アシリカル2-5

 
 空山都市の王族

 アシリカル達が塩の山を去ってから二日が経った。アシリカル達の乗るカントは翠の木々と青い線のような河の上空をずっと飛んでいた。
 カントは神鳥フリィの子といえど、いつまでも飛ぶ事は出来ず、夕暮れになると森の中を降りて、カントは川の最も澄んだ水を飲み鮎やウグイとは違ったこの国の川魚を食べ、アシリカル達は木の実や果物、川魚を獲ってそれを摩擦熱で起こした火であぶって、更にランコが塩の山で採った少量の塩で味付けした。
「んむっ……。この塩山で採った塩、粒が大きくって口に当たると痛いけど、味が効いているぞ!」
 川の近くで木の下で火を起こし、魚にかぶりついたヤトロが言った。森の隙間からは空の朱色の眩しさが差し込んで、地面や木々を照らしていた。
「まあ、塩山の人達は塩を売って肉や魚や野菜に換えているからね。なんなら塩山とこの塩とよその村の肉や野菜を組み合わせて食べれば、もっと美味しくなるって事じゃない?」
 ランコがヤトロに言った。アシリカルも魚に塩をかけて食べる他、さっき見つけたキノコもあぶって塩をかけようとした。
「ちょ……アシリカル、そのキノコ大丈夫なの?」
 ランコがアシリカルの持っているキノコを見てぎょっとなった。太めの白い茎に茶色い傘の見慣れぬキノコである。
「え? 大丈夫だよ? さっき赤茶色の猿が食べているところを見ていたけど、平気だったし」
「そういう事じゃなくって……」
 ヤトロが呆れつつも、アシリカルは焼きキノコに塩を振って一口かじりついた。
「おいしいっ」
「ホントかよ~。まあ、アシリカルがおいしい、って言うんなら……」
 ランコとヤトロもカントもキノコに塩をかけて食べ、その日の腹を見たし、夜は冷えるのでカントの翼に挟まって眠り、また朝になると、川の清水やコケモモや野イチゴといった果物で渇きをいやし、川魚やキノコを焼いて食べると、カントの背に乗り再び空へと飛び立った。
 しかし、どこを見ても下は緑と青い線の河ばかりで、村や町みたいなものは見えず、おまけに空が次第に灰色の曇天に染まり、風がビュウビュウ吹き付け、空はドォォォン……と轟く音がした。
「何!? 嵐が来るの?」
「やべぇぞ、雷が落ちてきたり、豪雨になる前にどこかで待機しねぇと」
 ランコが雷に怯え、ヤトロは村や町のありそうな方角を見回した。
 ドゴォォォン
「きゃっ!!」
 雷が強く響いた音でランコは頭を抱えてうずくまった。
「ランコ、もう少し待ってて。もう何里か飛べば村が見つかるかもしれない」
 カントがランコに言った。ヤトロは東、アシリカルは西を見回して、村や人里を探した。そして――。
「あっ、あった! ここから戌(一〇時)の方角に灰色の建物がいくつもある! そこが村だわ!」
 アシリカルが叫んでカントに言った。カントは戌の方角へ全速前進し、降ってきた滝のような雨に打たれながらも向かっていった。
「もうこれ以上は飛べない。村より少し離れた所に降りるよ」
 カントは背の上の三人に言い、小山の山頂に凹んだ地に石を積んだ家々の並ぶ村から半里ほど離れた森に着陸していった。
 森の中も雨で水浸しになっており、雨水が大きな木の葉や枝をつたって打ち水のように流れ、雨水で地面はぬかるみで黒くなり、鳥もリスも猿も木の枝やウロの中に隠れ雨露をしのぎ、アシリカル達もたまたま見つけた木のうろに入って雨宿りした。だがカントは体が大きかったので、雨に打たれる事になった。だが、平気だった。神鳥は雨や雪や嵐に打たれても丈夫なつくりなのだから。
 それからどれ位が経っただろうか。アシリカル、ヤトロ、ランコは木のうろの中でうずくまり、更に各々の衣と同じ色の外套を身にまとい、雨の寒さと体力の温存のため丸まっていた。木のうろの中にいても雨の降る音が響き、ウロの中にゲジゲジや蟻が這い、大小の蜘蛛が巣を張っていた。
「は~、早くやまねぇかな。腹も減ってきたし」
 ヤトロがうずくまりながら呟いた。
「うん……。今何の時だろ……」
 ランコも呟いた。いつの間にかうたた寝していたアシリカルがこっくりこっくり首を上下に動かしていると、急にはっとなって起きた。
「ねぇ、何か聞こえない? 雨以外の音が」
「え?」
 ヤトロとランコがアシリカルの発言できょとんとなる。
「鳥? それとも獣か?」
 ヤトロが腰に下げていた刀を抜いて、うろから気配を探る。するとその音は、獣の忍び足でも何かが転がってくる音でもなかった。その音は多人数の足が向かってくる音であった。
「ねぇ、もしかして三賊?」
「しっ! 大声を出さないで」
