アシリカル2-3

 
 塩の山

 カントの背に乗って、アシリカルとランコとヤトロは陸地の先で見つけた白い山をつたって上昇していった。
「白い山、っていうと、雪山を思い浮かべるんだが、この山は低い所に雪が積もっているなんて珍しいよな」
 ヤトロが山の地肌を見て呟いた。カントが三人を乗せて上昇していると、山の地肌が吹かれた風によってさらさらと粉になって崩れるのを目にした。その粉のわずかなものがカントの羽毛やアシリカル達の服に付着した。粉は白くてさらさらしている。
「これ、塩だ」
 アシリカルっは指先で粉をつけて確かめる。
「し、塩!? って、事はまさか……この山がでっかい塩の塊なのか!?」
 ヤトロが山の白さの理由が塩の塊だと理解すると、カントは白い山の中腹にやってきたのだ。山の中腹は見た目は滑らかだが、足を地に着けてみると、ざらざらしている。木も草も生えていない。中腹とはいえ、ここから見た景色は上半分が空の青と雲の白、下半分が森の緑と川泉の紺という眺めのいいものであった。
「ここに村ととかないのかしら。カント、この山の近くを回ってくれる?」
 ランコがカントにお願いする。三人はまたカントに乗り、カントは中腹から飛び立ち、山の周りを飛ぶ。
「あっ……」
 アシリカルは白い山の他の視点を見て叫んだ。白い山の天辺は平たく、広大な塩が張られた湖にその湖に立つ白い家々が点々と建ち、家の近くの杭と縄で囲まれた所は人々がツルハシやスキを使って塩の湖を削って、削って粉々にした塩を袋に入れていた。更に湖の下の山道は岩壁を削って窓や出入り口を作った家屋らしきものを目にし、ここから出入りする人々は長い耳と箒のような尾を持つ小ぶりの馬のような生き物を連れて、荷物を運んだりしていた。その生き物は山道を下りて、平地の道を歩いていった。
「は~……、これ村なのか。塩山を自分達の住処にするなんて」
 ヤトロは塩山もとい塩湖のある山を見て、感心する。カムイシレペツでは食糧や亀をなめす時に使う塩といえば、海塩や山の中で見つかる岩塩くらいだった。海塩は当然、漁村やその周辺の地域でしか手に入らないし、岩塩は山の動物の後を追って岩を舐めているのを目にしなければ手に入らない。
 それに塩というのは人間やどの生き物にも必要な存在で、野菜や果物にはない栄養を持っている。
「ねえ、ちょっと行ってみて様子を見てみようよ」
 アシリカルはランコトヤトロに言う。
「行くのか? アシリカルが言うんならなぁ」
「わたしも行ってみたいわ。あの塩、チュプカントコタンのお土産にならないかしら」
 ランコが言うと、ヤトロは顔をしかめる。
「一俵はさすがに無理だろ。カントが重さで飛べなくなるからな。せいぜい懐に入れるだけに……」
 ヤトロに言われて、ランコは「あっ、そうか」と手を叩いた。
「じゃあ、行ってみるか。塩の山の村へ」
 アシリカルの声で一同は塩湖のふもとの平地へ降り立った。平地は乾いた土と石ころ、ぼうぼうの草と所々に生えた細い木々ばかりだったが、アシリカル達はカントをそこに待たせて村の方へと足を向けていった。
 村の人々は皆、黒い髪の毛と黒い瞳、肌は浅黒く、衣は麻と木綿をオリ合わせた青や黄色などの鮮やかな衣を着ており、衣のすそや袖に色糸で刺しゅうされていた。耳長の仔馬のような生き物は草や木の繊維で作られた袋を背負い村人に手綱を引かれている。アシリカルは生き物の手綱を引いている男の人に声をかける。
「あのう、すいません。どこに行くんですか?」
 男の人はアシリカルに声をかけられたので立ち止まり、白い肌に小柄な背丈、珍しい模様つきの衣をまとったアシリカルを見つける。
「君達、見慣れない顔だね。どこの村から来たんだい?」
「あ、おれ達この塩山村近くや周辺じゃなくて、ずっと遠い所から来たんで……。いやぁ、こいつかわいいですねぇ」
 ヤトロが耳長馬を見て頭をなでようとした時、それは「ヒーホー」と高い声で鳴いた。
「うわっ、びっくりした」
「君達、ロバを知らないのかい? こいつは馬や牛より体は小さいが足腰は強いんでね。おれは今から塩湖の塩を近くの農村に売りに行くとこなんだ。ここは塩しかないからな。水は雨水を貯めた井戸か掘り当てた地下水を使ってんだ。塩は農村の肉や穀物や果物とかに換える。おれ達はこうやってくらしているからな。じゃあな」
