フューザー4-6


ヘルネアデスへの帰省

 

 十三年と五ヶ月前、アクセレス公国の晩春の雨の日、一人の女の子が生まれた。ほのかに暖かさが残り、朝に入った頃だった。
 アクセレス公国の遺跡が残る街の病院の一角で、女の赤子は産声を張り上げた後、母親の腕に抱かれた。母娘の入院室は四人部屋だが、今は彼女とその娘だけだった。
 夕方近くに赤子の父親と兄となる四歳の息子が赤子を産み終えたばかりの母親と赤子を訪ねに来たのだ。
「君にそっくりだね、セイジャ」
 父親は赤子の顔を覗いて、母親と見つめあわせた。父親は明褐色の短い髪に中間肌と銀の眼の中肉中背で、青いシャツにベージュのズボンの身なりで、四つになる赤子の兄は苔緑の髪に中間肌と銀の眼で、この世に生を授けた妹を見つめていた。
 母親は肩までそろえた千歳緑の髪と色白の肌、金の眼は娘にも受け継がれ、娘の髪は父親と同じ明褐色であった。
「この子の名前は何だい?」
 父親が母親に尋ねると、こう呟いた。
「ジュナ。私の故郷の言葉で『連なる』。この子には色々な人や出来事を連ねていってほしいの」
 母親と妹が寝ているベッドの上で、兄は妹の名を呼んだ。
「ジュナ。ぼくがお兄ちゃんだ。ぼくの名前は……」

 

 ジュナと母セイジャ、そして融合獣のラグドラグはヘルネアデス共和国行きの旅客機動船の一般客席(ロークラス)にいた。旅客機動船は中型で上から見ると横長の翅を持つ蟲の形をしており、会社によって機体の色や絵柄が異なっている。
 機動船の席は個室やベッドもシャワーもあるハイクラス、機内でもコンピューターや電子網が使えるミドルクラス、そして一番安いロークラスであった。ロークラスは座席が左右二列ずつ、中央に四列ずつ座れる最高一六〇人が座れるのだ。ジュナ一家は前から五番目の中央席でラグドラグが左窓の通路側に座り、母セイジャが真ん中に座っており、そのまた隣にジュナが座り、一番端の席は空席であった。他にもジュナとは違う学校の修学旅行に行く学校生と教師たち、三~四人の家族や旅行に行く老夫婦などの姿も見られた。
 十月に入ってすぐが父の一周忌に入る頃だった。ヘルネアデス共和国のエネジュウム工房(ファーチャー)の爆破事故で、百余人が巻き込まれ、ジュナの父ゼマンも死者の一人となった忌まわしい思い出――。ジュナと母親は父親の供養期間のため学校と会社を休み、半年ぶりにヘルネアデスに向かっていったのだった。
 機動船から見た景色は碧空に浮かぶ雲が裂いた布切れのように見え、真下では街や村が升目のように見え、森や草原の緑、海では小さな漁船が浮いて、大きな客船や燃料船(タンカー)はゆっくりと動くようであった。海には白い波に瑠璃色が輝き、湾岸には白い砂浜や港町、他にも諸島が映っていた。途中で眠くなったりすると、空と同じ色の制服を着た航空従業員のお姉さんが毛布を持ってきてくれたり、お菓子や飲み物を持ってきてくれた。
 ジュナも機動船に乗って二時間で眠たくなり、その二時間後には機動船はヘルネアデス共和国の空港に着いたのだった。
 暖季と寒季の二季があり、透明な半円状のドームに包まれた国ヘルネアデス共和国――。現在は寒季でドームはしっかりと閉ざされ、雪が静かに降っており、国の周囲の岩山や森林に雪が降り積もっており、白い布をかぶっているようだった。
 ドームの中は意外と暖かく、街中は様々な建物や企業や個人の趣によって建てられていた。街の住民は中間肌の多種族が多く、白い肌に薄い色の髪や目を持つ寒方種族(ブレザロイド)もいた。街の乗り物はエリヌセウス皇国でおなじみの浮遊車(カーガー)や筒間列車(ライナー)や機動船はドームに支障が出るため使用しておらず、地上の線に沿って走る路面電車(トラム)や低重力車(グラビティターボ)が多かった。人間や乗り物の他には迷いこんできた数種の渡り鳥や色とりどりの家鳥、犬(フュンフ)や猫(カルツェ)、街中の街路樹や花壇や草地にに棲まう蟲もいた。融合獣は流石に見つからなかったが。
 ジュナ一家は路面電車(トラム)を使って、今夜泊まる宿屋と父の墓標のある地区へと向かっていった。路面電車(トラム)は運転手と切符を拝見する添乗員がおり、学校帰りの少年少女や営業に行く会社員や買い物先へ行く老婦人の姿が見られた。
 街中は様々な家や店、学校や会社などがいくつも通り過ぎていき、そして日没の十一時にジュナ一家は空港から北西にある北州の街に到着したのだった。
「すごい……久しぶりだ……」
 ジュナは街を見て呟いた。北州の街は数十世帯が一度に暮らせる総合住宅、単身者や下宿する学校生が住まうアパートメント、ブランコや滑り台などの遊具のある公園、
そして食品や衣服や文具などの生活用品が売られている大型市場もあった。どの建物も淡い色で、屋根は濃色が多かった。
「お前とおふくろさんって、ここに住んでいたのか?」
 ヘルネアデス共和国の一角とはいえ、ジュナと母親が住んでいた街を懐かしむジュナを見てラグドラグが尋ねる。
「ええ、いいとこでしょう? 初めてであるあなたにしても」
 母親が言った。街は学校や塾から帰ってくる子供や買い物帰りの主婦、仕事帰りの男性らが歩いていた。
「ジュナはね、隣の区の学校に通っていたのよ」
「……ジュナ、前の学校の友達に会おうとかないのか?」
 ラグドラグがジュナの方を見る。
「ううん、いいや。パパの供養のためにヘルネアデスにいるんだし……」
 ジュナは呟いた。
 そして一家は街中の小さなホテルで過ごし、初めとて弔引のために滞在することになったのだ。

