フューザー1-3

 
 融合闘士同士との戦い

 月が雲で覆われている夜の街――。
「待てーっ! 貴様を逮捕するっ!」
 数人の警官たちがメインストリートを走り、悪党を追いかけていた。夜の街は深夜〇時になると、全ての外灯が消えて寝静まる。警官たちは左手に携帯ライト、右手に警棒を持ち、宝石店の商品を盗んでいた泥棒を追っている。本来なら警察車に乗って追いかけたいのだが、サイレンを鳴らして走るのは付近の住民たちに迷惑がかかってしまう。
 警官たちが追いかけて追いかけていくと、泥棒は行き止まりにぶち当たった。
「さあ、追い詰めたぞ。観念しろ!!」
 一番体の大きい警官が泥棒に近づこうとしてきた。泥棒はもうダメかと思っていたが、後ろのドラム缶に気づき、いくつか積まれたドラム缶には『古い油。使用危険』と白いペンキで書かれていた。
「そうは……、いくかよっ!」
 泥棒はドラム缶の一つを勢いつけて倒し、中身の古いオイルをぶちまけた。
「うわっ!!」
 警官は驚いて後退し、その後オイルが引火して、ゴウッと炎が広がった。
「うわぁっ!!」
 炎は轟々とオレンジ色の炎を出し、警官を妨げた。
「じゃあな、アバヨ!」
 泥棒は積まれたドラム缶をよじ登って壁の向こうへと乗り越えていった。
「消防を呼べ! 炎が広がる前に消火だーっ!」
 警官の一人が叫んだ。その後に消防隊が来て、赤いジャイロヘリが放水して鎮火させた。ケガ人は出なかったが、泥棒を取り逃したことに警官は悔しがっていた。
「これで三度目だ! いつもこのパターンで逃してしまう!」
 巡査長は頭をかきむしる。泥棒はいつも炎を出して逃げるという同じ手口を使っている。
「必ず奴を捕らえるぞ! これ以上被害を出すわけにはいかん!」
 巡査長は泥棒を必ず逮捕して、これ以上の窃盗と火災被害を出さないように取り組んでいた。

「あ~、今日もよく寝た~」
 朝の五時。ジュナはいつもこの時間に起床する。黄色と灰色のボーダーのスウェットパジャマから、普段着に着替えて、鞄を持って一階へ降りて、髪をとかして口をゆすぎ、ダイニングへ行く。
 ジュナはこの日は黒いベストと黄色のシャツ、オレンジのスカートという服装だった。
 ダイニングへ行くと、母親とラグドラグが朝ごはんを食べていた。
「おはよう、ママ。ラグドラグ……」
「おはよ。ご飯食べちゃいなさい」
「おフクロさんの飯、うまいぞ」
 昨日出会って一緒に暮らすことになったラグドラグは、五穀と乾燥果実のシリアルを食べている。他にもザレスムや野菜、赤モグッフ(パン)がある。
「何かいつもより多くない? こんなに食べきれないよ」
「違うわよ。これはラグちゃんの分。彼食べざかりなんでしょ」
 母親がそう言うと、ジュナは「!?」という顔をした。
「ちょ……ママ……。こんなに食べさせたら、食費が……」
「大丈夫よ。扶養家族が一人増えたと思えば。ママのお給料だっていいし」
 そういう問題じゃないんですけど……とジュナが言おうとすると、母親は「早く食べちゃいなさい」と言った。
 朝食を食べ終えると、ジュナは鞄を背負い「行ってくる」と言った。
「ジュナ、どこへ行くんだ?」
 ラグドラグが訊ねると、ジュナは返答した。
「学校よ、学校。そこに行って勉強してくるの」
「俺も行きてぇな」
 ラグドラグが言うと、ジュナは顔をしかめた。
「何言ってるの。ラグドラグは入れてくれないよ。先生と生徒以外は入っちゃいけないんだから」
 そう言うとジュナは家を出ていった。そして母親も革製のショルダーバッグを持って家を出る。
「おフクロさんも行くのかよ?」
「私も会社にね。残念だけどお留守番していてね。行ってくるわ」
 母親も外出すると、ラグドラグは家に一人取り残された。
