ワンダリング1-5

 

エクセター星

 ワンダリングスが惑星グルグロブでの任務を終えてから十日が経過した。ウィッシューター号は紫紺の地に金銀の明星や赤や緑の恒星、新星をちりばめた星の海を駆けていた。
 その間艦員(クルー)達は武術の訓練、新薬の開発、自由時間には電子ゲームや日記書き、リブサーナとピリンはお菓子を作ったりと次の依頼が来るまで或いは手ごろな惑星での食糧調達までの有効時間を活用していた。
 リブサーナの作るおやつは果物やふかした甘芋、穀物を粉にして糖蜜や花蜜で練って焼いたお菓子がいいとこで、砂糖菓子はお祭りや結婚式だけの高級品であった。得意なのが乾燥させて細かく切った果物と麦粉と水と蜜を混ぜて蒸してから焼きにしたお菓子である。お菓子は大きな塊で薄切りにして食べるのが定番である。
 リブサーナは出来上がったお菓子〈バッキー〉をスライスしたのをお皿に乗せて更に乳茶を添えて自室にいるアジェンナ・ドリッド・ピリン、研究室で新しい薬剤を作っているブリック、そして司令室の艦長の所へ運んでいった。
「艦長、お菓子です。お茶もどうぞ」
「うむ。いただこう」
 艦長は司令室の中心の椅子に座っており、リブサーナの作ったお菓子が乗っている白い楕円型トレイからバッキーのお皿と茶の入ったマグカップを取った。艦長が口にバッキーをほおばると、香ばしさと蜜と果物の甘さが口内に広まる。
「旨いぞ。ショコラ味も今度は作ってほしいぞ」
「ありがとうございます、艦長」
 リブサーナは照れ笑いする。その時、ピーピピーという音が盤型モニターから鳴った。連合軍からの依頼要請である。リブサーナは連合軍のお偉いさんにピンクのフリル付きエプロンはいけないな、とエプロンを外して四つに折ってエプロンを持った手を後ろに回した。
 艦長がコントロールパネルを操作すると、大柄な体に黒がかった灰色の体毛に目と鼻が大きい連合軍の制服を着た男の顔が立体映像として浮き上がった。
『ワンダリングス、聞こえるか? 私はミュー星域宇宙連合軍ヴォムフ中将だ。任務依頼を要請する。応答願う』
 連合軍中将が呼びかけると、艦長は司令席を立ち、敬礼する。リブサーナもエプロンを持っていた手を替えて敬礼する。
『今回の依頼はミュー星域座標四一三にあるエクセタ―星系だ。エクセター本星では現在、国王軍と反乱軍の内戦が起きている。ワンダリングスには国王軍の援助をしてもらいたい。国王軍と反乱軍では反乱軍の方が優勢で、現国王が襲撃されるのも時間の問題。
 反乱軍首謀者はエクセター現国王の甥だ』
(!)
 中将の依頼内容を聞いて艦長とリブサーナは驚いた。王様の甥っ子がどうして反乱軍のリーダーなのかというように。
『――以上。これより通信を切る』
 声と同時に中将の姿が消え、グランタス艦長は緊張が全部ほどけたように司令席にどっ、と座った。リブサーナは艦長の様子うかがう。
「……艦長、どうして甥っ子が叔父さんを狙うんですか?」
 平凡な庶民に生まれたリブサーナは肉親同士の争いは滅多に見たり聞いたりしないため、少し悲しそうな顔をする。
「肉親同士の争いなど、王侯貴族や権力者の間では珍しくもない事だ」
 グランタス艦長が溜息を出しながら言った。
「かつてはこのわしも惑星インデスの王子。頑丈でやんちゃなのが取り柄で、政治や法律などといったものは苦手だった。
 わしは軍事に回され、兄王子より優秀な指揮をとったために、兄から妬まれた。文武両道な第一王子からは武力、賢くも虚弱な第二王子からは健康を妬まれた。戦うしか取り柄のなかったわしが敵軍を追い払った時、民からは敬れたのに対して、認めてくれる筈の兄からは嫉妬されるなんて思わなんだ……」
 グランタス艦長はリブサーナに己の王子時代を語る。リブサーナも三人兄妹の末っ子だ。器量はホジョ星内どこでもありそうな可愛さで、学力も自分だけの特技といったものもなかったためか誰にも期待されず失望もされずに育ったようなものだ。どっちでもなかったからこそ愛情を受けていられたのかもしれない。
