アシリカル2-2

 

嵐のあとの

 アシリカル達は何が起きたのかと外を覗いてみると、村の男も女も子供も老人も羊や豚を獣舎に入れたり家の中に入っていって窓や玄関の戸を閉めたりしていた。空を見ると色は灰色になっており水平線の上には、灰色のねじれが島に近づくにつれ、太さをましていた。
「サイクロンだ。島に向かってくるよ」
 ラモンが父親に言った。父親は窓を閉めて更に閂をかけた。
「サイクロンって何?」
 アシリカルが聞き慣れない言葉を耳にしたので、ラモンに訊ねた。
「簡単に言えば、巨大な旋風の事だよ!!」
 ラモンが三人に言った。
「そうか……って、ええ~!? きょっ、巨大な旋風風じゃあ、この石造りの家でも壊れるんじゃないのか!?」
 ヤトロが慌てふためくように叫んだ。
「ええ~ん。旅に出て三日目で終わるなんて~。こんな事になるんなら里に残ればよかった」
 ランコがべそをかきだす。アシリカルも村はずれの子山の中腹で泉の水を飲んでいるカントの事を心配しつつも突如、大きな音が聞こえてきた。ズズン、ズズン、と音を立てており、家の梁や柱が少しぐらついている。
「こ、今度は地震!?」
 ヤトロがこの音に驚くと、ラモンの父親がなだめて言った。
「いいえ。これは“神様”の動き出した音です」
「“神様”が動いた!?」
 アシリカルはきょとんとする。するとある事に気づいた。鈍重な音の他にも吹き荒れる風の音や打ち弾ける雨音もしてくる筈なのに、地鳴りのような音しかないのだ。
「これは……一体……」
 アシリカル達が気づくと、ラモン親子は窓の一つを開けて覗くように促す。三人が窓を覗くと、それは真っ暗までとはいかないが日の差さない地下室のように暗かったのだ。豚や羊や犬の鳴き声はするものの、どうしてこうなったのか不思議である。
「いつの間に夜に入って……!?」
 ヤトロがびっくりしていると、ラモンの父親が「違いますよ」と言った。
「まだ正午を過ぎたばかりです。あと、一、二時間もすればサイクロンは過ぎていくでしょう。そしたら“神様”も元の場所に戻っていきますよ」
「……?」
 アシリカル達はヤトロの父親の言葉に理解しかねなかった。
「ああ、そうだ。サイクロンが過ぎるまで君達の故郷の話が聞きたいな。ねぇ、お願い」
 ラモンがアシリカル達にねだってきたので、そこでアシリカル達はカムイシレペツでの暮らしや歴史、民話や神話、文化や文明を語ったのだった。
 両親や兄弟、里での仕事や役目、里に住む生き物や神様の話……三人は見ず知らずの土地の住人にカムイシレペツの話が伝わるかどうか語ってみると、意外な事にスラスラと出来た事に驚いた。ラモン親子もカムイシレペツの文化に耳を傾けていた。
 それからどれ位が経っただろうか。アシリカル達が替わりばんこにカムイシレペツの話をしている最中にまた地鳴りが響いてきた。
「ま、まただよ! 大嵐が来たり、地震が起こったり、どうなってんだよ、この島は!?」
 ヤトロが尽いた先の出来事が天災ばかりだと毒づくと、アシリカルは窓の閂を外して外の様子を見てみた。
「あ、アシリカル! 外はまだ嵐が起こっているかもしれないから、風と豪雨が……」
 ランコがアシリカルの行為を見て止めたが、窓に入ってきたのは静かに滴る雨と生温かい風であった。
「もう……嵐治まったみたいだよ」
 アシリカルがランコとヤトロに言う。でも地響きの方はまだ治まらない。アシリカルは窓から顔を出してみると、地響きの正体を目にしたのだった。
「巨人が……巨人が歩いている!!」
「えっ!?」
 ランコとヤトロが窓の一つを開けて様子を見てみると、何と十丈(三十メートル)はありそうな岩肌の巨人が村を背にしていくのを目にしたのであった。
「お、親父さん、あれは何なんだよ……」
 ヤトロはラモンの父親に訊ねる。
「あれがわたし達の“神様”です。“神様”は村にサイクロンや大津波などの天災が来た時に普段は頭だけ出している地中から出て、わたし達冬眠を助けてくれるのです」
 ラモンの父親はアシリカル達にそう説明した。
「普段は頭だけ出している? 島に危機が起こると体を出す? あっ、もしかして……」
 ランコは島についた時、島の丘の上に並べられていた顔面像の事だと気づいた。
「あの顔面像って、地中に体を埋めている島の神様だったのかよ!? 道理でな。てことぁ、大嵐が迫ってきた時、体を地面に出して集まって身を寄せ合っていたんだな……」
 ヤトロが数時間前の地響きと村の薄暗さの理由に納得する。そしてサイクロンが通過していったので、“神様”らは役目を終えて丘の上に戻っていって、再び顔だけ地上に残して地中に体を収めたのであった。
「ふう、これでやっと地響きと大嵐が過ぎていったから安心だね」
 アシリカルが窓を閉めてみんなに言った。
「あっ、そうえいばカントは大丈夫かな。もうそろそろ山の泉の水を飲み終えて力をつけた頃だし。わたし達を探しているのかもしれない」
 アシリカルは島の外で別れた神鳥(フリィ)カントの事を思い出した。
「雨は夜までには止むと思うよ。それまでうちでゆっくりしていってよ」
 ラモンがアシリカル達にこう促してくれたので、アシリカル達はサイクロンの残りかすである雨が止むまでラモンの家で待つ事にした。
「じゃあ、お礼ってのもなんですが、お金とか食糧の代わりに」
 ヤトロは背中に背負っていた袋を外し、中から一枚の板のような弦楽器を出した。カムイシレペツの住民に伝わる楽器トンコリである。ヤトロは指で弦をはじいて旋律を奏でた。琴や三味線とも違う音色が響く。
 その音色はラモン親子の家だけでなく、他の村人の耳に入っていった。
「何だろう、この音は?」
「ラモンの家から聞こえてくるぞ」
 村の子供や若者がサイクロンの残りかすに打たれるのも気にせず、ラモンのいる家にやって来た。
「わっ、村の人達がこんなに来て……」
 アシリカルはヤトロのトンコリ演奏を聞きつけてきた村の人達を見て驚いた。
「お客さん、旅芸人かい?」
「えっ、いや、その……」
 村人の一人が訊ねてきたのでアシリカルは戸惑った。
「わしにも聞かせてくれ」
「わたしにも」
「そうだ、今夜宴をしよう。そうすれば、みんな聞けるぞ」
「おお、賛成。そうしよう」
 村人達が宴をすることにしたので、アシリカル達はいきなりの出来事に動揺した。