「俺だけかよ。つまんねーの」


 学校ではいつものように生徒たちが次々と登校してくる。ジュナも自分の教室に入り、みんなに挨拶する。
「おはよう」
「あ、ジュナちゃんだ。おはよー」
 最初に目をかけたのはダイナだった。次にラヴィエが気づいて挨拶する。
「おはよう、ジュナちゃん」
 ジュナは二人のいる上から二段目の席について、教科書とミニコンを机に入れる。
「ねえ、ジュナちゃんは知ってる? 昨日のニュース」
 ダイナが訊いてきたので、ジュナはきょとんとする。
「昨日、ケティのいる養護院に強盗が転がり込んでみんなを人質にとったという……」
 ダイナが言った。
「ああ、あれね。でも、みんな助かったんでしょ?」
 ラヴィエが言った。
「うん、犯人ね警察が突入してくる前に誰かにやられたって言ってたよ。養護院の人がやった訳でもないのに」
 ジュナは二人の話を聞きながら、思い出していた。
(実はわたしがラグドラグの協力を得て、養護院の人を助けたなんて信じないだろうな)
 言おうとしたが、信じてくれなさそうだったので黙っていた。ダイナは話を続ける。
「そいでね、ある人がね養護院を新しく丈夫で安全なものに建て替えるって費用を出してくれたそうよ。もう二度と危険が起きないように」
「そうなんだ……。良かったじゃない」
 ジュナは『集いの家』が新しく建て替えられると聞いて、養護院のみんなも前よりいい暮らしができることに喜んだ。それからラヴィエが別のニュースを話してきた。
「ところでさ、エルネシアで窃盗事件が起きているのよね。いつもじゃないけど」
「窃盗? 何を盗んだの?」
 ジュナは窃盗事件を聞いて、ラヴィエに訊ねる。
「ジュナちゃんはエリヌセウスに来たばっかりだから知らないか……。最初に事件が起きたのは、三月二十日だったかな。ドルツェン地区の宝石店がほとんど盗まれて……。しかも盗んだのはダイヤとかルビーとかサファイアといった貴石ばかりで、真珠や翡翠といったものは盗らなかったの。次は三月二十五日にレメダン地区で博物館の貴石類、その次が昨夜で王族領区でアクセサリー工房の貴石が全部盗まれたって」
「貴石ばっかり盗む泥棒……?」
 ジュナは窃盗犯の盗品を聞いて、貴石類しか盗まないのを不思議がった。
「しかも犯人はガラスや壁を壊して侵入して盗んだというけど、無造作に壊したというより、高熱で穴を開けて入ったらしいのよ。バーナーを使ったわけでもなく」
 ラヴィエがそう言うのを聞い、ジュナはますます疑問を持つ。
(貴石だけを盗み、高熱で壁やガラスを開ける……)
「泥棒を追いつめたーと思ったら、泥棒は炎を出して逃げていったって。火炎放射器を持っていた訳でもなく、手品師でもないのに」
(炎を使う……)
 その時に授業開始の音楽が流れ、生徒たちは次々に着席した。教室に先生が入ってくると、ブレダ先生はクラスのみんなにある報告をした。
「今日はみなさんに残念なお知らせがあります。昨日、養護院『集いの家』に強盗犯が逃げ込んで院の人たちを人質に取ったのを知ってますよね?」
 それを聞いて教室中がざわめいた。
「その事件は解決しましたが、そのせいでケティ・ホーマーさんがこの学校をやめて、お母さんに引き取られて、カルツィン地方へ行くことになりました」
 ケティがこの学校をやめたと聞いて、教室中がシンとなった。
「なっ……、何でケティがこの学校を出ていって……」
 ジュナは思わず立ち上がって先生に訊ねた。
「何でって……、離れて暮らしていたお母さんが事件を聞いて、ケティさんをもう二度と危ない目に遭わせないようにと今のご主人と相談して、昨日の夜に引き取ったのよ」
