アシリカル2-6

 

  誰が国王にふさわしいか

 二人の王女の父王がなくなり、王女が互いを譲り合っているナンナナンナ王国の占い師のおばば様から〈神託〉を頼まれた、アシリカル、ランコ、ヤトロ、そしてカントは天空に近い城の中の一角で施しを受けていた。
 アシリカル達の座る場所に虹色の円い草を編んだ敷物、そして籠の中に入った麦団子を焼いたのや蒸したのを、中にはゴマや黄色いとうもろこし入りの粒入りもあり、他に白や茶色の焼き茸や野雁やキジなどの野鳥の串焼きや添えた茹で芋や蒸し芋、丸まった葉菜や黄金色の柑橘類やナツメや野イチゴなどが運び込まれた。
「我が国のおもてなしです。どうぞ」
 おばば様は給仕係の侍女が運んできたごちそうをアシリカル達に食べるようすすめた。
「はい、どうも……。いただきます」
 アシリカル達は麦団子や焼き肉や野菜を手に取り、おばば様、エレーナ姫、リンダ姫、姫の叔父のジャイと共に囲んで食べた。エレーナとリンダは黙々と食べ、ジャイだけは不機嫌そうに酒壺から杯に入れて酒を入れていた。酒壺と杯は白磁器に青い染料で二対の鳥と太陽の紋が描かれていた。酒は畑の黍を蒸留したもので、甘いにおいを漂わせていた。
「こほん……そろそろここで、二人の王女殿下の事を教えてもらいましょうか」
 十五分経過したところで、アシリカルは咳ばらいをして、二人の王女に言った。
「ああ、そうだったな……」
「いくらあたし達が〈天からの遣い〉と呼ばれているとはいえ、王女の事は知らないんだったね」
 ヤトロとランコも食べるのをいったん止めて、王女の顔を見つけた。二人とも、年子で外見相応の器量よしで気立てもよさそうであった。ただ一つ気にかかるのが、二人とものんびりそうである事であった。
「女王である者、賢くて学があって政治も得意でないといけないのよね」
 アシリカルは以前、海の中の竜宮帝国で、竜宮の帝王が病で伏せっている時、息子の王子や娘の姫君が政治に取り組んでいた事を思い出した。
「自慢でないけれど、わたしはナンナナンナ王国の歴史や政治、法律や近隣国の語学を学んでおります」
と姉のエレーナ。
「わたしは、幼少の頃から軍事も学んでおり、戦争に陥った時の状況の把握、医学も学んでおります」
と、妹のリンダはそれぞれの得意な事をアシリカル達に教えた。
「二人とも政治や軍事が得意となると、どちらを優先したらいいか……」
 ヤトロがまゆと口を一文字にして手を顎に添える。
「ここ数年は戦争も内乱もないから、エレーナ王女を王位につかせるべきでしょ」
 アシリカルが言うと、ランコが首を振りながら言ってきた。
「戦争とかいつかは起きるものよ。わたし達の国だって女の人も武力をつけるならわしができたのだから、リンダ王女を王位に就かせるべきよ」
「何かランコが言うと説得力が感じられないから、エレーナ王女にすべきよ。国は賢い人に守ってもらうのが大事よ!」
 アシリカルが反論する。
「わたしはそうだけど……国は強い人に守ってもらった方が……」
 ランコが言うと、他の者はああだこうだと言い合っているアシリカルとランコの意見の言い合いに口をはさむ事が出来ず、アシリカルとランコの意見に傾けたりしていた。
「やれやれ……。女が王位に就いたり、第三者に任せたりすると、ろくな事が起きない」
 そう言うとジャイは広間を出て、廊下の柱の陰で何とか自分が新王になってみせっると誓った。
 高山都市では民も王族も日暮や夜に入る頃は誰もが仕事を切り上げて、家畜も飼い犬飼い猫、老若男女も晩さんの後は床に就くのだった。
 高山部は今は曇天のために空は灰色の雲に覆われているが、晴れた夜空は都市の中心に夜空が映るというのだ。夜は当然冷えて風も強いため、頑丈な雨戸が家や白に設置されているのだ。
 アシリカル達は王女達と食事をした間でラマの毛で作った毛布やもみ殻の枕を当てられて一夜を過ごす事になった。アシリカルもランコもヤトロもカントの羽毛に寄り添い、今日の疲れを癒した。王女もおばば様も大臣も召使も眠り、ただ兵士だけが一時間に数人おきで夜の番を交代した。時折、番を終えた兵士が晩酌をやっている様子も見られた。
 広間で寝ているヤトロは夜中にむっくりと起きて、アシリカル達が起きないように、足音や扉の音を立てず、用を足しに行った。
(この城って、どこにあんだろうな……用足し場)
 ヤトロは城内に用足しがないかうろつく。庶民の家なら家の外に厠を設置しており、更に田畑の肥やしにしていると聞いていたからともかく、王城の中では広くてどこにあるかまでは聞きそびれた。
 ヤトロが厠を探していると、ジャイが食堂に入るのを目にし、何だろうと思って扉の対となる柱の陰に隠れた。
(まさか、王女様の朝飯に入れる皿に毒を……!?)
 何てありきたりな、とヤトロは思った。大臣や他の王族が現王や王位継承権の強い者に毒の入った食べ物を入れるなんて、アシリカルの祖先達と長い事戦争してきた和人の住まう土地ではよくあって、稀にアシリカル達の住む土地でもあったのだ。食堂は長い長方形食卓と椅子が置かれ、食卓の上には朝食時に使う食器が置かれていた。位によって食器の種類が異なり、王族は銀製、大臣は銅、庶民は素焼きで、客人には染料入りの磁器を使っていた。
 ジャイは王女の使う銀の器や杯に毒を入れるんじゃ……と思った。ところがジャイは食器には手をつけず、食卓の下に潜り込んで何かを探しているようだった。手には小さなロウソクの灯りをともして。
(あれ、探し物をしているだけか……。まぁ、いずれ見つかるだろうし、気にしなくていいよな)
 ヤトロはそう思って用足し場所を探しだした。