 それから少しして、アジェンナ・ドリッド・ブリック・ピリンが司令室にやって来た。ブリックはエクセター星系の情報を司令室のコンピューターで検索し、司令室の大画面モニターにエクセター星系のデータが映る。
 エクセター星系の写真は中央に藍色の惑星、その四隅に中央よりも小さめの惑星が映し出された。隣の文字にはエクセター語の文字で歴史や王位継承図が書かれていた。リブサーナ達はエクセター語が読めないため、高知性の頭脳を持つブリックがみんなにわかりやすいように訳して読み上げる。
「現歴四二二年、エクセター星の鉱物資源を狙いにニュー星域ヴェスカトラ公国軍が攻めてくる。エクセター星軍とヴェスカトラの戦争は四十日続き、ヴェスカトラを追放した。
 当時の国王、二ルソン・エクセター九世が三十七日目に死亡。弟のレヴィトン・エクセターが王位を継ぐ。戦争から五年後の現在、二ルソンの息子カーマンが反レヴィトン派の大臣や貴族や庶民を集めて反乱軍結成。
 現在エクセター本星内紛十五日目――」
 ブリックが読み上げると、グランタス艦長は身震いをしていた。艦長も元王族とはいえ、この事実は辛いものだろう。リブサーナは顔を上げて艦長に言った。
「艦長、行きましょう! 早く反乱軍を止めないと、大惨事が広がりますよ!!」
「そ、そうだよな。何とかして一刻も早く……」
「かんちょ~」
 ドリッドやピリンも艦長に急かし言う。艦長はしばしの沈黙の後、艦員(クルー)全員に言った。
「今からエクセター星系へ行く! ミュー星域へ高速移動だ!」
「了解!」
 リブサーナ達は艦長の命を受け、司令室の一段下の操縦席に座る。
「システムオールクリア、エンジン異常なし」
「ミュー星域到着予定時間三十四時間後、エクセター星域の到着予定時間五十二時間後」
「エンジン作動!!」
 ドリッドがレバーを前に押し倒すと、ワンダリングスの宇宙船、ウィッシューター号の後部から青白い閃光が瞬き、彗星や流星の動きと同じく、青白い放物線を出しながらミュー星域へと向かっていった。

 その間、ワンダリングス艦員(クルー)は三時間ごとに司令室の交代を決め、他の者は戦闘訓練や清掃やエクセターでの対策、司令室に座っていた者は自分の番が終わると睡眠を取り、リブサーナが司令室にいる時、アジェンナが差し入れを持ってきてくれた。
「リブサーナ、辛くない? 座りっぱなしで」
 アジェンナは自分が調理した水棲山羊(カプリコーン)の塩漬け肉のスープと星米、中に温野菜を入れてだし汁を冷やし固めたゼリーサラダと羽毛型の紫の粒がいくつも集まった羽ブドウを持ってきてくれた。
「ありがとう。確かに座りっぱなしで画面見ていなくちゃいけないけど、そんなに辛くはないから」
 リブサーナはトレイからコップの水を手にとって一口飲む。
「エクセター星到着まであと二十時間。ドリッドが指導してくれる稽古の方がまだひまに使える、ってわかるよ」
 リブサーナは時間の有効活用がどう工夫すればいいかというように呟く。
「……この間の宇宙市場の時のお釣りで本を買えばよかったのに。わざわざあたしとピリンのお土産にしなくても……」
「うん……。でも印刷物は読めない字が多いし、書籍チップは画面をずっと見ていると目が疲れるし……。それはそうと早くエクセター星が見てみたいな。生き物とか花とか」
「そうだね。あたしもエクセター星初めてだし」
 二人は笑い合った後、リブサーナは司令室の番が終わるとブリックと入れ替わり、司令室で座り続けていた体をほぐすためにアジェンナと武術の稽古をした。
 操縦席の交代と稽古などの時間活用を繰り返して三十時間後、ウィッシューター号はエクセター星系にやって来た。