 2

 次の日、ジュナもラグドラグもいつもより一時間早く起き、ルームサービスの朝食を採った後、黒い服を着て、ホテルを出た。
「ジュナ、忘れ物はないわね?」
「うん」
 普段着の動きやすい黄色のトップスとスカートと布ブーツではなく、黒いワンピースとボレロに黒いひざ丈タイツと黒い革靴のジュナは旅行用の大きめのリュックを背負う。母親も長い髪を後ろで高めに結わえて、黒い長袖のワンピースとタイツと黒い革靴、そして胸元には生者の涙を現す白真珠のネックレス。手元には旅行用のカートバック。
「もうホテルには戻らないわよ」
「何で?」
 ラグドラグが尋ねると、母親が言った。
「このまま教会に行って、供養を終えたら私の両親――ジュナの祖父母の処で三日ほど過ごすの」
「そういや、俺はジュナのじいさんばあさんのことを知らなかった」
 ホテルの木造の壁と床の通路を歩きながら、供養期間内の内容をラグドラグはセイジャから教えてもらった。
「そういや、ジュナのじいさんばあさん、ってどんな人だ?」
「おじいちゃんとおばあちゃん? お金持ちだよ。ヘルネアデスより北西の場所の地主だよ」
「えっ……。ってことは、おふくろさんて大層な身柄……なのか!?」
「うん。パパは普通の人だけどね」
「二人とも、今日はパパの命日なのよ。そういう話はエリヌセウスに帰ってからにして頂戴」
 母セイジャがジュナとラグドラグの会話を遮り、一家はホテルを出て、また路面電車(トラム)に乗って、南下の教会と共同墓地へと向かっていった。
 父が眠る北区の共同墓地と教会。教会は色とりどりのステンドグラスと半円状の屋根の白い建物で、ステンドグラスには女神と八人の天使が飾られていた。
 礼拝堂には長い黒い長椅子が二列に十二脚もあり、一つの長椅子に七人が座れるのだ。父の供養に来ていたのはジュナと母のセイジャ、ラグドラグだけではなかったのだ。
「お父様、お母様、姉さんたち!」
 セイジャは一行を見て叫んだ。そこにはジュナの母セイジャに似た白髪の老紳士と老婦人、恰幅のいい群青色の巻き毛の貴夫人とその夫らしき細身の男性、青年、娘、少年が黒い服をまとっていた。
「来たか、セイジャ」
 老紳士は金色の眼をセイジャに向ける。老紳士の眼は少し濁りがあるものの、猛禽類を思わせるかの鋭さがあり、見極め強そうだった。髪の毛は白と灰色であるが、根元のいくつかが母と同じ千歳緑の髪が生えていた。
「久しぶりじゃのう、ジュナ」
 老紳士はジュナを見ると、先ほどとは違った優しい声を出して微笑んだ。
「おじいちゃん、お久しぶりです」
 ジュナは老紳士に挨拶をする。
「彼はラグドラグ。わたしの家族でエリヌセウスでの仲間の一人です」
 ジュナは老紳士たちにラグドラグを紹介する。
「は、初めまして……」
 ラグドラグも恭しく頭を下げる。その時、黒い詰襟の服の中年の神父が入ってきて一同は着席した。

 供養はまず神父の挨拶から始まり、次に死者への祈りの言葉と黙祷、そして教会裏の共同墓地で父の墓標に手を合わせた。
 儀式は三時間で終わり、その後は教会から支給された昼食を食べ、一行は預り所の荷物を持って、帰ることにした。それも一家所有の中型機動船で。
 その機動船は上下に飛翼が二つあり、プロペラもついた一〇〇年前の旧型モデルであるが、性能は現在の物と変わらなかった。
 機動船はヘルネアデスの私用型機動船の出入り口から出て、冷気と北風が漂い、森と草地と川を越えて飛び、北西へと向かって飛んでいった。
