ワンダリング2-2

 

遊郭衛星(プジョーヴ)への潜入


 ウィッシューター号で四回目の睡眠を終えた頃、リブサーナはアジェンナの部屋に来ていた。アジェンナの部屋は本棚にありとあらゆる惑星の衣装事典やファッション雑誌やブロマイドをスクラップ帳に収めた物がぎっしりと詰められ、カーテンや寝具は紫色の星に似た花柄の布地で作られ、空いている壁には大きな正方形のタペストリーが飾られ、空の青と陸の緑対照な的な美しさを放っている。
 リブサーナはアジェンナの部屋で、レプリカント達が捕まって働かされている遊郭衛星に乗りこむための着付けをしていた。衣装は倉庫の長持ちの中にある変装用衣装をいくつか選んで、連合軍の雇われ軍団と気づかれないよう組み合わせる。
 リブサーナは飾り気のない金縁に抹茶色のドレスを選び、更にレモンイエローの絹のショールを頭と肩に被り、髪型も下ろしたセミロングから三つ編みにして後ろで一つにまとめた。どこから見ても、出稼ぎにやって来たどこかの下級貴族の娘である。
 アジェンナも普段や胸元や二の腕や腿が露わになる服ではなく、リブサーナと同じ型の薄橙のドレスを選び、ドレスはリブサーナのより少しレースやリボンなどの飾り気が入っている。髪型も洗髪料でウェーブにし、更にポニーテールにして少し明るめの化粧をすれば、貴族の娘である。
「あ~、コルセットで縛っているからきついわぁ」
「締める方だって大変だったのよ」
 リブサーナはアジェンナにコルセットの紐を締める時に真っ赤になった手を見せる。しかし、絹の黒い手袋で痕は隠せた。
 二人は司令室へ行き、ドリッドとピリンが待っている処、姿を現した。
「ヒューッ、馬子にも衣装とはこの事かぁ!」
 ドリッドが貴族令嬢に姿を変えたリブサーナとアジェンナを見て言う。
「何よ、それ」
「アジェンナ、きじょくはおじょーひんにしないと」
 ピリンがムキになるアジェンナを止める。
「あとは……ブリックか。女装する、って言っていたけど、想像つかないな」
 リブサーナがプジョーヴに潜入する時のブリックを想像してみるが、思い浮かばない。
 するとその時、司令室に腰まである銀髪、ロイヤルブルーのゴシックドレスを着た美女が入ってきた。頭部にはヘッドドレス、口元は真紅の口紅で塗られている。その女性を見て一同は声を失う。
「どうした、みんな」
と、美女が聞き慣れた男の声を発し、みんなは我に返った。
「って、ブリックなの!?」
「ああ。私だ」
「うそ……。艦長の知り合いの美女かと思った……」
 リブサーナは女装したブリックを見て目をまん丸くする。
「はっはっはっ、そりゃあそうじゃろう。レプリカントは美男美女ばかりだからな。男のレプリカントが女装したって、女に間違われるのは当然」
 そう言って司令室に入ってきたのは艦長だった。艦長もいつものローブ姿ではなく、長い上着と砂漠の民が着るような風通しの効く青い衣をまとっていた。首には金の鎖のネックレスが下がっている。
「さて、ドリッドとピリンは待機をしなくてはならないが……。
 わしらはプジョーヴに来た求職者とその仲介人にならなくてはならない。
 プジョーヴに入る時は、潜入時の通り名を使う。わしはミュー星域の職業安定所の仲介人グルテン。アジェンナは下級貴族の令嬢ジェニー、リブサーナは没落貴族のリソナという事で……」
「没落貴族かぁ……」
 リブサーナは潜入時の役回りと名前を聞いて肩を落とす。リソナというコードネームがなんか弱そうな気がした。
「で、ブリックがブレンダ。当然、路頭に迷ったレプリカントという事で」
 ブリックは無言で頷く。それからリブサーナ達は偽の身分証明証を持ち、更に携帯端末を懐に隠し、遊郭衛星プジョーヴの近くへと到着した。
 プジョーヴは惑星ほどではないが、中が入り組んだ迷路のような大きめの衛星だった。遊郭といっても使っているのは上部の三分の一である。
 ウィッシューター号をプジョーヴの真下近くの衛星の中に停泊させ、潜入組は巨獣層の下のミニーシュート号のガレージの中にある宇宙空間(スペース)カプセルの中へ入る。スペースカプセルはミニーシュート号のような小型移動船ではなく、二人が入れる透明な球体に中に半円状のハンドルとブレーキバーとアクセルバーがついている偵察用の乗り物で、外壁は特殊合化ガラスで出来ている。アジェンナとリブサーナ、艦長とブリックは一組ずつスペースカプセルに入り、ウィッシューター号の小型船出動口から出て、衛星の真上の孔からプジョーヴへと入っていった。スペースカプセルは風船のようにふわふわと浮くように進み、衛星の一角に置いて、四人はプジョーヴの中へ入っていった。
 衛星の中は美しく内装され、壁も床も柱も施され、天井と柱は黒く床はバラ色、廊下を照らす光は白陽色に統一されている。
 プジョーヴは四層に区切られ、一階は客の宇宙船停泊所と事務所と社長室と受付。二階は酒場などの飲食店街、三階が娼館と娼婦の控室、四階がレプリカントや店員の居住区として扱われている。
 プジョーヴに潜入したリブサーナ達は受付兼ロビーだけでもウィッシューター号半分の広さに驚き、入りゆく客もリブサーナと同じヒューマン型星人から獣人虫人系といった多種多様なエイリアンが行きかい、ドリンク販売機も煙草販売機も各惑星ことに売られ、中には運河と植えられた大きな葉と花の亜熱帯惑星の植物もあるというプジョーヴの広さに目を見張った。
 リブサーナ達は一階の奥にある社長室へと向かった。社長室はそんなに広くはないものの、立派な机と椅子、応接用のソファが二対置かれていた。
「失礼します」
 社長室の椅子で三種の蜜が化合されたブランデーを飲んでいるドモ・ゴラスは入るよう促した。ドアが左右に開き、中に変装したリブサーナ達が入ってくる。度も。ゴラスは岩石のような顔に白いダブルのスーツを着た男で、四人に座るよう促す。
「よく来て下さった、ミュー星域職業安定所仲介人のグルテンさん。そちらのお嬢さん方にプジョーヴでのお仕事を与えたいと?」
「はい。この娘さん方は身寄りを亡くした哀れな境遇でしてね、是非ここに置いてもらいたいのです。で、一人はレプリカントです」
 艦長は女装したブリックをドモ・ゴラスに紹介する。ブリックは表情を一つも飼えずに見据えている。
「ふぅむ、どれどれ……」
 ゴラスはブリックの顔を眺め、傷などがないか確かめる。
「肌はきめ細かく髪質もいい。こりゃ、うちのいい稼ぎ手になるぞ!」
 ゴラスは女装したブリックを見て喜ぶ。
「そっちのお嬢さんはウェイトレスがいいだろう。大きいお嬢さんはホステスが向いているだろう」
 こうしてゴラスは三人の採用を認め、艦長も一旦、この場を去っていった。プジョーヴに入るため、艦長はリブサーナ達に武器と鎧を収納した物質亜空保管カプセルを渡した。指三本分の大きさの物質亜空保管カプセルは中は外より大きめの空間で銃といった大きい物をしまう事ができる。三人はカプセルを懐にしまい、プジョーヴの潜入に成功した。