「おっきなるりだまがいちゅちゅありゅみた~い」
 ピリンは操縦窓越しからとはいえ、エクセター星を見て言った。中央に大玉、四隅に小玉の藍色の惑星が並んでいれば、そう見えるだろう。
「確かに、ね。艦長、王族の城は本星にあるんですよね?」
 アジェンナは艦長に訊く。アジェンナは薄紫のレオタードの上にワンダリングス共通の銀色の胸鎧と手甲と脛当てを装着している。レオタードは薄紫の部分がビキニのように色分けされており、二の腕と脚と腹部は白地である。それから黒い光沢の長手袋とブーツも着用している。
「待っていろ、今国王軍と連絡を取っている」
 ブリックがコントロールパネルを叩いてエクセター本星と連絡を取ろうとつとめている。青い全身スーツの上に胸鎧、白い手袋の上に手甲、白いブーツの上に脛当ての装備をまとっている。盤型モニターは立体映像に波が走り、雑音も混じっているがだんだんと聞きとれる。
『ザザ……こちらエクセター星王国軍……ワンダリングス……応答……願う……』
 画面は歪んだ人の形が次第に整っていく。
「こちら雇われ兵団ワンダリングス、エクセター王国軍、応答願います」
 立体映像は形が整い、やっとエクセター人の顔が映った。エクセター人の姿は耳が長く、後ろに反った二角を頭部に生やしたヒューマン型で、皮革でできた服の上に金褐色の鎧や手甲をまとった壮年の男で、あごひげを生やしているがどこか凛々しい感じがする。
『私はエクセター星王国軍将校、ヨナタン中将だ。現在、エクセター王国軍は四〇〇人、反乱軍は五二〇人。王国軍が不利で負傷者も多数。国王レヴィトン陛下は中欧本星の王城に居る。王城への経由マップを送る。諸君らの助太刀を待っている』
 エクセター王国軍中将の報告が済むと、立体映像にエクセター王城の座標を示す惑星内の地図が浮かび上がった。中央本星中心の真上に王城がある事を示す赤い丸が大陸を表す緑の地形の中で映し出される。それから反乱軍の部隊を表す黄色の点が王城の東西南に散っていた。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……げげっ!! 五十二もあるぞ!」
 ドリッドが反乱軍を表す点を数えて驚く。ドリッドも戦闘用の鎧をまとっている。
「よく見てみると、北が手薄ですよ、艦長? 何か理由でもあるんでしょうか?」
 リブサーナが王城への経由マップを見て艦長に訊く。リブサーナは黒いチューブトップと明るい緑のロングベストの重ね着、白いミニスカートの上から胸鎧をあて、緑のリストカバーの上に手甲、茶色の皮革ブーツの上に脛当てを付け、更に薄緑のロングニーソックスという戦争に似つかわしくない服装である。
「地図を拡大してくれ。地形かもしれん」
 グランタス艦長がブリックに命じる。艦長もまた一同と同然、胸鎧と脛当てと手甲を装備している。ブリックが艦長に言われて送られた地図を拡大する。王城の北方は切り立った岩が多く、自然の柵であるからして反乱軍は留まれなかったのだ。
「では王城の北から入る。岩場の安定した場所に艦を停泊させ、城の地下から王国軍とコンタクトを取る。平地でも反乱軍だらけの場所から入っても襲われるだけだ。これが王城突入作戦だ」
 グランタス艦長は地形と反乱軍手薄な北方から王城に入る作戦を設け出した。ドリッドもアジェンナもブリックも、リブサーナとピリンもこの案に同意した。

 ウィッシューター号は反乱軍に気づかれぬよう分星と本星の左上から潜入する事にした。予定よりかなり到着時間が遅れてしまうが、反乱軍のいる近道より手薄な遠まわりを選んだ。
 大気圏突入時に特殊光波バリアを張り、エクセター王城の北方の岩場に着陸した。岩場といっても王城の北部は黒曜石のような刃状の岩がいくつも栄え、ウィッシューター号は数少ない平らに削られた岩山の上に着陸した。後はウィッシューター号のカモフラージュ機能を発動させ、その後は歩いていくのだが……。