 ジュナはケティが突然の退校により、クラスのみんなにケティの真の姿を話せなかったことに唖然とした。ケティは本当にいい子だった、と。
「ジュナさん、これから授業を始めるから席に座って」
「はい……」
 そう言われてジュナは着席した。奥隣に座っていたダイナとラヴィエが心配そうにジュナを見ていた。


 昼休みになり、ジュナは授業が終わると同時にブレダ先生を捉まえて、ケティはどうなったか訊いた。
「ブレダ先生……。ケティは良かったんでしょうか? 養護院のみんなと別れて、一度出ていったお母さんと暮らすの……」
 ジュナの心配する姿を見て、ブレダ先生は「大丈夫」という顔をした。
「お母さんもね、ケティを置いて出ていったのを反省して、一からやり直したいと言って、彼女をカルツィン地方へ招いたの。カルツィン地方はカルツィン公爵が代々治めているのは、わかるわよね?」
「はい……」
 アルイヴィーナでは、王族は国を治め、国の地域では貴族が治めていた。ケティの義父となるカルツィン公爵は、エリヌセウスの南方を統治していた。
「カルツィン公爵もケティをうちの娘にしたいと言っていたし。公爵のところなら、ケティも幸せになれると、先生は思うの」
「……ですよね。でも彼女の学校での荒れている姿は、寂しさの裏返しでみんなに……」
「ジュナ。あなたの気持はわかるわ。ケティの本当の姿を知っているのあなたぐらい。でもケティはもうこの学校にはいないの。いない人のことを言っても、みんなに伝わるのは難しいと思うのよ」
「……」
 ブレダ先生は微笑むとジュナに言った。
「ケティは大丈夫よ。公爵も養護院の寄付に協力すると言ってたし」
 それを聞いてジュナはハッとした。
(そうか、ケティの新しいお父さんが建て替えてくれるのか)
「そうですよね。引きとめてすみません。失礼します」
 ジュナは一礼すると、教室に戻っていった。
 教室に戻ると、ダイナとラヴィエが待っていてくれた。
「あっ、ジュナちゃん、お帰り。どこ行ってたの?」
 ダイナが訊いてきたので、ジュナは苦笑いして答える。
「先生にちょっとした質問。もう大丈夫」
 その後は三人で昼食を食べ合った。
(みんなに「もういない人の真実を伝えても難しい」か……。それはそうなのかもしれない)
 ジュナは人数が一人減った教室を見てそう思った。教室内で真下の席の四人の男子のグループがケティの転校について話し合っていた。
「しかし、ずっと住んでいた養護院に強盗が入ったのがきっかけで、ケティは離ればなれになったお母さんと暮らすことになったんだろう?」
「ケティの母ちゃん、貴族に嫁いで金持ちになったんだってな。あいつもいい暮らしさせてくれるんだろ?」
「天涯孤独の身から公爵令嬢かぁ。人の運命なんてわからねーし」
 男子達の会話を聞いて、ジュナはケティが新しい環境で幸せになれるといいな、と願った。
「にしてもアレだよねー。あっちもこっちも事件があって。強盗は捕まったけど、宝石泥棒はまだ捕まってないのよねぇ」
 ラヴィエがそう言うと、ジュナは今朝聞いた窃盗事件を思い出していた。
「でもさあ、三回も事件起こしているのだから、犯人の特徴ぐらいつかめるんじゃ……」
「特徴? うーん、せいぜい背丈が十七.五(一七五センチ)ジルクぐらいで、声の特徴からは二十代の男で、あとは……尻尾があったぐらい」
 ダイナがそう言うと、ジュナは思わず叫んだ。
「しっぽぉっ!?」
 ジュナの叫びを聞いて、教室全体がひっくり返った。
「な、何……。そんなことを言って……」
 ラヴィエがジュナの変動を見て驚く。
「あ……。ごめん、思わず……」
 しかしジュナは宝石泥棒の特徴をつかんで考え込む。
(犯人は男で尻尾がある。尻尾のある人間ってもしかすると……融合適応者!?)
