フューザー1-2

 
 遭遇、ラグドラグ

 ジュナがエルネシア上級学院に転入してから六日が経った。ジュナはほんの少しだが新しい学校になじんだ。五日前に会ったラヴィエとダイナがクラスのみんなに、ジュナのことを話してあげたので、普通学科三年のほとんどがジュナに優しくしてあげた。
 だが、バルカロイドの少女、ケティ・ホーマーだけは接することはなかった。ケティはいつも一人でいることが多く、機嫌が悪くなると学校を早退したり、誰かに八つ当たりして怒鳴ることがしばしあった。
(本当にあの子は優しいんだろうか? わたしは一度もケティが笑っていたり、誰かに優しくしているところを見たことがない)
 ジュナはケティを見る度そう思った。
 その日の全ての授業が終わると、ジュナは学校の敷地から出ようとした時、ケティを見かけた。ケティはベージュの麻(ラスファ)のシャツと黒いスカートを着ていたのでわかった。ケティは東の地区に向かって歩いてた。ジュナはこっそりと彼女を尾行した。学校の東側は最初は普通の住宅街であったが、半ラヴァン(七五〇メートル)過ぎると、下に川のある大橋を渡っていき、橋の向こう側の薄茶色の大地と石ころと所々に生えた雑草だけの荒れ地にたどり着いたのだった。荒れ地には人らしい人がおらず、家らしい家も見当たらない寂しい土地だった。
 荒れ地を進んでいくと、中心に白い石膏の塀が見えてきた。よく見てみると、塀はひび割れており、中にある赤茶色の屋根に白い壁の建物もひび割れており、前庭も八全辺(三十二坪)の広さで、そこにいる子供たちも棒倒しや石積み、蹴鞠をしていたがあまり楽しそうでなかった。
 塀には灰色の石彫で『集いの家』と刻まれている。おそらくここがケティの住む養護院なのだろう。ジュナは養護院の子供たちに気づかれないように観察した。
 ケティが建物から出てきて、院の小さな子供たちと遊び始めた。ケティが鬼ごっこ役の鬼を務め、ケガした子の手当をしたり、トイレに行きたがっている女の子を連れていったり、おやつを持ってきてあげたりしていた。いつも学校で見ているイライラした顔ではなかった。穏やかな笑みだった。
 すると建物から院長先生らしき人、白髪頭に口ひげをはやし、黒いセーターとベージュのパンツを身に付けた男の人が出てきた。
「いやぁ、いつもすまないね、ケティ」
「いえ、いいんです。もう私、ここにいて四年もいれば慣れてますよ」
(四年もいるんだ……)
 ジュナはケティがこの養護院に長くいることに驚いていた。
「しかしいいのかね? お母さん、君を引き取りたがっていたけど」
 院長先生がそう言うと、ケティは首を振った。
「いいえ、帰りたくないです。六歳だった私とお父さんを捨てて出て行ったお母さんなんて……。お父さん、そのせいで酒浸りになって働くなくなって、国の公民調査員が見つけてくれなかったら、私は今頃いなかったし。院のみんなも私と似たような者だし……」
(そうだったんだ……)
 ジュナはケティの生い立ちを知って、胸が苦しくなった。ケティは母親が蒸発、父親は働かず酒浸りになったという生活に陥っていたことを。
「しかしね、お母さんは反省していて君を引き取りたいと言ってたし、お父さんはアルコール疾患で亡くなったじゃないか。それに学校だって、国が学習支援費を出してくれているから十六歳までは……」
「院長先生、院のみんなは私を慕ってくれているんです。もし、私がいなくなったら、誰がこの子たちの面倒を見てくれるんですか?」
