フューザー2-5

 
 親友であり妹でありいとこであり


 ダンケルカイザラントの総統ダイロスは、女幹部ガルヴェリアを司令室に呼び寄せた。
「失礼します。ダイロス様」
 ガルヴェリアは敬礼をしながら大きな三段式の台形の部屋に入る。自動ドアが左右に開き、ガルヴェリアは上段にいるダイロスの元へ上る。といっても、ダイロスのいる上段は厚手のスクリーンで遮られておりシルエットしか見えないが。
「何かご用でしょうか?」
 ガルヴェリアはダイロスに訊ねる。ガルヴェリアは面長の顔に桃色真珠のような肌と長いオレンジの髪を持ち、身につけている衣服は赤銅(コッパー)の露出の多いレオタードとその下に黒いビキニスーツを着ており、スレンダーな体型がはっきりとしている。両腕は赤銅の長い袖で覆われ、長い両脚は黒いニータイツと褐色のロングブーツ。赤黒いバイザーで隠れているためどんな目つきと瞳の色までかは不明である。
「お前にはエリヌセウス皇国の東部ガムリッサ地方の街外にある施設、メイカ就労局に行ってほしい。そこに我らの手足となる人材がかなりいることだ。その連中を回収しに行け。ユリアスとヴォルテガは現在、戦闘訓練中だ。そこでお前が行ってほしい」
 ダイロスはガルヴェリアに司令内容を伝えた。
「お任せください。ダイロス様」
 ガルヴェリアは一礼して、司令室を出た。


 エリヌセウス皇国は六月に入り、学校生たちにとっては学期末の始まりであった。ジュナたちの学校では六月の初めに学期末試験と卒業試験が行われ、六月六日の今日に全ての試験が終わった。
 ジュナは学校が終わるとすぐに仲間たちとの待ち合わせのセラン区の茶屋に向かっていた。ジュナの家と学校はラガン区にあり、その東隣がセラン区である。セラン区はライゴウ大陸に住む人種、和仁族のための造られた地域である。ラガン区は丸や四角などのカラフルな建物がある地域に対し、セラン区は瓦屋根と障子と白壁と石垣の建物が並び、住人も簡素な衣と帯の服を着ている。町中市場は店主がせとものやカンザシなどの飾り、自家製の味噌や醤油を売っていた。
「丈夫な皿と湯のみだよ、いらんかね!」
「はいっ、醤油一瓶二十ラッツァです。毎度!」
 そんな中、非和仁族でノルマロイドのジュナは赤いネクタイ付きの半袖のセーラードレスと黒いハイソックスと黒地に黄色い紐の布靴を身につけている。晴れた初夏の空は春の空とは違った透き通った碧で、白金の太陽がまばゆく輝き、空には白い雲がいくつも浮いている。
「ええと、待ち合わせのお店、お店……」
 ジュナは仲間たちとの待ち合わせの茶屋を探した。町を見回してみると、四人の男たちが一人の若い娘を取り囲っているのを見つけた。男たちはみんな着物を半分はだけていたり木の枝をくわえていたり見ただけで悪そうな連中であった。
「なあ姉ちゃん、俺らと遊ぼうや」
「友達なんかより、俺らと遊んだほうが楽しいのによぉ」
 ジュナは一目で中心の娘が絡まれていると分かった。中心の娘は長いうねりのある黒髪と色白の肌と大きな切れ長の藤紫の瞳、そして縦縞の薄紫の衣と瑠璃色の長いひだスカートの下衣と黒塗りの下駄を身につけている。娘は強いまなざしで男たちを睨みつけている。
(ひどい。複数で一人によってたかって)
 ジュナは絡まれている娘を助けようとした。が、その時、娘は何か呟くと手の形を変え、男たちが四方の後方へ飛ばされた。一人は後ろにあった長屋の障子にぶつかり、一人は緯度にぶつかり、残りの二人が地面に叩きつけられた。男たちは起き上がると娘を見て恐れをなして逃げた。
「い……一体何が起こったんだ……!?」
