アシリカル2-4

 

人喰いジャガー

 アシリカル・ヤトロ・ランコの三人は塩山の頂の村から勢いよく走っていた。重たい水がめを運んでいた坂道は上りはきつく、下りはその分速かった。なにせ斜面が思っていたより高かったので、三人は転がるように駆けていたのだ。
「アシリカル、本当に行くのか?」
 ヤトロが先頭にいるアシリカルに言った。
「うん、嫌な予感がしてさ。ティキのお兄さん、ジャガーの襲われるんじゃないか、って」
「ジャガー? ああ、人間ほどの大きさの猫で鋭い爪や牙を持っているんだっけ? アシリカルと出会った虎とどっちが強いんだ?」
「そんなの聞かれたって……」
 アシリカルがぼやいていると、ランコが息を切らしている。
「ちょっと待ってよ、二人とも。わたし、そんなに早く走れないのよ」
「じゃあ、おれとアシリカルが地上に着いたら、ゆっくり来いよ」
 ヤトロは後ろを走るランコに言い、アシリカルと共に山道を下っていった。ランコはハアハア言いながら立ち止まり、落ち着くと再び下り坂を歩いた。水がめを汲んでいた時は確かめられなかったが山道の岩壁に窓らしき穴や大きく削った出入り口があった。
 それは学校や寺院で山の壁に穴を掘り、そこに岩塩の机や椅子を入れて勉強やお祈りが出来る場所であった。
 時折、ロバを連れた村人が下ったり上ったりとランコとすれ違い、ランコはやっとの事で塩山を下山する事が出来た。
「は~、やっと追いついた」
 ランコは慣れない下り坂での走りに息切れしていた。
「井戸に水があるから、それを飲んで」
 アシリカルに促され、山のふもとにある井戸から水を汲んで桶から手ですくって飲んだ。
「はー……、助かった。ところで、ジャガーのいる森って、どこだろう?」
「うーん、確かティキが言うには、山頂から見て亥(十一時)の方角だって言っていたような……」
 アシリカルが山頂での記憶と現在地を調べていると、ヤトロが言った。
「カントに乗っていけばいいんじゃないかな。まだ待っているんだろ?」
「ああ、そうだった。荒れ地で待たせているんだった」
 三人はカントの待つ荒れた草地に進んでいった。その頃カントは草地で日向ぼっこをしているうちに眠っていた。
「カント、起きて。わたし達を亥の方角の森に連れていって」
 アシリカルはカントを揺さぶって起こし、カントは眠たそうに瞼を開けて、金の眼を向けた。
「ああ、みんな。塩の山の村はどうだった?」
「いや、それよりもさ、村で知り合ったティキって子の兄貴がジャガーっていう、でかい猫のような獣のいる森に入っていってさ、そのジャガーが人喰いって話で……」
 ヤトロがせかすように言った。
「わたし達を亥の方角の森に連れていってちょうだい。ティキのお兄さんは意地悪っぽいけど、ジャガーにやられたらかわいそうだもの」
と、ランコ。三人の話を聞いて、カントは把握がつかめた。
「わかった。僕も森の中にある泉で水を飲みたかったんだ。井戸水じゃ嘴が届かないから」
「ありがとう、カント!」
 三人は急いでカントの背に乗り、カントは橙と群青の翼をはばたかせて、亥の方角へ飛んでいった。茶色がかった緑の草地から深い緑の森に移り飛び、アシリカル達はジャガーとティキの兄が接触する前に何とかしなければと思った。
 塩山近くの森は人間の背丈と同じ低木が多く、木の幹も白や薄い茶色が多かった。鳥は木の実をつつき、リスが木を登り、ウサギが木の根元から顔を出す。
 空から見た森には縫うように流れる川があり、境界線のように見えた。カントはその上流らしき亥の方角に向かってはばたき、きりのいいところで降り立った。
「悪いけどここで降りて。水を飲ませて」
「うん」
 アシリカル達はカントの背から下り、石ころの川岸に足を着ける。カントは岸から水を飲み、銀色の嘴で澄んだ水をすすった。
「さて、おれ達はティキの兄貴達を探すとすっか」
 ヤトロが張りきって言うものの、白や灰色の幹と枝、枝から生い茂る木の葉の森を見て口をつぐんだ。
「とは言ったものの、どこら辺に人喰いジャガーがいるんだよ?」
 ヤトロが頭を抱えていると、アシリカルが石ころの川岸から離れてすぐの茶色の乾いた地面に緩やかな凹みを見つけた。
「これ見ればわかるんじゃない?」
 ヤトロとランコもアシリカルが見つけた地面の凹みを見て首をかしげる。
「お父さんと狩りに行く時、熊や狼が鹿とかの大きい生き物を引きずる痕があるでしょ。あと、足痕が少しずつだけど、あっちの方へ向かっているし」
「ああ、足痕をたどっていけばいいのね?」
 ランコも熊や狼に似たジャガーの足跡をまじまじと見る。
「あと、これ。低い枝が折れているでしょ。村から逃げてきたロバか野鹿が枝を食べている時に、猛獣が捕まえたんだと思う。ほんのわずかだけど血の匂いもするし」
「そういえば何か臭いな」
 ヤトロは鼻をつまむ。
「まずは足痕を辿っていこう。そのうち、ジャガーと出くわすと思うから」
「ええ、そうしましょ」
 三人は足跡を辿り、草木生い茂る森を歩いていた。途中で色んな小鳥や見た事もない色や模様の蝶、緑の中に色をつける花もあった。