 ジュナはケティの言葉がもの悲しく思えて辛くなって、その場を去っていった。

(ケティはやっぱし優しかった。学校での姿は、寂しさの裏返しなんだ)
  

 ジュナはとぼとぼ歩きながら、もと来た道を歩いていた。クラスのみんなにケティの本当の姿を話すべきか悩んでいた。しかし、本当のことを言えばかえってケティが辛くなってしまうと思っていた。
 荒れ地を抜けて住宅街との境目である橋に来た。橋の長さは二十五ゼタン(五十メートル)あり、高さは二.五ゼタン(五メートル)あり、渡り部分は白い滑光石、アーチ状の脚部分は茶色の鋼(こう)堅(けん)石(せき)でできていた。街側に芝生の生えた二段の土手、荒れ地側に砂と石だけの土手。土手の手前の道に増水防止の緊急シャッターが設置されている。普段さえ流れの激しい川は大雨や嵐になると、洪水に悩まされたのだろう。川は少し先のところで二又に分かれ、まっすぐ北に行けば水道センター、北東は水道局に繋がっている。
(ママのような都市開発者が、荒れ地を豊かな街にしてくれればいいのに)
 さすれば養護院も新しくしてもらえる筈だとジュナは思った。その時、何かが水に落ちる音がした。
「わーん、ティッチー!!」
 小さな子どもの声が聞こえ、ジュナは橋から下を見てみた。街側の土手に小さな女の子が泣いていた。ジュナは泣き声の主のいる土手に駆け付け、泣いていた女の子に訊ねた。女の子は五、六歳の金髪で色白の女の子だった。
「どうしたの!?」
「あたしの……あたしのティッチがぁ~」
「ティッチ?」
 川に目をやると、白毛に茶ぶちの子犬(ヒュニーヘン)がキャンキャン鳴きながら、ながされているではないか。誤って川に落ちてしまったのだろう。
「うあ~ん!」
 ジュナは女の子に言った。
「大丈夫よ、わたしが助けに行くから!」
 そう言って鞄を土手に置き、川に入って女の子の子犬を助けにいった。しかし、川の流れが速く、あと一歩で届くのになかなかつかまえられない。
(流れが強すぎて、届かない……。何とかしなきゃ……)
 川はジュナの腰までの深さであったが、このままだと子犬は流されて溺れ死んでしまう。一か八かジュナは思い切ってジャンプし、子犬を両手で掴んだ。
(やった!)
 しかし、ぬかるみで滑り、そのまま流されてしまった。
「お姉ちゃーん! ティッチー!」
 ジュナは子犬を両手で掴んで上にあげたまま、川の向こうに流されていった。

「うう……」
 気がつくとジュナはトンネルの中にいた。正しくは地下水路だろう。川の北東先の地下水路に流されていた。地下水路は流れが緩やかで、深さがジュナのふくらはぎほどだった。水路は丸く、深緑の壁に覆われ、両端に水路点検用の道、上の両端に電灯が一ゼタン(二メートル)置きに設置され、薄オレンジの仄明るい灯光を照らしていた。
「あ……ワンちゃん……」
 ジュナが立ち上がると、道の上に水気を取って体を震わせているティッチがいた。
「良かった……。でもずい分濡れちゃったなあ……」
 そう言うと黄色のベストとスカートをとインナーの黒いTシャツとスパッツを脱ぎ、服を絞って水を出した。ブーツも濡れて中がグショグショだった。
「余分な水だけ取れば、あとは乾くよね……」
 そうして服を着ようとした時だった。
「グルルルル……」
 突然ティッチが唸りだしたのだ。
「どうしたの!?」
 ジュナはティッチが唸っている先を見てみると、向こう側から二つの薄紫の光が近付いてくるではないか。
(地下水路点検に来た人!? それとも飼っていたけど逃げ出した鰐(ゲートイル)?)
