アシリカル2-8

 

密林の住民と村で

 大河の流れる密林でケガをしたジャガーを助けたアシリカル達は、自然の野幕の中でジャガーを負傷させた白人の狩人達に見つからぬように、このジャガーを助けなければと対策を練っていた。
「そういえば、あの狩人達、原住民の奴ら聞き出そうとしていたな。この密林に村があるって事だよな?」
 ヤトロがアシリカルとランコに尋ねると、アシリカルが以前に象とワニの棲む密林で、親と離れた子象を仲間の元へ送り届けるために途中に寄った廃村を思い出していた。あの廃村は土砂崩れで家屋や食物蔵や家畜小屋がつぶれて、村人が使える道具を探しだしていたのを思い出した。まぁ、村人は別の土地で新たに村を築いていたが。
「密林の村の人達にジャガーをかくまってもらうのか……。それはそれでいいけれど、村がどこら辺にあって、白人の狩人もどこでうろついているかもわからないし……」
 ランコが気弱そうに言うと、アシリカルがカントに指示を出した。
「カント、ジャガーを捕まえようとしている白人の狩人に見つからないように村を探してくれる?」
「わかった。狩人達に見つからないように気をつけるよ」
「わかった。探してみせるよ」
 そう言ってカントは木々が覆いかぶさった自然の野幕を出て、狩人がいないかどうか確認してから飛び立っていった。
 空は昨日と変わらず鮮やかな青に白い雲、白金の太陽が北東に浮かび、濃い緑の密林の木々の中に縫うように流れる青い線の川がくっきりと現していた。
 カントは金色の眼を動かし、村を探した。右、左、前、後ろ、と探していると、アシリカル達のいる天然の野幕から丑(一時)の方角に木々の少ない土地に段重ねの地面に高床式の木造の家がいくつも建てられているのを目にしたのだ。それもカントが引くいかだでみんなを乗せていけるという道のりだった。
 カントは大急ぎでアシリカル達のいる野幕に戻ると、待っていたアシリカル達に村の場所を教えたのだった。
「でかした! 早速その村へ行きましょ」
「その前に昨日着た服が乾くのが先。ほら、まだ半乾きじゃない」
 ランコが木の枝に引っ掛けてある衣や帯を触ってアシリカルに言った。
「焦る事はないだろ? ランコの言うとおり、服が乾けばいいだけの事なんだからよ」
 ヤトロが野幕の地面から出ている石に座って、更に荷物を入れる背負い袋から更に草の繊維で出来た小袋を出した。
「ビー玉ぶつけでもしようぜ。着替えが乾くまでよ」
「ヤトロは村で一番、ビー玉ぶつけが上手いからなぁ」
 アシリカルが言うと、三人は地面に置いたビー玉を相手の陣地からはじき出す遊びをやった。ビー玉は透き通った青や青や緑や白で、更に木漏れ日の光でキラキラと光っていた。
  密林はじめじめしていて蒸し暑く、虫も多かったけれど、衣は思っていたより早く乾いて、アシリカル達はカントが引っ張るいかだに乗って村へと進んだ。川は昨日と変わらず透明で水藻が濃いため緑色にも見えた。ひげの長いナマズや白いひげの魚が泳ぎ、ブヨやカなどの虫も飛んでいたけれど、カントはいかだにつながれた蔓の縄を引っ張って川上へと進んでいった。
 進んでいく中で大小様々な猿や色とりどりの鳥、二尺ばかりの大きさの茶色い毛の四足の獣も見られ、アシリカル達は密林の姿に見とれていた。
 カントがアシリカル達の乗るいかだを引っ張って進んで、どれ位が経っただろうか。カントの飛ぶ速度が次第に落ちてきた。
「カント、少し休んで川の水を飲む?」
「うん……。ごめんね」
 一行は大きな白い花崗岩が川を挟んで二手に分かれさせている処で一休みにした。カントは地上に足を着け、川の最も澄んでいる場所の水を嘴から飲んだ。昼間といえど、密林は薄暗く、木々の枝から入ってくる日光の木漏れ日が辺りを照らしていた。
「さて、一休みしたら村へ行かないとね」
 アシリカルが長い事座りぱなしだった膝を叩いて、みんなに言う。その時だった。茂みから褐色の肌に草や木の繊維の腰巻、髪の毛は黒い縮れ毛で眼も黒くて鋭く、三尺ばかりのアシリカル達より半尺ばかり大きいとはいえ、小柄だけどどこか威圧感があってこの密林の鳥の羽毛の頭飾りをつけた六人の男達が出てきたのだった。
「おい、貴様ら、さては昨日、ジャガーを狙った奴の仲間だろ? この肌の白さ、この服装、おれ達見れば、わかる」
 男の一人がアシリカル達には方言には聞こえる言葉で一同に向かって行ってきたのだ。男達は木の枝の持ち手に黒曜石の矛先の槍、石弓、黒曜石の斧を持っていたのだ。
