ワンダリング1-1

 

 銀河暦二五九年十一月二十九日

 惑星デザーティアを出てから三日目。我が居住区ウィッシューター号は今日も星の海を渡っている。窓の外からは紫紺の空間といくつものの恒星、衛星、明星がまたたき、中には青白い彗星や赤い流星もあった。
 デザーティアでは黄色の砂と岩山と灰色の空だけの何もない星かと思っていたら、身の丈十メートルは赤茶色のデザーティアサソリや十本足で黒い毛むくじゃらで真珠色の眼が八つある三メートルはあるデザーティアグモが何匹も出てきて、わたしは恐ろしさの余り逃げまどって艦長やアジェンナやドリッドの背に隠れてばかりいた。異星人の軍人だけでも手ごわいってのに、わたしってば、未だに入ったばかりのまんま。
 デザーティアサソリやデザーティア蜘蛛は艦長やアジェンナやドリッドがやっつけて、そしたら今度はデザーティアスカラベが出てきて、自分のフンを固めて作ったでっかい玉を後ろ足で転がしてきたもんだから、ばっちくなるのが嫌で逃げだしたら流砂にはまって呑みこまれた先は何と地下帝国だった!!
 地下帝国は蟻の巣のようで一世帯が一つの穴を持っていて、通路と家の壁や床はデザーティア人が作った特殊薬品で固めているから崩れないんだって! デザーティア人は男も女も子供も老人もみんな毛深くて手の爪が大きくて目と鼻が小さいから毛で隠れてしまっているけれど、でもみんな手の力が強くて穴掘りも重い物も運べる事が出来るんだ、って凄いなって思った。
 デザーティア人は地下に畑や果樹園を造っていて、地下水で育てたり、飲んだりしていた。食べ物は他に、って聞いたら魚や鳥獣肉ではなく、あの地上のクモやサソリやスカラベを食べている、ってのにはびっくりした……!! わたしが呆然としていたら艦長達がやって来て、次の惑星に着くまでの食糧を貰い受けに来たのを思い出した。
流石にあの蟲達は勘弁して野菜と果物と水、艦長が以前に他の惑星で手に入れたトゲトゲサバの塩漬けと交換。
 どうやって地上に帰るのかと思っていたら、「流砂エレベーター」というので帰還。噴き出す流砂に押されて再び砂漠へ。かなり飛ばされたけど、ウィッシューター号が来てくれて良かった! ありがとう、ブリック!!
 後はブリックと留守番していたピリンと、

「サァーナ、サァーナァ!」
 ウィッシューター号の艦内の個室の中で日記を書いているリブサーナの名を呼ぶ幼い声でリブサーナははっと我にかえった。
 リブサーナの部屋は壁に備え付けられた机とクローゼットと棚、小さいタラップの付いた柵付きベッド、椅子は背もたれと肘かけの付いた布張りで床と一体化して回転式。ベッドの真下に丸い窓が付いていて、そこから宇宙の光景が見える。
「今行くから待ってー」
 リブサーナは椅子を右に回転させ、立ち上がる。日記が記入されている厚めのノートを閉じ、カートリッジ式の万年筆を机上に置く。壁や机やクローゼットと同じ色の象牙色(アイボリー)の扉が左右に開いて、リブサーナの前にリブサーナの腰までの背丈の幼女が立っていた。
「ピリン」
 リブサーナは深緑の双眸をピリンという名の幼女に向ける。ピリンは肌が白く、若葉色の巻き毛に綺麗な銀色の瞳を持ち、耳の先が尖っており、背中に細長く透き通った四枚の翅がついており、幼児用の白地に桃色ラインのボレロ付ドレス、紐が桃色の白い編みあげブーツというお姫様か貴族令嬢のような服を着ている。可愛らしいピリンに対し、リブサーナは肩まであるうねりの入った糖蜜色の髪を緑のヘアバンドで飾り、肌は中間肌、大きな深緑の眼に卵型の顔、背丈も普通で体型はやや細く、耳も丸くてどこの星域に必ずいる種族の外見である。但し、服装はピリンと違って薄緑の地に深緑ラインのゆったりした半袖胴巻(チュニック)と深緑のキュロット、茶色の革ベルト、両腕に深緑のグローブと薄緑の腕カバー、両脚は薄緑のレッグウォーマーと深緑のブーツを身につけている。
「サァーナ、ごはんだぉ。ブリックのつくったごはん、できあがるぉ」
 ピリンは舌足らずの幼声を出してリブサーナに言った。
「ありがとねー、ピリンちゃん。宇宙漂っていると、時間感覚わかんなくなるんだよねぇ」
「うちゅーせんのなかは、じかんがあるぉ」
「行こっか、食堂に」