 ジュナは娘の行動に目を丸くし、娘はジュナを見つけるとつかつかと駆け寄ってきた。
「あ……あの……わたしは……」
 ジュナはあいつらの仲間ではない、とうろたえて言おうとしたが、なかなか言えない。だが、娘の方が早く口を開いた。
「ねえ、あんた、宗樹院って店、知らない?」
 娘は語尾が高い和仁族訛りのアリゼウム語を話しながら、ジュナに訊いた。
「えっ、宗樹院?」
 その名前を聞いて、ジュナはハッとした。
「あたしね、羅夢って子を探しに来たんだよ。宗樹院って店、教えてよ」
「あ……、羅夢ちゃんは今、お店にはいなくて、和空(なごみぞら)って茶店にいて、わたしと他の友達と会う約束をしてるんで……」
「友達?」
「和空、一緒に行きましょう」
 ジュナは娘にそう言うと、羅夢との待ち合わせの茶店に連れて行ったのである。

『和空』という茶店で、羅夢は紅白の餅と果物とあんこと寒天の入ったあんみつを食べていた。茶店はそう狭くなく、木板の椅子と机が二人席と四人席が五組ずつあり、羅夢は二人席の一つで食べていた。店員は店の制服である碧の前掛けをつけた若い数人の女性で、髪は結い上げていたり高いところでまとめている。客は他にも若い男女や主婦や老人である。羅夢が湯のみから冷やし薬茶を飲もうとした時、ジュナと少女が店に入ってきたのを見て、羅夢は目をぱちくりさせた。
「鏡歌(きょうか)ちゃん?」
 羅夢が少女の名らしき言葉を発した時、少女は白群の髪に桃色の瞳と黄色い薄手の衣を着た小柄な少女が羅夢と知ると、飛びかかってきた。
「羅夢~、会いに来たわよ~」
「鏡歌ちゃん、どうしてこの国に?」
 羅夢も少女を見て喜び、ジュナはこの二人がどういう関係なのか理解しかねていた。
「――という訳なのです、ジュナさん」
 羅夢は二人席から四人席に替わり、自分の席の隣に鏡歌を座らせ、向かいの席に座っているジュナに説明した。
 鏡歌は羅夢と同じ和仁族で暁次国の人間であるが、住まいは違っていた。羅夢は白凪県の出身に対して、鏡歌は暁次の東方・日出谷県の出身であった。羅夢の母親は日出谷県(ひでのやけん)に生家があり、鏡歌は羅夢の母親の兄の子供、即ちいとこであった。だがもっと凄かったのは、母親の家系である。
「おんみょーじ!?」
 ジュナはその聞きなれぬ言葉に首をかしげた。
「はい。他の国の魔術師にあたる職業のことです。わたしの母はその術師の出身なのですが、陰陽道に興味が持てず、一般商人の父と結婚したのです……」
「ふむふむ。じゃあ、さっきのあれは陰陽術ってやつだったんだね」
 ジュナは店に来る少し前に見た鏡歌の使ったのは陰陽術と理解した。
「それで鏡歌ちゃんはどうして羅夢に会いにエリヌセウスに来たの?」
 ジュナがそれを言うと、鏡歌は不機嫌な顔をする。
「あんたには関係ないでしょ」
 そう言って鏡歌は立ち上がって。羅夢を連れて店から出た。
「あの、鏡歌ちゃん……。わたし、ジュナさんたちとの待ち合わせがあって……」
「今日はそれ、諦めちゃってよ。それより一年半ぶりの再会だからさ、あたしと遊んだほうが楽しいって」
 その様子を見て、ジュナは府抜けた顔をして座り込んでいた。
「すみません、ジュナさん。今日の約束、なくなっちゃいまして……。本当にすみません……」
 羅夢は頭を下げながら、ジュナに誤って鏡歌と共に店を出ることになってしまった。


 エリヌセウス東部ガムリッサ地方――。その西隣がエルネシア地方との境目の森林地帯の中にある冷たい灰色の巨大な建物、それは四角を寄せ集めた不格好な積み木のように作られており、脱出不可能な監獄のよう。いや、実際にとある者たちの監獄(・・)であった。