 ズルッ、ズル……という音を立てて近づいてくる。ジュナとティッチが固まっているさなか、そこに現れたのは……。
「ええっ!?」
 ジュナはそこに現れた生き物を見て驚いた。人でも鰐(ゲートイル)でもなかった。
 背丈は半ゼタン、尖がった頭、頭の二対の金の角、大人の二の腕ほどの太さもある前足、配管ぐらいの太さの後ろ足、その四肢の先は五本の金色の爪、尾は蛇(ラーミャ)のように長く、首は尻尾の半分の長さ、瞳は薄紫に輝き、白い体には紺色の筋があり、背中に二枚の翼をもった竜(ドーリィ)だった。
 ジュナは目の前に現れた竜を見て驚いた。ティッチはまだ唸っている。
「ド……竜(ドーリィ)が何でここに……!? それに白い竜(ドーリィ)は暖地にしかいない筈なのに……」
 ジュナがぼやいていると、突如竜(ドーリィ)が口を開いて喋った。
「お前らなぁ、ここは音が響くからよぉ、おかげで目が覚めちまったじゃねーか!!」
 若い男の声で竜(ドーリィ)は叫んだ。
「しゃっ、喋ったぁ!?」
 ジュナは驚いて腰を抜かし、ティッチは尻尾を丸めて後ずさりした。すると竜(ドーリィ)がジュナの体を見て言った。
「って、お前、女かぁ!? 俺に裸なんか見せんじゃねーよ!!」 
竜(ドーリィ)に言われてジュナは自分の体を見ると、灰色のハーフトップにショーツだけの姿だったことに思い出した。
「ああっ! やだぁっ!!」
 ジュナは急いで絞っただけの服を着て、竜(ドーリィ)に訊ねた。
「ド……竜(ドーリィ)さんて、喋れるの? 何で?」
 すると竜(ドーリィ)は鼻先で笑うようにジュナに言った。
「融合獣を知らねえってことぁ、お前はよっぽど世間知らずってことだな」
 竜(ドーリィ)自分の胸にある石をジュナに見せた。胸の中心に縦六角形の薄紫の石がついている。
「あ……。これって契合石?」
 ジュナは竜(ドーリィ)の胸の石を見て言った。


ジュナはティッチを両手に抱き、竜(ドーリィ)の後をついていって、地下水路を歩いていた。コツーンコツーンと水路内に靴音が響く。
 この白い竜(ドーリィ)の姿をした融合獣はラグドラグ。この地下水路を住み家にしていて、時折夜
に下水道から出て、食べ物を探しているという。ジュナもラグドラグに子犬のティッチを助
けようとして、川に流されて地下水路に迷い込んだことを話すと、ラグドラグはジュナをマ
ンホールのある所まで案内してあげた。
「まあ、この地下水路は俺の家の廊下みたいなもんだ。大体ここは何番街かって把握もしてある。それにしても、お前は莫迦だな。自分はどうなってもいいからって、犬っころなんか助けやがって」
 ラグドラグが毒づいたので、ジュナは頭に来たが堪えて尋ねた。
「どうしてラグドラグはこんな場所に住んでいるの?」
「んー……。何つうかなぁ。人と関わりたくないんだよなー。融合(おれた)獣(ち)は人間や他の生き物と違って長く生きるからかな。周りの変化に合わせられないんだよ……」
「長生きなんだ……」
 ジュナは融合獣が長寿生物だと知って驚いた。
「ところで、融合獣は人間と一つになるって友達から聞いたんだけど……。人間を強くさせるとか人間を獣人化させるとか一人一人の話がまちまちで……」
「さあな。もし、お前が融合獣と融合してみりゃあ、わかるんだけどな」
「……?」
 そしてラグドラグは足を止めた。
「ここがお前が入った川の近くの街の出入り口だ。ここを上がれば街に出れる」
「ああ……。ありがとう」