 機動船の中は一度に二十人が座れる座席があり、ジュナとラグドラグもその中に座っていたのだ。
「何だって!? おふくろさんは子爵の娘!!」
 ジュナの母親のセイジャが高貴の出自で、しかも爵位を持つ位が祖父だと聞くと仰天した。
「そういや、眼の色が一緒だもんなぁ……」
 最後部の片隅でラグドラグはジュナの母方一族を見つめた。
 母方祖父のフォルトゥナス=エルネスティーネ子爵はヘルネアデス半島とアクセレス公国の間にある海峡のエルサワ諸島の領主で今は妻のクラリッサとともども爵位を降りている。
 祖父には息子はなく、長女のバーシャが女子爵となり、良家の息子を婿取りし、二男一女を授かった。父親と同じ薄茶色の髪と眼に長身面長顔のアロジーノが長男、バーシャを若返らせて細くしたような長女ハプサ、そして柔らかな薄藍の髪に金の垂れ目のおっとりさせた雰囲気の末息子ブルーヴ。ジュナの従兄姉(いとこ)たちである。
 他にも祖父母の侍女にあたるカーシャ伯母もいるのだが、彼女はヘルネアデスやエルサワ諸島よりも遠い北東部の宝石商に嫁いだため、ジュナの父の供養に参加するのは無理だった。
「やれやれ、やっとろくでもない婿の供養が終わったか」
 一番前の席で祖父がふんぞり返って座っている姿勢で呟いた。
「本当ですよ、あなた。セイジャも一般家庭出身の工場勤めの男と結婚したために、娘とその子供たちが酷い目にあったんですからね」
 祖母もジュナの父ゼマンを罵るように言った。祖父母の会話を聞いていたラグドラグは怒りを感じ、ジュナに言った。
「おい、じいさんとばあさん、ジュナの親父さんのこと、けなしているんじゃねぇか……。すでに亡くなっているとはいえ……」
「ラグドラグ、おじいちゃんたちを赦してやって……」
「何でよ? ジュナの親父さんのこと……」
 三人のいとこたちと母のセイジャと伯母夫婦は教会での儀式に疲れて眠っており、エルネスティーネ家の機動船はヘルネアデスの西隣に浮かぶ八つの小島のある諸島へやってきた。
 八つの諸島は細長い小島が四つ、丸みを帯びた小島が四つで、どの小島も木々が生い茂り岩壁は薄い橙で紺碧の海が台になっていた。一番大きい島は島の周囲に街を立てており、家も店も公共施設も塩分に強い岩と特殊合金で出来ており、港や浜辺には漁船や食料や燃料を運ぶ定期船が十数艘も行き来し、他の島も村や町が設けられており、流石に学校は一番の大きい本当にしかないので、学校生たちは毎朝夕定期船で通っている。
 機動船は本当の中に設けられた機動船停泊場に着地し、中からエルネスティーネ子爵一家、ジュナ一家、子爵家専属運転士が下りる。
「うわぁ……」
 ラグドラグは停泊場から見える島の景色を見て、光景の素晴らしさに目を見張る。
 深緑の生い茂る木々、空がエリヌセウスよりも明るい碧空で、紺碧の海に白い家々の街並み、歩き回る住民が地を這う小虫のように見える。そして吹きつける風は冷たいが清々しく、鳥の鳴き声が森や海岸から聞こえてくる。
「いい眺めでしょう。私はここで生まれ育ったのよ」
 セイジャがラグドラグに言った。
「わたしも一年に一回の新年会と五つまでは里帰りに来ていたから……」
 ジュナも父親譲りの明褐色の髪をなびかせ、島のほぼ中枢の景色に見とれる。
「さぁ、行きましょう」
 セイジャはジュナとラグドラグを促して、子爵邸に案内した。

