フューザー4-4

 
食い止めろ! 茨の女の野望


 碧空が北よりも明るく日差しも強く射すポセドニア大陸のある湾岸地区――。
 海は澄んだ明るい青で、木々は年中濃い色の葉を生い茂らせ、砂浜は白く地元民以外の者はリゾート地として扱っている。
 その一角に岩壁と木々が崩れて、折れた木がいくつか海に沈んでいる光景が見られた。
「一体何があったんだ……!?」
 その地域に住む水棲人種(ディヴロイド)たちは幾人にも集まって、このえぐられたように削られた岩壁と杭のように折れている木々を見つめていた。
 住民は誰もが沖で漁や釣りをするために麦わら帽子や薄布の頭巾を被っており、麻黒い肌もいれば中間肌や磨きたての石英のように白い肌の者もいる。彼らの共通点は服の下に隠れている四肢の青い三本線と背中のえらであること。
「地震があったわけでも、大嵐による土砂崩れでもないのに、どうしてこんなになっているんだ?」
 黒髪とひげに白髪交じりの釣り老人がえぐられた湾を見て呟いた。
「自然によるものなら、一ヶ所だけでなく数ヶ所ある筈だよな」
「人為的にやったものみたいだな。ほら、融合闘士(フューザーソルジャー)ならできるべ?」
 漁師の一人が言った。確かに自然災害による崩れなら、他の場所でも起きているだろうし、その数日前にテレビや電子網(サイバーネット)やラジオで注意報が公表されている筈だ。住人たちの他には岩壁や土地の木々に巣を作って暮らす鳥たち、海に棲む魚や貝、甲殻類もいる。と鳥の巣のいくつかは海に落ちて卵は割れて雛は溺死して浮いており、魚も落下物の衝撃で何匹か横に浮かんで死んでいた。
「まぁ、良かったのは人間の死者が出なくて済んだとこだ。死んじまったものは弔わねーとな……」
 漁師の一人が言った。漁師たちは楽盤で死んだ生き物を近くの土の中に埋めて供養した。
 供養が終わると、漁師たちや釣り人たちは本日の仕事に戻り、父親の船乗りについていった若い水棲人種(ディヴロイド)の青年が父親に尋ねた。
「なぁ、親父。あそこって、人は住んでいないんだよな? ただ、あの森の中とその近くの海の中に遺跡があったくらいで」
「それがどうした」
 父親の漁師は漁船に乗り込み、碇を海から引きずり出す。
「崖を切り崩した奴、その遺跡の中のお宝が目当てでそんなことをしたんじゃないのかなぁ……」
 青年は漁船に乗り込みながら言った。
「お宝ねぇ……。まぁ一つ言えることは、俺や祖父さんやそのご先祖のずっと前の代からあることなんだよなぁ。五十万年前から、色んな学者さんたちが調べているけれど、誰も真実に辿り着いていないことなんだ。文明も文化も人種も、な……」

 

 惑星アルイヴィーナのどこかの地下深くに設けられたダンケルカイザラントの基地内。台形状に床が三段になっている司令室の上段には首領ダイロスのシルエットがカーテン腰に映り、中段には三幹部が姿勢を正して立っていた。
「お前たち……。今回の収穫はどれ位だ……?」
 上段からダイロスの声が響いて、幹部たちに尋ねる。
「オーディニア大陸のアスビョール渓谷のクレバスで、共鳴石(リンカイト)を四十二個回収いたしました」
 黒服に長い銀髪の青年幹部、ユリアスがダイロスに報告した。
「わたくしめはポセドニア大陸のライムラァ諸島の第一諸島の遺跡で共鳴石(リンカイト)を五十個回収いたしました」
 オレンジ色の髪に色情的な赤胴色の服の女幹部、ガルヴェリアも報告した。
「……ビーザール大陸、雪都フロストガルディーヌの近くの洞窟で共鳴石(リンカイト)三十八個です」
 短い髪に古代紫の服の巨漢幹部、マレゲールも報告する。
「これだけ共鳴石(リンカイト)があれば……新たな融合獣がいくつも創造できる……。だが、まだ融合獣の人格形成のための人間が足りぬ……」
 幹部たちが集めてきた共鳴石(リンカイト)の数を聞いたダイロスが言った。
 人間と共鳴石(リンカイト)――この二つは融合獣誕生理由の切っても切れない関係である。融合獣の人格と活動の源が人間を溶かした人工体液が融合獣の血液と形成された性格になるんだから。
 こうやってダンケルカイザラントは新たな融合獣と適応者となる兵士を集めているのだ。
「今回の作戦は……ガルヴェリアに任せる。お前の配下が最適だからな」
「はっ」
 ダイロスはガルヴェリアに新たな作戦の実行を命じた。