 高山都市では空がバラ色と紫に染まり、明け方がやってきた。この地に棲まう鶸やスズメ、山鵜やキジバトなどの鳥が周囲の森でさえずりだし、民家で飼われているニワトリやガチョウも鳴き出して、人々も起き出して、朝の農作業や水汲み、家畜の餌やりを始める。
 王女達も起き出して、立派な寝台の絹や亜麻の布団から出て、少し早く起きた女官達が王女の着る服を衣裳部屋から出してきて、王女の髪を翡翠のくしでとかし、寝着から王女の服に着替えさせ、腕輪などの装身具を着ける。
 アシリカル達も起き出して、侍女の案内で食堂へとやってくる。
「おはようございます」
 アシリカル達は起きてきた王女、ジャイ、おばば様、大臣達にあいさつする。カントは大きくて食堂には入れなかったので、侍女が運んできてくれた水の入った壺と果物を籠からついばんで食べた。
 食堂に来た一同は位に合わせて置かれている食器の処へ座り、席に着いた。
「きゃっ!!」
 エレーナ王女が悲鳴を上げ、ガタンと椅子から転げ落ちた。
「お姉さま!!」
 隣にいたリンダが姉に近寄ると、エレーナの衣の下に赤い染みを作っていた。赤い衣を着ているとはいえ、生地と血では赤さが違う。
「あっ、エレーナ様の椅子の座布団にピンが刺さってある!!」
 大臣の一人がエレーナ王女の座っていた椅子を見て叫んだ。座布団には太ももに当たる部分にピンが二つ刺さっていた。
「急いで手当てをするのじゃ! 毒は塗っていない。誰がこんな事を……!?」
 おばば様はエレーナの座っていた椅子を見た。エレーナ王女はリンダと侍女に運ばれて食堂を出ていった。
「もしかして、お前達の仕業じゃないのか? 特に小僧。昨夜、わしはお前が白の中をうろついているのを見かけたんたぞ」
 ジャイはきつい視線をヤトロに向けた。
「お、おれは用足し場所を探してたんだよ……。仮に寄り道してたとしても、おれはやってない……」
 ヤトロは頑なに主張し、アシリカルとランコもヤトロの肩を持つ。
「そうだよ、ヤトロがこんな事をする筈ない!!」
(……昨夜、おれがジャイさんが食堂に入っていくのを見たのは、エレーナ王女の椅子に針を仕込んでいたからだったのか……。探しものだと思って浅はかだった……)
 ヤトロは自分の昨夜の勘違いに悔やんだ。
「この国では昔から他所者が来ると、戦争やら病の置き土産といったろくでもない事が起きる。おばば殿もおばば殿だ。兄上の遺言がなかったとはいえ、弟であるわしに王位継承権を渡さず、エレーナとリンダに渡そうなんてどうかしている」
 ジャイはずけずけと第三者であるアシリカル達とおばば様を罵った。アシリカル達もジャイがどうして王にしてはならないのか理由もわかった。相手を気遣うどころかけなし、都合が悪いと人や災いのせいにするからだった。ジャイが王位を継げば国民から反感を買うのは当然、と思った。アシリカル達やおばば様だけでなく、大臣達も
ジャイを睨みつけていた。
「……おばば様、エレーナ王女の様子を見に行きましょう」
と、大臣の一人がおばば様に言って、一人二人と食堂を出て、アシリカル達もエレーナのいる医務室へ向かっていった。
 一人取り残されたジャイは不快そうに立っていた。