 

 母セイジャの生家、エルネスティーネ家の屋敷は街より少し小高い場所に作られた屋敷で、広さは九〇全辺(三六〇坪)で、小じゃれた東屋や噴水、春や夏には美しい花を咲かせる庭園、白い幹のラシーバや濃い緑の葉と実をつけるリオーブの木や皮が裂けると赤紫の粒を見せるザクレネトの木が植えられていた。
 屋敷は湾岸に作られた街の家や店と違って、赤レンガと漆喰の造りで、建物は上から見てみると半円の端に長方形をくっつけたような形をしており、煙突が三つもあった。
 中もバーべッダのえんじの絨毯に、白地に金の細縦縞の壁紙、家具などの調度品も工場で作るような質素なものでもなく屋敷の専属職人に頼んだ芸術品の如くであった。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
 屋敷の使用人である執事やメイド、お針子や専属の職人が二列に並んで出迎える。一人の若いメイドの娘がジュナ親子を案内する。
「セイジャ様たちはこちらへ」
 ジュナと母セイジャは客室を与えられて、夕食まで休むことにした。部屋の内装も立派で青紫のバーべッタのじゅうたん、白地に金の細縞の壁紙、タンス、ベッド、机、椅子、ドレッサーもある。カーテンも寝具もレースや金糸銀糸が施され、ジュナは黒い喪服から祖母が用意してくれた晩さん用の服に着替えた。ラグドラグは着替えが終わるまで廊下にいなくてはならなかったが、四マス枠の窓から見える赤や黄色に染まった木の葉や珍しい野鳥を見られて良かった。
「入っていいよ」
 ジュナ声が聞こえ、ラグドラグは部屋の中に入る。ジュナは黒いビスチェのついたサーモンピンクのドレスを着ていた。ドレスのすそや胸元にはフリルや黒いリボンが縫われていて、靴も黒いエナメル靴である。
「……この家のお嬢様に見える」
 普段は黄色い服や動きやすい服のジュナしか知らないラグドラグは呟いた。
「ぷっ、何それ、誉めてんの?」
 ジュナは思わず噴き出した。
「ママは?」
「疲れてんのかベッドでぐーすか寝ている。晩さん会まで時間もあるし、俺らもくつろぐか」
 ラグドラグはジュナが座っているベッドに腰をかける。
「おじいちゃんとおばあちゃん、相変わらずだったなー……」
 ジュナがごろりと体を横にすると、ラグドラグが尋ねてくる。
「そういや、お前の親父さんとじいさんばあさんって仲悪かったのか?」
 ラグドラグがジュナの祖父母が機動船の中でジュナの亡き父ゼマンのことを悪く言っていたのを思い出す。