「うん」
 ピリンと共にリブサーナは暗銅色(ダークブロンズ)の下壁と床、象牙色(アイボリー)の上壁と天井が続くウィッシューター号の艦内を歩いていった。

 


 新参者のリブサーナ

 どこからか始まりでどこまでが終わりなのか誰も知らない宇宙。紫紺のベースに赤や黄色や白の恒星や明星や超新星、球体の惑星や惑星よりも小さな無数の衛星、その星々の海の中で、一機の宇宙船が駆け巡っていた。
 形は頭が大きめの魚を思わせ、機体の両脇に内側に反った四枚の飛翼、色はまばゆい青色で前方に鋭い目を思わせるコックピット窓、大きさは中型機で、リブサーナとピリン、そしてその仲間達の船である。
 リブサーナとピリンは艦内の廊下を歩き、食堂にと向かっていた。艦内は二階に分けられ、一階が動力室や小型船の停泊場所、二階が船員(クルー)達の生活層となっている。他の船員の個室や戦闘訓練室や科学者の研究室などの扉を通過して、食堂と書かれたプレートがついた扉の前に立った。リブサーナの個室同様、扉が左右に開かれ、リブサーナとピリンは中に入る。
 食堂は小ぢんまりとしており、暗銅色(ダークブロンズ)の下壁と床、象牙色(アイボリー)の上壁と天井、床から角丸の長方形の銀色の卓が設けられており、リブサーナから見て左側に巨体の男が卓と同様に床から設けられた腰持たれ付きの白い椅子に座り、右側にリブサーナより年上の女性、その真正面に老人が座っていた。
「来たか、リブサーナ、ピリン」
 体の表面が黒くて堅い皮膚に覆われ。頭部に黄褐色の二本の触角と黄褐色の複眼、複眼の下に鋭い黄褐色の瞳、口吻には老人の証のホウレイ線とあごひげ、体型はガタイがあり、節のある黄褐色の両腕と両足は丸太のように筋肉質で、背中に黒い堅い上翅と黒透明の下翅、更に肩に「>」の黄褐色の長い突起、象牙色(アイボリー)のローブを着たこの船の艦長グランタスである。
「ブリックがまた今日も当番なんですね」
 リブサーナがグランタス艦長に言った。
「うむ」
 グランタス艦長は鈍重かつ静かな声を発して返事した。
「今日はお酒ないの?」
 艦長の席の右間際にいる女性、アジェンナが肘を卓上につき、足を組みながら言った。
 アジェンナは長くてサラサラの紺色の髪と切れ長の深紫の瞳、色白の肌にシャープな顔立ちに高い背に均整のとれたグラマー体型……まではリブサーナと変わらないが、頭部に銀灰色の二本のピンと張った触角、背には透明銀色の四枚の薄翅がついている。服も露出の多い薄紫のビスチェに黒いホルターネックと白いショートパンツ、黒いロングブーツという色香を漂わせる雰囲気である。
「アジェンナ、今日は酒やめろ。ブリックからも止められってだろ」
 アジェンナの向かい側に座っている巨体の男が言った。体の色が赤茶色でグランラスよりも筋肉質でガタイがあり、頭部に長い黄色の二本の触角、眼は鋭く赤と黒の三白眼で、背に黒地と赤斑の上翅と透明赤銅の下翅を生やしている。口から二本の牙がはみ出ている。
「あんたが言える事、ドリッド?」
 アジェンナが向かいの席のドリッドに言い返した。
「ドリッドだって、惑星ジョリューの果実酒が美味しすぎて十杯も飲んで幼稚園の敷地内で泥酔して、不法侵入者扱いされて大騒ぎになった事、忘れたの?」
「ジョリューの時は調子に乗り過ぎただけだ。何十杯飲んでも平気なお前に言われたかねーよ」
「ふん、えらそーに」
「何だと!」
 アジェンナとドリッドが飲酒の事でいい争いがエスカレートしそうになったのを見てリブサーナが止めに入った。
「ちょ、ちょっと、二人ともやめて~」
 リブサーナがアジェンナの手を持って握った。アジェンナはリブサーナの握りしめる手とリブサーナの困った顔を見て、平静になった。ドリッドもさっきまでの売られた挑発の事よりもリブサーナの顔を見て落ち着いた。
「あ、ごめん……」
「つ、つまんない事でまたやっちまうとこだったよ……」
 アジェンナとドリッドは言い争いを止めた。
「かんちょ~、サァーナがまたとめてくれたぉ」
 ピリンが艦長に言った。
「ああ。またわしが止める必要もなかったしな」
「艦長、アレ止めてくれますかね~。俺とアジェンナの首根っこをつかんで頭をぶつけさせるの」
