フューザー3-2

 
予選の〈生き残りの迷路(サバイバル・ラビリンス)〉


 融合闘士となった出場選手たちがドームの中に入ってみると、迷路の壁が一.五ゼタン(三メートル)あり、壁は虹色がかった半透明のプリズムのよう、天井は星空のようなホログラフ映像である。
 選手たちは目を見張り、迷路の質高さに関心する。
「……でも、ほんの九人しか出られないんですよね。大丈夫かなぁ」
 羅夢が少し不安になる。
「落ち着きながらやれば上手くイケると思うよ」
 トリスティスが言った。その時、翼や背に翅を持つ十何人かの融合闘士とジャンプ力を持つ融合闘士の何人かが迷路の上に乗っかった。
「おっ先にー!」
「飛んで越えればすぐにゴールだもんねー!」
 彼らはそう言っていたが同じく翼を持つジュナとエルニオと他の数人はこの光景を見て驚く。
「おい、ちょっと待て! こーやったら反則じゃ……!」
と、エルニオが彼らに言いかけた時、飛んだり跳び越えようとした選手たちの動きが止まった。
「キャーッ、何これ!?」
「うわっ、動けねぇっ!」
 彼らは空でジタバタしているが、地上にいるジュナたちは何をやっているのか理解できずにいる所、アナウンスが流れる。
『四番、十一番、十六番、二十二番、二十六番、三十番、三十八番、四十五番、五十一番、五十九番、六十三番、六十八番、七十四番、七十九番、八十六番、失格です。天井には見えない粘着ネットが張られています』
 天上の融合闘士たちは見えない網にかかった獲物のようになっており、エルニオはこの光景を見て、溜息をつく。
「必ずこういうのがあるというのがわからんのか。ちゃんと考えてから行動すればよかったのに」
「自滅かぁ……。格好悪い」
 ジュナも苦笑いしながら呟く。だが自滅した連中のおかげで、各選手たちの予選通過率はアップし、みんなは迷路の中に入っていった。プリズムの壁は鏡のように選手たちの姿を映し、翅や翼を持つ融合闘士は飛んだり跳び越えさないようにしたり、嗅覚や視覚などの感覚が強い融合獣と融合している適応者はその能力を駆使したりとしている。
 ジュナたちはというと迷路に入った時は他の選手たちに押されてバラバラになり、融合獣の能力と人間の勘や記憶などを頼りにして出口を探していた。
「はぁ……、何とかして予選を通らないとな……」
 エルニオは融合獣形態では使いなれぬ歩行で迷路を進んでいた。
「でもトラップを通り越したりするには飛ぶ必要があるでしょう?」
 ツァリーナが言った。
「そりゃま、そーだけどさ」
 そう言いつつも、エルニオは行き止まりに当たった。
「三度目だ。また引き返さないと……」
 きびすを返した時、行き止まりの向こう側から、融合獣だか適応者だがわからないが男の声が飛んできた。
「ええい、じれったい。こうなりゃ、壁をぶっ壊して行った方が早い! 技を放つぞ!」
 それを聞いたエルニオはギョッとして、技を巻き込み喰らったらヤバいと感じ、慌ててそこから走って逃げた。
「行くぞ、メタルプレスフィスト!!」
 その融合闘士が拳を振り上げた時、壁から電撃が放たれて、その融合闘士を感電させた。
「どひゃ~!!」
 放電の光景は壁の向こうのエルニオにも目の当たりにし、融合闘士は黒焦げとなった。
『技を使って壁を壊そうとしたり、穴を掘ってゴールに行くのは反則負けです。技や能力はトラップ回避だけにしてください』
 黒焦げ融合闘士に向かってアナウンスが説明した。エルニオもそれを盗み聞いて顔を青くする。
「こりゃあ……、大変だ……」
 エルニオはそう言いながら、走って出口を探した。
 羅夢はというと、軽い足取りで迷路を進んでいた。長い耳で他の融合闘士の声をキャッチしてどこを行けばいいのか把握し行き止まりやトラップに当たることなく、順調かと思われていたが……。
