはおかゆや煮込み汁が熱いのにも構わず食べ、ランコはおかゆと煮汁を交互に食べている。
「あ、そーいやあ、おれ達が足を踏み入れた岬や丘の他に村へと続く道や村の近くの浜辺にでっかい縦長の石像があったけど、あれは何なんすか?」
 ヤトロは口を動かしながらラモンの父親に訊いた。
「あれですか? あれは我々島民の守り神ですよ。わたし達の祖先の……ずっと前からある神の石像ですよ。名はモアイ様で、普段は方角と同じ向きでいるんですよ」
「神さまですって? わたし達の住んでいる土地の神様とは全く違った姿なのねぇ。わたし達の神様は人型や獣型、鳥型のいろんな神様がいるのですよ」
 ランコが自国の神様のことをラモン親子に話した。その時、ヒュウウ~という音がして、アシリカルが窓の外から覗いてみた。空が灰色に染まり、海の波も幾重ものの線を描いている。
「何か嵐がきそう。大丈夫かしら?」
 一ヶ月前、カントと共に旅をしてきたアシリカルは、初めて海の恐怖を知った。嵐に津波に突風。このモアイ神像の島は小さいから嵐が凄そうだなと感じとったのだ。
「平気だよ、アシリカル。村の家は小さいけど、頑丈なんだよ」
 ラモンが安心しろというように言った。
「カントのことか? だーいじょぶだって。あいつはそうヤワな奴じゃねぇよ」
 ヤトロが煮汁の最後の一滴を飲み干しながら言う。
「いや、そうじゃないんだけど……」
 アシリカルが困った顔で言うその時だった。ビュオオーとさっきよりも強い風が吹いてきてアシリカル達の衣のすそを大きく翻し、ランコの長い髪が大きく揺れ、ラモンの家の戸をバン! と大きな音を立てて開かせた。
「なっ、何だよ、これは!」
 ヤトロが強風を見て騒いだ。風は弱まるどころか強さを増し、海の波は高さを上げて激しい音を立てている。家畜小屋の羊や豚やニワトリもこの世帳に恐れをなすかのように嘆き騒ぐ。村の外に行っていた村人の幾人かが村をかけずり回って村人たちに伝えた。
「大変だ! サイクロンが来るぞーっ!!」