 融合獣を悪用もしくは共に悪事を犯している人間がいると知ったジュナは、帰ったら即ラグドラグに話そうと決めた。


 家に帰ったジュナはラグドラグに、宝石泥棒は自分と同じ融合適応者ではないかと話した。ラグドラグはスナック菓子を食べながら聞いている。
「ふーん、じゃあお前は宝石泥棒が俺と同じ融合獣とその適応者だって思ってるわけね?」
「うん……。これはわたしの推測だけど……」
 ジュナの部屋で二人は話し合っていた。
「泥棒は十七.五ジルクの背丈で若い男で火を使う、ね……」
 二袋目のスナック菓子を食べながら、ラグドラグは考える。
「ジュナ、犯人の犯行場所はわかるか?」
「うん。以前の犯行でしょ。大体わかる」
 ジュナはエルネシア地方の地図の写しを広げてラグドラグに見せる。モノクロコピーの地図にはジュナが蛍光ピンクのペンで場所をつけている。
「場所はエルネシアの中心辺りってとこか……。ドルツェン、レメダン、王族領……。俺らの住んでいるラガン地区と近いな……。ラガン地区の真下と向かい合っているのがザネンとエルゼン。ここに石屋とか博物館とかないか?」
 ラグドラグに訊かれて、ジュナは考えて思い出す。
「ザネン地区にザネン百貨店ていうデパートがあって、世界の宝石展をやるような……」
「じゃあ、次はそこだな」
「え? どうしてわかるの?」
 ジュナが問いだしたので、ラグドラグは答える。
「犯人はそこしか行動しない……というかそこしかやれないんだ。犯人はかつて事件の起きた場所の近くに住んでいると思われる。自分が住んでいる区の近くしか襲わない。ちなみに貴石ばかり盗んだのは、エルネシアを出る時の資金だと思う。そして肝心なのが……」
 ラグドラグが少し間をおいて、言った。
「つい最近融合獣と出会って適応者になったんじゃないかと」
「そんなに前から……」
 ジュナは昨日融合したばかりの自分と比較して困った顔をする。
「ああ。一度適応者になったら、融合獣とは死ぬまで一緒だ。融合獣と適応者の体内の契合石が共鳴し合って融合闘士(フューザーソルジャー)になるんだからな。その間に融合獣は他の人間とは一切融合できない」
「……」
 ラグドラグは自分と融合したことは気にしてないのか、とジュナは思った。
「犯人はそのうちザネン百貨店に現れるだろう。フューザーソルジャー相手じゃ、警察は無理だな」
 ラグドラグが皮肉を言った。

 四日後のザネン地区にあるザネン百貨店――。ザネン地区は白い滑光石の歩道と緑の芝地、ポツリポツリと建っている家々、そして地区の中心に軽く弧を描いた臙脂の屋根にベージュの屋根の巨大な建物があった。これがザネン百貨店である。百貨店は十階建てで、フロアごとにレストラン、婦人服売り場などと分かれている。世界の宝石展は最上階の十階で行われている。
 ジュナはこの日は学校が休みだったので、昼食後すぐにラグドラグと一緒にザネン百貨店へとやって来た。チューブラインで七分、駅から歩いて五分歩いた場所にある。ラグドラグはラインに乗る時や店舗に入る時は、訓練された介助犬同様に権限があった。
 人語を話し人間並の知能を持つ融合獣は不躾なことさえしなければ、乗り物も店舗も施設も人間同等の権利があるようだ。国や地域によっては融合獣の権限が制度されているようであるが。確かに乗り物や店舗や街中には融合獣を何体か見かけた。
「ねえ、融合獣てそれぞれに適応者がいるんだよね?」
 ジュナは十階に行くエスカレーターに乗りながら、ラグドラグに訊く。
「さあな、俺も長いこと地下水路で暮らしていたからわからないな。でも、全ての融合獣に適応者がいるとは限らないな。まあ、だいぶ前だったが、一人で気ままに生きる奴もいれば、家族単位が生きやすいって言う融合獣もいた」
「ふうん……」
 そう会話しているうちに十階に着いたラグドラグとジュナは、一つの階が展示場になっている場所を見て驚いた。床にはワインレッドのバーべッタ素材のカーペット、クリスタルガラスのケースには鉱石が原形のまま入っている。来客も貴族の紳士や婦人、若い女性やカップルも来ている。