 店員の控室はレプリカントは三階、多種エイリアンは二階の店舗と同じ所にあり、アジェンナとリブサーナはここでブリックと別れた。
 アジェンナは酒場のホステスとして働く事となり、化粧をし店舗支給のカクテルドレスを着て客人の相手をし、リブサーナはレストランの店員として働く事となったが、与えられた制服が白い全身スーツであった。てっきりエプロンとメイド服のようなシックな服かと思っていたが、何とその服は客のリクエストに応じて色んなコスチューム変えられるという、転換変式服(コンバーティブルスーツ)であった。
 リブサーナは白い看護師の服になったり、フリルとレースが付いたメイドの服になったりと客の要望に応えて衣装チェンジしなくてはならなかったが、愛想がよかったので客や他の店員に気にいられた。
 さて、一人三階のレプリカント娼館に連れてこられたブリックは娼館で働いているレプリカントに紹介されていた。
 レプリカント娼館は白い壁に分厚い黒鉄色のドアがいくつも並び、一角の控室にブリックはそこにいた。控室は薄橙のカーテンがある更衣室と壁が鏡になっているカウンタードレッサーと丸椅子、カウンタードレッサーにはいくつも口紅などの化粧品が置かれ、そこで出番を待ちかまえている女レプリカントらが新入りのブレンダと出会っていた。
「みんな、今日からここで働く事になったブレンダだ。この者に手とり足とり教えてやってくれ」
 ゴラスはレプリカントらにブレンダを紹介している処、赤ら顔に飛び出した目に体に鱗とヒレを持つ、全身を覆うバルーン袖と裾の服を着た男が現れた。
「社長、ちょっといいですか?」
「何だね、ファーリン殿。こんな時に」
 赤ら顔の男はファーリンといい、女装したブリックはこいつがレプリカントの奴隷商人だとにらんだ。ファーリンは押しつぶしたような声を出してゴラスに伝える。
「お宅の従業員が連れてくるらしい新しいレプリカントの娘さん二十五人があと七〇時間で着きますとの事で。
 でね、私はそれなりの報酬を求めにきた訳です。はい」
 ファーリンは腰に下げた鞄からそろばんを出して珠をはじいて金勘定をする。
「やれやれ、こういう話は後にしてもらいたい……。みんな、新入りの面倒を見てやってくれ」
 そう言うとゴラスとファーリンは控室を出ていき、ゴウン……と厚い黒鉄色の扉が閉まった。すると、この場にいた十人のレプリカントの女性達が姿勢を崩した。
「ああ、行ってくれたわ」
「いつ見ても、あの二人の前では従っておかないとね」
「あんた、名前はなんていうんだい? あたしはゼラ」
 オレンジの髪を短く刈り上げた女がブリックに言った。
「ブ、ブレンダ……」
 ブリックは声色を変えて、ゼラに言った。
「ブレンダね。まぁ新入りの仕事は控室の掃除や先輩の髪の手入れや衣装の確認とかの簡単なものばかりだから大丈夫さ。いきなりはないから」
 ゼラは新入りの仕事をブリックに教えた。
「は、はい、わかりました……。ところでみなさん、こんな所で働いていて平気なんですか?」
 ブリックはまた声色を変えて、レプリカント達に訊ねた。だが彼女達は顔を見合わせて、返事した。
「私はガス田で働いていたけど、爆発して宇宙を漂っていたらゴラス社長とファーリンさんに助けられたから、恩返しでここにいるわ」
「私は住んでいた星が戦争に巻き込まれて、出ていくしかなかったから……」
「ここにいれば、寝床と食事と衣服とメンテナンスが与えられるしね」
 プジョーヴにいるレプリカントは答えた。労働所の爆破や戦争で居場所をなくした彼女らは娼館勤めする事で生活を与えられていたのだ。