「この険しい山を登ったり下りたりするの?」
 リブサーナが岩場の光景を見て困りだす。空を見上げれば薄青い空と白い雲が現れているが下は黒光りの岩、岩、岩……。日光による反射で岩がチカチカする事もあった。
「そんな事はない。石切り場にはエクセターの住民が何年もかけて造った遊歩道とトンネルがある。そこを通っておけばいい」
 ブリックが携帯端末で地形をチェックし、足場を把握する。携帯端末から浮かび上がった画像には王城への道が表され、赤い線が遊歩道、青い線がトンネルを表現させている。どっちの道も何十ヶ所の出入り口があるので、わざわざスタート地点があるとかはない。
「ここからだと、トンネル通路の〈A―30〉が近いですね。但しここを降りなくてはいけないけれど……」
「善は急げだ。一刻も早く王国軍と合流するぞ」
 艦長が艦員(クルー)全員に命じ、一同は背に大型のリュックサックを背負い、腰にザイル付きのベルトを装着する。リュックサックの中には携帯食料や飲料水、寝袋や防寒具、裁縫道具や救急用具といった必需品が入っている。ザイルの先端の楔を岩場の最上部に着きたて、その後はザイルを少しずつほどいていってゆっくり下りる。ピリンはドリッドに背負われ、リブサーナもブリックとアジェンナの間で緊張かつ冷静にザイルをほどいていく。登山訓練はウィッシューター号が自然豊富な惑星で一時停泊の時に行なった。山の表面はつるりとしているが間近で見てみると凹凸だらけだったのでつま先や土踏まずを置けるくぼみがあったので思ったよりスムーズに下山できた。
 足が地上に着いた時、一同はザイルを外し、通路トンネルを見つけて入っていった。トンネルは五十歩置きに太陽光色の四角い電灯が並び、トンネルが崩れぬよう頑丈そうな金属枠で固定されている。
「おや、トンネル内では端末機が使えませんね、艦長。雑音は入っていて映像がぶれている」
 ブリックが端末機を見て艦長に言う。
「暫く歩いていれば城への入り口が見つかるか王国軍の兵士と合流するだろう。皆の者、はぐれぬように進むぞ」
「了解」
 ワンダリングスは王国軍と合流するためにトンネル通路を歩きだした。

 それからどれくらい歩いただろう。外は明るいのか暗いのか、半分いったのか三分の一いったのか、黒光りのトンネルを六人は歩いていた。トンネルは音が響くので足音も所々に滴る水の音も高く響く。
「どこに王城の地下室への通路があるんだか……。なーんか終わりのないあみだくじの中にいるみてぇだ」
 ドリッドが愚痴をこぼした。
「いや、そうとも限らん。照明の近くに〈A―何番〉というプレートがあって、その数字がだんだんと減ってきている。さっき通過したのは〈A―13〉だ。もう少しで王城への地下校へ着くぞ。それまで頑張れ」
 艦長がみんなに説明し、リブサーナとアジェンナは確かに、というように照明の近くのプレートを見てみた。〈A―12〉。そしてプレートの隣にはやはり出口があって、物凄く遠い目先に針穴のような光が見えていた。
 そして〈A―6〉のプレートに着くと、流石にみんな歩くのに疲れた(レプリカントであるブリックは並はずれた体力があるから平気だが)。一同は一休みしてリュックサックの中の食糧を出して一息ついた。水は銀色の水筒の中に詰められ、食品は保存の長い乾物やフリーズドライが多く、鳥獣肉の干し肉や水野菜のフリーズドライや小魚の干物をいただいた。
 ブリックは他のメンバーより少なめに食べ、リブサーナとアジェンナは食べるだけ食べ、ドリッドは鋭い歯でバリバリと干し肉やいりこをかみ砕く。艦長はフリーズドライ野菜をそのまま食べ、ピリンはいりこを半分に折って食べていた。以前、干し小魚をそのまま食べた時、喉に引っ掛かってしまった事があったので半分にしてから食べていた。