「お、おれ達がこのジャガーを狙った奴らの仲間だって? 違ぇよ、おれ達はこのジャガーを助けてやって村に送ってやろうとしただけだよ」
 ヤトロが激しく否定して男達に言った。
「わ、わたし達は確かに白い肌をしているけど……」
 ランコも身の潔白を男達に伝えた。
「でも、この腰に下げている物は何だ! どう見ても武器! 他にも持っているか調べろ!」
 男達はアシリカルとヤトロの持っている太刀を見て、他の男達がアシリカル達の身体検査を始めた。カントも密林に棲む鳥には大きすぎると思い、じろじろ見つめられていた。
「見ろ、こいつら、こんなの、持っていた」
 アシリカル達の荷物入れを持ってきた男がまとめ役らしい男に見せる。持ち物は火打石として使われる黄鉄鉱、食糧であるナンナナンナ王国からもらったラマのチーズや家畜の干し肉に麦まんじゅう、ランコが洗濯に使ったハスカップの石鹸、さっき乾いたばかりの衣と帯、もしもの時の針と糸束、そしてアシリカルの旅の帳面だった。
「おい、そこの女、この絵は何だ?」
 男の一人がアシリカルに昨日の平原で見つけた巨大な地上絵の鳥をアシリカルに見せつけて尋ねてきた。
「こ、これ? 昨日の平原で見つけた生き物の絵の描き写しよ……」
 アシリカルは直球に男達に返答した。他にも尾長猿やトカゲなどの絵もあったので、男達はアシリカルに言った。
「おい、お前ら……。疑って、すまなかった」
 男達はアシリカル達に謝罪してきた。ランコとヤトロはほっと安堵する。
「あ、ありがとう……ございます……」
 アシリカルは引きつり笑いするも、男達の様子を見て落ち着く。
「この鳥、ハチドリという。ハチドリ、平和の象徴。お前、この絵を描く、ハチドリは平和の愛する者、悪者ではない」
「へぇ……、この鳥ハチドリっていうのか……」
 ヤトロが素早く羽ばたいて細長い嘴で花蜜を吸うハチドリを見て感心する。
「尾長猿、知恵の象徴。こっちのカメレオン、大胆さの象徴」
 アシリカルの地上絵の描き写しを見て、男達はアシリカル達に説明する。
「カムイシレペツではフクロウが知恵の象徴であるように、ここの知恵の象徴は尾長猿かぁ……。じゃあこの子、ジャガーは何の象徴?」
 ランコが尋ねると、男の一人が答える。
「ジャガーは勇気の象徴。ジャガー、密林でワニや蛇に負けないくらい、強い。ジャガー、襲った奴、勇気の象徴、平気で傷つけた。それ、大いなる罰、下る」
 アシリカルは天然の野幕によってきた男達の会話を思い出していた。
(あの人達はジャガーを狩って毛や爪や牙を売り飛ばそうとしていたんだっけ……)
「なぁ、あんた達。こいつをあんた達の処で保護してやってくれないかな。おれ達は狩人じゃないけど、所詮他所者だし」
 ヤトロが男達に頼みこんできた。男達は顔を見合わせて、先導役の男が答える。
「よし、わかった。このジャガー、我々が連れていく。でも、お前達にも、我々の村へ来てもらう。まだ、信用できないところ、ある」
「やっぱし、そーいう訳にはいかないか……」
 ランコが男達の言葉を聞いて、肩を落とした。
「ねぇ、カントだけはここに残してくれないかしら? カントは水を飲ませないといけないし、村に連れて行ったら連れていったで、大騒ぎになるし……」
 アシリカルが男達に懇願すると、男達は承諾した。
「わかった。お前達とジャガーだけ、連れていく。この大きい鳥、残す」
 カントが村の男達に連れていかれるアシリカル達の事を気にしたが。アシリカルは「わたし達に何かあったら必ず呼ぶから、それまで待っていてね」と伝えた。

 アシリカル、ランコ、ヤトロ、彼らに助けられたジャガーは村の男達に連れられて湿気と蒸し暑さの漂う密林を歩いていった。虫が飛び、クモやムカデが地を這い、猿や鳥の鳴き声が深緑の中に響いた。地面には石ころや木片が散らばり、魚皮靴(チェプケリ)を履いているアシリカル達は踏みつけて転ばないように気をつけていた。
「ん?」
 アシリカルが密林の道を歩いていると、シューシューという音が聞こえてきたので耳を傾けると、何と大きい茶色のまだら模様の蛇が木の枝からぶら下がっていたのだ。
「きゃああっ!!」
 アシリカルは蛇を見て腰を抜かして尻もちを着いた。
「どうして、蛇見ただけで、騒ぐ!?」
 男が大蛇を見て驚いたアシリカルを睨みつける。するとランコが説明した。