 その頃、単身ウィッシューター号に帰還した艦長は――。
「えっ、マジですか!? プジョーヴがヤバい場所って!!」
 ウィッシューター号で待機していたドリッドは艦長からプジョーヴの裏の姿を聞いて驚いた。
「ああ、普段は私営娯楽場としていわれているが、実際は無認可薬剤や密猟生物の毛皮や骨の取引や武器の密売買、悪徳政治家の賄賂の押収……普通に楽しんでいる客にまぎれて、密輸や取引を目にした」
「サァーナたち、だいじょぶなの?」
 ピリンが心配そうに艦長に訊ねる。
「そ、それは大丈夫だ。ブリックは賢いし、アジェンナも強いし、リブサーナだってちゃんと戻ってくるぜ。
 艦長、やはり一刻も早く連合軍を呼ぶべきでしょうかね……」
 ドリッドが艦長に訊ねると、艦長はこう下した。
「どうせならレプリカントの輸送船がプジョーヴに来てからの方がいい。もし早くに連合軍を呼び出しては、彼奴らはきっと傭兵や宇宙盗賊を雇って待ち伏せすると思われるからな……」
「……その方がいいでしょうね」
 艦長の判断でドリッドも賛同した。

 リブサーナ達はそれぞれの仕事が終わると、四階にある店員達の居住区のあてがわれた部屋で休んでいた。店員達の部屋は二段ベッドが左右に備えられベッドの隣に机とクローゼットが置かれた狭くて質素な部屋である。
「思ったより大変だったな~、衣装替えなんて」
 二段ベッドの下でうつ伏せで寝ているリブサーナが言った。注文の受け付けはともかく、客の好みに合わせて衣装を変える事が大変だったのだ。棍バーティブルスーツは五分くらい置かないと、他のデザインに替わらないというデメリットがあったのだ。リブサーナは全身を覆う白いコンバーティブルスーツから水色のキャミソールと白いショートパンツの姿である。
「あたしだってホステス初めてだったんだから。お客さんにわざと高いメニューを買わせる寸法っての、大変だったんだから」
 リブサーナのいるベッドの上でカクテルドレスから黒いトップスと薄紫のひざ丈パンツ姿のアジェンナが言った。アジェンナは慣れない仕事をしたせいか、肩をもんでいる。
 プジョーヴでは八時間おきに労働と休憩が交互に入れ替わり、休み時間は店員達は睡眠や食事や入浴をとる。
 リブサーナとアジェンナのいる部屋に女装したブリックが入ってきた。ブリックはリブサーナ達と同じ部屋をあてがわれ、今丁度レプリカント娼館での仕事を終えたのだった。
「ブ、ブリック……じゃなかった……。今はブレンダだっけ……」
 リブサーナは女装したままのブリックを見て呟いた。
「ブリック、じゃなかった、あんたは何かプジョーヴでの情報つかめたの?」
 アジェンナがブリックに訊ねると、ブリックは答えて部屋の中に入り、扉の開閉ボタンを押して扉を閉めた。
「私が新入りとしてレプリカント達に紹介されていた時、奴隷商人のファーリンがゴラスに新しく入ってくるレプリカント達の事を訊ねにやってきたのを目にした。今の段階だと、六〇時間以内に輸送船がやってくる、と奴は言っていた」
 ブリックはリブサーナとアジェンナに自分の仕入れた情報を伝えた。
「他には?」
 アジェンナが訊ねると、ブリックは首を横に振る。
「今の私は新入りとして掃除や先輩達の世話といったものしかやっておらず、まだ娼館内を自由に歩く事は出来ない立場でね……」
「でも、それだけわかったんなら、少しずつ艦長達に伝えておこうよ。そうすればブリックの恋人も助かるんじゃないの?」
 リブサーナが笑いながら言ったのでブリックの恋人と聞いて、アジェンナが噴き出した。