 栄養補給のさ中、通り過ぎた出入り口からドーンという音と共に爆風が鳴り響いた。
「なっ、何だぁ!?」
 ドリッドが響いて立ち上がると、〈A―7〉辺りの出入り口から響いた音だった。よく見てみると、粉塵と石煙の中、火薬の匂いと共に〈A―7〉の入り口が爆破され岩が崩れた土砂でふさがれていた。
「これって反乱軍の仕業?」
 リブサーナが手で鼻と口に火薬の匂いと粉塵が入らぬようにふさぎながら言う。その時、幾人ものの走る足音を一同は耳にした。
「いたぞ! 王国軍の協力者だ!」
 ワンダリングス艦員が通った後のトンネルの通路から尖った耳と後ろに反った頭角を持つエクセター人の反乱軍の一部隊が現れたのだ。男も女も壮年も青年もいれば、リブサーナのような少年少女もいた。着ている服は様々だが、長銃や小型銃(ハンドガン)を持っている。
「いかん! 皆の者、行くぞ!」
 艦長の命令でワンダリングス艦員は走り出した。
「追え! 捕まえて軍長に差しだせ!」
 反乱軍一部隊も走りだし、六人のあとを追いかけた。
「艦長! もし敵方が撃ってきたら?」
 ドリッドが走りながら艦長に訊く。
「撃ってきても絶対に撃つな! 我らの使命はあくまで反乱軍リーダーの生け捕りだ!」
「ピリンの召喚獣は?」
 リブサーナがこれなら手加減すれば敵方が傷つく事はない少ないと考えて思いついた。
「ピリンが呼びだしている間に敵が攻撃してくる! それも無理だ!」
「じゃあ、どうしゅれば……」
 ドリッドの背中につかまっているピリンが言いかけた時、ブリックが目の先にエクセター人の女が自分らに手を振っている様子を目にした。「こっちに来て」と言っているように。
「艦長、あれを御覧に……」
 ブリックが艦長に目で合図すると、ワンダリングスは女のいる方へ全力を出し、反乱軍は急に敵の協力者が消えたのを目にし、足を止めた。
「いつの間に姿を……何処へ行った!?」
 反乱軍一部隊はワンダリングスを探したが、見つけられず引き上げた。一部隊とはいえ、王城の範囲区域では自分たちが危うくなるからだった。

「こーんな場所があるなんて知らなかったわ」
 アジェンナは薄暗い通路を歩きながら自分らを助けてくれたエクセター人の女に言った。
「ええ、王族が何らかの理由で王城に居られなくなった時や反乱軍や過激派閥の臣下から逃げるために五十年前に五十年前に造られた通路ですわ」
 エクセター人の女が地下通路誕生経緯をワンダリングスに話す。
「さっきはわたし達を助けてくれてありがとうございます。ええと、あなたは……」
 リブサーナがエクセター人の女性に訊くと、彼女は答える。
「私は第三級待女のエウレーネといいます。王様の命により、ワンダリングス様御一行をお連れするように来ましたわ」
 エウレーネは自己紹介をし、手にカンテラを持ったまま歩く。カンテラの淡いオレンジの炎がエウレーネの長い絹糸のような金髪と水色の瞳を純白の肌を照らす。自助らしい紺色の質素な型のドレスと白いエプロンを身に付けている。
「着きましたわ」
 エウレーネは一つの黒鉄色の扉の前で止まり、扉の中心当たりの小窓を開ける。
「合言葉を言え」
 小窓から低い男の声が流れ、エウレーネは合言葉を呟く。
「金の王、貴族は銀、上民は銅、下民は鉄」
「?」
 リブサーナはエウレーネの合言葉の意味がわからず首をかしげる。
「金属と身分を合わせているようなものだ」
 艦長が小さく教えてあげた。扉の内側から錠の解ける音がして、扉が左右に引いて開かれた。
「中へお入りください」 
エウレーネはワンダリングスに促し、一行は中に足を入れ最後にエウレーネが入って扉を閉ざした。
「ここは……!?」
 リブサーナは見回すと、そこは豪勢な広間であった。何十本もある太い柱は真珠のような光沢を放ち、高い天井と壁と三〇〇人は収容できそうな広間の床は薄紅の結晶の如く、天井からは金と銀のシャンデリアが何十も下げられている。