 ジュナの母、セイジャはエルサワ諸島の領主の三女に生まれ、幼少の頃から貴族子女に相応しい教育を二人の姉と一緒に受けてきて育った。
 語学、算術、文法、地理、歴史、地学、科学、法律、政治、女のたしなみとして料理や裁縫、音楽や舞踊、礼儀作法、フラワーアート、絵画や茶道――。十四になると、アクセレス公国の本土のある私立上級学校へ留学し、貴族子女には珍しく工業化に入ったのだった。
 母セイジャは幼少の頃から都市開発に興味を持っており、上級学校に編入したら工業化に入ろうと考えていたのだ。両親や姉は「工業学なんて貴族の娘に相応しくない」と顔をしかめるものの、セイジャの決めたことだと許してやった。
 セイジャは好成績で私立上級学校を卒業すると、進学先のアクセレス公国の名門の一つであるマルレンゴット大学の都市開発学部に進学し、首席で卒業して都市開発の社団法人に就いたのだった。
 都市開発法人に入ってから九ヵ月経った頃、社団法人の下請け企業であるエネルギー管理センターのゼマン=メイヨーとエネルギー発電都市の企画会議で出会ったのだ。セイジャは二十二歳でゼマンは二十五歳であった。
 ゼマンは一般家庭出身の公立の上級学校の工業科の出で、卒業後は就職して七年目でエネルギー発電都市の企画者の一人であるセイジャと偶然出会った。休み時間の憩い場で。ゼマンの一目惚れである。
 セイジャのエネルギー管理センター通いは五ヵ月続き、ゼマンは思い切って最後の日にセイジャに告白した。だが、十四の頃からエルサワの故郷を離れて寮住まいと社団法人の団地で暮らしていたセイジャは戸惑った。寮や団地の同居人の女性は身分が同じだったからいいけど、ゼマンとは身分が違うし、何より両親と姉が許してくれなさそうであったからだ。
 セイジャは決断がつくまで待ってほしいとゼマンに猶予を与えた。しかし、不思議と立ち切ろうという思いが弱く、庶民だけど健気で堅実なゼマンを忘れられなかった。
 告白してから十八日目に、セイジャとゼマンは交際を始めた。上級学校の卒業と共に父を急な病で亡くし、母と二人暮らしで他の兄弟もいないゼマンであったが、セイジャと過ごす日々はかけがえのない思い出であった。
 二年半後。セイジャはゼマンを連れて、故郷のエルサワ諸島に戻り、父母や姉、この時存命していた祖父(ジュナの曾祖父)にゼマンのとの結婚を承諾してもらおうと頼みに行った。
 家族は末娘で末妹であるセイジャが庶民の出の男と結婚するなんて、と顔をしかめた。貴族の娘が庶民の男の妻になれば苦労が多く出るからやめておけ、お前にはもっといい嫁ぎ先を探してやる、手切れ金をたくさんやるから娘と別れろ、だのとゼマンを叩いたのだった。ゼマンはこの頃、母も病で亡くして天涯孤独となっており、セイジャが彼の傍にいたいと申し出たのだった。
 天涯孤独の男だけど一途な働き者――、流石のエルネスティーネ子爵も参ってしまい、末娘とゼマンの結婚を許した。セイジャとゼマンは結婚し、一年後にはジュナの兄が生まれ、その四年後にはジュナも生まれた。祖父母は孫の顔を見に娘夫婦の暮らすアパートに足を踏み入れた時、セイジャと孫二人には優しかったが、娘婿のゼマンには厳しく当たっていた。