「なっ、何これ!?」
 目の前にぐったりとのびている融合闘士を何人も見つけたのだ。
「い……、一体何が起こったんですか!?」
 羅夢はのびている闘士の男の一人に声をかけた。男は震えた声で羅夢に言う。
「壁と床から……ぼ、棒が……」
「棒!?」
 羅夢はその言葉を聞いて辺りを見回すが、棒らしきものは床にも壁にもない。
「羅夢、気をつけて。ここからはトラップゾーンかもしれない」
 ジュビルムが教えてくれた。
「う、うん……。でも、どうやって……」
 羅夢が辺りを見回して立とうとした時、目の前の壁から四角い穴があいて、太さ六ジルク(六十センチ)程の棒が出てきたのだ。
「うひゃあ!!」
 羅夢は間一髪で棒をよけた。バク転跳びで回避したものの、みんなあの棒に当たってのびたのだと実感する。だが棒は幸い柔らかい素材でできており、当たっても大丈夫だというのがわかる。
「よーし、こうなったら、華(か)芳陣流(ほうじんりゅう)陰陽術(おんみょうじゅつ)だー!!」
 母方一族が有能な暁次国の魔術師――陰陽師の血を引いている羅夢はいくつか習得した陰陽術を使ってトラップを回避することを思いついた。
「華(か)芳陣流(ほうじんりゅう)物理(ぶつり)透(とう)眼(がん)!!」
 羅夢が指先で八方の印を切り、それを目頭に押し付けた。すると羅夢の視界が眼の前だけでなく、壁の中や床の中の構造が見えるようになっており、どこの床や壁にトラップを発動させる仕掛けを理解する。
「ここから二十五ジルク(二十五メートル)はトラップ! そこまで物理透眼を使う!」
「OK 、羅夢。でも気をつけて。物理透眼はレベルの高い術だから、早いうちにクリアした方がいいですぅ」
 ジュビルムの忠告を受けながら、羅夢はトラップのある区間の壁や床を蹴りながら移動する。トントンと飛び移っていく様子は忍者のよう。トラップ区間にはのびている融合闘士がいたが、予選通過のため思ってそのままにした。それに丈夫な融合獣と融合していて柔らかい棒に当たったから後で自力で起き上がってくるだろうと思ったからだ。区間の最後に着くと、羅夢は術を解除した。スイッチを切ったように目まいがしたけど大丈夫だった。
「行こう。みんなと予選を通り越すんだ」
 羅夢は迷路を再びかけていった。
「ぬぬぬぬぬ……」
 トリスティスは目の前の壁に悩ませていた。壁といっても行き止まりや折り返しのことではなく、目には見えないさわるとぶよぶよする透明な壁に遮られていたのだ。
「……これをどーやって破るか問題よね……」
 左手を右ひじに当てて右手を顎に当ててまじまじと考える。さっき片手と片足を一回ずつ入れてみたが、ジェルのような柔らかさがあった。粘り気や匂いはないものの、取りこまれそうで怖かった。
「普通にはいると絡まるってことなのよねー」
 暫く考えてトリスティスは名案を思いついた。
「そうだ、こいつを破ればいいんだ!!」
 そして両腕についた剣を伸ばし、思いっきり跳躍して真上から真下までズバンと斬り裂いた。するとジェルの壁は真っ二つに切り分けられた練り菓子のようになったのだ。そして狭いが一人分が通れる道もできた。
「やったぁ!」
 トリスティスは喜ぶものの、その時誰かに押され、先を越されてしまった。
「どいたどいた! 俺が行くんだ!」
 その融合闘士はトリスティスを押しのけて、ジェルの壁の道に入っていった。
「え、あの、ちょっと……」
 トリスティスが止めようとした時、ジェルの壁が押し寄せてきて、その融合闘士はジェルに呑みこまれてしまった。
「うわっ、何だぁ!? モガッ!」