その広間内には後ろに反った頭角と長く尖った耳のエクセター人の兵士がいたのだ。兵士は皆、堅そうな皮革の鎧と兜を身に付け、階級によって赤茶の鎧が下っぱ、赤茶より三分の二少ない青灰色が中間、そして最も少ない金褐色の鎧が上級兵という風に。
「おお、助っ人のお出ましだ」
「あれが星域から星域へと渡り歩いている雇われ兵団のワンダリングスか!」
「見てみろ、いい女が二人もいるぞ!」
 兵士達はワンダリングスを見て明るい表情になった。よく見てみると兵士達は手や足や頭に傷の手当てが施されていた。白い服にうっすらと赤い染みが浮いている。
「よっぽどてごわいあいてなのかなぁ?」
 ピリンが傷だらけの兵士を見て呟く。
「らしいな……。もしかすっと、敵方に一、二を凌ぐ戦士を雇っている可能性がありそうだな」
と、ドリッド。すると金褐色の鎧を身に付けた上級兵の一人がグランタス艦長の前に歩み出た。その兵士はワンダリングスがエクセター星に入る前に通信を送ってきたヨナタン中将であった。
「よく来てくれました、ワンダリングス一同様。私は王国軍のヨナタン中将です」
 ヨナタン中将は右手を横にして敬礼をとる。
「ん、ああ……。中将殿、予定より遅れてしまいましたが、ワンダリングス参りました。
 ほら、お前達も」
 グランタス艦長は視線でみんなに命令し、艦員達も艦長の横に並んで敬礼する。
「国王陛下はどちらに?」
「ええ、現在執務室におります。現在の戦況はこの部屋にいる兵士は六十人、戦地に出ている者は三四〇人、反乱軍の兵士が現在四五〇人程……。まだ不利な一方です」
 ヨナタン中将から戦況報告を聞いたグランタス艦長は「うーむ」と考える。
「戦況報告を聞いてやっぱり反乱軍強いんだな」
「だが大抵は畑を耕したり布を織ったりしているような庶民ばかりだ。戦いなんてそう慣れるもんじゃない」
「じゃあ異星の戦闘プロを雇って?」
 ドリッド、ブリック、アジェンナが話し合う。
「そういえば、偵察に行った王国側の兵が反乱軍に異星人の……助っ人を雇ったとか情報をつかんでいた。ただ、種族や名前や経歴までは調べられなかった」
 ヨナタン中将は敵方のわかる事を話した。その時、地下通路の扉の方向とは反対側の扉が開いて、エウレーネと別の待女が入ってきた。光沢のある赤銅色の扉が左右に引き開かれ、こげ茶色の生まれつきらしいボサ毛にそばかす顔とくすんだ緑の眼の侍女であった。
「おお、ザエーナか。何の用かね?」
 ヨナタン中将がザエーナと呼ばれる侍女に声をかける。
「中将閣下、陛下が援助隊に会いたいと言っておりましたので、お伝えしに来ました」
 中将はワンダリングスに視線を向け、ザエーナに国王のいる所まで案内させると促した。
「ザエーナ、この者達を国王陛下のいる執務室まで案内しなさい」

 ワンダリングスは地下通路と繋がっている地下室を出、一階、二階、三階……と淡い緑色の鉱物で出来た階段を昇る。階段だけでなく柱も床も天井も壁もシャーベットのような淡い緑色で、九マスの枠がある窓は黒曜石のような枠と綺麗に磨かれたガラスが一組となって廊下の壁に並んでいた。扉も白い石で出来た両引き戸で、中には女性兵が見張りとして立っている部屋も見られた。
「きれぇーだねぇー。ちかしちゅもしょうだったけど、いっかいもにかいもきれーだぉ」
 ピリンが城内を見て感想を述べる。
「ホント……。エクセター星って鉱物資源盛んなんだね」
 リブサーナが言う。四階の階段から少し歩いた所にエクセター王の執務室があった。ザエーナが扉の前に立ち、扉を二度叩いた。
「誰だ」
「私です。ザエーナです。ワンダリングスのご一行をお連れに参りました」
「よかろう、入れ」