「あんたに恋人がいたの? 初耳なんだけど」
 リブサーナがつい口を滑らせた言葉を聞いて、ブリックは何も言わなくなった。目をつむって顔が赤くなっている。ブリックの表情を見て、リブサーナは気まずく感じた。

 

 八時間の寝食の休みを得た後、リブサーナとアジェンナとドリッドは再びそれぞれの職場へと足を向けた。居住区は広めの公衆浴場、食事は長テーブルがいくつも並ぶ食堂で支給される弁当を食べた。弁当は主に米と雑穀、近くの惑星の野菜や果物、鳥獣肉や魚介類を使っており、こってりしたのが多かった。体力と精力がつけるように考えられたメニューである。
 リブサーナはレストランへ、アジェンナは酒場へブリックは三階のレプリカント娼館の控室へと行った。
「おはようございます」
 ブリックは控室の先輩達にあいさつをする。宇宙には朝も昼も夜もないが、職場での初出は必ず「おはようございます」と使うのがマナーである。ブリックは女装したまま、レプリカント娼館の着替えや髪や爪の手入れといった新人の仕事をこなしていた。
 三時間経つと、先輩レプリカントから水を持ってくるようにと言われて、二階の飲食店層へ水を取りに行った。控室を出ると、ドモ・ゴラスと同族と思われる岩石肌の男が白い大きな布をかぶせた女を連れ出す姿を目にした。ブリックは何があったと思い、クラナビックル星人の男に訊ねる。
「あの……この人どうなさったんですか?」
 声色を変えて、男の店員に訊ねたブリックは布をかぶせた女の人の顔を覗こうとした時、店員が女を後ろに隠してしまった。
「え? ああ、このお嬢さんはお仕事中に気分が悪くなってしまってね、私が上の居住層へお連れすることろなんだよ。安心してくれ」
 そう言いながら男は、布の女を連れてそそくさと去っていった。
(本当に気分が悪くなったのだろうか? 何か臭いな)
 ブリックはプジョーヴには裏の顔があるとにらんだ。一旦飲食店層からミネラルウォーター小型ペットボトル一ダース分をもらってくると、控室のレプリカント達に渡したのだった。
「ありがとう、ブレンダ。あんた偉いね」
 ゼラはブリックに礼を言う。するとレプリカント娼婦らは服のポケットから透明な四角いケースに入れた桃色の錠剤を取り出し、二、三粒ほど出して飲んでミネラルウォーターで流しこんだのだった。
「ゼラさん……この錠剤は……?」
 ブリックがレプリカントらが口にした錠剤を見て、ゼラに訊ねる。
「これ? ファーリンの旦那があたしらレプリカントの体調の調整のために用意してくれた錠剤だよ。三、四〇分もすると気分がよくなって仕事がはかどるんでね」
 ゼラはブリックに錠剤の説明をした。その時、控室に若い岩肌のクラナビックル星人の男が呼んできた。
「ゼラ、フィレン、レパルザ、ミゲル、お前達の指名だ」
 呼ばれたレプリカント達は椅子から立ち上がって控室から出ていった。
「はーい」
「今行きます」
 残ったのはブリック一人。そしてブリックは辺りを見回し、監視カメラのあり処を探した。壁に黒い穴が見えるが、これこそ監視カメラの仕込み先である。
「むぅ……。むやみにカメラアイを隠すと、かえって怪しまれるか」
 ブリックは考えて、モップや台布巾を出して控室の掃除をする事にした。モップで床を磨き、台布巾でカウンターや鏡を磨く。カウンターを磨いていると、ピンクの丸い錠剤が一粒転がっているのを目にした。
(これはゼラさん達が飲んでいた薬剤……。調べれば分かるかもしれない)
 喜んだブリックは薬剤をスカートのポケットに入れて、監視カメラの前では欺いたのだった。