 ジェルに呑みこまれた融合闘士は水の中に落ちたようにもがき、更に右の壁が開いてジェルと共に流しだされた。
「うそ……」
 この光景を見たトリスティスは呆然とした。
「自業自得っすね。抜け駆けしたり、ちゃんと確かめないで進んだから……」
 ソーダーズも溜息をつく。
「脱落はしなかったものの、またクリア策考えないとな……。普通に入っても斬ってもダメ。もしかして……」
 そのインスピレーションでトリスティスは気づいた。
「ソーダーズ、技を発動させる。融合獣の技ならいけるかもしれない!」
「成程、融合獣の技で突破するんすね! やっていきましょう!」
 トリスティスはジェルの壁の前に立ち、両腕の刃に渦を発生させた。
「渦潮刃撃斬(スクリューイング・ブレッジ)!!」
 トリスティスの両腕から渦潮のドリル状刃がジェルの壁罠を貫き、ジェルの壁は天井と床は消え、壁は適当に破った紙のようにギザギザになって、渦潮の水滴が滴っていた。
「どうだ?」
 トリスティスは壁を見つめる。一リノクロ(二秒)、十リノクロと数えて。いつ塞がるかみつめていた。が、ジェルは再生することはなかった。
「……やっぱし、融合闘士の技を使わないと出来なかったんだ。属性関係なく壊さないといけなかった」
「やりやしたね」

 ソーダーズがほめる。
「うん。これで進める」
 トリスティスは水浸しになった道を抜け、出口へと向かった。
「もうどれ位、脱落した人がいるんだろう……」
 ジュナは迷路をさまよい歩きながら呟いた。スタートで十五人、壁を壊したり穴を掘ったりによる反則で十、二十人見かけた。
「飛べたらすぐゴールが見つかるけど……、見えない粘着ネットて、っていうのはもう知っているし……」
 ラグドラグがジュナに訊ねる。
「そりゃあ、そうだけどよ。それより、ホラ、何かトラップみたいなの見つけたぞ」
 ラグドラグの声でジュナは目を見張る。腰丈の台の上にお菓子が四個置いてある。小さな四角のアメルモグフェで、黄色・ピンク・薄緑・水色とお皿の上に置かれている。更に札がたてて合って、こう書かれている。
『四個のアメルモグフェの中に、一つだけ甘いのがあって後は辛口。
 一回だけ甘いアメルモグフェを当ててください。外れたら失格』
「はっ……、何だよこれ!? つまり運と勘だけでクリアしろってのか!?」
 お題を見てラグドラグは切れる。ジュナはというと、
「ど、どれが本物の甘いお菓子だなんて言われても……。もう時間もない。どうしよう……」
 目の前のアメルモグフェがどれも甘そうにもからそうにも見える。
(いや、落ち着くのよジュナ! この問題には何か、何かヒントがある筈! ヒントが……)
 再び札を見てみる。が、ヒントになりそうなキーワードはない。
「なあ、ジュナ。いっそのこと、神さまに頼むか? 何かを選ぶ時『どれにしようかなてんのかみさまのいうとおり』ってやつだよ。おい……」
 ラグドラグが言ってきたのでジュナは拒否。
「やだよ、かえって危ない」
と、言ったその時だった。どこからか一匹の蜜蜂(ビーナ)が飛んできて、一つのアメルモグフェに止まった。それは黄色のアメルモグフェだった。アルイヴィーナにはいろんな種類の蒸しがいて、同じ仲間でも草食・雑食・肉食の三種があり、蜜蜂は花粉や花蜜を食する生き物である。
「決めた! 黄色にする!」
「えっ、何でよ!」
「蜜蜂(ビーナ)が止まったの! この子が教えてくれた!」
 そう言うなりジュナは黄色のアメルモグフェに手を伸ばし、口に頬張った。スポンジの柔らかい感触が口内に広がる。そして……。
「あっ、甘い……」
 ジュナが言ったと同時に、壁の一部が開いた。
「やった! 正解だ! あなたのおかげよ、蜜蜂(ビーナ)ちゃん、ありがとうっ!!」