「あれ、マジで痛いんですからね」
 アジェンナとドリッドが思い出して恥ずかしく感じている様子が可笑しいのかリブサーナは吹き出しそうになった。その時、卓の上に淡い黄色の光が浮かび上がって、トレーと水差しとコップが六つ出てきた。台所にいるブリックが今日の晩食を出してきたのだ。
 トレーの上には星米(スターライス)と明星葱(モーニンオニオン)ソースがけ、北斗瓜のスープ、南斗ゴボウ&サニーキャロットのサラダ、亀の子マンゴーのプリンが置かれている。明星ソースは明星葱(モーニンオニオン)を塩とあらゆる香辛料で煮詰め、中にセレスパラガスとセータランタンゲンという豆と四本角牛(クワトロホーン)のすね肉を具にしている。
「きぉーもおいししょーだぉ」
「そうね、ピリンちゃん。ブリックが来たら、ね」
 ピリンがフォークに手を伸ばそうとした時、食堂の扉が開いて一人の青年が中に入ってきた。スリムな長身に肩まであるストレートの銀髪、白い肌と水色のつり目、眼鼻筋がくっきりとしており男前で、青いボディスーツと白いブーツを身につけ、白い腰巻は両端をひらひらなびかせている。
「お待たせしました、艦長」
「来たかブリック。これで揃ったな」
 ブリックと呼ばれた青年はドリッドの隣に座り、食前の祈りを済ませると、美奈食事を開始した。
「お替わりあるか、ブリック」
「丁度六人分だ。食べすぎは良くないぞ」
 ブリックが北斗瓜のスープをすすりながらドリッドに言った。
「ゴボウ、苦い」
「全部食べきられなかったら、わたしが食べてあげる」
 南斗ゴボウの苦さに顔をしかめるピリンにリブサーナが言った。
「ブリック、明日のお昼ご飯は天ぷらがいいな」
「宇宙市場に着いて材料仕入れたらな」
と、まあ湧き合いあいに晩食は行われ、食後はアジェンナが片づけをし、ドリッドは体力訓練室で腕立てなどの基礎体力の訓練、艦長とピリンは操縦室へ、ブリックは自身の研究室へ行って次の惑星に着いた時の治療薬と解毒剤の精製に取り組んだ。リブサーナは自室に戻り、書きかけの日記を仕上げる事にした。カリカリとペン先を走らせる音がリブサーナの耳に入っていく。息を吹きかけてインクを乾かし、日記のバックナンバーを閲覧する。連日続いているものもあれば、二、三日おきにとばされているものもある。
 最初の記録は銀河暦九月一九日になっている。
(そうか、もう二ヶ月が経つんだ……)
 リブサーナは思い出す。自分がグランタスの組織の一員となり、自身の故郷の星を旅立った日の事を――……

 リブサーナの出身惑星はラムダ星域の東にある惑星ホジョ。ホジョ星は豊かな広大な大地と森と川と海の星で、農耕盛んであった。ホジョの人間は育てた野菜や果物や穀物を他の星からやって来た者達に売り、ホジョでは出来ない作物や金属類、エネルギー資源と交換して暮らしていた。
 リブサーナも一般農家の生まれで、両親や姉や兄と共に麦や豆や米を植え育て刈り売って生きていた。質素で季節に一度のお祭りだけが贅沢の時だけど、可愛がってくれる親や兄姉、仲のいい友人達に囲まれて幸せであった。
 だが、秋の刈り入れが始まろうとしていた時、悲劇が起きた。リブサーナはこの時、姉のゼラフィーヌと兄のシグワールと共に一緒に収穫祭用のシュプルという菓子パンを作るためのサイの目麦を刈っていた。
 リブサーナの姉、ゼラフィーヌは真冬の年明けには隣村に住む婚約者との結婚が決まっていた。リブサーナと同じ翡翠色の瞳と中間肌に髪の毛は絹糸のようなさらさらの薄茶色の髪、質素な型の萌黄色のホジョ木綿のワンピースとショールと樹皮繊維の靴をまとい、髪を三つ編みにして更に緑リボン付きの麦わら帽子をかぶっていた。
 兄のシグワールはリブサーナよりも三つ上、ゼラフィーヌよりも三つ下の青年で、うねりのある糖蜜色の髪に浅黒い肌と大きな瑠璃色の瞳、水色のホジョ木綿のシャツと青いズボンと樹皮繊維の靴、体格は中肉中背、中の上の器量であった。
 リブサーナも今より短い髪にホジョ木綿のクリーム色のワンピースと樹皮繊維の靴、白い三角頭巾をかぶっていた。
 鮮やかな青空に幾千ものの金色に実った麦実る大地が対照的な涼やかな初秋の終わり、三兄妹は草刈り用の鎌で刈った麦を背中の籠の中に放り込み、籠一つでどれくらいのシュプルが出来るかを語り合っていると、シグワールがサイの目麦畑から遠くない自分達の村から煙を噴き出しているのを目にした。