「あのおじさん達、アシリカルは蛇が怖いんですよ。この子の故郷で、山道を歩いていたらカガシって蛇を踏みつけて怒らせてからね、蛇が嫌いなんですよ」
「このアナコンダは大きいだけ。毒、持っていない。大きくて長い体で相手を絞め殺すが、我々が危害を与えなければ、問題ない」
 中年の男がアシリカルに大蛇の事を教えると、アシリカルはランコにしがみついていた。
「でも、蛇は怖いよう」
「アシリカルはこういうとこは女らしいんだよな」
 ヤトロが軽くふきだすと、アシリカルは蛇を目を合わせないように歩み出した。
 それから三、四〇分くらい経って、アシリカル達は先端が尖った杭がいくつも並び立ち、切り拓かれた地に洪水や土砂崩れから守るための木造の高床式の家が建てられ、家の中では女が木や草の繊維で糸を紡いだり、折りたたみ式の機織り機で布や敷き物を織り、若い娘は幼い弟妹の世話をし、若者は地中になる芋を掘り出したり洗ったり、まんじゅうにするために粉にしたりと、暮らしていた。男と女の違いはというと、女は草木の繊維の服を腰巻と胸を包む上衣として着ており、装身具も木を削ったかんざしや布の切れ端を髪紐にして髪を結え、色付きの小石をつなげて首飾りや腕輪、指にはめるための指輪や耳につける耳がねに削っていた。金剛石や紅玉や緑玉などの貴石ではなく、翡翠や瑪瑙、琥珀や黒曜石といったものである。
「ムパ達が帰ってきたぞ!」
 高いやぐらの上の青年が村の見回りに出かけていった男達の帰還を村人に伝えた。すると、防壁の一部が前倒れに開いて、男達とジャガー、そしてアシリカル達が村に入ってくる。
 村人達は男も女も子供も老人も肌が白くて風変わりな服のアシリカル達を見つめ、物珍しそうに見つめる。ジャガーは村の女達から手当てを受けてもらい、アシリカル達は村の中心に座らされ、そこへ村の長老が娘らしき女性に連れられて、アシリカル達の前に現れる。長老はアシリカル達より三寸小さく、腰曲がりで、木の杖をつき、褐色の肌に対して長い髪やひげが白く、顔にしわが走っていたが、それでも威厳が保たれていた。
 男達の先導役であるムパが長老に耳元でアシリカル達の事を教える。
「あー……、遥か北の地からやって来た若いの、よくこの傷ついたジャガーを我々の村まで送ってきてくれてありがとう。だが、お前さん達はジャガーを捕まえようとした奴らの仲間ではないのだろうな?」
 長老が震えつつもはっきりした声を出し、アシリカル達に尋ねてきた。
「えー……、まぁ、おれ達は確かに北の地の村で畑を耕したり、魚捕ったりする他、狩りもしますけれど、でもこの密林に来たのは昨日の事で、ジャガーを生け捕りにしようなんてございません」
 ヤトロは何かすんなり答え、アシリカルとランコは軽く引く。
「そうか……。ジャガーは我々密林の民にとっては神様も同然。実はというと二、三日前に白き肌に金の髪の狩人がわしらの村に現れてきて、ジャガーがたくさん集まりそうな場所を教えろ、と火を噴く金属の杖を向けてきたのだ。幸い死者は出なかったが、わしらは白い肌の者は信用できん。かの者は賢く恐ろしく冷たい。お前さん達も肌は白いが、この間の者とは違い、やましさを感じぬ」
 長老はアシリカル達を見つめる。
「確かに……。どう見ても素直そうだし……」
 村人達もアシリカル達を見て、ひそひそ声を出す。
「実はというと、今朝また狩人達が村にやってきて、『ジャガーの他にケツァルコアトルスの宮殿の場所も教えろ』と現れたのじゃ。
 虹の神、ケツァルコアトルスの宮殿には秘宝があるという言い伝えを知ったようなのだ。
 白き肌の若者よ。どうかわしらに代わって、ケツァルコアトルスの宮殿に向かい、秘宝を守りとおしてほしい。頼みますだ……」
 長老は深々とアシリカル達に頭を下げ、やがて他の村人もアシリカル達に期待の眼差しを向けてきた。
「どうする? 何かわたし達、すっかり頼られているよ?」
 ランコがアシリカルとヤトロに視線を向ける。
「だからといって、放棄する訳にもなぁ……」
「行こうよ、その宮殿へ。いざとなったら、カントに来てもらえばいいんだし」
 アシリカルがランコとヤトロにわずかな好奇で言った。
「ありがとう、遥か北の地の若者らよ……」
 長老がしみじみと礼を言う。
 こうしてアシリカル達は、白人の狩人から秘宝を守るために、虹神ケツァルコアトルスのいる宮殿へ行く事にしたのだった。