 ジュナは目の前の飛んでいる大きな黒い眼に黄色と黒の体の小指サイズの蜜蜂(ビーナ)にお礼を言った。蜜蜂(ビーナ)はジュナの指先に止まって四枚の翅をパタパタ動かしている。そして開いた道を進んでいき、風と光を感じた。ジュナがそこに足を踏み出すと、そこはコロッセオののグランドであった。


 観客たちの喝采がグランド内と上空に響いた。ジュナは顔を上げて、数ノルクロぶりの空と太陽を見た。
『これで予選通過者が決まりました! エントリーナンバー八十四番が最後です!』
 アナウンスの声で、ジュナは自分が予選通過したことを身に感じた。
「や……やった! わたし、予選に入ったんだ!!」
「やったな、ジュナ!!」
 ラグドラグも声を張り上げる。万歳したジュナだったが、仲間たちのことを思い出した。
「あ、そういえばみんなは!? みんな予選……」
 その時、融合闘士姿のエルニオ、羅夢、トリスティスが壇上近くの所から走ってやって来た。
「おーい、ジュナ~」
「みんな、どうだったの?」
 ジュナが三人に訊くと、三人は「ふっ」と笑ったあと、満開の笑みに変わった。
「予選通りましたー!」
「イエーイ!」
「僕たちエリヌセウス組、本戦に入れたよ!」
 エルニオたちも予選を通ったことを知ると、ジュナは喜んでみんなと抱き合った。
「やった~っ! これで特訓の成果が出せるよ~!!」
 スタジアムの大型モニターには予選通過者の九人の顔が映し出された。
 ジュナは最後の九番で下段右、エルニオ、トリスティス、羅夢は中段、他の予選通過者は男性が四人でうち二人が二十歳前後の青年、一人の女性がエルニオより先に予選を通過し、エルニオに話しかけていた女性であった。
『それでは本日のフューザーソルジャーコロッセオは終了です。明日から本戦のスタートです。それでは選手の皆様はコロッセオの向かいのプリムホテルでゆっくりと宿泊してください』
 アナウンスの声が流れ、今日のイベントは終わった。〈生き残りの迷路(サバイバル・ラビリンス)〉からぞろぞろと予選敗退の融合闘士たちが出てきて、闘技場のエントランスへ向かっていく。敗退しても参加料として交通費あるいは三シュアのクーポン券が与えられる。

 予選を通過した選手と連日で観戦する客たちは闘技場の向かい側にある〈プリム・ホテル〉に泊まる。観客は自費で宿泊であるが、選手たちには主催者側から宿泊の負担料を与えられる。
 プリムホテルは鏡張りの二十階建てのホテルで、形は上空から見ると六角形のセレスタイトのようである。もちろん中も綺麗で、床には全て絨毯が敷かれ、柱や壁や床は純白の大理石、エントランスホールや個室などの各部屋には銀色のシャンデリア、ボーイは仕立てのいいベストとスラックスとカッターシャツとアスコットタイの制服、メイドは暗めのパフスリーブのワンピースと白いフリルのついたエプロンと帽子と足を痛めないデザインのシンプルな靴を身につけている。
 ジュナたち選手はホテルに行く時に予選通過証明のパスをもらい、ホテルのロビーカウンターのフロント係に見せる。みんな首からぶら下げている。
「はい、予選通過ですね。どうぞ」
 フロント係の中年のスタッフが融合を解いた選手たちにルームナンバー付きのカードキーを渡す。カードは同じ番号の部屋にしか入れないように造られている。大会の規則ではカードキーとパスは必ず一緒に持つようにと決められている。
「おおっ、凄いいい眺め!!」
 ラグドラグとジュナが一緒に与えられた部屋に入る。部屋は個室と二人部屋と四~六人が泊まれる大部屋があり、ジュナたち選手は個室を与えられた。部屋は見晴らしがよく、向かい側のコロッセオと街中の風景が見える。チューブラインに浮遊車、三角屋根が多い建物に街ゆく人々や木々や草垣。