 ジュナはティッチを左手で抱きながら足かけを上り、丸い鉄製の蓋を力入れて押し上げた。まずティッチを外に出し、ジュナも這い上がった。ジュナが出たのは川の近くの住宅街だった。空を見てみると日はもう少しで西に沈もうとしていた。幸い出てきたところが、人通りの少ない道だった。ジュナはマンホールを覗き、ラグドラグに言った。
「ラグドラグは? 一緒に行こうよ」
「俺はいい。お前たちでも行け」
 ジュナは少し困った顔をし、ラグドラグにお礼とさよならを言おうとした時だった。
 ファンファンファンと、サイレンの鳴る音がした。空を見てみると、白と青の車体の警察車が何台か空中を走っている。
「何があったんだろう?」
 ジュナはティッチを連れて、警察車のあとを追った。住宅街では人々が家から出たり、窓から様子を見てみたりとしている。道の向こうから親子が走ってきた。

「さあ、メイユ。避難しないと……」
「でもティッチが……」
 娘の方はティッチの飼い主の女の子だった。母親も金髪に白い肌、蒼眼だ。ティッチはメイユを見て、ジュナの手から抜け出し、メイユの方に走っていった。
「ティッチ! 戻ってきた!」
 メイユはティッチを抱きしめて喜んだ。
「あなたがうちの犬(ヒュンフ)を……。ありがとうございます」
 母親がジュナにお礼を言った。
「いいんです。あの子が喜んでいてくれれば……。それよりどうして警察車が来てるんですか? 何があったんですか?」
「え、ええ。実は強盗が逃げて、養護院に立てこもってたらしいのよ」
「えっ!? その養護院って『集いの家』じゃ……」
 女の人は頷いた。
「そっ、そんな! あそこにはうちの学校の友達がいるんです!」
 ジュナが青ざめると女の人は言った。
「あとは警察に任せて、あなたも避難しておきなさい。それじゃあ……」
 メイユ親子が去ると、ジュナは小さく震えながら立ち尽くしていた。
(きっと、院のみんなは怖い思いをしているだろう。殺されるかもしれない……)
 その時だった。後ろからラグドラグが声をかけてきた。
「ジュナ、お前まさかダチを助けようなんてバカな考え持ってねーだろーなー」
「う……」
「俺ぁ、自分の命を捨ててまで誰かを助けようなんて奴ァ嫌いだ。でもよ、お前もダチも生かすってのなら別だがな」
「うん、そうしたい」
 ジュナは真剣な顔をして言った。
「じゃ、俺をその近くに案内してくれ」
 ジュナは頷き、ラグドラグと共に街の境目である橋の下に来た。橋の荒れ地側は立ち入り禁止のテープが張ってあった。ジュナは橋の下へ行き、自分の鞄があるのを確かめてから、ラグドラグと向い合わせになる。
「お前に力を貸してやろう。行くぞ……」
「うん」


 ジュナはラグドラグの胸の契合石に自分の左掌を重ねた。すると薄紫の光が眩く光、ジュナの左手に刺されたような鋭い痛みが走った。
「ああっ……!!」
 ジュナはその痛さに手を離し、光は失せ、ジュナの掌に刻印が刻まれていた。ジュナは肩で呼吸しながら、自分の掌の刻印を見た。
「こ……これは……!?」
 刻印は竜(ドーリィ)の姿が刻まれ、スウッと消えていった。
「これで俺はお前と一体化できるようになった。お前は俺の融合適応者だ」
「融合……適応者……」
 ジュナは呟く。
「まあ、最初が痛ぇのは、お前の中に俺の契合石を入れたからな。お前の契合石と俺の契合石と反応することで融合できるんだ。これでも簡単に言ってるんだぜ?」
「わたしはそんなに、頭悪くはないよ……」
 ジュナが気を悪くすると、ラグドラグはジュナに訊く。