 その頃、川と繋がる泉のある場所で、サミルとラッカは魚釣りと薪拾いをしていた。
 十三歳のサミルは太いアシの茎で作った釣り竿で泉の中を泳ぐ魚を釣り、イグサで編んだかごに入れていた。かごの中には黒い掌二つ分の魚が何匹も黄色いひれを動かして跳ねていた。
 十一歳のラッカは森の木の太い枝を持っていた木切り用の短刀で切っていた。サミルとラッカは兄弟といえど体格はまったく違い、サミルは十三歳にしては大きめでのっぽ、ラッカは丸顔で小太りの体型だった。それに引き換えティキは二人よりも小さいのには当然だった。
 ラッカは次々に枝を切り、薪を背負う背負子がだいぶ溜まると、
最後の一本として一つの枝をつかんだ。ラッカが枝をつかむと、柔らかくてフサフサしており、おまけに斑紋が入っていた。
「ん?」
 ラッカは目をこらして見てみた。自分がつかんでいる枝の先にあるものを――。茂みの中から二つの冷たい銀灰色の光が輝いていた。
「うわあーっ!!」
 二人の少年の叫びを聞いて、ジャガーの足取りを辿っていたアシリカル達はハッとした。ランコが耳を傾ける。
「今の声は……」
「ティキのお兄さんの声だよ! 人喰いジャガーが出たんだよ! ここから丑の方角辺りから聞こえてきた。急ごう!」
 アシリカルはそう言うと、藪やツルだらけの森をかけ、ヤトロとランコもついていった。走っている途中、ランコが切りたった石の道に来た時、足を滑らせ転んでしまった。
「きゃっ」
「ランコ、大丈夫か?」
 ヤトロがランコの足を見る。左足首に石で切れて血が滴っていた。
「大変だ。止血しておかないと」
 ヤトロは懐から手拭きのきれを出すと、それを端っこから裂いて、ランコの足首に巻き付けた。ヤトロはランコを背負うと、アシリカルに言った。
「お前は先に行ってくれ! 兄貴達を助けてやってくれ!」
「うん」
 アシリカルはヤトロに従ってジャガーのいる場所へ向かっていった。

 サミルとラッカは腰を抜かし、この森に棲む人喰いジャガーに怯えていた。人喰いジャガーは軽く七尺(二.一メートル)はあり、四肢の鋭い爪、長い尾に体は砂色に灰色の斑紋、銀灰色の眼は見た者に恐怖を与え、口からは尖った四本の牙がむき出しになっている。人喰いジャガーの顔、左目の下に古い傷跡が走っていた。
 サミルが釣った魚のかごからは魚が激しく地面をはね、たくさん集めた薪が無造作に散らばっていた。
「兄ちゃん、どうしたら……」
「おれだって流石にジャガーは無理だよ。逃げたらどう考えたって、あいつに喰われるだけだろ」
 サミルとラッカは追いつめられた状況を見て震えていた。ゆっくりだが人喰いジャガーが近づいてくる。
 その時だった。ジャガーの上から殻に包まれたままのクルミが投げつけられ、ジャガーはクルミを投げつけた主に目を向ける。白い苔に覆われた木の枝に見た事のない桃色と白の衣姿の少女が立っていたのだ。右手で体を支え、左手にはクルミが握られていた。
「だ……誰!?」
 サミルとラッカは突如現れた少女を見て、首をかしげるが助かったと悟った。
 アシリカルは幹につかまって木から滑り降り、自分に視線を向けている人喰いジャガーに声をかける。
「その二人には手出しさせない!」
 アシリカルは腰に下げていた山刀(マキリ)を抜き、残りのクルミをつかんでいる手の指を動かして、ジャガーを挑発する。
「ガルルル……」
 ジャガーはアシリカルに近づく。アシリカルも視線をそらさないように後退する。以前、カントと旅をした先の山林で出会った時、あの虎とは睨みあった末、虎は諦めて去っていった。狼と出会ったら視線をそらさずに少しずつ足場の高い所へ逃げるように、と狩りの時に父から教わったからだ。
(そう、あと十歩ぐらい下がれば……)
 アシリカルの後ろには大きな石がある。人間なら窪みに手を足をかければ登れるが、木登りが得意なジャガーでは表面が滑らかな石には到底よじ登れないだろう。
 その時だった。ジャガーの後ろから小石が飛んできて、ジャガーはアシリカルから視線を後ろに変えた。
「ガル?」
 ジャガーが振り向くと、そこにはサミルが小石を投げつけているのだった。
「あっち行けーッ、人喰いジャガー!!」
「あっ、何てバカな事を……!」
 アシリカルはサミルの行動を見て声を上げたが、ジャガーは石を投げつけてきたサミルとラッカを追いかけた。
「ガウッ!!」
「うっ、うわああああ!! こっちに来たぁ!!」
 怒ったジャガーはサミルとラッカに牙を向け、二人は逃げた。
「何て事を! あなた達が手を出したりしなければ、上手くいったのに!」
 アシリカルはサミルとラッカを叱ったが二人は逃げながら叫んだ。
「だって、だって今直ぐジャガーから逃げたかったんだよ~!!」
 二人は泣きながらジャガーに追いかけられ、太っちょのラッカがツルに足を引っ掛けて転び、ジャガーの牙と爪が彼を引き裂こうとした時だった。
「ガウウウッ」
「!?」
 アシリカル・サミル・ラッカが何事かと目をつむっていた眼を開くと、カントが飛んできて現れてジャガーを蹴爪で鷲掴みならぬフリィ掴みしていたのだ。
「カント!!」