「わたしは小さすぎて覚えていないけど」
 ジュナが五歳の時、アクセレス公国の隣の大国がジュナ一家の住んでいる地域に攻めてきた時、炎と瓦礫と逃げまどう人々の中、ジュナの兄が行方不明になって戦争が終わっても見つからなかったと聞いた祖父母は怒り狂って父ゼマンを糾弾したのだった。ジュナの兄がセイし行方不明になった時点で「我が子一人を守れなかった男の顔はもう見たくない」と言って永いこと会うことはなかった。
「ジュナの兄貴がいなくなったのは、親父さんのせいじゃないのにな、酷いな」
 ラグドラグが話を聞いていて、兄がはぐれたのを父のせいにした祖父母に怒りを感じた。
 それからして一家は母の仕事の都合上、ヘルネアデス共和国に移国して、舅姑に責め立てられていた父も立ち直り、三人で慎ましく暮らしていたが、去年のこの時期にジュナの父親と他三〇名余りの工場員がエネジュウム工房(ファーチャー)のエネルギー爆発事故で亡くなり、母もジュナもひどく打ちのめされたのだった。
 工房(ファーチャー)の最高責任者は経務怠慢で訴えられ、遺族や負傷者に賠償は払われたが、母は長いこと父の死に放心していた。
 父が亡くなったことで、祖父母がやってきて子爵になった長女バーシャの加護の元、置いてやると母に言ってきた。
「孫一人亡くした報いが廻ってきたんだ。あいつが亡くなったのは天罰なんだ」
 祖父がゼマンの侮辱をし、セイジャはただでさえ夫の死に喪失しているのに祖父が傷口に塩を塗るような発言でますます悲しみに陥った。
 その時、母を立ち直らせてくれたのがジュナだった。
「ママにはわたしがいるよ」
 その言葉で母は立ち直り、母は祖父母や姉の子爵の加護の元よりジュナと二人で暮らすことを選んだのだった。

「――……すごい苦労背おっちまたな、おふくろさん……」
 ジュナによる亡き父のと母の話を聞いてラグドラグはげんなりした。
「でも、おじいちゃんとおばあちゃんや伯母さんたちのことは悪く思わないで。本当は話も気持ちの分かる人だから」
「わ、わかったよ……」

 ジュナ一家を客室に案内したメイドは空が琥珀色と紫に染まった夕闇の中、森の某所でひっそりとオレンジの長髪に赤銅のレオタードスーツの女と会っていた。
「ガルヴェリア様、ここに間違いなくダイロス様が長年探し求めている物がここにあると思われます」
 メイドもといダンケルカイザラントの女スパイは赤銅の服の女――ガルヴェリアに膝まづいて潜入先での報告を伝えた。
「この諸島にダンケルカイザラントには向かうものの一組がおりました。この地の領主の孫とは意外でした……」
「いや、このまま何事もなく潜入を続けなさい。幸い白い融合闘士の適応者は融合期間が短いため、お前の正体には気づいていない。
 何としても例の物を見つけるのだ!」
「はっ!」
 ざわわ……と西からの風が地面に散らばった赤や黄色や茶の木の葉を舞わせ、エルサワ諸島は不穏な空気に包まれようとしていた。