「行くか? ダチを助けに」
「うん!」
 ジュナは返答した。
「そんじゃ行こうか。『融合(フュー)発動(ジング)』と言うんだ」
 ラグドラグに言われて、ジュナは言った。
「融合(フュー)発動(ジング)!!」
 ジュナが叫ぶと、融合が始まった。
 ラグドラグは白いオーラとなり、ジュナを包み込む。オーラに包まれたジュナは体を広げて、オーラがはじけ散ると、融合した姿を現した。
 手足は竜(ドーリィ)の金爪がついた白い手足になっており、腰に白く長い尾、背中には紺色の膜が張られた白い翼、腰に白く長い尾、二の腕と両腿は紺色、胴体は白く胸の中心に薄紫の契合石、頭部は竜頭の上半分をかぶせたようになり、明褐色の髪がはみ出ている。閉じていた瞼が開かれ、薄紫の瞳を輝かせる。
 ジュナはラグドラグと融合した自分の姿を見て驚く。
「これが……融合……」
 その姿はまさに竜人(ドリトイド)。噂通りだった。それから体の奥から得体のしれない力がわきあがってくるのを感じる。
「これが俺たち融合獣の能力――人間の姿を変え、力を増幅させる……。俺の能力は飛翔と竜(ドーリィ)さながらの攻撃力だ」
「うん……。凄いよ、それに……」
「それに?」
「いや、何でもない。行くよ、ラグドラグ」 
 融合したジュナは『集いの家』に駆け出そうとしたが、ラグドラグに止められた。
「いや、どうせなら空を飛んでいった方がいいだろう」
「どうやって……」
「何のために翼があるんだ。軽くて跳んで翼を動かすんだ」
 ラグドラグに言われてそうしてみると、翼をはばたかせ上昇して、街の上空十五ゼタン舞い上がったのだ。
「わわっ、飛んでる!」
「上から行った方が安全だろ? そんじゃ行くぜ!」
 融合したジュナは背中の二枚の翼をはばたかせ、『集いの家』のある方向へ飛んでいった。

 一方『集いの家』では、建物の四方を警察が囲み、犯人が出てくるのを待っていた。白い帽子に白い上着と青いズボンをまとい、黒いブーツを履いた警官たちが一辺に四~六人ずつ張り込んでいた。
 建物の正面にいる灰茶の髪と口ひげの中年の警部がメガホンスピーカーを持って、犯人の説得に取り組んでいた。
「犯人に要請する。おとなしく人質を解放したまえ。繰り返す……」
 建物内では犯人が『集いの家』の住人十六人を集会室に集めて、立てこもっていた。灰色の古ぼけたカーペットタイルが敷かれ、壁紙のほとんどが剥がれている集会室の中央には、院長と世話人の三十代女性二人と養護院の子供たち十三人が縮こまっている。
 犯人の男は黒いニット帽と薄青いバンダナで顔を隠し、黒い革ジャンとダークグレイのズボンを身につけ、手には光線長銃(レーザーライフル)を持っている。
「お姉ちゃん、怖いよ」
 小さな女の子がケティに言った。
「大丈夫だから……。私がいるから……」
 ケティは女の子を慰めていたが、自身の心も怯えていた。
 その頃、ラグドラグと融合したジュナが警官や犯人に見つからないように、屋根の下の通気口の格子から入り、人質救出に向かった。通気口は幸い少し広めだったから、体が楽に入れた。
「ジュナ、ここを伝っていくのか?」
「うん。多分通気口は台所に繋がっていると思うから……そこから入る」
 ジュナはほふく前進の状態で進んでいく。中は埃や蜘蛛(パイドネア)の巣だらけでいくつもはりついた。進んでいくと、複数の穴から光が出ているのを見つけ、金網の蓋を持ち上げ、そこから出た。しかし、着地の時に勢い余って大きな音を立ててしまった。
(しまった!)