 あくる日のエリヌセウス上級学院の学生食堂。エリヌセウス上級学院の生徒や教師の昼食は弁当持参か学生食堂で商品を買うか決まっていた。学生食堂は二〇〇人が入れる教室一個半ほどの広さの場所で、ベージュの壁と灰色の軟質ラバーの床の厨房と食事処に分かれている。丸テーブルに椅子が四脚一組になっていて、五〇組ある。食事は自販機で食券を買い、それを渡し口の読み取り機に入れて番号札を受け取り、受け取り口スクリーンに番号が出ると、注文のメニューが出てくるという仕組みである。
 生徒たちは気の合う友人やクラブ・委員会活動の会議で集まり、グループごとに分かれて食べていた。
 その学生食堂の奥の一角にジュナ、エルニオ、羅夢、トリスティスが食べ合いながら融合闘士としての行いを話し合っていた。
「トリスティスさん、新しい技を覚えたんですね。おめでとうございます」
 羅夢が蜃気楼使いのダンケルカイザラントの融合闘士と戦って、更に蜃気楼を使いこなせるようになったと聞いて大いに敬った。
「うん……。だけど、新しい技が使えるようになったから、ってこれでいい訳じゃないしね。ダンケルカイザラントも以前より厄介な刺客を送り込んでくるだろうし」
 トリスティスは弁当の海老(シャリンプ)や貝類入りの蒸し飯と果肉入りサラダをほおばりながら言った。
「だよなぁ……。どうしたら、いいものか」
 エルニオが学食のジャネポ芋の盛り合わせランチをつつきながら呟く。
「あとさ、融合闘士格闘大会で、ヴァンガルドって人が探していて、優勝トロフィーの中に隠されてあった……と思われていた融合獣強化の秘伝――。あれ、時々考えちゃうんだよね。
 誰が何のために融合獣強化の秘伝術を思いついて実行したのか、が」
 ジュナが母が作ってくれた昼ご飯の塩味薄皮モグッフ(パンケーキ)とその付け合わせの塩ゆで葉菜や目玉焼きや塩漬け肉をフォークに突き刺した。
「融合獣、って強くなれんの? てか、そもそも二〇〇年前に生まれた人工生物で、元二〇〇年前の人じゃない。二〇〇年の間に強化版融合獣が出た話や情報は見つかってないわよ」
 トリスティスが水筒から冷茶を飲んで言う。
「……まぁ、生き物が魔術や陰陽術で強くなるという神話や伝説は文献や電子網とかの情報で残ってますからね。科学技術に魔術や陰陽術を加えたのは一時的な強さですから」
 羅夢は黒ブチ豚(ピゲン)の薄切り肉を数種の薬味と醤油と味付けした焼いた丼飯を口に入れる。
(学校で勉強したり、友達や家族とのんびり過ごしたりするの、って平和のことなんだよね。融合闘士(フューザーソルジャー)になったわたしたちにとって)
 ジュナは学生食堂から見える碧空に流れる無数の雲を見つめながら、そう思っていた。

