動物モチーフをよく使う訳

 
私は小学生いや幼稚園から動物が好きだったと思う。読書はよく動物図鑑を愛読していたし、動物の名前や外見や能力を覚えるのも得意だった。
 特に動物園が大好きで、小学校4年ぐらいまでは東武動物公園に連れてってもらっていた。父の社宅である団地では動物はせいぜい金魚ぐらいしか飼えなかったが、小学校5年生の時に今の土地に引っ越すことになり、犬も飼えることになった。犬種はポメラニアンで、ポンと名づけた。ベージュの毛色の雌である。ポンはあまり食べることが大好きであまり賢くはなかったがいい子だった。13歳11カ月で亡くなるまで、私と家族は彼女と暮らしていた。
 その他にも15年間の間に9代のハムスターを飼っていた。小中学生のうちは飼育知識がなかったため早死にさせてしまったが、高校生以降は1年半以上生かせた。
 そして2009年の4月15日に新しい動物が入った。上弟が拾ってきた猫で、「リュウ」と名付けられた。弟の名前がワタルだから。真っ白で金眼の雄だが、とんでもない問題児だった。赤ちゃん猫のうちは可愛かったが大きくなるにつれ、噛みつくわ引っかくわ人の寝ている邪魔はするわという我が家は猫から振りまわされていた。
 そのくせこの猫は内弁慶で外に出したら怖がるという性格で、ご飯のときだけ甘えた声を出す。我が家は30年ものの間、猫を飼うことはなかった。
 話は戻って、大人になったらもう動物園にはいかなくなっていた。水族館すらも。もう動物に関する知識が詰め込まれていたのだ。もう充分だということだろうか。それとも元からインドア人間だったためか、もういいということか。それとも心が大人になったからか。どっちにしろわからなかった。
 私は人間での一生を終えたら、来世は人間以外の動物に生まれ変わりたい。強い動物ならライオンやゾウやゴリラ、ワシやクジラで保護動物なら狼や犀だろう。外見での憧れなら孔雀やフラミンゴ、白虎のような珍獣だろう。ペットなら純血の犬や猫やウサギだろう。カラスやドバト、ましてや嫌われ者のゴキブリやハエやカは勘弁したい。
 私の好きな動物は、ピューマ・フラミンゴ・サカマタ・カジキ・センザンコウ・ジャクソンカメレオンといった珍しくて格好いい生き物だ。
 私の書く小説に動物モチーフの人物が出ているのは、私の好きな総合思念の塊である。