「うわぁ、凄い……。いろんな宝石が置いてある。でも……」
 ジュナは展示場の様子を見る。そこには黒い制服を着た警備員が五人ほど見張っているのだ。
「ねえ、ラグドラグ。これだけ警備がいるのなら大丈夫じゃないの?」
 警備員の腰には警棒と網(ネット)銃(ガン)が下げられている。するとラグドラグとジュナの後ろにいた警備員の男の人が言った。
「君たちが言っているのは、宝石泥棒のことかね?」
 白髪頭に四角顔、大柄な警備員がジュナに訊ねる。
「はい……。もしかしてここ狙われているんじゃないかと……」
「はっはっはっ。大丈夫だよ。この間警察が来て、『展示会をやるのなら、警備は強化した方がいい』と言われて、厳重にしているのだよ。心配する必要はない」
「ですよね……」
 そう言い合っていた時だった。するといつの間にか黒い煙が出てきて、フロア全体を覆ったのだ。
「なっ、何だ!?」
「まっ、前が見えない!」
「くっ、苦しい……」
 そこにいた警備員たちや客たちは突然の出来事にパニックになった。
「やだっ……。火事……!?」
 ジュナはハンカチで口を押さえ、ラグドラグは「違うぞ」と言った。
「火事なら火のにおいがするハズだ。これは、人工(じんこう)煙(えん)だ」
「人工煙?」
 人工煙とは火災訓練に使う人工の煙で、特殊な缶に詰められている道具のことである。
 その時、ガシャーン、というガラスの鋭い音がし、石と石がぶつかり合う音がした。
「あっ、泥棒……」
 ジュナはその音を聞いたが、犯人の顔や姿まではわからなかった。その時、ラグドラグが言った。
「ジュナ、融合だ。融合すれば五感が強くなる……」
 ラグドラグがけほけほ言いながら、ジュナに指示した。
「うん。融合発動(フュージング)!!」
 ジュナが叫ぶと、ラグドラグの契合石とジュナの体内の契合石が共鳴して融合し、竜人の姿になった。
「ジュナ、早く泥棒を追うんだ。さっき融合獣のにおいがした。奴は適応者が人工煙を巻いた時に融合して、宝石を盗んでいった。奴は近くにいる!」
「でも、どうやって……」
 その時、バタンという音がした。どうやら非常階段から逃げたらしい。
「奴のにおいがまだ残っているぞ、追うんだ!」
 ラグドラグに言われ、ジュナは非常階段から逃げ出した泥棒を追った。幸いラグドラグが泥棒のにおいに集中していたため、非常階段にたどり着いて、ドアを開けた。建物の奥にある非常階段は普段は使用されず閉められているが、犯人は高熱でカギを壊して開けたらしかった。
 白い鉄製の扉を開け、薄暗い階段を下りていった。非常階段は地下三階の無人動力室まで続いており、地下三階に着くと関係者以外は入れない筈の扉に穴が開いていた。高温の炎か高熱レーザーで穴をあけて逃げ込んだらしい。
「多分、融合解除しても宝石を持っていることがバレちまうから、ここに逃げ込んだらしいな。入るぞ」
「……うん!」
 ジュナは大の大人が入れるほどの扉に空いた穴をくぐり入っていった。


 無人動力室は中枢の大型コンピューターが百貨店の電力、水道、冷暖房、防犯システムを管理している。しかしマザーコンピューターが旧式のため、防犯システムは完全ではなかったのだ。アルイヴィーナの防犯システムはサーモグラフや物体確認などの機能が備えられているが、この百貨店には監視機能しかなかったため、犯人はそれを利用して狙ったのだった。無人動力室は壁三方に大型モニター、その下にコントロールパネル、天井にマザーコンピューターを繋ぐ電線という造りになっている。マザーコンピューターの背後に隠れている泥棒――正しくは黒鉄(くろがね)の地にオレンジ色の線が入った色の体に融合適応者の男は、布袋に袋に入れた盗品の貴石の原石を見つめていた。
 頭部と胴体と尾と腕脚は黒鉄、上腕と腿はファイアオレンジ、体の所々に同じ色のヒレがついたフューザーソルジャーはマンダザーラ(サラマンダー)を模した融合獣、ザマドールと融合していた。右脇腹に青緑の契合石がある。