 一方、ガルヴェリアは自分と融合獣する蟲翅族の融合獣、レノアリスと部下の女性融合闘士を連れて、エリヌセウス皇国の西南部ランドン地方の都市に現れていた。
 様々な大きさや形のビルがいくつも並び、透明な強固チューブの輪(リング)状に走り、様々な浮遊車(カーガー)が街の上空を走り、街の住民は地上の舗装されたり色とりどりの石畳みの道を歩いていたり、走っていたり自転車でかけている姿が見られた。何の変哲もない平凡で平穏な都市の光景。
 ガルヴェリアと巨大な赤胴の蟻姿の融合獣レノアリス、そして融合闘士は高さ一〇〇ぜタン(二〇〇メートル)はありそうな高層ビルの屋上に立っていた、風が地上より激しく吹き、ガルヴェリアの髪や服がなびいたり翻ったりしていた。そして融合闘士はすでに融合しており、頭部に樹の枝を思わせる二本の角が生えており、両脚が蹄脚で、更に体には蔓植物状のパーツが巻かれているようになっていた。体が明青緑、眼と角の間にある契合石は暗赤色(ボルドー)である。頭部の下半分は人間の口がむき出しになっている。
「それでは今回の作戦の試験段階、始めます」
「頼んだわよ、ロジアーナ」
 ロジアーナと呼ばれた融合闘士は右手のひらから親指大の黄金色の種を四方八方に投げつけ、その種は地に着くと、すぐに芽を出して、それが茎となってツルとなって棘を出し、蔓はだんだんと大きくなって、人間たちや犬(フュンフ)や鳥たちに棘を向け、建物や電信柱に巻きつき、壁や窓を突き破って、列車(ライナー)の支柱に巻きついた棘の蔓は孔を空けて握りつぶし、たちまち筒間鉄道(チューブライン)は崩れて破片が地上に落下した。
「うわーっ」
「キャーッ」
 巨大な蔓植物の出現や奇襲、瓦礫が落ちてきたことによって、街はたちまち大混乱に陥った。
 列車(ライナー)は止まり、浮遊車(カーガー)も何台か蔓に絡みつかれて潰され、人々も棘や瓦礫や落下物の破片で傷ついた。
「作戦、成功ね。この調子でもっと街を襲って、政府に前線基地と兵士の提供を要求するのよ!」
 ガルヴェリアは突如現れた巨大茨の出現によってパニックになった都市の景色を見ていった。

 

 ランドン地方の都市の一つが巨大茨の出現によって、交通や都市機能がマヒしてケガ人が数百人も出たというニュースはエリヌセウス国内と近隣国に広まった。巨大茨は都市の周囲をぐるりと囲み、無理して茨を通ろうとするとすれば血まみれになることも承知だった。
 エリヌセウス政府は各地方の最高役職官や現皇が集まって緊急会議を開く程でもあった。
 茨に囲まれた都市の住民はケガや飢えに悩まされ、軍隊が茨を切り裂いて救出したのは二日半後であった。ケガ人や病人は他の都市に運ばれ、食糧や赤ちゃんのおむつなどの消耗品なども届けられたのであった。
 ジュナも自宅のテレビモニターで、年に巨大茨が発生したのはダンケルカイザラントの仕業だと睨んだ。
「この前は蜃気楼、次は巨大な茨の囲いで街に混乱をあびせる……」
「ああ。こりゃダンケルカイザラントのやりそうなことだよなぁ……。そういや、前にも植物に関する事件があったな」
 ラグドラグが三ヶ月半前にエルセラ地方にも農園の作物がダンケルカイザラントの作戦に利用されたことを思い出した。以前の事件の場合は遺伝子改造怪獣(ブレンダニマ)で今回は融合闘士であるが。
「ダンケルカイザラントの融合闘士(やつら)は、ブレンダニマのような強さを得たのか……?」
「それかブレンダニマのスペックを取り入れている、ってことも」
 ジュナがそう言うと、ラグドラグが「ああ」と納得する。
「ダンケルカイザラントならやりうるな。ブレンダニマの強さを取り入れる方法……」
強さを取り入れる方法……」