 エレーナ王女は医務室を出て、ピンの刺さった部分に包帯を巻かれ、松葉杖をついていた。
「大丈夫ですか?」
 アシリカルはエレーナ王女を見て尋ねる。
「ええ、松葉杖があれば歩けます……あっ、たたた……」
「姉様」
 リンダがエレーナの肩を持つ。エレーナはアシリカル達に言った。
「あなた達、叔父様のやった事にあまり責めないで頂戴ね。お父様がなくなってから、わたし達は叔父様から嫌がらせを受けていて……」
「えっ!? エレーナ王女の椅子の座布団に針を仕込んでいたの、知ってたんですか?」
 アシリカルは思わず声を上げた。話によると、エレーナとリンダは父王を亡くしてから、叔父のジャイがわざと酒をこぼして服を汚したり、寝床にカエルやトカゲを入れたりなどの嫌がらせを受けて、王位継承権を譲渡してもらおうとしていたのだ。
「……こりゃあ、こらしめてやらなくちゃ」
 アシリカルとヤトロとランコはジャイを懲らしめる作戦を企てた。

 ジャイは自分の部屋でくつろいでいると、扉の叩く音がして、大臣の声が聞こえてきた。
「おめでとうございます、ジャイ様。先ほど、二人の姫様から『王位継承権を叔父上に譲る』と宣言し、ジャイ様が新王に決定いたしました」
「何だって!?」
 ジャイは喜んでくつろぎ用の椅子から立ち上がった。
「それは本当か!?」
「本当でございます。今すぐお召変えを。それが終わったら、国民の前で発表をお願いします」
「わかった、今行く」
 ジャイは意気揚々と部屋を出て、新王の儀の衣に着替えた。豪勢な金糸と銀糸と稲妻模様の縁どりに緋色の亜麻と絹の衣は長袖の肩出しで更に衣と同じ色と模様の袖なし外套に金細工に紅玉の指輪、腕輪、耳飾り、首飾り、そして鳥の翼に太陽をかたどった紅玉の金冠を身に付けた。
「立派でございます、ジャイ様」
 大臣の一人が着飾ったジャイに言った。
「うむ、それでは参ろうか。公に発表を」
 ジャイは歩き出し、数人の侍女がジャイの外衣の裾を持って歩く役目に出た。参列は城の階段を下りていき、城下には新王の誕生に見にきた国民が老若男女問わず、集まっていた。国の人達は「ジャイ王、万歳」とも言わず、拍手する事もなく、ただ立って見つめている。
「国民よ、わしが新ナンナナンナ王国の新王、ジャイである。これからはワシがこの国を統べる。皆の者、わしのために働け」
 ジャイが国民の前であいさつを交わすと、城の階段の両脇のアカシアという木の上に隠れていたアシリカルとヤトロガ細くて丈夫な糸を引っ張った。糸は外衣と王衣に縫い付けてあり、するとジャイの衣がとれて、ジャイは腰に肉襦袢を巻いただけの姿となった。
「どわっはっはっはっは」
 国の人達は下着一枚だけになったジャイを見て大笑いした。ジャイも下着だけの恥ずかしさと無様さのあまり、その場から逃げ出して、国の外れまで逃げていったのだった。
 こうしてジャイは国民の笑い物にされ、もうナンナナンナ王国に戻ってくる事はなかった。この事件から数日後、姉のエレーナ王女が女王になる事が決まった。
「エレーナ女王様、おめでとうございます」
 アシリカル達は女王になったエレーナを見て、お祝いの言葉を述べた。エレーナは金細工に紅玉と金剛石の冠と首飾りと耳飾りと腕輪を身につけ、胴巻きを長くしたような絹と亜麻の衣はバラ色で、胸と裾の縁には金糸と銀糸の稲妻模様が施され、髪も二本の三つ編みを結び目でつなぎ合わせたように結われている。そして、白い絹の袖なし外套をまとっている。もちろん妹のリンダやおばば様もいる。
「本当にもう行くのですか。祝いの宴もありますから、もう二、三日ゆっくりしていけばいいのに」
 エレーナ女王はアシリカル達に国にもう少しいるように勧めたが、アシリカル達は旅立つから、と断った。
「いやぁ、エレーナ様が女王になったから、おれ達はもういいかな、と思って」
「エレーナ女王様なら、平和な国にしてくれると思います」
 ヤトロとランコも別れの言葉を述べた。
「それじゃあ、わたし達はまた旅に出ます」
 アシリカルがそう言うと、大きな露台で待っているカントの背に乗った。アシリカル達が乗るほか、ナンナナンナ王国の穀物で作った蒸し団子、焼いたジャガイモにマスの燻製、ラマの乳で作ったチーズや干し肉もエレーナ女王が持たせてくれたのだ。
「さようなら、エレーナ女王、リンダ王女」
「さようなら、アシリカル、ヤトロ、ランコ、カント」
 エレーナ女王とリンダ王女ととおばば様は露台から旅立っていったカントに乗ったアシリカル達を見送っていった。カントは朱色の夕焼け空と山の彼方へと飛び去っていった。