「ここまでくりゃ大丈夫だろ。今回もよくやったぜ。これだけありゃ、地方に豪邸が一軒入るぜ……」
 融合適応者の男はニヤニヤしている。
「お前と融合して良かったぜ」
 このザマドールの融合適応者の男、セトリス・ディランは十八歳の時に両親が逝去し、家の財産を継いだが、遊び癖が激しく働きもせずギャンブルやパーティーで浪費しまくって一文無しになり、二十二歳で中型邸宅から安アパートで移り住む羽目になり、その後は板金工場で働いていたが、工場の金(かね)を横領したために先月クビになった。そして路頭に迷っている
ところで偶然、ザマドールと出会った。
「酒くれよ。酒くれたら、お前の言うこと聞いてやるからよ」
 セトリスはなけなしの酒をザマドールにやり、ザマドールに訊ねた。
「本当に俺の言うことを聞いてくれるのか?」
「ああ。ほんの少しの酒でも礼をしなきゃな。お前と融合してやってやるよ」
 セトリスはこの生き物の言っていることがわからながったが、いざ融合してみると、力を得たことに喜んだ。炎を操れることである。そして彼はもう一度金持ちになるために、ザマドールを利用した。
 まずは自分をクビにした上司と家と工場に火をつけ火事にし、病院送りにしたのだ。炎を操る力で盗みを犯し、高く売れる貴石だけ狙い、それを闇オークションに売りさばいて換金していた。盗んでは売りと着々と金を増やしていったが……。
「なあなあ、俺に酒くれよ。もっと美味い酒が欲しいよ」
 ザマドールはセトリスにごねたが、セトリスが金持ちになっていく一方、粗末に扱われるようになっていった。食事は余りもの、酒も安いものしか与えてくれない。
「なあ、今日こそ俺にいい酒やるぞって言ってたじゃないか。約束守ってくれよう」
 ザマドールは盗品を数えているセトリスにねだったが、セトリスは冷たく言った。
「うるさいぞ。お前は俺の……」
 言いかけた時、気配を感じた。
「見つけたわよ」
 突然女の声がしたので、振り向くとそこにはラグドラグと融合したジュナが立っていた。
「宝石を返して」
 ジュナはセトリスにそう言ったが、セトリスはジュナを見て冷淡に笑う。
「へえ……。お前も俺と同じ人間なんだな」
「?」
 ジュナは相手の言っていることがわからなかった。
「お前も今融合している融合獣のことを“便利な道具”って思ってんだろ?」
「道具!?」
 ジュナはセトリスの言葉を聞いて、ゾクッと感じたが言い返した。
「わたしはそんなことは……」
「お前もそいつの便利さ目当てで融合したんだろ?」
 セトリスはニヤニヤしながら言う。
「何言ってやがる! ジュナはそんなやましいことは……」
 ラグドラグが言いだすのを遮るかのように、セトリスが言い続ける。
「俺を倒してサツにつき出そうというのか? やれるものなら……」
と、セトリスは体を引いて突撃してきた。
「やってみなっ!!」
 ダッシュしながらセトリスはジュナに拳を向けてきた。
「うがっ!!」
 みぞおちを殴られたジュナは体が浮いて、床に叩きつけられた。
「ぐはっ……」
「思ったより……強ぇ……。気をつけろ、ジュ……」
 ラグドラグが言うが早いかセトリスはジュナに蹴りを浴びせようとした。ジュナは慌てて転がり避け、そこで両手をつけ、セトリスの脛に蹴りを入れる。セトリスがバランスを崩して膝まづいたところで、ジュナは空中回し蹴りを入れた。
「てやっ!!」
 顔を思い切り蹴られたセトリスはマザーコンピューターの柱に叩きつけられた。
「うおっ!!」
 ジュナは着地し、セトリスは腰をさすりながら立ちあがった。
「やるじゃねえか。だがよ、こっちは炎を使えるんでね」
 セトリスのセリフにジュナはどうやって奴が炎を使うのか疑問に思った。その時、セトリスが呟く。
「沸き立つ怒りは地獄の炎、その痛みは灼熱の痛みなり――」
(! この言葉は……“技(わざ)言(ごと)”)!