 部屋はジュナの自宅の部屋より狭かったけど、ベッドと壁に設置されたカウンター机と椅子とクローゼットとエアコンとテレビと室内電話さえあれば充分だった。エアコンからそよそよと冷風が流れてくる。ジュナはクローゼットに自分の荷物である白地に赤いピンストライプのリュックの中の着替えや下着や洗面具などの旅行用品を入れる。財布や携帯電話は必ず持ち歩く。
 ジュナは足付きマットレスのベッドに寝転がり、エリヌセウスにいる母親に予選通過のメールを送った。
『ママへ
 ジュナと友達はみんな予選に通過しましたので、もう少しプルデスランドにいます』
 送信ボタンを押すと、ジュナはベッドの上で大の字になる。スリムも不安もあったけど、それなりに面白かった。
 その時、閉まっているドアからノック音が聞こえてきた。
「ジュナさん、お風呂に行きませんか?」
「シングルはトイレとシャワー室ないからねー」
前者の羅夢、後者のトリスティスの声が飛んできた。個室にはトイレと浴室がなく、従業員との共用トイレを使い、入浴は大浴場を使うことになっている。二人部屋にはトイレがついていて、大人数部屋とそとその格上のスイートにはトイレと浴室がある。
「うん、今行くねー」
 そう言ってジュナはクローゼット内に用意されていたバスタオルと手拭いを取り出し、財布などの必需品も持って、待っていたトリスティスと羅夢と一緒に十四階から二階の共同浴場へと向かった。
 共同浴場は男湯、女湯と分かれており、みんなが泊まっている部屋六個分の広さで、壁にシャワーと蛇口が陳列されていて、その上に鏡が張られ、湯気で曇っていた。お湯を汲むための高級素材の桶や風呂椅子もいくつかあり、カラフルな容器に詰められたシャンプーとコンディショナーとボディシャンプーもあり、壁も床も研磨されたピンクの石である。浴槽も場の半分を占めており、中心には金色の人魚像があり、人魚が持っている水瓶から水が流下している。ジュナたちは浴槽から湯を汲み、今日の汗と汚れを流し、手拭いにボディソープをつけて泡立て、ゴシゴシと肌をこする。甘酸っぱい果実の香りがした。トリスティスは背中だけは羅夢に洗ってもらう。水棲人種の彼女は背中に水中呼吸用のえらがあるため、中に泡などの異物が入ると繋がっている肺などの器官に危険を及ぼす。神と体を洗浄したのちは浴槽に入ってつかった。
「あ~、やっぱ生き返るわぁ」
 トリスティスが十人以上は入れそうな浴槽の中で手足を伸ばす。
「お風呂が終わったらエルニオさんがご飯にしよう、って言ってましたよ。レストラン、取り放題だって言ってました」
 羅夢がトリスティスに言う。
「バイキングかぁ。ラグドラグが好きそう」
 ジュナも顔を明るくする。外ではすっかり空は琥珀色に染まり、日が西に傾いている。エリヌセウスではまだ明るいのだが、惑星の自転で日入り日の出の時間が違う。
 お風呂を満喫したジュナたちは大浴場の隣のレストランへ。レストランは四人が座れる円卓に白いテーブルクロスが掛けられ、室内の外側に設置されている。天井には金色に色ガラスのシャンデリアが三つ、床にはワインレッドのじゅうたん、中心にはコの字に置かれた長テーブル三つ、汁物の鍋やモグッフ(パン)が置かれたトレーが何十種も置かれている。レストランにはすでに観客や他の融合適応者や融合獣、エルニオやラグドラグが来ている。
 みんなそれぞれ好きなおかずやデザートやドリンクを取り、全席が町の景色が見える席でご飯を食べた。ジュナは野菜と肉と魚介類のホールダー(サンドイッチ)と緑米(ヴェルナリッケ)の茸炒飯、ラグドラグは魚料理全般、エルニオとツァリーナはサラダ三種と新家畜メヒーブ肉の煮込み、羅夢とジュビルムはそれぞれ中身の違うおにぎりで白米(ヴィッテリッケ)や緑米(ヴェルナリッケ)もあれば木の実と炊き込んだものもある。トリスティスとソーダーズは魚介や肉や野菜の串焼き。タレも酸っぱいのや辛いものも色々あっておいしい。レストランの厨房からはホールスタッフが次々と空になったお盆や鍋を新しい料理と取り換えている。