 扉の向こうから重いが静かなで渋い男の声が飛んできて、ザエーナは扉の取っ手に手をかけて扉を開けた。執務室はさっきの広間と違って広くはないものの、両壁が書類や資料がびっしり入った本棚となっており、窓枠と同じ黒曜石である。その部屋の奥に黒い石の机と高級絨毛で出来た背中全体を包み込むような作りの椅子。その席にいるのは――。
「陛下、ワンダリングスの方々です」
 ザエーナは執務室に座っている主にワンダリングスを紹介する。
「よくぞ来てくれた、ワンダリングス……」
 細面の顔に高い鼻と鋭い眼、曲がったあごひげを生やした壮年の男性、レヴィトン・エクセター王である。着ている服も立派で、長い高級絨繊維の臙脂のマントに金氏の縁取りに黒い絹布の長い衣をまとい、足元は灰色がかった獣の毛を固めたフェルト布の靴を履いていた。
「私がエクセター十代目国王レヴィトンだ。この危険のさ中、よく来てくれた……」
 エクセター王は灰色の双眸をグランタス艦長に向ける。
「グランタス殿、私がそなたの武勇伝を知った時、私はまだ十歳であった。そなたが各惑星や星域の、主に弱小国家の助っ人という名目を持ち、今も現役と知った時、亡くなる前に会いたいと思っていた。この戦争で……」
 エクセター王は自分が知っているグランタス艦長の履歴を語る。グランタス艦長は重いながらも静かな声を出して己の過去を語る。
「やめてくだされ、陛下。わしも老兵の身になりましたが、まだ若人と同じ力を持っております。わたくしから見た陛下は先代の国王であった兄を亡くし、戦乱のさ中に政務を果たしているとは立派でございます」
 グランタス艦長は腰を低くしながらエクセター王に恭しく言った。後ろに居るリブサーナ達は何も言わずに無表情のまま突っ立っている。
「立派……か。反乱軍がいるこの国内で言える立場だろうか? カーマンは……兄の忘れ形見は私を怨んでいるというのに」
(怨む? 甥が叔父さんを怨んでいるって、どういう事?)
 リブサーナは国王の漏らした一言で声は出さないが反応する。
「五年前、私はヴェスカトラ軍との戦争で兄を、いや部下も罪なき民をも喪い、生き延びた事によって、甥のカーマンから憎まれていたのには気づかなんだ……。私は兄よりも政治も軍事も劣っているのにも関わらず、兄の後を継いで国を立て直し、政治も軍事にも務め、やっと戦前と同じ平和を取り戻せたのもつかの間、今度は甥と戦う羽目にあった。
 亡き兄に代わって国を復興し、国務を果たすという罪滅ぼしはあの子には伝わらなかったのだろうか……!?」
 レヴィトン王は顔を押さえて震える。立派な主となって亡き者の無念を晴らすという償いは無駄だったという風に。レヴィトン王の様子を見ていたリブサーナは生き残った者の立場の未来を左右させるものかと痛感した。いや、生別だったとしても残された者にも未来が左右される。ドリッドにも家族がいただろうし、友人もいただろう。アジェンナも故郷に親や姉妹や友人を残してワンダリングスに入り、ブリックも肉親のない〈無〉から生まれたレプリカントとはいえ、同じ場所で働いていたレプリカントは仲間や兄弟といえただろう。

 エクセター王とワンダリングスは執務室を出てそこより広い会議室へと移動した。会議室もシャーベットグリーンの壁と床と柱、黒曜石の枠の窓も四つあり、一度に十人が座れる青い縞模様の鉱石材の長方形テーブルが前後に置かれ、壁の片側には映像を見るための巨大スクリーンが設置されていた。
 スクリーンのある側の席にワンダリングスの面々、エクセター王、ヨナタン中将達王国軍将校が三人座っている。椅子は背もたれと和絨繊維布地のついたテーブルと同じ素材で長時間座っても腰が痛まないように作られている。
「これから作戦会議に入ります」
 ヨナタン中将が面々に対反乱軍との戦いにおける会議を開始する。スクリーンに王城とその周辺の地図が映し出される。王城の北側は黒曜の石切り場であるが、西と南は草地の平原、東は「輝き木葉の森」と呼ばれる森林地帯になっている。そして地図に赤い丸がいくつも浮かび上がる。