「姉さん、リブサーナ! 大変だ! 村が……村が燃えている!」
 シグワールが村のある方角を指差して二人に言った。ゼラフィーヌもリブサーナも煙を見て驚いた。
「ええっ!? そ、そんな……!」
「お、お兄ちゃん。お父さんやお母さん、村のみんなは……?」
 リブサーナが兄にうろたえながら訊くと、兄は姉妹に言った。
「もしかしたらケガをして動けないのかもしれない。行ってみよう!」
 シグワールは鎌と籠を置いて村の方角へと走り、ゼラフィーヌとリブサーナも籠と鎌を置いて、村へと走っていった。
 リブサーナの村、エヴィニー村は人口二〇〇人の村で、村民は皆、ホジョ木綿やホジョ麻の簡素なシャツやズボンやワンピースやブラウスやスカートを、樹皮で作った靴や麦わら帽子を身につけて暮らし、農業や酪農、狩猟や漁業で生計を立て、幼い子供達は学校に行き、大きな子達は大人達の手伝いをして暮らしていた。
 三兄妹がエヴィニー村に戻るとどの家も家畜小屋も赤い炎に包まれ、村人も老若男女問わず、血まみれになって村や建物の中に倒れこんでいた。ホジョの家畜、枝角牛(ブランチカウ)や長毛馬、三毛羊も何頭かやられている。
「キャ――」
 ゼラフィーヌとリブサーナは悲鳴を上げ、シグワールはかろうじて息のある老人に駆け寄り何があったのか訊ねた。
「じっちゃん、何があったんだ!? 俺達の父さんや母さんは!? 他に生きている連中は!?」
 シグワールは瑠璃色の瞳を胸から血を流す老人に向けて訊いた。
「う……宇宙盗賊が……。家畜と若い娘と食糧を奪いに……。君達の両親……がはっ」
 老人は血を吐いてその場で絶命した。
「宇宙盗賊だって!? くっそ、エプシロン星域は辺境区域だから来る事はないんじゃ……」
 シグワールは老人が全てを語る前に息を引き取り、自分達の両親や友人達の安否を確かめられぬと疑問に思っていると、姉妹の悲鳴が上がった。
「キャアアア」
「姉さん! リブサーナ!」
 シグワールが振り向くと、五、六人程の異星人に両手を押さえつけられ、首元にナイフを当てられた姉妹の姿を目にした。全身が青緑色の鱗に覆われ、眼が金色で瞳が三日月のように細くて口から細かい牙と二又に割れた長舌を出し、同じ型の擦り切れた軍服を着た種族ザーダ星人である。
「こいつはもらった! 命が惜しけりゃ、お前だけでも助かるこったな!」
 一番ガタイのあるザーダ星人の賊がシグワールに言った。シグワールは姉妹を人質にとられて大人しくするしかなかった。
「シグワール……」
「お兄ちゃん……」
 目で訴えるリブサーナとゼラフィーヌだが、シグワールは口を一紋字に結んで指一つ動かさない。
「あたしはいいから、妹と弟を逃がしてやって!」
「お姉ちゃん!」
 ゼラフィーヌはザーダ星人賊に訴えた。
「お頭、どうします?」
 リブサーナを押さえつけているザーダ星人賊がガタイのある賊に言う。
「奴隷の利用価値があるのは若い女だからな。男はせいぜい宇宙鉱山などの労働員として売るか高めに買われても年増女の半分の値だ。どーせなら……」
 頭が考え込んでいる隙にシグワールがリブサーナを押さえつけている賊を突き飛ばし、賊はリブサーナを放してしまい、リブサーナは拘束を解かれ、地べたにすれたが助かった。
「てめぇ、よくも!」
 賊がシグワールの胸ぐらをつかみ、頭がシグワールを殴りつけた。
「ぐふっ!」
「お兄ちゃーん!」
「シグワール!」
 両手を後ろから押さえつけられているゼラフィーヌと殴られた兄を見てリブサーナが叫んだ。シグワールは他の二人の賊に押さえつけられ、リブサーナに言った。
「逃げろ! リブサーナ! この村……村のもっと外れまで逃げろ! 引き返すんじゃないぞ!」
 左顔が赤く腫れて口から一筋の赤い血を流しながら兄は叫んだ。リブサーナは涙と嗚咽を堪えて村から走って逃げていった。
 のどかな鮮青の空の中に浮かんだ赤い染みを背にしてリブサーナは逃げていった。燃えて真っ黒になった小屋や家並みや黄茶の道に赤黒い染みを作って横たわる死者や家畜の死骸、そして捕まって動けない姉と兄も残して……。