 ジュナたちが呑気に食べていると、ガタッという音がいくつも鳴り響き、「あっ、あれは!」という音と共に、レストランに入って来た人物を見て、レストラン客たちは席を立ちあがったのだ。
 高めの背丈に長くうねりのある背中まである明緑(ライムグリーン)の髪、大きな切れ長の藍色の瞳、細身だが鍛えていそうな体型、鼻筋の通った顔立ちに色白の肌、赤い薄手のブルゾンに白いパンツ、黒いベルトブーツの女性とその融合獣が入って来たのだ。
「あっ、あの方はフューザーソルジャーコロッセオの三回連続チャンピオンのフリージルド・クロムさんよ!!」
「生で見るクロムさんよーっ! サインもらいに行くわ!」
「写真撮らせて下さい!」
 観客も適応者もはたまた従業員も我よ我よとチャンピオンに押し寄せる。
「おいおい、チャンピオンって女だったのかよ……」
 ラグドラグが大勢のファンに囲まれるフリージルドを見て呟く。
「チャンピオンっていうから男の人だと思ってましたぁ」
 ジュビルムが白米に濃緑の海苔をつけたおむすびを持ったまま言う。
「美人で若くてしかも三連続チャンピオンで、このカリスマって……」
と、ソーダーズ。
「あの外観からするとジュナやエルニオと同じ無特徴人種(ノルマロイド)かしら? まあ流石に国籍は違うけれど」
 ツァリーナが体を伸ばしてフリージルドの顔を見る。みんなサインをせがんだり携帯電話や電子カメラでフリージルドを撮影しているさ中、フリージルドと融合しているらしい融合獣がジュナ一行を見つけて、人混みの中から抜け出して、こっちに歩いてきた。
 大きな鳥型の、飛翔族の融合獣で優美な緑鳥のツァリーナとは違い、勇猛な鳥、鷲(アエーゲル)の姿である。鉤のような嘴と鋭い蹴爪、体も一般の鷲(アエーゲル)よりも大きめで、羽毛は明るいオレンジだが、喉から腹にかけてと尾羽と翼の縁は白い。契合石は隆起した右胸についており淡い水色(アイスブルー)である。そして瞳も同じ色。
「おお、久しぶりだなぁ、ラグドラグ。何十年ぶりだ? この姿のお前と再会するなんてな」
 嘴から甲高い男の声でその融合獣は発声した。
「本当に久しぶりだな、エグラ。まさかお前がフューザーソルジャーコロッセオのチャンプと融合しているなんてな……」
 ラグドラグは愛想良くしたが、エグラはツンとした態度を見せた。
「お前は結構地味に過ごしてきたんだな。どの人間だ? お前の今の適応者は」
「わ、わたしだけど……」
 ジュナはおそるおそるエグラの前に立つ。
「ふーん」
 エグラはチラチラとジュナを見つめてから言う。
「こんなどこにでもいそうなチンチクリンの平凡な小娘とか。今セレブとなった俺とジルじゃあ天地の差がありすぎんだよ」
「な……っ」
 ジュナはエグラの台詞に軽いショックを受けた。後ろのエルニオたちもエグラの台詞と態度にカチンと来た。
「適応者を選んだかどうかでセレブか一般かどうかで生き方の心地が変わるんだがな。お前って今、どん位の力量を持っているんだ? ま、俺より上ってのは……」
「やめなさい、エグラ」
 エグラの後ろから女の声が飛んできた。それはフリージルドだった。
「ごめんなさいね、あなた達。エグラはちょっと見栄っ張りだけど、悪い子じゃないのよ。エグラがあなた達にちょっかいを出したことは私がわびるわ」