 ジュナはうっかり飛び降りて外に出たことに焦り、その時通気口の真下にある廊下と繋がっている階段からドタドタと犯人が上がってきた。階段も廊下も古い板張りでギシギシと軋む。
「誰だっ、サツの野郎か!?」
 犯人が銃口を向けてきた。しかしそこにいたのは警官ではなく――。
「何だ? お前は?」
 犯人は侵入者を見て驚いた。そこにいたのはれっきとした人間ではなく、竜人(ドリトイド)だったからだ。
「だ、誰であろうとぶっ殺したる!!」
 犯人は驚いて光線(レーザー)長銃(ライフル)を撃ってきた。
(よけなきゃ!)
 ジュナはそう感じてレーザーの方向から右によけた。しかし普段通りに動いただけなのに、体が身軽になったのを感じた。
(えっ……!? 普通によけただけなのに……)
 ジュナが不思議そうに思っていると、犯人は次々とレーザーを撃ってくる。しかしジュナは容易くよけるのである。そしてジュナが大跳びして犯人の目の前に来た。
「この院の人たちを解放して。でないと……」
 ジュナは変形した手で光線(レーザー)長銃(ライフル)の銃口をつかんで折ったのだ。ライフルは銃口と本体の真っ二つに分かれ、ガシャンと床に落ちた。犯人はジュナの行動や力を見て、腰を抜かして後ずさりする。
「わ……わ……」
「おとなしく降参しなさい……」
「わ、わかった……。人質は解放するから……」
と、言いつつ犯人は腰に装備してあるナイフを抜き、ジュナが油断したところを刺そうと企んでいた。
「それじゃあ……」
 ジュナは犯人がおとなしくなったのを見て離れようとした時だった。犯人がナイフの刃先を向けてきた。
「覚悟しろ――っ!!」
 犯人が刺そうとした時だった。それよりジュナが気配を感じて蹴りを入れた方が一歩速く、犯人の腹に命中した。犯人は壁に叩きつけられ、気を失って崩れるように倒れた。
「危なかったぜ。俺が気配に気づいて。あそこで蹴りを入れてなきゃ、俺もジュナもやばかったぞ」
 ラグドラグがジュナに言った。
「うん。でもラグドラグが協力してくれたおかげで養護院の人たちが助かったよ。ありがとう」
 ジュナがラグドラグに礼を言う。
「な……何言ってやがる……。お前が助けようとすっから……」
 ラグドラグが照れくさそうに言った。その時、バンという音とドカドカと足音がしてきた。
「どうやらサツが強行突破してきたらしい。俺らもずらかるぞ」
「わかった」
 そう言うとジュナは廊下の窓から出て、空を飛んでいった。


 橋の下に着くとジュナとラグドラグは融合を解除した。一瞬眩く光ったと思うと、元のジュナとラグドラグに戻った。ジュナは鞄を背負って帰ろうとしたが、ラグドラグの存在が気になった。
「ねえ、また一人で暮らすの?」
「何でそういうことを聞くんだ?」
 彼はぶっきらぼうに言う。
「一人で生きるのって……そういうの寂しいと思う。だったらわたしと一緒に行こうよ」
 ラグドラグはジュナの誘いに心が揺れて躊躇ったが、決めた。
「わかった。一緒に行くぜ。お前と」
 それを聞いてジュナは朗らかに笑った。
「帰ろう。わたしのうちへ」
 ラグドラグはジュナのあとをついていった。
 街中を歩いていると、ラグドラグは街の景色に驚いた。様々な建物、空中を走る浮遊車(ワグネル)、道の街路樹や花、学校帰りの子供たち、ペットを連れている人々、時折ラグドラグと同じ融合獣を連れている人も見かけた。
 空はすっかり琥珀色になり、西空の日が暮れかけていた。

「そうかぁ。融合獣は今は人間と共存しているのか」
「うーん、そうみたい。友達の話じゃ、稀だっていうみたいだけど」