 リブサーナは必死で村を出て、川も野原も白い実をつけた綿畑や金色の穂を成らす田も越えて、ぼうぼうの草と枯れて表面が顔のような枯れ木がある荒れ地に足を踏み入れ、荒れ地の中の緩くなっている所に足を置いた時、リブサーナは足を滑らせ、斜面を転がっていった。
「あああ~~~~」
 斜面は鋭角でそれほど急でなかったものの、リブサーナは土煙りと砂ぼこりにまみれた姿で、荒地の上で木を失っていた。

 それからどれ位眠っていただろうか。リブサーナは一つの筒状の透明パーツと銀色の機械パーツを組み合わせた装置の中にいたのだ。仲は柔らかい化学繊維のマットが敷かれている。リブサーナは起き上がった拍子に透明カバーに頭をぶつけて「く」の字状に倒れた。
「………ッ!!」
 声も出ないほどの痛みで、しかも透明カバーがゆっくり上に起き上がった。ウィィィィ……と音を立てる音でリブサーナが寝かされていた装置のある部屋に一人の長身の女と一人の幼女が入ってきた。扉は左右に開く自動扉で、床と下壁が暗銅色、上壁と天井が象牙色というコントラストの部屋で、リブサーナが寝ていた装置の同型が右隣に二つあり、装置のある場所の反対側のスペースに床と同じ色の台が床に設置されている。他にもいろんな画面やコードのついた機械やいろんな色の薬品の透明筒の入った機械や刃物や針の付いた機械が置いてある。
「あっ、おきたぉ。アジェンナー」
 幼女が長身の女に言う。
「あんた、大丈夫かい? 折角ケガを治したってのに、さては治療ポッドに頭をぶつけたね?」
 長身の女がリブサーナに言った。リブサーナは片手で頭を押さえながら、女と幼女を見た。女はさらさらの紺の髪に切れ長の紫眼、肌は乳白色だが背に透明銀の翅、頭に二本の長い触覚が水銀のように垂れている。幼女の方は明るい緑の巻き毛に銀の眼、背に透き通った細長い翅があって耳の先端が尖っている。女は露出の多い胸元と腹部が空いた紫がベースのレオタードに幼女はフリルとリボンがついた白いドレスを着ていた。
(この二人、ホジョ人じゃないな。翅と触角があるなんて他の星や星域の者だわ……。一体ここはどこ……)
 リブサーナは少し痛みが引いた頭を押さえている手を下して、起き上がった。すると服も靴も身に着けておらず、肌着のままだという事に気づいた。胸は紐なしのブラと下はフリルもリボンもないショーツで、両方とも灰色である。
「うわーんっ。どうしてー」
 リブサーナは自分の姿を見て叫び、アジェンナと呼ばれた女が説明した。
「あー、ごめん。ホジョに着いた時、着陸先にあんたがいて、細かいけど傷だらけだったから、治療ポッドに入れたんだわ。服も結構すれてて破れていたし……」
 女はそう言うとリブサーナに新しい服を渡した。差し出された服は薄緑の地に緑ラインの四角襟のチュニックシャツに緑のキュロットと茶色のベルトと薄緑のレッグウォーマーと緑の布地ブーツである。リブサーナはそれらを身につけると、女と幼女に礼を言った。
「ありがとうございます。わたし、お姉ちゃんとお兄ちゃんと両親を探しに行かないと……」
 リブサーナの親兄姉の言葉を耳にした女はリブサーナに言った。
「あの、その事なんだけど……」
 神妙な顔をしてリブサーナに言った。
「あたしらがホジョの……エヴィニー村に来た時、村の人達……あんたの親や兄貴や姉さんは……」
 女が口ごもっていると、リブサーナ達がいる部屋に三人の男が入ってきた。男といってもリブサーナと同型の種族でなく、一人は長い銀髪に青い全身スーツの美男子、一人は体が赤茶色に筋肉質の巨漢で鋭い赤と黒の三白眼に背中には黒地に赤斑の上翅と透明赤銅の下翅がついた軍人のような男、美男子と軍人巨漢の間にいる黒鉄色の皮膚に黄褐色の触角と複眼と双眸と老いてはいるがガタイのある筋のある手足と黒い上翅と黒透明の下翅と肩に「>」状の突起を持つ男である。三人は同じ型の胸鎧、脛当て、手甲の防具を装備している。防具についている飾り石の色は個人によって違っている。
「艦長、お帰りなさい。盗賊達は……?」
 女が艦長と呼ばれる男に訊くと、艦長は太いながらも静かな声を出した。
「盗賊達はわしらが退治した。だが……」
 リブサーナは返事を待った。自身の家族の安否を。