 アシリカルは助けに来てくれたカントを見て声を上げた。
「アシリカルの様子を見に来たら、こんな事になっていて、とっさに助けに来たんだ」
 カントは翼を羽ばたかせながらアシリカルに言った。ラッカは腰を抜かし、サミルは人喰いジャガーだけでなく、突如現れた二色の羽毛の巨鳥を見て驚いていた。
「ま……また変なのが出たぁ……」
 アシリカルは驚いているサミルとラッカに言った。
「驚かせてごめんね。この子はカントといって、わたしやヤトロやランコの友達なのよ。これでも子供で気のいい子なのよ」
「アシリカル~、こいつはどうするの?」
 カントは自分が掴んでいるジャガーをどうしたらいいかアシリカルに訊ねる。
「なるべく人が入ってこない森の奥に置いてきて!」
 アシリカルの言う事を聞いて、カントはジャガーをフリィ掴みにしたまま、森の奥へ飛んでいった。
「た……助かった~」
 サミルとラッカは自分らの無事に安堵し、脱力した。
「おーい、アシリカル~」
 茂みから足首にケガをしたランコを背負ったヤトロがやって来た。二人とも無事なようだった。
「ランコ、足大丈夫?」
 アシリカルが傷ついたランコの足を見て確かめる。切れ端で足を縛っているとはいえ、このままでは悪くなりそうだった。
「さっきの泉で足を洗って。おれ、傷に効く薬草知っているから、それで手当てして。さっき助けてくれた礼だ」
 サミルがアシリカル達に言い、ランコは泉の清水でケガした足首を洗い、サミルが傷に効く薬草をすり潰して手当てしてくれた。すると、ランコの傷は少しずつ和らいでいったのだ。
「ありがとう。あなたのお陰で助かったわ」
 ランコは笑いながらサミルとラッカに礼を言う。サミルも照れ笑いして、顔をかいた。
「いや、おれとラッカをジャガーから助けてくれたんだ。あと、おれ達の弟、ティキと出会ったんだって?」
「うん。あいつ、七つだってのに村のふもとの井戸まで水汲みに行ってたんだぞ」
 ヤトロがサミルとラッカに言った。
「ああ。もうこれからは水汲みはティキには押し付けたりしないよ。もう無暗に森野奥に入るのもやめるよ。怖い目にあったから……」
 ラッカがうつむきながらも笑う。
「ところで、君らはこれからどうするんだ?」
 サミルがアシリカル達に聞いてきた。
「さっきカントがジャガーを遠いとこに置いてきたから戻ってくるよ。そしたらわたし達は次の場所に行くから」
 アシリカルが答えた。それからして、カントが戻ってきた。カントは羽ばたき風を起こしながら着地して、アシリカル・ヤトロ・ランコはカントの背に乗る。
「改めて見ると凄いな。神様の鳥みたいだ」
 サミルがこぼしたのを聞いて、ランコがクスクス笑う。
「わたし達の国じゃ、フリィは神様の一種なのよ」
「えっ、わたし達の国……って、君達はどこから来たの!?」
 ラッカが聞いて驚くと、ヤトロが答えた。
「この塩山から遠く離れた海より北にある島国、それがおれ達の国だ」
「それじゃあね、ティキや村の人達によろしく言っておいて」
 アシリカルが言うと、カントが羽ばたいて風を起こしながら塩山とジャガーのいる森から去っていった。
「行っちまったな。ティキにも見せてやりたかったな」
「そうだな、おれ達も村に帰ろう」
 アシリカル達を見送った二人は家族のいる村へと足を向けていった。