 外造りだけでなく、中も冷たい灰色で窓は分厚いアークル素材と格子柵で重ねられており、扉も重たい鉄製で五人がかりで力を入れないか、そこの職員が持っている鍵でないと開閉できないようになっている。そこにいる人間、部屋の中にいる者は生きているが、部屋の外たとえば廊下、監視室、職員室、外部、屋上、調理室にいる警備員や作業指導者たちは全て横たわっており、息絶えていた。皆頭や胸や喉など人間の致命傷になる部分にレーザー銃で撃った小さな穴が貫かれていて、そこから血が吹き出て死亡。そして、強調室にいる局長が一人の女に殺されかけていた。
「な……何が目的だ……」
 局長は女に貫かれた左脇腹を押さえながら、女に訊いた。局長室は壁に備え付けられた棚にはファイルやサイバーデータの箱が詰められ、大きなモニターが梁の上にあり、絨毯はカーマインだが局長の血で濃く染まっている。局長は大きな机の上に寄りかかり、灰茶の背広が赤く染められている。面長顔に丸眼鏡、頬張った顔にやせてて逆立ったスーツと同じ色の短髪、水色の目を女に睨みつけている。
「何って、ここの施設にいる作業員たちの保護ですわ」
 長いオレンジの髪に長身と赤銅(コッパー)のレオタードスーツを着た女が言った。
「保護……だと……!?」
「そうよ、メイカ就労局。表向きは身寄りのない身体障害者を保護して仕事と住居を与える施設。でも実際は彼らを重労働させ、体罰や絶食などの虐待をしているのこと。あなたは自分の悪事を隠すために地方の民生委員をまんまと騙して誤魔化してきた。でも、今日でおしまいよ」
 女は右手に持っていた銃のカートリッジパックを交換充てんし、局長に銃口を向けた。
「わ……わかったから、殺さないでくれ……。金はいくらでもやる。もう虐待はしないでちゃんと保護す、る」
 女はレーザー銃の引き金を引き、局長の額を貫かせた。
「散々悪いことをしてきて、命乞いを必死にやる人間はクズよ」
 そしてレオタードの胸元から薄っぺらい機械を取り出し、主に連絡を取った。
「ダイロス様、任務完了しました。数時間後に中型機動船の到着要請をお願いします。身体障害者たちを機動船に乗せた後、ブレンダニマで証拠隠滅させます」

「何だよそれ。身勝手な子だなー」
 セラン区とラガン区の境目にあるピーメン川の土手で、エルニオとトリスティスは羅夢とは今日の付き合いを断られたことをジュナから聞いた。
「うん。鏡歌って子は、なんて言うか、そのね……人の好き嫌いが激しいんじゃないかと」
 ジュナは青い草が生い茂った土手で体育座りをしながら、両隣にいるエルニオとトリスティスに湿った顔をしながら話した。
「何もこんなにへたれなくても」
 ジュナの左に座るトリスティスが慰めるように言った。この三人の他にも土手では石を水面に投げ付けて遊ぶ男の子や犬(フュンフ)の散歩に来ている老人、二〇代のカップルが来ている。
 川の水面は太陽光で明るい青に白い光沢が輝いて眩しい。みんな半袖の服を着ており、エルニオは黒い紐付きベスト白いシャツとオレンジのアスコットタイと深緑の七分丈パンツと茶色い革靴の服装で、トリスティスはサーモンピンクの地に黒いチェックのフリルと袖口がついたチュニックシャツと紺のスリムパンツと灰色の布地のストラップシューズの服装である。
「あー……いくらそっけなく接したからって、そんなに怒るものなの?」
 ジュナは自分が鏡歌に馴れ馴れしくしたからだと、鏡歌はうざったく思って羅夢と一緒に帰ってしまったと思ったのだった。
「そんなに落ち込むなよ。謝れば、後相手への対応を変えれば許してくれるんじゃね?」