「村の者達は助からなかった。お前さんを除いては……」
 リブサーナは艦長の言葉に声を失い、顔色と表情がさっと変わっていった。
「うそ……」
 リブサーナは力を失い、両手をだらりと下げ、ひざまついた。
「嘘ではない。我々が駆けつけてきた時はもう二人は事切れていて……」
 銀髪の青年が言った。無表情だが言葉は温もりを込めるように。
「ブリックが言っている事は事実だ。みんなもう絶命していて……」
 赤茶色の軍人が気まずそうにリブサーナに言った。そして次の瞬間、リブサーナは嗚咽をあげていた。
「ウソだ――っ!!」

 それからリブサーナは姿も生まれも違う五人の小軍隊の医務室の中で泣きながら過ごした。暮らしは楽ではないが大事にしてくれる両親と姉兄、仲のいい友人や近所の大人達、季節に一度だけの楽しい祭りも日々の糧も育ててきた穀物も果物も野菜も家畜も、盗賊達によってわずか一日で喪った悲しみに暮れていた。
 時折、リブサーナと対面した幼女ピリンと女戦士アジェンナがリブサーナに食事を持ってきてくれたり、抱いて慰めてくれた。
「サァーナ、つらいんだよね。ピリンもね、ママなくなってね、かんちょーにひろわれたの」
 目を赤く腫らして泣いているリブサーナにピリンが言った。リブサーナはピリンの言っている事が理解できなかった。母親を亡くしたならともかく、リブサーナがいる宇宙船ウィッシューター号のグランタス艦長に拾われて共に行動しているかを。
 リブサーナは少し落ち着くと、グランタス艦長達に案内されて、エヴィニー村の跡地にやって来た。ザーダ星人の盗賊に焼き払われた村は木材が黒ずみとなって崩れて粉化し、家の礎も形だけが残り、焦げ臭い匂いと瓦礫だけの廃地と化していた。村の周りにはいくつかの土まんじゅうがあり、それが艦長達が村人を埋葬してくれたものだと悟った。墓碑は村人達が使っていた鋤やクワなどの農具、糸巻き棒や猟銃で土まんじゅうに立てられていた。
 リブサーナの家族の墓は横一列に並べられており、墓碑は白い石柱型の石であった。リブサーナはグランタス艦長の宇宙船が停泊している荒れ地の近くの森で、桃色や青や白や黄色と色が豊富な草花、ラサの花をたくさん摘んで村人の墓全てに飾って合掌した。
 リブサーナは村人の冥福を祈り終えると、立ち上がった。
「それで、お前さんはこれからどうするのかね?」
 グランタス艦長がリブサーナに訊ねてきた。
「……わたしには他に頼れる親せきや知り合いはおりません。どこに行けばいいのかも……」
 リブサーナは静かに言った。
「我々と同じだな」
 ブリックが呟いた。
「我々も他に還る星がない。艦長もドリッドもアジェンナもピリンも私も、故郷に帰る事無く何処にも属しない雇われ兵団として星域から星域へと流れ渡っている、そういう者達だ」
 リブサーナはピリンが母親を亡くした後にグランタス艦長に拾われた理由がわかったような気がした。
「あたしらは帰れない、帰らない者の一団なんだよ。生活するには連合軍に依頼されたり、盗賊退治の報酬と狩りによる自給自足暮らしだけどね」
 アジェンナがリブサーナに説明する。
「ここにいても頼れる存在がいなければ、いずれはのたれ死ぬか他の盗賊に捕まって奴隷にされるか、ってのは見えていそうな気がするな」
 ドリッドが言った。
「もししゃ、サァーナがワンダリングスにはいったら、サァーナがピリンのおねーちゃんになりゅんだよねぇ?」
 ピリンが艦長の腕に抱かれながら舌足らずの言葉で言った。
「決めるのはお前さん自身だ。他の地に行くか我々と一緒に行くか」
 艦長が訪ねてきたのでリブサーナは沈黙したのち考える。惑星ホジョにはリブサーナの親族らしき人や信用できる知人は他にはなかった。姉の婚約者とその一家もリブサーナはあまり知らない。このままではドリッドの言葉通りになると察した。だが彼らはどうだろうか。見かけも生まれも違うのは一目でわかるし、共に支え合っていそうに見える。しかし雇われ兵団というからには戦場に巻き込まれたりなどのリスクもある。リブサーナにはどっちが安全性あるかわかっていた。
「わたしを、仲間に入れてください。わたしは戦う事は出来ないけれど、料理や掃除や洗濯ぐらいなら……」
 リブサーナは艦長達に言った。