 ジュナの住んでるラザン区から東にある地域、セラン区。セラン区はライゴウ大陸主要民族、和仁族のエリヌセウス皇国での居住区の一つで、建物はライゴウ大陸の国の文化や文明と同じ波型瓦屋根と白漆喰の壁の家、帯でしめる簡易型衣、穀物を発酵させた酒や調味料などといった生活様式と同じである。
 通りは茶店や居酒屋などの飲食店、食器などの器物を売る店が並んで、和仁族だけでなく他区から来た無特徴人種(ノルマロイド)も寒方人種(ブレザロイド)も買い物や取引や商談に来ている。
 その通りの中にある赤茶色屋根の和瓦屋根に白い漆喰の横長二階建て建物――大きな木の板で『宗樹院(そうじゅいん)織物処(おりものどころ)』(」)。その店主である宗樹院夫妻は雇った店員と一緒に様々な素材や柄の布を売買していた。
『宗樹院(そうじゅいん)織物処(おりものどころ)』(」)の二階にある店主の娘、羅夢の部屋。部屋は七畳間の畳部屋で、渋緑の壁紙に明かりとりの障子、障子の反対側の壁に屋根裏部屋への入り口の梯子があり、向かい側の壁は床の間と上下の引き戸と違い棚のセット――床脇がある。屋根裏梯子の隣は薄茶色の文机と本棚、その中に辞典や書物が入っている。机のある場所は、一段高くなっている。羅夢は机の上に布を敷いた色水の小瓶を並べていた。色水は薄桃色、淡緑、水色、黄色といった芳しい鼻や果実の匂いを漂わせていた。
「これでよし……と。これだけストックがあれば、授業や陰陽術の修行に困らないね」
 羅夢は瓶に名前や効能のある花香液(かこうえき)の札を張り、更に格子模様の小箱に入れて収めた。羅夢がエリヌセウス上級学院の自然学科を選んだ理由――家の反物の素材をより種類を増やすため、もう一つが陰陽術の知識と力を増やすためである。
 羅夢の父親は商人ではあるが、母親の実家が名のある陰陽師の一族で、羅夢は母親より陰陽師の素質が強かったので、初歩的な陰陽術も使えるのだ。
 特に花の蜜や花弁を絞り取った汁で作った花香液を利用しての陰陽術や研究が得意だった。
 花香液の効果は例えば爽鈴(そうりん)はいらついている時に安楽させ、李萌(りも)は吸香しただけで視力をアップさせるのだ。
 もちろん羅夢のクラスや先輩に当たる学校生も羅夢の作った花香液の評判はよく、睡眠不足の女の子が〈安夢(あんむ)〉という香りのおかげでよく眠れるようになったというのだ。
「羅夢、羅夢――!」
 一階の店舗から母の呼ぶ声がして、羅夢は立ちあがって部屋を出て、階段を下りた。座布団の上で昼寝をしていた融合獣のジュビルムもふすまの引く音で目ざめ、羅夢のあとうをついていった。
 羅夢は一階に通じる外階段を使って店舗となっている層へやって来た。店舗は様々な色や柄の布が棚や台の上に展示され、また店員も店の刺しゅう入りの紺の前掛けを着て、甲斐甲斐しく働いていた。
 羅夢と同じ白群の髪の男性である父、羅夢と同じ桃色の眼に青緑の髪を三つ編みにして結いあげた髪の女性、母は出かけなくてはならないから、と羅夢に店番を頼んだのだった。父は日暮れまで商いに、母は町内の集会に。
 羅夢はジュビルムと共に布を切ったり測ったり裏庭に出て染めた布を干したりしていた。裏庭は塀状に刈った木の垣根に染めた布や洗濯物を干すための竹の杭がいくつも並んで、縄には店員が染めた赤や青や黄色の布、中には模様をつけた物が重ならように並んで干してあった。
 他には青々とした芝生に段々状に作った花壇には、花香液の材料となる薬草や草花が並んで植えられていた。羅夢は乾いた布を回収して籠の中に畳んで入れ、店内の乾燥所で布をノリをつけ、鉄ばれんでしわを伸ばし、綺麗に折って店舗に置くのだ。
 羅夢が布を並べていると、「もし」と一人の若い女の人が羅夢のいる店に入って来たのだ。
「はい、いらっしゃいませ」
 羅夢は店に入ってきた女の人にあいさつをする。女の人は雪のような白い肌の寒方人種(ブレザロイド)で、赤紫の髪を長く垂らし、眼は苔緑で銀灰色のビジネスワンピースを着ていた。女の人の後ろには体が明青緑で眼と枝のような角の間の契合石は暗赤色(ボルドー)の蹄脚の融合獣がいたのだ。その融合獣の背丈は女の人の胸下まである。
「あら、お嬢さん。親御さんは?」
 女の人は背の低い羅夢を見下ろして尋ねる。
「あ……父と母は出かけていて、わたしが留守番を……」
 十一歳と見た目は二十代前半の女性と比べて差分はあるものの、羅夢は女の人の顔を見上げる。
「ええ、実はこの店の布をいただこうと思って……」
「はい。どれでもお好きなのをどうぞ」
 羅夢は女の人に店舗の商品を見せる。
「じゃあどれにしようかしら……」
 女の人は店内に入って、棚や台の上の布をどれにしようか見たり素材を確かめて触っている。女の人が連れてきた融合獣は店の出入り口近くでじっとしている。
「……じゃあこれを一ゼタン半(三メートル)もらうわ」
 十分かけて、女の人は黄色い地に赤い椿(キャミーリャ)柄の半綿半麻(ノコーファ)の布地を選んだ。
「はい、一ゼタン半半綿半麻(ノコーファ)は三クラン二十ラッツァです」
 羅夢は女の人が言った布の値を言うと、女の人はクラン銀貨を四枚出して、羅夢は釣銭のラッツァどうかを三十枚銭箱から出して渡した。
「ありがとうございました」
 女の人は布を筒状に巻いて、融合獣と共にセラン区を出て、町外れのピーメン川の見える土手に来ると、懐から掌より小さくて黒い薄い板状の端末を出して広げて、上司に伝える。
「ガルヴェリア様、我がダンケルカイザラントに刃向かう融合適応者の一人の様子を身に行きました。そして、あの店の中に仕掛けておきました」
『ご苦労様。次の日が楽しみね……』
 端末からは別の場所で待っているガルヴェリアの声が聞こえてきた。