 エルニオが言った。

 その頃、セラン区内にある織物屋『宗樹院織物処』の二階にある羅夢の部屋で、羅夢と鏡歌がいた。羅夢は卓の上に色違いの花香液(かこうえき)、白い布に円陣と五茫星が描かれた布に花香液を一滴ずつ垂らし、目をつむり両手で印を結び、呪文を唱える。
「……ぶつぶつ、はっ」
 羅夢が術を放つと、布に垂らした花香液の香りは水のように無となり、ぴんと張った緊張感もなくなった。
「羅夢、だいぶ上手くなったね」
「うん。無転化術(むてんかじゅつ)は上手くなった。あと、即寝術(そくしんじゅつ)と木花操(もっかあやつり)の術も」
「羅夢は陰陽師の才能あるよ。叔母さんはなれなかったけど、これから勉強していけば、陰陽師でもやっていけるんじゃない?」
「うーん」
 鏡歌が言うと、羅夢は考え込んだ。陰陽師といっても個人によって得意な術が異なり、予言術が得意な者もいれば、意思(いし)交信術(こうしんじゅつ)が得意な者もいる。鏡歌は自然操術(しぜんくりじゅつ)が得意で、火をおこしたり風を起こしたりすることができる。
「そういや羅夢って、融合獣って生き物と合体するんだって? どんな感じよ?」
「あ、ああ。ジュビルムのことね。ジュビルムと合体するとね、元となった動物と同じように耳がよく聴こえたり軽くはねただけで何ゼタンも高く跳んだり、ああ、あと想像しただけで攻撃できたりすることができるんだよ」
「ど……どんな風によ?」
「植物の蔓で防御壁を作ったり、花びら爆弾とかそういうの。攻撃系の陰陽術がなくても、悪い奴と対等にやれるから役に立つよ」
「……」
 鏡歌は羅夢の話を聞いて、陰陽術<融合獣という考えが出てきた。鏡歌は自分が暁次国で指折りの陰陽師一家に生まれてきたのを誇りに思っていた。融合獣という二〇〇年前の歴史の産物などそういった浅いながらも優れているものが陰陽術や魔術より優れているという理論になっていることが面白くない。
 それに鏡歌の家では両親と自分との構成で兄弟がいず、叔父一家に子供がいても男のいとこしかおらず、女の子の親せきがいなくてつまらなくてたまらなかった。しかし、叔母一家の存在を知ってそれも女のいとこがいることを知るととても喜んだ。羅夢が四歳、鏡歌が七歳の時、二人は対面した。羅夢の母親が十年ぶりに故郷に戻ってきた時に羅夢とその弟を連れて来たのだった。その上羅夢には母方一族の血が濃かったという事実が判明した。鏡歌にやっと妹かかけがえのない親友ができたと思った。
――が、その五年後、羅夢がジュビルムと七〇〇ヴィーザの金塊を見つけたことで、同村の人たちから嫉妬を受けて羅夢一家が逃げ出すように海外へ移った話を聞くと、鏡歌は体操腹が立った。羅夢一家の成功をねたんだ人間たちはもちろん、ジュビルムまでもむかついたのだ。鏡歌にとってジュビルムが羅夢を奪ったように思えて、更に異国で羅夢に仲のいい友人がいる多ということを知ると、独り占めができなくなって引き離したのだった。
「あたしじゃなくて、どうしてジュビルム(あいつ)なの? 羅夢のそばにいるのは。ずるいよ、あたしの方が先なのに……」
 鏡歌は妬みと憤りが混じったような声を出して、羅夢に言った。
「え、だって……。ジュビルムはあたしと出会う前は何年も一人だって言ってた。誰かのそばにいないと……」
「羅夢でなくてもよかったのに」
「そ、そんなことを言うなんて……。ふっ……。鏡歌ちゃん、酷いよ」
 羅夢はプルプルと震え、目に涙を込み上げ、立ち上がった。久しぶりに会いに来たいとこがそんな冷たいことを言うなんてと傷ついたのだった。
「あ、あたしは羅夢のことを考えていて……」