 男の人はロバを引いてこの場を去っていった。よく見てみると塩山のふもとには井戸がたくさんあり、石で敷き詰められ中に水が貯まっていた。井戸にはつり下げ式の桶もある。よく見てみると、アシリカルと同世代やもっと幼い子供達が井戸の水を桶から汲んで自分の家で使う水を素焼の水がめに入れていた。そしてその水がめを両手で抱き抱えて山道を昇っていった。
「チュプカントコタンには近くの川水や家に一つ井戸があるのに……」
 ランコが重たい水がめを持って山の上や岩壁の村へ運ぶ子供達を見て呟く。ふと三人は兄弟らしい三人の男の子がいて、一番小さい男の子が大きい男の子水がめを持たせているのを目にした。
「おい、ティキ。今日はお前が水を汲んでこい。おれ達は魚釣りと薪拾いに行くからな」
 そう言って二人の大きな男の子は小さな男の子を残して去っていった。ティキと呼ばれた男の子は井戸に桶を入れて水を汲もうとしたが、つり上げる途中で水をこぼしてしまった。こぼしたらまたやり直しだが、二回目も三回目も同じであった。
 アシリカル達は男の子の失敗続きを見て助け船をする事にした。
「大丈夫か? 汲んでやるよ」
 ヤトロが桶を持って井戸に入れ、身長に水入りの桶を引き上げ、素焼の水がめに入れた。
「ありがと……。あと三回汲めばいっぱいになるから」
「ああ、三回な」
 そう言ってヤトロは井戸水を三回汲んで水がめをいっぱいにしてあげた。そして男の子がいっぱいになった水がめを持とうとしたが、重たくて持ちあがらなかった。
「お前の体躯じゃ無理だ」
「三人で持てば大丈夫よ」
 そう言ってヤトロとアシリカルが水がめの底を持って男の子の水がめ運びを助けてあげた。
「あ、ありがと……」
 アシリカルとヤトロは水がめを男の子と一緒に運び、ランコも後ろからついて来た。しかし水がめは重い。日差しも照りつけ、山道も砂利が多く魚皮靴(チェプケリ)を履いているアシリカル達は気をつけて歩かないと転びそうで危なかった。
 山道を半分歩いたところで後ろを歩いているランコがアシリカル達がよけた石に躓いて転んだ。
「きゃっ!」
「ラ、ランコ、大丈夫か!?」
 ヤトロが転んだランコを見て声を上げる。
「だ、大丈夫よ……。さ、山頂の村へ行きましょ」
 ランコはそう言って立ち上がった。そうこうして半刻かかってアシリカル達は塩の山の頂の村へ着いた。
「わぁっ……」
 上は青い空と白い雲と太陽の浮かぶ様子が映り、下は真っ白な塩の地で所々に白く濁った塩の塊を積み上げて造った家々が建っていた。塩の地を削ってよその村の作物と換える塩袋を作る男達、女や老人は子守りをしながら山のふもとで採れる綿花や朝を糸にして紡ぎ、子供達は井戸から汲んできた水を家に置いていた。
「すごいな。太陽の光で塩ではね返って眩しい」
 ヤトロが村の光景と眩しさによる感想を述べた。
「君の家、どこ?」
 アシリカルが男の子に訊ねると、男の子は指差す。男の子の家は扉と窓は木板で出来ており、近くにロバを入れる家より小さい小屋があった。
「お母さん、ただいま」
 男の子が家の戸を叩くと、男の子と同じ顔の大きな目に丸い顔ののっぽの女性が出てきた。女の人の服もまた鮮やかであった。
「あら、ティキあなた一人なの? お兄ちゃん達はどうしたの?」
「お兄ちゃん達、魚釣りと薪拾いに行っちゃった」
 ティキから話を聞いたティキの母親は手を額に当て、溜め息をついた。
「まーたあの子達、ティキに面倒な仕事を押し付けて楽な方を選んだのね……」
「あ、あのう……」
 アシリカルがティキの母親に声をかけると、ティキの母親はアシリカル達に木がついた。
「あら、あなた達は?」
「このお兄ちゃん達が水運びを手伝ってくれたんだよ」
 ティキはアシリカル達を母親に紹介した。

 ティキの家は椅子も卓も寝台も塩で出来ていた。食卓は正方形の支柱に平たく削った塩板を乗せ、椅子は座る部分が丸く削られ、寝台は長方形にした塩塊を積んだものである。家具はどれも布をかぶせており、椅子の座布団や枕や敷布団はおが屑を詰めてある。塩の寝台の上は木をつなぎ合わせた段重ねの寝台で梯子がついている。台所は一角に灰が積もっており、麦粉を焼く為の鉄板と鍋を沸かす鉤があった。