 それからして、雨はすっかり止んで藍色に染まる夜空に金銀の星屑が散りばめられた夜。南東の空には上弦の月が浮かび、島民達はアシリカル達異国の歌舞を楽しむため、村の近くの丘の上で宴を開いた。円の八方には堅木で組み立てられた燈篭が朱色の炎を立て、パチパチと火花を散らす。中心にはアシリカル達三人、その外側に村人達が集まって、男も女も子供も老人も異国人の芸を見ようと張り切っている。
「村の皆様、今宵は集まってくださりありがとうございます。わたし達の楽器沿層と舞を楽しんでください」
 アシリカル達が簡潔に前置きを語ると、村人たちは拍手をする。
 まずはヤトロ一人のトンコリ演奏で、世界の始まりを想像させた音色を奏でる。最初は緩やかに、やがて海、陸、空、火山、草原という風に章に合わせて音色を高くしたり低くしたりする。
「いいぞ、いいぞ!」
 村人達はヤトロのトンコリに心も耳も打たれて拍手や手拍子をする。
 続いてはランコの笛に合わせてアシリカルが舞を踊る催しである。本当ならムックリという笛がいいのだけれど、ランコはムックリを持っていなかった。そこで村の人に竹で作った横笛で吹く事になった。
 ランコの吹く笛に合わせてアシリカルは新しい山刀(マキリ)を持って、高く跳んだり衣のすそを持って回ったりとチュプカントコタンでの祭りとは違った独自の舞を舞った。
「いいぞ、いいぞ!」
 村の人達はアシリカルの踊りに興奮し、やはり手拍子や拍手を起こした。
 それからヤトロのトンコリに合わせてアシリカルとランコガラモンや村の青年と踊り、ランコの笛の音色に合わせて村の人達が踊ったりして、楽しい夜を過ごしていった。給仕の女達がアシリカル達に羊肉を香辛料や香草で味付けした焼き肉や丸く焼けた麦の団子(シト)や酢と香辛料と油であえた青魚の刺身といったごちそうを持ってきて、アシリカル達はごちそうに舌鼓を打った。他にも羊の乳から作ったチーズやバターを団子(シト)と一緒に食べたり、昼間食べたいちじくや柑橘やリンゴの山盛りを飲み食いした。
 その時、中腹に泉のある山からカントが飛んできて、丘の一つが明るい事に気がついた。
「ん? あれは……」
 カントは草むらの丘の方へと降下していく。
「アシリカルー、ヤトロー、ランコー」
 アシリカル達は空の上から自分らを呼ぶ声がしたので空を見上げると、暁と夜空の羽色をした大きな鳥がこっちに向かってくるのを目にした。
「何だ、あの鳥は」
「こっちに来るぞ」
 村の人達は現れたカントを見てあっちこっちに散らばり、カントは羽ばたきながら地面に着地した。
「カント、無事だったのね!」
 アシリカルはカントの方へ駆け寄り、銀色の嘴をなでた。村の人達は暁と夜空色の大鳥とアシリカル達が知り合いだと知ると、カントが悪い奴ではなさそうだと思った。
「カント、もう大丈夫なのか? 出発できるのか?」
 ヤトロがカントに訊ねる。
「うん。山の泉の水を飲んでいたら大嵐が来たけれど、洞窟があったからそこで大嵐が過ぎるのを待っていたんだ。大嵐が治まった後にアシリカル達を探していたんだ」
 カントは三人に自分の事情を話す。
「今直ぐにでも出発できるよ。行くかい?」
 カントが三人に訊ねると、アシリカル達は突然現れたカントを見て距離をとっている村人を見て戸惑う。
「あの、まだ夜だし、明日の朝になったら行きましょ。そっちの方がいいし……」
 アシリカルは村人とカントの顔を見て確かめる。とはいったものの、村の民家は小さくてアシリカル達を泊めることは出来ても、カントは流石に入れない。その時、ランコが手を叩いて案を立てた。
「皆さーん、わたし達は村の近くでカントと一緒に寝ますんで。カントは体は大きいけどさみしがり屋なんですよ、これでも」
 ランコの立案を聞いて、村の人達もヤトロも納得する。そして村人達は丘の上を去り、民家で今日の疲れをいやすために寝入った。アシリカル達は八方に魔神像が島の外を見張っているように立っている丘の上でカントの羽毛に包まれて眠る事にした。藍色の夜空には白銀に浮かぶ月と金銀の粉のような星が煌めいていた。
「アシリカル、ぼくが山の泉を飲んでいる時に大嵐が近づいてきたろ? そしたら島のあちこちに立っている魔神像が首から下の部分を地面から出してきて、体を汲んで村の人や動物や田畑を守るのを目にしたんだ。魔神像が出てきた時、びっくりしたよ。
 ここの島の神様(カムイ)は、顔は怖いけど優しいんだね」
「わたしも、神様(カムイ)って動物や自然に変えているだけでなく、形ある姿や色んな場所にいるんだな、って思った」
 アシリカルはカントと初めて出会った時に旅した土地でも神様がいるのかどうか、いや神様が見ていたかと思うように言った。