「そんなことを言う鏡歌ちゃんは嫌いだっ!」
 羅夢は部屋から飛び出し、店を出て泣きながらどこかに走っていってしまった。
「ら、羅夢……」
 鏡歌は悔やんだが遅かった。いくら最初の親友を他の者に盗られたようなやつあたりをしたとはいえ、羅夢を傷つけてしまったことを悔やんだ。


 一方、ジュナ・エルニオ・トリスティスの方は、まだ川辺にいて近くの食料品店で買った果汁水の缶を飲んでいた。ジュナが座って飲んでいると、小さな犬(フュンフ)がジュナの元に駆け寄った。そしてその飼い主である金髪青眼のブレザロイドの幼女。
「お姉ちゃん、久しぶり」
「あっ、あなたはあの時の……。久しぶり」
 ジュナは二ヶ月前にこの川辺で出会った幼女、メイユとそのペット、ティッチと再会した。ティッチは白い地毛に茶ぶちの小さな犬(フュンフ)である。ティッチが川に落ちた所、ジュナが助けてあげたのだ。
「あたし、これからダンス塾に行くから、今日はここでおしまいね、バイバイ」
 メイユとティッチはジュナの前から去っていった。
「知り合いか?」
 エルニオはジュナに訊いた。
「うん、ティッチが溺れたのがきっかけで」
「ふぅん……。でも何で家と違う方向にある川へ?」
「あ、それは……」
 トリスティスが訊ねてきたので、ジュナが答えようとした途端、小さなピンク色のものがぴょんぴょことジュナたちの方へ跳びながら向かってくるではないか。
「みなさ~ん、大変ですぅ~!!」
 長い耳に長い後ろ脚と尻尾、腹部に若葉色の契合石と桃色の毛並みを持った融合獣、ジュビルムであった。
「ジュビルムだ、羅夢はどうしたんだ?」
 エルニオが跳んでやってきたジュビルムに訊いた。ジュビルムは息を切らしながら、三人に言った。
「羅夢は……いとこの鏡歌ちゃんから、きつい一言を言われたのがショックで家を飛び出しちゃって……。その後に鏡歌ちゃんが後を追ったんですけど、鏡歌ちゃんはあてずっぽうにいなくなって……」
「えええ!?」
 三人は驚いた。
「羅夢の家族には、『ジュビルムが探しに行くから』と言って待つように言ったから大丈夫です」
「羅夢はジュビルムと契約してっから、羅夢の体内にある契合石がジュビルムを通じることができるからともかく、問題は鏡歌さんの方だ。彼女はエリヌセウスの人間じゃないから、エリヌセウスの地理なんてわからない。ジュビルム、羅夢がどこにいるか案内してくれ。羅夢を見つけてから鏡歌さんを探そう」
 エルニオはそう言うと、自身の体内にある契合石を利用して、エルゼン区の自宅にいるツァリーナの在を確かめ、ツァリーナの脳内に自分の居場所を教え、ジュナとトリスティスも同じようにした。そしてジュビルムが言う。
「羅夢はセラン区の田畑の中にある原っぱにいるです。ここから東にまっすぐ行けばつかまえられるです」

「あ……あれ……? ここ、どこだろ……?」
 鏡歌は羅夢が走っていった方向を追っかけたが、彼女の姿を見失ってしまった。進んでいくうちに街から田畑、森へと入ってしまい、その森に足を踏み入れてしまった。
「ど、どうしよう……」
 森の木々はそんなに高くなく空は見えていたが。建物とかそういった目立つものは見当たらなく、鏡歌は森をさまよった。
「あー……、陰陽道具持っていけばよかった」
 陰陽師や魔術師は遠出する時は、帰り道を示す羅針盤や意思交信などが使える呪符を持ち歩くのが当然であったが、唐突だったため羅夢の家に置いてきてしまったのだ。その時、空からうなるような音と東の方から甘ったるくも吐き気のする臭いがしてきた。
(え……? ここ、廃棄処理上の近くだったの?)