「すごいなー……。ほとんど塩じゃないか」
 ヤトロがティキの家を見てぼやく。
「お姉ちゃんたちの住んでいたところ、って塩がないの?」
 ティキに訊かれてアシリカルは答えた。
「わたし達の住んでいた村は、山は山でも木と草がたくさんあって、平地に漆喰と木で造られた家に住んでいたから……。こういうのは珍しいのよ」
 ランコは塩椅子の一つに座り、ティキの母親い訊ねる。
「ところで、ティキのお兄さん達って、いっつもこうなんですか?」
 どうして七つのティキより年上で力もある兄達がきつい仕事をティキに押し付けるのか、気になったのだ。
「あの子達はティキが五つになるまでは普通にわたしや塩職人の夫である父親の言う事はちゃんと聞いてたのよ。十歳までは薪拾いとかのそんなにきつくない仕事をさせているから……。
 塩山で生まれ育った子供達ってのは思い塩を運べるように水がめ運びや軽いしお運びで鍛えてやるものだけど……」
 母親はアシリカル達に塩山に住む子供達の仕事を語る。普通に学校も山道の岩壁に設けられ、昼を過ぎれば子供達も働くようだ。
「兄ちゃん達はぼくが薪拾いやロバのえさやりとかやっていると、『お前は楽な仕事やっていてずるい』って水運びや塩運びを押し付けるんだ……」
 ティキは言った。
「何だよ、それ。ただのやきもちじゃないか。おれだって次男だけど、剣舞の他に畑仕事や狩りを六つの頃から兄貴とやっていたぞ」
 ヤトロが兄達の話を聞いて義憤を感じた。カムイシレペツでは病気やケガや体に障りがある訳でもないのに働かない者や楽な仕事ばかりやる者は悪者(ウェンペ)と呼ばれていた。ここがカムイシレペツならティキの兄達はこう呼ばれるが。
「薪拾いはまだ小さなティキがやって、サミルとラッカが水汲みと塩運びをやるべきだ、って言っておかないと……」
 母親が言った。アシリカル達はティキの家からお邪魔して塩山の頂にあるこの塩湖から景色を見渡した。風が吹いてアシリカルやランコの髪がなびいて、着物の裾がふわりと浮かぶ。
「ここは眺めが良くて、風も気持ちがいいね」
 アシリカルがほほ笑んでティキに言う。
「うん。でも、雨季になると、塩採りや塩運びが出来なくなって、塩の売り買いが亡くなっちゃうんだ。そしたら、集めた綿や麻で糸や布を作ったり、雨が小降りの時に狩りや漁に行くしかないからね」
 ティキは塩山はいつも塩採りや塩運びばかりでないと伝える。
「でもね、夜になったら星空がもの凄く綺麗でこの塩湖にも星空が映るんだ」
「何それ!? ホント?」
 ランコが夜の塩湖の話を聞いて声を上げる。
「あー……、日が暮れるまで時間ありそうだからな。おい、ティキ、森に行ったら何か面白そうなものあるか? 舟に乗るとか」
 ヤトロが日暮れのまでの暇つぶしのため、ティキに訊ねる。
「森に行ったら行ったで危ないよ? だって獰猛な人喰いジャガーがいるから」
「じゃ、じゃが?」
 アシリカルがティキの言った言葉を聞いて首をかしげる。
「お姉ちゃん達、ジャガーを知らないの? ジャガーってのは人間よりも大きいまだらの猫で川へ逃げても泳いで追ってくるんだよ」
「人間よりも大きい猫!?」
 アシリカルは一ヶ月前、カントと旅をした時のある山林で虎と遭遇した事を思い出した。あの時の虎はにらみ合い続けた結果、虎は去っていったが……。
「そういや、ティキの兄貴達、魚釣りと薪拾いに行きに森に入って行ったんじゃないのか? もしジャガーってのに見つかったら……」
 ヤトロがそう考えるとティキは言った。
「森の奥に行かなければ平気だよ。ぼくが生まれる前にジャガーに襲われて死んだ人が出たけど、みんなはそれから森の奥に入る事はないよ」
「えっ、そんな事が起きたの……!?」
 アシリカルとランコはジャガーに襲われて死んだ人の話を聞いて背筋が凍えた。

 その頃、ティキの兄のサミルとラッカは塩山近くの川辺で魚を釣って桶に入れ、薪を拾って縄で縛っていた。
「今日は小さいのが六匹か。これじゃあ腹の足しにもならないな」
「今日はいい太さの枝が少なかったなぁ。おい、ラッカ。森の奥にある泉に行けば、太い枝の薪や大きい魚もありそうだから、行ってみようぜ」