 

 空が琥珀色に染まり、太陽が地平線のかなたへと沈み、空が瑠璃色に金銀の粉のような星と青白く光る三日月と一年中円い人工月が浮かぶ夜、闇夜を照らす灯りも家や店の灯りも消えて、日付が変わる夜中頃だった。
 戸締りもして、明日の営業に備えて羅夢も両親も弟も祖父もジュビルムも眠りについている時、店の棚の反物が詰められている隙間から、人間の掌半分の大きさの六本足の蟲を思わせる機械が這い出て、蟲型機械は羅夢の家の庭へと出て、羅夢の花香液の材料の花壇の一ヶ所に一つの種を体から出して埋めたのだった。親指大の金色の種である。

 次の日の朝、羅夢は起きて寝着から普段着の色や柄入りの和衣に着替えると、既に起きていて店の支度と朝食の準備をしている両親に続いて、裏庭の花壇に水をやろうと、手提げ桶に柄杓と水を入れて庭に出た。
「……あれ?」
 羅夢は寝ぼけまなこをこすり、花壇に目をやった。花壇の一番高い段にやたらと大きい植物が流れるように伸びているのだ。それは小さな棘付きの蔓で桃色のつぼみも十近くつけていた。
「あんな花、いつ植えたかな……。まぁ、、いいや。花が咲けば摘むしね」
 羅夢は柄杓の水で花壇の花に水をかけた。空は薄い桃色で日が昇ろうとしていた。