 フリージルドは無表情に言った。フリージルドはレストランの入り口にいるボーイに向かってルームサービスの食事を自分の客室に運んでくるように告げてから、エグラと共に出ていった。
「……エグラという融合獣とラグドラグの関係って……」
 ジュナは呟いた。この両者にどんな因果かあるのかを。


 夕食を食べ終えた一行は明日の本大会に向けてそれぞれの宿泊室で体を休めることにした。ジュナたちの部屋は十四階で窓から見た夜の景色は瑠璃色の星またたく空と街の街灯やイルミネーションが照らしていた。
 ジュナは白地にピンドット柄のパジャマに着替え、歯磨きも化粧室で済ませてきた。明日着る服も枕元に出して、窓のロールカーテンを降ろし、ベッドに入る。白いシーツともみ殻入りの枕とクリーム色のブランケットと厚めだが軽い掛け布団はとても寝心地がいい。ベッドの足元ではラグドラグが体を丸めて寝ている。部屋の明かりを消す前にジュナはラグドラグにチャンピオンのフリージルドの相方融合獣、エグラのことを訊いてみた。
「エグラ? ああ、俺が人間だった時の戦友だよ」
 ラグドラグ達融合獣は二〇〇年前のアルイヴィーナ人と異星人との戦争から生まれた人工超越生命体であった。皮膚などの生体組織は急速再生機能を持ち、どんな傷を負っても必ず塞がる。体についている契合石を失ったり斬首されない限りは永久に生きられる。その融合獣の意識となったのが重傷を負ったアルイヴィーナ兵であった。融合獣の生みの親は次々と重傷兵を溶かしてそれを融合獣の素体の中へと入れた。融合獣となった兵士たちは戦争が終わっても各地に散り散りとなって、不老不死生命体として生きている。
「――エグラは戦地で知り合った仲間だ」
 ラグドラグは人間だった時のことを思い出した。人間時代のラグドラグ、本名ラドル・デュークは銀白色の髪と明紫の瞳のノルマロイドの青年で、敵のガルザイダ軍から自分の星を守るために志願兵となった。正式な軍人の他、一般人が兵士となった志願兵や女性兵、二十歳前後の未成年兵士もいた。人間だった時のエグラ、エルヴィク・アルゲラもラドルと同じ一般人出身の兵だった。人間時のエグラことエルヴィクは明るいオレンジの髪に淡い水色の瞳と中間肌のノルマロイドでラグドラグと同世代だった。あの頃の二人は一緒に食事し合い、戦場を駆け巡り、励まし合ったりした。
「でも、どうして融合獣になったらふんぞりかえるようになっちゃったの?」
 ジュナがラグドラグに現在のエグラについて訊ねる。
「さあなあ。恐らく何かで成功して名声と富を手に入れてその方が楽しいと重いんじゃないか? 俺はこのままでいいけど」
「わたしもわかりませんな」
「ジュナ、明日早いんだから、もう寝ろ。本大会に入るんだからな」
 ジュナはラグドラグに言われて部屋の灯かりを消し、「おやすみ」と言うと、枕に頭を乗せた。ゴォォー……とエアコンの電源はそのままだったが、体が冷えない程度に調整されていた。
 一方、こちらは最上階のフリージルドが泊まる部屋。チャンピオンである彼女はベッドやバスルームの他、台所や冷蔵庫やステレオや大型テレビといった豪勢なスイートルームに泊まっている。天井には銀の枠がはめられ丸い形の電灯が三つ、壁紙は白地に金色のストライプ、床のじゅうたんは細かなホテルのシンボルマークが入った模様、ベルベッドのソファに二人が寝ても足りない超大型ベッド。そのベッドの上にフリージルドが中心に堂々と寝転がっている。エグラは足元で丸まって寝ている。
 フリージルドは数時間前に出会ったエリヌセウス組の融合適応者の顔を思い浮かべる。
(あの子たちはまだ粗削りだけど、渡しと楽しめそうな気がするわ。どうせなら、あの子たちの誰か、金色の目の子が……)
 そんなことを考えながらフリージルドは顔をにやつかせていた。