 アシリカルがランコの口を手で押さえる。三人は息を殺していると、今度は老女の声が外から聞こえてきた。
「おお~、“空神”様の使いの鳥よ!」
「へっ!?」
 三人は間抜けな声を出し、木のうろから外の様子を覗いてみた。一人の老女が七、八人程の男達と共にカントに崇拝していた。男達は皆、浅黒い肌に黒髪黒眼、男達は麻のような簡素な衣に独特の稲妻模様の二色の色糸を使った縁取りの服に両脚に茶色い革のような腕布に両足はこれまた皮の履き物で足首とつま先が露出している。男達は顔や背丈はまちまちだが、全員木の柄に金属製の矛先の槍と長方形に太陽と白を思わせる紋様の盾を持っていた。
 老女はワシのように高い鼻に顔にはしわがいくつも走り、目もぎょろぎょろしており、葉もいくつか欠け、髪も蜘蛛の巣のように灰色である。手は枯れ枝のように細長く指も長い。背は年取ったためかエビのように曲がり、アシリカルやランコよりも半尺位低い。老女は紫の生地に朱色と金の糸の縁取りの衣をまとい、金の首飾りに耳飾りや腕輪や耳輪、頭には金細工に布のかぶり物を身につけていた。
「“空神“様の使いじゃ! どうか我らに導きを!」
「導きを!」
 老女がカントを「空神様の鳥」と言うと、男達が詠唱する。カントは現れた連中を見て固まっている。
「あの……ちょっと待って下さいよ、皆さん。カントは……“空神様”……なのかもしれないけれど、導きって何の?」
 アシリカルがうろから出てきて、老女達に言った。ランコやヤトロも雨に打たれるのも構わず、姿を現す。
「おお! この肌と衣の型と模様……。“空神様の使い”じゃ!」
「はぁ?」
 老女の発言に三人は立ちつくすしかなかった。そして雨は次第に止んでいき、太陽は出なかったが、それでもましにはなった。

 アシリカル達は老女と男達に連れられて森を出た。森の高台から見えた景色はすばらしいものだった。
「わぁっ……!」
 それは山の段を利用した都だった。緑の草地に石を積んだ家々がいくつも並び、低地のくぼみには雨水をため込んだ大きな池、道には雨水をくぼみに送るような水路の溝が迷路のように走り、この地域特有の野菜や穀物の畑が数十もあり、男も女も子供も両肩に桶を持って水を汲んだり、黄色や茶色の毛をした長い首の蹄の生き物を連れて畑を耕したり薪を積んだり、高原へ連れて行って草を食べさせに行ったりしていた。そして森から見て真正面には巨大な石造りの建物があった。東西南北から入れるよう石段が何段も積まれている。
「へぇ~、凄いいい眺めですね」
 アシリカルが老女に言った。
「ここは約二五〇〇年続く我が国、ナンナナンナ王国じゃ。アレはラマと言う生き物でな、運搬や耕作の他、毛は糸になり乳も飲む事ができる。野菜や草や穀物やラマの他、、ニワトリやガチョウもおるでな。ほれ」
 そう言って老女は一角の小さな柵に囲まれたニワトリやガチョウに麦粒をやる娘の様子を見せた。男も女も子供も麻でできた基礎型の衣に色糸を二つ使って稲妻模様の縁取りの服をまとい、つま先と足首の出た履き物、頭にも衣の縁取りと同じ頭帯をつけていた。時折、耳がねや腕輪といった飾りをつけている者もいた。老女と違って銀色や銅、ヒスイやメノウを削った物であるが。
「銅や錫、ヒスイやメノウ、他にも鉛や鉄や瑠璃、もっと稀有な純金純銀、ダイヤモンドも出る鉱脈もある」
「ダイヤモンド……? ああ、金剛石の事か」
 アシリカルが老女の言った鉱物の名を聞いて手を叩いた。
「それでおばば様、どうしてあたし達をナンナナンナ王国に連れてきたんですか?」
 ランコが老女こと代々王族に仕える賢者、おばば様に訊ねてきた。
「うむ。今から二五〇〇前からナンナナンナ王国に災害や敵軍、次期王位争いなどの波乱が現れると、この国の守護神、空神様の使いの鳥と天の子が降りてきて、我が民の悩み事を解決してくださったのじゃ。
 あくる年では異国の民が我が国の金銀宝石を強奪しに神の鳥と天の子らが現れ強奪者を追い払い、ある年では流行り病が起きた時に神の鳥と天の子らが病を治す薬の作り方を教え、またある年に飢饉が起きた時に神の鳥と天の子らが食べ物の作り方を教えてくださったため、我が国は今日まで栄えてきたのじゃ」
 おばば様は空神の使いの鳥と天の子らの話をアシリカル達に教えた。
「どういう事だ?」
「色々な国の神鳥と人間の子が旅をしていた時に、ここに病の治し方や食べ物の作り方を教えたんだろうね。ぼく達が来るずっと前に」
 カントがヤトロに小声で教えた。
「でも、この国には戦争とかないし、飢饉や病気などの災害なんてありませんよ。いたって平和じゃないですか」
 アシリカルがおばば様に国の様子を見てから言うと、おばば様は首を振った。