 その日は学校は休みであったが、羅夢は父母に頼まれて織物の染め粉に使う草や花を厚めに町の南方にある小山に行ってほしいと頼まれた。本来なら弟と共に行くのだが、弟は一昨日足をねん挫して歩けず、ピンチヒッターとしてジュナとラグドラグが来てくれたのだ。
「来てくれてありがとう、ジュナさん」
 野良仕事のため、長袖の衣と手甲、男性が着るような下衣と地下足袋姿の羅夢が長ズボンに長袖に軍手に麦わら帽子姿のジュナに言った。
「いいっていいって。わたしも休日は家にいるのもなんだったし。じゃ、行こうか」
 二人は籠を持って、ラグドラグとジュビルムも続いて小山の草や花を摘みにはげんだ。
 小山は数十ゼタンの高さだが、高台から見える景色はいい眺めで、渋色の瓦屋根の家々や黄金色に実る田畑や果樹園が見渡せるのだ。小山の木々や芝も葉も茶色がかった緑で、中には黄色や赤に染まりかけたものもあった。ジュナたちは絞ればいい緑や青を出す草や花を乾かして粉末にすれば黄色や赤の染め粉になれる花を摘み取って籠の中に入れた。籠の中はどんどんたまり、時には楕円型のシイナの実や木の根に生える赤い毒キノコを見つけたり、と過ぎていった。
 碧空に浮かぶ白金の太陽が真上に来た頃、一同は昼食をとることにした。羅夢とジュビルムは白米(ヴィッテリッケ)や緑米(ヴェルナリッケ)の握り飯で中には鮭(シャモケ)の卵や干した梅(メーウ)の実が入っており、ジュナとラグドラグは麦粉に粟(ワボロ)や黍(ビク)などの雑穀入りのモグッフ(パン)と付け合わせの柔らか白ケーゼル(チーズ)と塩漬けメヒーブ肉の薄切りである。
 四人が大きな木の根元で食べていると、羅夢は一人の人影を見つけた。
「あの人は……」
 羅夢は立ちあがり、人影の後を追った。
「羅夢、どうしたんですか!?」
 ジュビルムが駆けだした羅夢を見てついていき、ジュナとラグドラグも後を追う。
「何があったの?」
 四人は女の人や仲間を追って小山の中腹について、女の人の様子を羅夢は窺った。
「あの人……、昨日うちの店に来ていた……」
 羅夢は女の人の様子を見て岩の後ろから覗いてみた。垂らした赤紫の髪に苔緑の眼に白い肌に長身。昨日と違うところは赤胴色のツーピースを着ていることぐらいである。
 その女の人は明青緑に枝状の角と暗赤色(ボルドー)の契合石を持つ融合獣が茂みから出てきた。
「ロジアーナ。次はここにするのね」
 融合獣は中高い女の声を出して、女性の名を言った。
「ええ。何の変哲もない小山から茨の檻が出てきただけでも、ここ(セラン区)は封鎖されて人々は人質状態……。おまけに昨日は町の一軒の店に小さいけれど強い種を入れてきたのよね。それじゃあ融合発動(フュージング)して、成長促進させましょうか、ピックリーノ」
 ロジアーナと呼ばれた女性はピックリーノという融合獣と融合して、両者は植物の蔓に包まれて、蔓が消えると、二本の角に蹄脚に体には茨状の植物が巻かれた融合闘士になった。
(あ、あの人、融合適応者……。しかも物騒なことを言っていたから、ダンケルカイザラントの……)
 羅夢はロジアーナを見て、昨日の客がまさかダンケルカイザラントの資格だとは思ってもいなかった。
(じゃあ、今朝、庭に植えられていたやたらと長い蔓はもしかして……)
 羅夢は朝の出来事を思い出して、ようやく気付いた。
「そんなのは……赦さないっ!」
 羅夢はロジアーナの前に出て叫んだ。
「あら、昨日のお嬢ちゃん。奇遇ね。町中の小山で出会うなんて」
 ロジアーナは羅夢を見てほくそ笑んだ。
「まさかダンケルカイザラントだったなんて……。てっきりわたしたちやダンケルカイザランとは全く無縁の適応者だと思っていたのに」
 羅夢はロジアーナにやるせない気持ちを視線にしてぶつけた。
「羅夢!」
 ジュビルム、ラグドラグ、ジュナが羅夢の後を追ってやって来た。
「ジュナさん、この人がダンケルカイザラントの放った刺客です!」
「何だと!? よーし、今のうちに退治しておこうぜ!!」
「わかったよ!」
 羅夢とジュビルム、ジュナとラグドラグも融合して姿を変えた。
「融合発動(フュージング)!!」
 羅夢とジュビルムは植物の蔓に包まれ、ジュナとラグドラグは白い光に包まれ、その中から長耳長尾に薄桃色の身体の融合闘士となった羅夢、竜頭竜尾竜翼の白い融合闘士となったジュナが姿を現した。