「今日からお前さんは見習いだ。我らワンダリングスの、な」
 こうしてリブサーナはグランタス艦長率いるワンダリングス兵団の一員となった。

 ワンダリングスにはいってからのリブサーナの生活は一変した。掃除や料理などの役割は当番制で、リブサーナは最初、料理や掃除などの家事をこなした。四日経つと、ドリッドから体術の訓練を受け、腹筋や背筋や腕立てをしごかれ、アジェンナからは武器を使った武道の訓練を受けた。
 ワンダリングスでは個人の能力によって使う武器が異なっている。携帯光線銃だけは共通だが。故郷の星では星を守る戦士だったアジェンナは長剣を使いこなし、軍人だったドリッドは大型の機関銃や長銃、艦長は戦斧(ハルバート)を使い、身のこなしが軽くて技量の多いブリックは三又矛を使い、殺陣も華麗であった。ピリンは幼いが妖獣という生き物を召喚して戦うというスタイルであった。
 しかし幼い頃から種蒔きや水汲みや薪割りや雑草摘みや虫取りや刈り入れといった農作業や読み書き計算といった基礎的な学問しかやっていないリブサーナにはどういった武器が似合うか中々決まらなかった。アジェンナのように長剣は振り回せず、獣も撃てば反動で転ぶか的を外すかで、戦斧も一振り出来ず、槍も振り回せずだったが、二本の短剣を使った戦闘が一番向いていると決まったのだった。
 家事の方もホジョ星では原始的なやり方が多かったため、機器を使っての料理や掃除も手間どった。スイッチやボタンがいっぱい付いていたからだ。ホジョ星は原始的生活を送っている地域が多く、エヴィニー村もその一つだったからだ。
 それからフリーの雇われ兵団、ワンダリングスの面々は皆、容姿も生まれも違うからこそ、リブサーナは新たな人生をつかんだのだった。
 女剣士のアジェンナはゼータ星域アンズィット星の生まれで、十五歳の時に出会った恩人と再会する為にワンダリングスに入隊した。ドリッドはゼータ星域ジーザス星の有能な元軍人で派遣された戦場でグランタスに助けられ、彼についていった。
 ブリックはエプシロン星域フアクトリウム星原産の模造人間レプリカントで、フアクトリウム植民の某惑星のエネルギー鉱山で働いていたがエネルギーの暴走で共に働いていた他のレプリカント達と散り散りになり、一人さ迷っているところをグランタスに拾われた。
 レプリカントは毛や爪の小さな片から骨や内臓まで全て他の人間と変わらないが成分はかなり違い、生身の人間よりも強靭な体力・知力・回復力を持っており、また三〇〇年も生きるため、危険な場所での労働に適している不老の生命体である。但し生まれてから死するまでずっと同じ姿で生涯を過ごすため、彼らには赤子も幼少も成長も老いもなく、また子孫を残す事もない。ブリックは見かけはシグワールと変わらないが八〇年近くも生きている。
 幼女ピリンはエプシロン星域フェリアス星に住む種族パリゼット族の子供――といっても見かけはホジョ星の六歳前後だがリブサーナよりも長く生きていて三十二歳である。フェリアス星ではパリゼット族の他、獣や蟲のような姿のフェリアス人もおり、ピリンは母親と暮らしていたが居住地区の大嵐で母や知人とは死別してしまい、泣きうろたえているところ、たまたまウィッシューター号に入りこんだのがきっかけでワンダリングスに入った。ピリンの持っている先端に宇宙アコヤから採れる掌大の宇宙真珠と紅水晶の花がついた柄がプラチナの杖は母の形見である。剣技や格闘技に向いていないフェリアス人は魔法を使って戦うようで、ピリンは妖獣を召喚して戦うのだ。
 そしてグランタス艦長はエータ星域インデス星の王家であるが、三男坊のため王位に着けず、軍事に優れていたのだが、和睦が続くと自分の存在に物悲しくなって王位継承権も国も捨て、雇われ兵団の艦長となったのだ。
 ワンダリングスの掟は当番制に足らず、他にもある。相手の命を奪ったりむやみな殺生はしない。報告・連絡・相談は厳守。独裁政権などの悪徳国家には雇われない……。
 つまりワンダリングスは弱気を助け、強気を挫くというコンセプトを持っている。