 鏡歌が足を進めると、何と巨大な灰色の建物がロウソクのようにドロドロと溶けていく光景を目のあたりにしたのだ。しかも大きな管らしきものの先端から紫色の液体――溶解毒を出して、建物を溶かしていたのだ。この溶解毒こそが嫌な臭いの正体であった。
「う……」
 鏡歌が光景を見たのと毒を吸った勢いで後方に倒れそうになった時、目の前に一人の大人の女性が立っていた。長いオレンジの髪と桃色真珠の肌と露出の多い赤銅(コッパー)の衣装に長身という身なりで、両目は赤黒いバイザーで隠れていたため、目つきや瞳の色は分からない。
「あら、禁忌の領域の入りこんじゃったのね。お嬢さん」
「だ……誰……?」
 鏡歌が着物の袖で口を覆うと、女が何者か訊いた。
「ここの施設の所長、酷い人だから殺したのよ。身体障害者を虐待して、独裁者のようにしてきたのよ。こき使われていた人たちは私たちの国へと連れて行って、よき幸せを与えることにしたのよ。総統から『誰にも見られぬように』と言われたけど、見ちゃったあなたにはここでくたばってもらうわ」
 そう言って女はどこからかレーザー銃を出して銃口を鏡歌に向けた。女が引き金を引こうとした時、上空から緑色の光の弾丸が飛んできて、女の手にあたり地に銃がガシャンと音を立てて落ちた。
「うう、何者!?」
 女が顔を上げると、森の上空に緑色の融合闘士が短銃を撃ち放ったのだ。その融合闘士は翼と尾羽が金色で、体は緑色、喉に水色の契合石がついていて、両手両足が鳥の蹴爪になっている。
「お、お前は!」
 女はヒステリックな声を上げて緑の融合闘士に向かって叫んだ。鏡歌が何があったのかと頭がぼんやりしているところ、上方から清水がバシャンとかけられ、毒による気持ち悪さがなくなって正気になる。
「大丈夫ですか、鏡歌さん」
 他の三人の融合闘士が駆け寄って、水色の水妖のような融合闘士が鏡歌の体を起こした。
「鏡歌ちゃん」
 桃色の長耳と長尾を持った獣人のような融合闘士が鏡歌の安否を確かめる。
「……羅夢?」
 桃色の融合闘士の声を聞いて、鏡歌は羅夢だと知った。
「良かった無事みたい」
 白い竜頭と竜翼と竜尾と竜肢と胸に契合石を持った融合闘士が安心する。ジュビルムと融合した羅夢は鏡歌を襲った女に訊いた。
「あなた、何もしていない鏡歌ちゃんを酷い目に遭わせるなんて何考えてんですか
「違うわよ、その子が勝手に禁忌の領域に入って偶然、ブレンダニマの毒を吸っただけよ。でも見られたら何をするかわからないから始末しようとしたけど、あんた達に邪魔されちゃったわ」
「ば、ブレンダニマ!?」
 四人はその言葉を聞いて、ギョッとした。その時、蠍(コルスピ)のブレンダニマがのっそりと出てきた。四対の足と平べったい殻体と両手のハサミと節のある尾の先端は尖っており、赤紫の体は機械と混ざった姿である。
「これがブレンダニマ……」
 ジュナは二度目、エルニオ・羅夢・トリスティスはお初目。
「ブレンダニマ、後は頼んだわよ。じゃあね、お嬢ちゃん達」
 その時、上空に機動船のタラップからワイヤーが降りてきて、女はそれに捕まって上昇した。
「逃げるのか、待て!」
 エルニオは女を捕まえようとしたが、ブレンダニマが尻尾を振りまわして、エルニオを叩いた。
「冥土の土産に私のことを教えてあげるわ。ダンケルカイザランとのガルヴェリアよ」
 そう言ってガルヴェリアは機動船に乗って、その濃紺の機動船は円陣ブースターを発射して去っていった。
 残されたのはブレンダニマ一体。巨大な蠍(コルスピ)のブレンダニマは十ゼタン(二十メートル)はある大きさで、その半分が尻尾。両手のハサミをジャキンジャキンと鳴らして前進してきた。