 羅夢は腹部の契合石から武器となる緑色の鞭を出し、ジュナは胸の契合石からひと振りの長剣を出す。
 ロジアーナは近くにあった木や茂みから枝を出して、二人の方へ投げつけた。
「枝突縛(ブランチェン)!!」
 ロジアーナが投げつけた木の枝は二人の方に向かって伸びて二人を拘束しようとしてきた。
「くっ!」
 ジュナは剣を振るって、枝突縛(ブランチェン)を細切れにして攻撃を防いだ。
「この融合獣は特殊型……。樹属性だけにどんな植物も操れるようだ」
 ラグドラグがジュナに言った。
「植物を促進させるだけじゃなく、射撃も得意なのよ」
 ロジアーナは頭部の契合石に手を置いて、そこから角と同じ形の弓を出してきた。つかんだ枝を次々に弓矢に変えて、ジュナと羅夢に撃ち放つ。
 ヒュンヒュン、とロジアーナの放った矢がジュナと羅夢に射られ、羅夢は鞭を振るって薙ぎ払い、ジュナも掌から彗星型の盾、彗星防壁(コメットバリアー)を出して攻撃を防いだ。
「こんなに撃ってくるんじゃ、身がもちませんよ!」
 羅夢が鞭を振り回しながらジュナに言った。
「何なら前後で攻めた方が……。わたしが惹きつけるから、羅夢がやって」
「はい!」
 羅夢は鞭を強く叩きつけると、同時に脚も強く蹴りを入れて大きく弧を描いて跳躍したのだった。羅夢は着地する前にロジアーナに掌を向けて、桃色の花弁爆弾を放ったのだ。
「梅花爆弁(ブルーメン・ボンバティエ)!!」
 季節外れの鮮やかな薄桃色の花弁爆弾がロジアーナにダメージを与えた。
「ああああっ!!」
 ロジアーナは前倒れして、ジュナは盾を張るのをやめた。
「まだまだよ……」
 ロジアーナは起き上がり、金色の丸い種を近くの大きくて年取った椈(ナブナ)の樹に投げつけ、種と椈(ナブナ)は一体化して、椈(ナブナ)の木は根っこを地中から出して、椈(ナブナ)の木は神話や伝説に出てくるような樹の怪物になったのだ。
「これってブレンダニマ……」
 羅夢が樹の怪物を見て呟いた。
「そう。そしてこの種は私とピックリーノの遺伝子が入っている。いわば私たちの分身。さぁ、このブレンダニマに勝てるかしら?」
 ロジアーナはブレンダニマの上に乗り、ブレンダニマは根っこ状の前脚や尾を振り下ろしたりし、叩きつけたりする。その力は強く、地面がえぐれたり、木もへし折れるほどであった。その上ロジアーナが弓矢を射ってくるので、ジュナと羅夢はピンチだった。その騒ぎで森に棲む鳥も悲鳴のような鳴き声を上げて逃げ出し、タリーザー(イタチ)も兎(ラヴィーニ)も逃げまどっていた。
「関係ない動物まで巻き込むなんて……」
 羅夢の心に火が付き、持っていた鞭が騎槍のように変化して、ブレンダニマに投げつけた。
「蔓茎騎槍投(ステムランスロット)!!」
 羅夢の投げた槍がブレンダニマの口に刺さり、体を貫かれ口と尾の付け根から緑色の体液を出して、呻きながら倒れていった。
「きゃああ!!」
 ブレンダニマが倒れた拍子にロジアーナもブレンダニマに挟まれたのだ。
「やりましたね……」
「うん、手強かったよ」
 羅夢とジュナはブレンダニマの下敷きとなって伸びているロジアーナを見て言った。
「でも、羅夢も新しい技を覚えたんだよね、すごいじゃん」
 ジュナが言うと、ジュビルムが言った。
「羅夢の自然への思いが新しい技を生み出したんですよ」
 その時、羅夢が言った。
「あっ、そうだ! 町……てか、わたしの庭の植物……」
 知らないうちに植えられたロジアーナの分身植物が、街をめちゃめちゃにしていないか思い出したのだった。

 ジュナと羅夢は染料用の草や花の入った籠を持って、街に戻って入口に来ると融合を解除し、町に入ると建物はそのまま、人々も何事もなく活動していた。
 羅夢は家に帰ると、庭の花壇の大きな蔓が枯れていて、他の花はそのまま花を咲かせていたことに安堵したのだった。
「ああ、そっか……。宿主がやられたから、この花も枯れたんだ……」
ラグドラグは花壇の枯れた植物を見て、納得した。
「わたしね、羅夢が何で陰陽師の力があるか判ったような気がした」
「どうしてですか?」
 ジュビルムが尋ねると、ジュナがこう言った。
「羅夢は自然への思いやりがある。だから神様が羅夢を陰陽師の力を与えてくれたんじゃないかなー、って」
 ジュナは楽天的に言ったのだった。羅夢はロジアーナの分身植物を花壇から除いて、花壇の土を直した。確かに自然への思いがあるように見えた。その白と桃色の斑模様の花が笑っているように見えた。