「新しい国の後継者の事でな……」
「え?」
 アシリカル達は顔を見合わせた。

 アシリカル達はおばば様と男達、つまり兵士達に連れられて王城にやってきた。石段は幅広も奥行きもあるから昇降はともかく、強風でも吹いたら転げ落ちそうな教父があった。アシリカル達は昇るのに半分で息切れし、おばば様と兵士はバッタのように転々と昇るのであった。
 白の巨大な出入り口は丸い石柱がいくつも並び、ここから見た景色は家も畑も更に森も小さく見えた。
「すごいな……。天に近い城というのは」
 カントが城の入り口から見える景色を見て呟いた。
「うん……。しかも昇っていく度、空気が薄くなるというか、呼吸が荒くなるよね」
と、アシリカル。カントに乗って旅する時は流石にこんな高い場所まで飛んだりしない。カントは人間である三人を気遣って飛んでいるのだから。
 そして、アシリカル達が城に入ると、城は中心が吹き抜けで両脇にいくつも部屋があり、階段が吹き抜け近くの壁にジグザグ状に設置されている。城で働いている人達は兵士や女官、大臣や学者など様々で、兵士は槍の他、金属製の手甲や脛当てをまとい、女官は色糸で縁取りされた肩かけをまとい、大臣は金銀細工の胸飾りで臙脂や紺の肩かけをまとっていた。
 アシリカル達三人とカントは城の人達に色艶やかな羽毛とナンナナンナ王国ではどう見ても見慣れぬ肌や衣のため注目されていたが、おばば様の案内で、四階にある王家の居住区にやって来たのだった。
「ここですじゃ」
 おばば様は王家居住区の一角である憩い場にアシリカル達を連れてきたのだった。憩い場には扉はないが、景色が見渡せる大きな窓には雨風避けの木戸が設置され、他に麻の実やけし粒の詰められたラマの毛織の明るい色の敷物と二人が座れる木製の椅子、それから一人が座れる椅子が四脚、そして低めの木の卓には炭でナンナナンナ王国の歴史を現わす絵が描かれていた。
 何よりもアシリカル達を魅了させたのは、二人の若い娘であった。二人とも、黒髪を綺麗に結い上げ、浅黒い肌に大きな唇、鼻も高く黒目がちの瞳も大きく、一人は赤い絹地に金と黒の縁取りの衣、もう一人は水色の絹地に緑と銀の縁取りの衣をまとい、二人とも金銀細工に宝石付きの腕輪や指輪や耳飾りや首飾り、翼を広げたような冠を身にまとっていた。
「ナンナナンナ王国の姫、エレーナ様とリンダ様じゃ」
 おばば様はアシリカル達に王女を紹介し、アシリカル達も頭を下げ、「初めまして」とあいさつした。
(一人は紅い彼岸花、もう一人は青いツユクサのようだ)
 アシリカルは姉妹を見て、こう例えたのだった。
「姫様? あのう、ご両親の王様と王妃様は?」
 ランコが姉妹姫の両親の事についておばば様に訊ねると、姫もおばば様も渋い顔をした。
「それがの……王妃様は五年前に病で亡くなり、王様も急病で十日前に……」
「そうだったんですか……。すみません」
 ランコが謝罪し、ヤトロが失礼な事を言ったと思いつつおばば様に訊ねる。
「でも、王様が亡くなる前に遺言がある筈なんじゃ……?」
「いや、急な病だったから遺言はなかったのじゃ。大臣達も姫様が二人とも賢明で温和で真面目であるが故、かえってどちらを女王にすればよいかほとほと困っておるのじゃ」
 おばば様はアシリカル達に言った。
「わたし達はどっちでもいいのよ」
「そうよ。わたしであれ、お姉様であれ、どっちが女王になっても同じなのだから」
 姉妹はお互いに王位を譲り合って動こうとしない。確かにこれは困ったとアシリカル達は思った。その時、後ろから野太い声がしてきた。
「おい待て。おれだっているんだからな。おれだって兄上の弟だ」
 声の主は熊のような大柄な体つきに恰幅の良い黒い口ひげに深緑の布地に朱色と黄色の縁取りの服の四〇くらいの男であった。
「叔父様!」
 姉妹は男を見て叫び、姫の叔父はアシリカル達とランコをじろじろと見つめる。
「お前達が空神の使いの神の鳥と天の子か。女に王政ができる筈がない。今のうちだぞ? おれを王にするのなら」
 ガハハハハ、と王弟は場の者達に言って去っていった。
「ああ言ってますけど?」
 ランコがおばば様と姉妹姫に言うと、おばば様は言った。
「わしの占いでは先代王の弟、ジャイ様に王位継承権を与えたら、民は今より苦しい生活を虐げられると出た。
 先代王も言っておった。『弟を王にしてはならない』と。先代王には息子がいないので、姫様のどちらかを女王にするしか、とおっしゃっていいたのだ。占いの結果、神鳥と天の子らの助けが必要と出たのじゃ……」
 おばば様の話を聞いて、アシリカル達は少し納得した。
 時には第三者の意見が必要な時がある、と。