「まあ、そうだろうな……」
と、ラグドラグは足を止めた。目の前に焼き魚屋の屋台があった。そこから出る香ばしい匂いがラグドラグを誘ったのだ。そこで焼かれている魚の切り身がジュウジュウ音を立てている。
「ラグドラグ……?」
 ジュナが問いかけると、ラグドラグは目をらんらんとさせている。すると屋台のひげ面の店主がラグドラグに目をつけた。
「食べるかい? 安くしとくよ」
「あ、はい。じゃあ……」
とジュナが返事すると、ラグドラグが言った。
「十個くれ」
「え!?」
 ラグドラグがそう言ったのを聞いてジュナは驚いた。
「ちょ、ラグドラグ。わたしそんなにお金ない……」
「いいよいいよ。まけとくよ。十個も頼むなんて威勢がいいねえ」
 屋台の店主が白い歯を光らせて笑った。
「あ、ありがとうございます!」
 ジュナは気前のいい屋台の店主に礼を言った。そして十個で二クラン(銀貨二枚)のところを一クラン(銀貨一枚)にまけてくれたのだ。
 ラグドラグはジュナの家まで、魚の切り身焼きを歩きながら食べた。笹紙(ザラスパピル)に包まれた鮪(ツグナ)や鯖(ブロゼ)、鱈(トローラ)の切り身をスパイスと赤く尖ったトガシの辛い実とテトマの赤い実を混ぜたタレをつけて焼いた魚は南方料理では有名である。ラグドラグは焼き魚をムシャムシャと食べている。
「んまい、んまい。魚を食ったのなんて凄い久しぶりだ」
「ラグドラグ、魚が好きなの?」
「ああ、好きだ。蒸したのも揚げたのも刺身も」
 ラグドラグの食べる姿を見て、ジュナはふと思った。
(ちゃんとした食べ物見ていなかったのかな。そりゃあんな地下水路(ところ)に何年もいれば……)
 その時、小さな男の子がラグドラグを見て立っている。
「何だ? 魚は全部食っちまったぞ?」
 黒い眼で見つめながら、ソルロイドの男の子はジュナに質問してきた。
「これ、お姉ちゃんの?」
 小さな男の子に突如尋ねられ、ジュナは少し驚いたが頷いた。
「そ、そうよ。わたしの融合獣よ。ラグドラグっていうの」
「ふ~ん、かっこいいね。さわっていい?」
「いいと……思うけど……」
 ジュナはラグドラグをチラと見、視線で承諾を得た。ラグドラグもOKしたような顔をする。
「さわっていいって」
 ジュナがそう言うと、男の子はぺたぺたとラグドラグを触った。ラグドラグはそのくすぐったさに震えていたが堪えていた。
「ありがとー。わーい、さわっちゃったぁ」
 男の子はラグドラグを触ったのに満悦すると、帰って行った。
「なあ、さっきの奴。俺のことを何だと思ったんだ?」
「え? さぁ……。多分、珍しいペットだと思ったんじゃ……」
 ジュナが自信なさげに言うと、ラグドラグは少し不満そうな顔をした。
「珍しいペットねえ……」


 ジュナが自宅に着いた頃、ラグドラグはジュナの家を見て、歓声をあげた。
「これがお前の家か? 凄ぇ大きいな」
「そんなことないよ。これでも築十年だってママが言ってたよ」
 そう言いながらジュナはドアを開け、ラグドラグを中に入れた。ラグドラグは家の中を見ると外観を見た時よりも歓声をあげた。居間に着くと、ふかふかのソファにバウンドした。
(まあ、あの仄暗い地下水路よりも天国かもしれないけれど)
 ジュナはラグドラグの様子を見ながら、テレビモニターをつけた。画像に孤児院に強盗が逃げ込んだが逮捕されたニュースが流れていた。
『本日午後四時頃、首都エルネシアのジラン地区のペストラ銀行で強盗事件が起き、犯人は三〇〇ヴィーザ(金貨)を奪って逃走し、同地区の北西部にある養護院『集いの家』に逃げ込み、十六人の人質を取り立てこもった事件です……』