「この赤い丸はレジスタンスの隠れ家を位置します。主に森林地帯と南の城下町、西のグロービウムの花畑に設置しております。
 城下町には非戦闘員の一般民は海辺や山間の片田舎や分星に避難しておりますから戦禍に巻き込まれる事はまずないでしょう
調査に行っていた我が軍の兵の話によりますと、反乱軍隊長カーマンは城下町の議事会館をアジトにしているとの情報を仕入れました」
「議事会館?」
 リブサーナが呟くと、グランタス艦長が教える。
「町民が暮らしなどの定めを話し合う場所だ」
 リブサーナが住んでいたホジョ星のエヴィニー村には村民が会議するのは村長の邸の居間か教会ぐらいしかなかったため、公的な建物の存在は詳しくはなかった。
「私としては大勢に攻めてくる反乱軍の兵士を相手にしながらカーマンのいるアジトに行くのは無難であると確信している。
 君達には無傷でカーマンの所へ行ってもらいたい。もちろん、カーマンも生捕りにして尋問にかけたいのだ」
 エクセター王はワンダリングスに目を向ける。
「かといって反乱軍のふりをして忍び込む、ってーのもなぁ。だってあたしらはエクセター人じゃないし」
 アジェンナがドリッドや艦長、ピリンの姿を見て言う。アジェンナやピリンはヒューマン型に翅と触角のついた姿だし、ドリッドや艦長もエクセター人とは程遠い姿である。ブリックやリブサーナもエクセター人とは違って耳先は丸くて角もない。反乱軍のふりは没となる。
「反乱軍の武器や食糧の中に隠れて運んでもらう、ってのはどうだ?」
 ドリッドが提案したが、ヨナタン中将に一蹴されてしまった。それは既に諜報兵がやった案だったからである。他にも王城の近くに罠を張ったり防壁を作る案がワンダリングスと国王軍上層部の間で討論されたが、なかなか思いつかない。
「……話し合い、とか出来ないのかなぁ」
 リブサーナがぽつっと呟いて、一同はリブサーナの発言に沈黙する。
「話し合い? そんな事は出来ぬ、リブサーナ殿。カーマン様は国王陛下を憎んでいるのですよ」
 ヨナタン中将より少し年下の准将が言い返した。
「話し合いで解決できたら、戦争など起きたりしませぬ」
 赤い巻き毛の女の中佐が付け加える。
「それにどこの星の者も同じだろうが、軍人というのは好きで戦争をしているわけではない。
 どんな理由であれ、戦争の火種がついてしまったからには同じ力で抑えるという結果になるのだ。君も兵士なら、わかるだろう?」
 エクセター王が諭したのでリブサーナは無言になる。戦いの薄いリブサーナに戦争論は理解しがたいものであった。
「何故戦う」から始まって、「国や大切な人を守るため」「身内の仇討ち」「収入のため」などと幾つかの答えに繋がる戦争。様々な犠牲や精神疲労、戦争後の未来、戦争しない国や後世代に伝わる事もあればない場合もある。ホジョ星では戦争なんて数百年でするのをやめた。学校の授業では戦争の歴史は学んでいたが、戦場に立ったのはごく最近。
「でも。もしかしたらこのまま罪のない一般人や従者の犠牲が出るんじゃないかと――」
 リブサーナが言い返した時、会議室に女性兵が入ってきた。
「たっ、大変です、国王陛下! 中将閣下! 偵察部隊が反乱軍に襲われたという情報が手に入りました!」
 女性兵はうろたえながら戦況を上層部に伝えた。
「何だと? 偵察部隊はどうした?」
「し、死者は出ていないものの、ケガを負っていて戦えません!」
 中将は立ち上がり、他の将校達と共に出撃の準備を始めた。
「ワンダリングス、国王軍の援助を頼む! 場所は城下町の東ブロック1だ!」
 ワンダリングスは立ち上がり、胸鎧を装着してヨナタン中将達に続いて進撃していった。
「ワンダリングス、出動!! 偵察部隊の救出だ!」
 艦長の掛け声と共にリブサーナ達も叫ぶ。
「了解!!」