 身の保全のために雇われ兵団の六番目となったリブサーナはホジョ星を旅立ってから色々な惑星に足を踏み入れて様々な困難や事件に巻き込まれた。惑星内での内紛、植民テロ、ジャックされた豪華宇宙客船の救出といった活躍である。しかし実践となるとリブサーナは大概敵に襲われたり人質救助で敵に捕まったり、亜人的なはっちゃけた姿の敵にビビって、アジェンナやドリッドの背に隠れたり、ドジやヘタレを連発していた。しかしグランタス艦長や他のメンバーはリブサーナを注意するが、見放す事はなかった。
「次にまた頑張ればいいさ」
と、先輩達はそう言ってくれるが……。
(やっぱり、わたしには軍人は向いていないのかな……)
 平和な惑星の平和な地の平凡な人生を送ってきた
リブサーナはよく思っていた。
 そして日記を書き終えると日記を閉じて表紙と裏表紙のベルトで閉じて、万年筆に蓋をし、入浴場へと向かった。ウィッシューター号では入浴場は一人しか入れないため、一人十五分と決められていた。
 浴室はシャワーと浴槽、それから液体石けんとシャンプーとはバスブラシがある。壁と床と浴槽は防水合成素材で出来ている。蛇口をひねり、体を濡らしてから髪と体を洗って浴槽に入る。
 その後は隣の脱衣所から積み重ねたタオルから一枚抜いて水気を拭い、壁に備え付けられた箱型乾髪機で髪を乾かす。ビュオッと勢いよく生温かい風が数秒で乾く。
 リブサーナはいつもの服を着て、片側に壁の上半分が鏡で下半分が四つ並ぶ洗面台のある洗面室で歯を磨く。自室に帰る時、アジェンナとすれ違った。
「アジェンナ、わたしもう寝るね」
「ん、おやすみー」
 アジェンナは入浴場へ向かい、リブサーナは自室のクローゼットから寝間着を出した。ゆったりした形の素肌にいい素材のものである。雇われ兵団もいつも戦っていたり訓練しているとは限らない。食糧を手に入れるための狩りや惑星間にある宇宙市場(コスモマーケット)で新しい衣類や石けんなどの生活用品を仕入れている。
 リブサーナはタラップを昇ってマットレスと枕と掛け布団だけのベッドに入って眠った。
 その頃、司令室のグランタス艦長は現在移動中のラムダ星域でラムダ星域連合軍から惑星救助依頼の要請を受けていた。
 ウィッシューター号の司令室は二段になっており、一段目はコントロールパネルと大小のモニターが付いた操縦席で回転式座席が四つあり、二段目にはグランタス艦長の司令席と通信や地図や星図などのマップが出てくる盤型モニターと操縦席より立派な椅子の設備である。盤型モニターからは立体映像が出ている。その立体映像には青い軍服と軍帽のラムダ星域連合軍の将校の姿が映し出されていた。将校は側面の羽冠と嘴を持った惑星バダンの者である。
『ワンダリングス艦長に依頼。ラムダ星域座標四六七にある惑星グルグロブに宇宙盗賊アバドゥン団が今から九十六時間後に襲来予定の情報が入った。
 一般星民の保護と宇宙盗賊の拘束を要請する。繰り返す、一般星民の保護と宇宙盗賊の拘束を要請する。
 ワンダリングス、要請願う』
 将校は嘴を上下に動かしながら、画面越しのグランタス艦長に依頼を要求する。連合軍は各星域の複数の小規模国家の軍隊で、対巨大国家との戦争や宇宙盗賊などの犯罪者の逮捕といった治安管理の他、保全に間に合わない星の保護をワンダリングスのようなフリー兵団に要請する事もある。
「了解しました。進路をグルグロブに向けます」
 艦長はラムダ星域連合軍と交渉すると、将校は「健闘を祈る。以上!」と言って通信をアウトさせる。グランタス艦長は盤型モニターのコントロールパネルを操作し、宇宙(スペース)羅針盤(コンパス)の映像を出した。コンパス映像は円に青い座標が浮かび、赤い矢印を目的の惑星に向けて進路を変えた。
 自室で眠っているリブサーナやピリンは熟睡していて気付かなかったが、洗面所で歯を磨いていたアジェンナ、入浴中のドリッド、使用済みタオルを洗濯装置(クリーンマシン)の中に入れているブリックはウィッシューター号が目的の星を見つけて進路変更した事に気づいた。
 ブリックとアジェンナは艦長のいる操縦室に駆けつけ、艦長に訊いた。
「艦長、行き先は?」
「うむ、惑星グルグロブだ。艦内時間で九十六時間後に宇宙盗賊が到着するそうだ。他のメンバーに伝えておくがよい。次の戦いだ、と!」
「了解!」
 ブリックとアジェンナは右上でを前にかがげた。