「くっ、来る!」
 ジュナ・エルニオは左に、トリスティスと鏡歌を担いだ羅夢は右によけた。後ろにあった木々が一つのハサミで二本もぶった斬られた。それだけでなく、尻尾の毒張りと縦に開く鋭いヒダのついた口から毒液を吐きだしてきた。口の毒は地面に、尻尾の毒は斬りとった木の幹にかかり、地面は泥のように溶け、木も一瞬で腐敗した。
「これ喰らったら一たまりもないよ!」
 トリスティスが叫んだ。
「うーむ、両手と尻尾を斬るしかない。でも誰か囮になるか……」
 エルニオが深刻に作戦を練った。
「尻尾は方向転換が可能でハサミも方向転化ができる上丈夫そう。どうすれば」
 ジュナは今回のブレンダニマを見て、まじめに考える。羅夢が抱えていた鏡歌がみんなに言った。
「みんな、私に考えがある。物理的な攻撃は難しくても、特殊な攻撃でやればいいんじゃないの? 例えば、陰陽術……」
「は? おんみょーじゅつ?」
 エルニオとトリスティスは聞きなれる言葉に首をかしげたが、ジュナは賛成した。
「お願いします。その対策を」
 ブレンダニマが一同の方向に向かって来て、エルニオは空中を飛び、銃でブレンダニマの気をそらした。エルニオはあっちに飛びこちらに飛びながら、ブレンダニマを挑発し、その後ろからトリスティスが両腕についた刃で地を裂きながらブレンダニマを追いかけ、更にジュナが円を描くように空中に浮きながら剣で地面を削る。その三人が行動したことで、ブレンダニマは二〇ゼタンの直径の円陣の中に入り、しかも円陣の中には五芒星が刻まれている。エルニオが上空からトリスティスに星を描くように動いていたのだ。円陣が出来上がると、羅夢が即寝術の呪文を唱えた。
「敵(かたき)よ、芳しき花香の誘いと眠れ、夢睡即寝(むすいそくしん)」
 どこからか甘い香りの風が吹いてきて、ブレンダニマは動きを止め、尻尾とハサミを下して眠りこんだ。ただし、陣の中にいるブレンダニマだけが眠り、陣の外にいるジュナたちには効かない。
 そしてジュナがとどめとして、創生竜斬刃(ティアマートインパルス)でブレンダニマを倒し、爆破して消滅させた。


 ジュナたちがブレンダニマを倒すと、みんなは融合を解除して、セラン区へ戻ることにした。セラン区の東側は畑や田んぼがいくつもある農業地帯で、建物はみんな瓦屋根の一軒屋である。
空は碧と琥珀が混ざった色をしていて、太陽が西に傾きかけている。畦道を歩きながら、鏡歌はみんなに言った。
「あの……みんな……、羅夢に酷いこと言ったのを反省している。私の親友でもあって、あなた達の友達でもあるしね……。ごめんなさい」
 しかし、みんなはくすりと笑っていた。
「いいのよ、鏡歌ちゃん。反省しているのなら、許してあげるよ。もう気にしてないよ」
 羅夢が言った。
「羅夢ちゃん、おうちに帰ろう。みんな待っているよ」
「うん」
 羅夢と鏡歌が仲良く歩く姿を見て、ジュナたちは微笑ましく思った。
「仲直りできて良かった良かった」
 トリスティスが言った。
「しかし、ダンケルカイザラントの女幹部は、どうして身体障害者たちを集めているのかが不思議よねー……」
 ツァリーナが鏡歌から聞いた話をみんなに話した。
「虐待していた職員たちはみんな亡くなってて、被害者たちだけ連れ去った。ダンケルカイザラントは何考えてんのかわからねーな」
 ラグドラグが言った。
「うん。一見平和そうに見えるこの国でも、融合暴徒(フューザーリオター)や悪者が潜んでいるからね」
 ジュナは沈みゆく太陽を見ながら、呟いた。