「あっ、さっきやってた事件だ……」
 ジュナは報道を見て言う。
『その後犯人は特攻してきた警官に逮捕されましたが、犯人は「怪物が突如現れて自分を襲った」と供述しておりました。人質は全員無事だったということです……』
(良かった。ケティたちは助かったんだ……)
 ジュナは人質にされていた養護院の人たちが助かったことを知って安心した。するとラグドラグが口を挟んできた。
「しかし、ひでーな。俺と融合したジュナを〈怪物〉呼ばわりすんのは」
「もー、そんなのはいいの。それより、養護院のみんなが助かったんだから、それでいいじゃない」
 ジュナがそう言った時、玄関から「ただいまー」と声が飛んできた。母親が帰ってきたのだ。
「マ、ママだ。勝手に家の中に動物入れてたなんて知ったら、大目玉喰らっちゃう……」
 ジュナがあたふたしていると、ドアの向こうから足音がし、居間に向かってくるのを聞いた。
「ジュナー、帰ってきているの? 男の人の声がするけど。一体誰なの……」
 居間のドアが開いて母親が入ってきた。丈の短いジャケットとワンピースの藤紫の一式スーツを着ている。そして居間の様子を見て沈黙する。そこにはジュナの他にも白い竜(ドーリィ)もいたからだ。
「ジュナ……。それ何?」
「マ、ママ……。こ、これはその……あの……」
 ジュナがうろたえていると、ラグドラグが指さして「あれ、お前の母ちゃんか?」と訊ねた。
「しゃ……しゃべった!!」
 母親は目をパチクリさせて驚いた。
「マ、ママ……。ラ、ラグドラグは、その……」
「融合獣知らねーのか、お前の母ちゃんは」
 ラグドラグがそう言うと、母親はふと思い出したように落ち着きを取り戻した。
「融合獣? どっかで聞いたことがある……」
「えっ? ママは融合獣を知っているの?」
 ジュナは母親が何故融合獣の存在を知っているのか訊ねた。
「確かママが十七、八歳頃の友達が珍しい動物を飼っていたのを思い出したわ。確か……鼬(タティーゼ)みたいのだったかしら。体に石が付いていたのよね」
「そうだったんだ……。その人は融合していたの?」
 ジュナが恐る恐る訊ねてみた。自分の他にも融合していた人がいたかを。
「うーん、覚えていないわね、そのことは……」
 そしてラグドラグに目を向ける。
「この子は? ジュナが拾ってきたの?」
「う……うん。そういう感じかな……。あと、一人ぼっちだからってラグドラグが……」
 ジュナは母親にラグドラグと出会ったいきさつを話した。
「そうなの?」
「ああ。今まで俺と一緒に融合していた奴はみんな、もういないんだ。で、今日こいつと出会った」
 ラグドラグがそう言うと、母親は彼の身の上を聞いて、哀れみを感じた。そしてジュナに
笑みを向けながら言った。
「彼をうちに入れてあげましょ。私たちも親子二人だけで寂しかったし」
「えっ、ママ、いいの?」
「犬(ヒュンフ)でも猫(キャリー)でも融合獣でもいいわ。一緒に暮らす家族が欲しかったから」
「そう……。いいんだ……。ラグドラグ、うちにいていいって!」
 ジュナはラグドラグに笑って言った。
「お前って、親子そろってバカだな……」
 ラグドラグが悪態をつくと、母親が言った。
「まあ、それはちょっと酷いんじゃないの、ラグドラグくん!?」
「まあまあ、いいでしょ。これで家の中も少しは明るくなると思うよ」
 あはははは、とジュナと母親とラグドラグは揃って笑う。

 この日からラグドラグは、メイヨー家の一員となった。

 ジュナもこの日から融合獣ラグドラグの融合適応者となったのだ。
 そして平凡だった日々がここから変わっていく。