 ラグドラグはセトリスの言葉を聞いて、ハッとした。しかしその時には、相手の両手からオレンジ色の炎が噴き出された。
「火炎轟獄(サラマンドラ・ヘル)!!」
 ゴオオッとセトリスの両手から出た炎がジュナを襲い包みこんだ。
「きゃああっ」
 炎の熱さにジュナはもだえ苦しんだ。炎はすぐに消えたが、体がススだらけになり、焼けるように熱く、体の白い部分がピンクになった。
「あっ……ううっ……」
「ジュナ、大丈夫かよ……」
 苦しむジュナを見て、セトリスはあざ笑う。
「大したことねーな。お前はルーキーってトコか? 融合獣も、もっといい使い手に恵まれてりゃ、上手に使ってくれたのによ」
「使う?」
 ジュナはセトリスの言葉を聞いて、反応した。
「そうだよ。こいつはな、俺のところに転がり込んできた便利な道具だよ。仕返しもできて、金目のものも手に入る、道具だ」
 ジュナとラグドラグはセトリスの言葉を聞いて、唖然とした。
(この人は融合獣を道具として扱っている。融合獣だって生きているのに……)
(こいつ、最低だな……)
「さあ、もういっちょ行くか。沸き立つ怒りは地獄の炎、その痛みは灼熱の痛みなり――」
 しかし炎は出てこなかった。
「おい、どうした、ザマドール。攻撃しろ!」
 セトリスが言ってもザマドールは攻撃しない。彼に訊ねた。
「お前、俺のことをそういう風に見ていたのか。お前とはこんな事のために融合したんじゃない……」
 だがセトリスは耳を貸さない。
「うるせぇっ! お前は俺の道具だろ! 俺の言うことを聞け!」
 ジュナは何故セトリスとザマドールが攻撃してこないのかよくわからなかった。
「どうやらあの融合獣、適応者との協調が乱れて攻撃を拒否しているんだ。ジュナ、今のうちだ。技言を思い浮かべるんだ。適応者のお前が思い浮かべた言葉を、融合獣の俺が技に変える……。とにかく強そうな技を思い浮かべるんだ」
「うん……」
 ラグドラグに言われて、ジュナは言葉を思い浮かべる。そして思いつくと、技言を発した。
「煌めきは夜空の星々の如く、その透きは水晶の如し……」
 そして両腕を広げ、表面に星のような水晶のつぶてが次々に現れた。
「竜晶星落速(クリスタル・スターダスト)!!」
 白い水晶のつぶてが流星群のようにセトリスにぶつけられた。
「うわぁっ!!」
 ジュナとラグドラグの攻撃を受けたセトリスはその場に倒れて、一瞬煙が噴き出したかと思うと、融合が解除された。黒鉄の体にオレンジのひだを生やした融合獣ザマドールはうつ伏せに倒れ、セトリスは灰色のロングコートの姿で倒れた。セトリスは肩まである赤い髪に高い鼻のノルマロイドの二十代半ばの男で、コートの下に高級そうなスーツを着ており、指や腕や首にはこれまた高そうな指輪やネックレスや腕輪を身につけていた。
「愚かな奴だ。融合獣と仲良くしてれば、こんな目に遭わずに済んだのに」
 ラグドラグがそう言うと、ジュナも「そうね」と答えた。
「この人は間違ってたんだね。融合獣の扱い方を。もっといいことを考えなかったのかな」
 ふとジュナは動力室のモニターの一つを見た。ここに警備員が向かって来るのを。
「警備員さんたちが来る!」
「それじゃあこいつらは警備員に任せて、俺らも引くぞ」
 ジュナとラグドラグは融合を解いた。さっきの攻撃を受けた時にジュナの左ほおと両手とひざは赤くなっており、ラグドラグの体はいくつかの火傷を負っていた。
「ラグドラグ、その体……」
 ジュナがラグドラグの体を見て驚く。
「俺は平気だ。行くぞ」
 二人は動力室を後にして、百貨店を出ていった。
 そして帰りのラインに乗っている時に、ジュナはラグドラグの火傷が次第に消えていくのを目にした。
「ラグドラグ、どうして……」
「俺たち融合獣は急速再生能力があるんだ。少しの傷でも二、三分で治る」
 そして家に着いた時は、すっかり治っていたのだ。
 家に入ると、早速ニュースを見て、宝石泥棒逮捕の報道が取り上げられていた。セトリス・ディランは放火と窃盗の罪で起訴されることとなり、盗んだ宝石を闇オークションや闇市で売って、その売上金でエリヌセウスに高跳びしようとしていたという。そしてザマドールはセトリスに振り回されていただけで無罪で済み、暫く警察で保護されることになった。
「融合獣て出会った相手によって、自分の運命の善し悪しが決まってしまうのかな」
「さあな。俺もお前の前任の適応者と何度か融合したけれど……、今が一番恵まれているよ」
「そうよね」
 ラグドラグは優しい適応者に会えて幸せだということに、ジュナは心から嬉しく思ったのだった。