 空は白と桃色に染まり、朝風が冷たく吹いてきて、カントと三人を起こした。三人が村の様子を見に行くと、村の人達は畑仕事や家畜の世話、洗濯や炊事に精を出していた。
「この島はおれ達の里とそう変わらないみたいだな」
 ヤトロが村の朝の様子を見て呟く。その時、メェーメェーという声がして、振り向くと羊を丘の草原に連れてきたラモンがやって来た。
「やあ、君達。もう行くのかい?」
「うん。そろそろ他の国に行きたくてね……、お世話になったわ」
 アシリカルがラモンに礼を言う。
「そうか。君達は旅人だものね。一日だけだったけど、夕べの宴は楽しかったよ。これ、村のみんながアシリカル達に、って」
 ラモンがアシリカル達に油紙でくるんだ包みを渡した。
「これ、みんなのお弁当。良かったらどうぞ」
「ありがとう。みんなで大事に食べるよ」
 アシリカルは包みを受け取り、ラモンに礼を言う。そして三人はカントの背に乗り、カントは翼を羽ばたかせて顔面魔神像のいる島から飛び立っていった。
「さようならー。お父さんや村のみんなによろしく言っておいてねー!!」
 三人は地上から手を振るラモンに空から叫んで別れを告げた。
 カントは水平線へと飛び立ち、淡い青になった空と紺青の海としょっぱい潮風の中に入っていった。カントの上のアシリカル達はラモンから受け取った包みを開けた。中には丸くきつね色に焼けた麦の団子(シト)と羊や豚の干し肉と羊のチーズと干しアンズが入っていた。アシリカルもヤトロもランコは顔面魔神像の島人からの授かり物を食べた。団子は外はパリパリ中はふわふわで麦に香ばしい匂いがした。ヤトロは羊の干し肉を糸切り歯でちぎって食べ、ランコはチーズと干しアンズを一緒に食べてこってりさと甘さの二重を味わって食べた。アンズの種はどこかの島か陸に着いたら埋めようと考えて油紙の袋に入れた。アシリカルはカントの頭の上からそっと団子や干し肉やチーズを差し出してカントは嘴で受け取るように食べた。
 海上ではイルカの群れが跳びはね、白いかもめや灰色のアジサシなどの水鳥が空を飛んでいた。魔神像の島を出てから数時間が経ち、水平線の向こうに緑の曲線が見えてきた。陸である。
「みんな、陸が見えてきたよ!」
 カントが三人に言う。
「本当だ! さっきの島より大きい島か? それとも陸?」
 ヤトロが目を見張る。
「どっちだっていいじゃない。さぁ、次はあそこに行くよ!」
 アシリカルが指揮をとってカントに指示する。カントは葉を茂らせた森の中に入っていき、泉を見つけて水を飲み、アシリカル達は細かな葉をつけたシダや細い枝に裂けた葉を持つ木々やオ二ユリに似た花を見つけて、はしゃいでいた。ふと、アシリカルが森の向こうの山が異常に白い事に気づいた。雪かと思ったが寒くないし、むしろ清々しい。
「ねぇ、カント。この白い山の先を見てみたいんだ。どうして雪でもないのに山が白いのかを……」
 アシリカルはカントにお願いして、次の旅先をそこにした。