 レプリカント輸送船がプジョーヴに着くまであと四十四時間。リブサーナ達は二度目の休憩に入り、居住層の一室で寝ていた。リブサーナとアジェンナがいる二段ベッドの近くでブリックはレプリカント娼婦が飲んでいる錠剤の成分を調べていた。ブリックは武器と鎧が入った物質亜空保管カプセルの他に、試験管やスポイトなどの科学用具が入った物質亜空保管カプセルも持っていた。念のために、と。
 ブリックは娼館の控室で手に入れた錠剤を粉にして試験管に入れ、小指ほどのビンに入れていた水に似た液体を入れ、軽く振った。すると液体は明るいピンク色になり、更に白い指ほどの太さの凄い薄さの紙を使って、液体を浸した。すると白い紙は薄紫に変化した。
「何てこった……!!」
 ブリックが叫んだので、うたた寝をしていたリブサーナとアジェンナが起きてしまい、ぼんやりしながらもブリックに訊ねる。
「どうかしたの?」
 キャミソール姿のリブサーナが訊ね、ブリックは二人に顔を向ける。
「彼女達が飲んでいた薬は……媚薬だ!」
「び、びやく?」
 媚薬と聞いて、アジェンナは目を丸くする。そして更にブリックは続ける。
「この害性有無試験紙で調べたところ……。レプリカント達の色欲を強く成分が入っていた。しかも、錠剤にはレプリカントや有機生命体にも有毒な成分が入っていた。色欲増強の他、副作用があるとみたが……」
 ブリックはここで言葉を切らす。
「つまり、レプリカントの女の子達の体に悪い成分が入っている訳?」
 アジェンナが訊ねる。
「そうだ。だが、どういう副作用があるのかは……。この薬の服用を彼女達に止めさせないと」
 ブリックが錠剤を早く処分しなければと考えていると、廊下から声が聞こえてきた。
「シーウェン! お前はもう娼館に来なくていい! 今日から隠居区に行ってもらう」
 男の野太い声が飛んできて、三人が廊下を覗くと白い布を目深に顔全体と姿をおおい、クラナビックル星人の男に連れ出された女レプリカントを目にした。ブリックは部屋から飛び出し、クラナビックル星人の男性店員を止めた。
「ちょ、何をしているんですか? この人に娼館に来なくていい、なんて言って」
 すると男性店員はうろたえて、ブリックに言った。
「この娘はもう娼館で働く事ができなくなってね。この層の奥にある隠居区で暫く休暇を与えてから、ミュー星域のどこかの惑星で新しい仕事に就かせるつもりなんだ。さぁ、行こうかシーウェン」
 そう言って男性店員は布を被ったレプリカントを連れて、居住層の奥にある立入禁止区へ入ってしまった。立入禁止区域には、〈関係者以外立入禁止〉のつい立てが立っており、しかも侵入者が振れれば警報が鳴る赤外線が張り巡らされていた。店員は就い立て近くの機械に店員証明書をスラッシュして、警報を解除して入っていった。その後にすぐ赤外線が張り巡らされた。
「これは一旦戻って、みんなに伝えておかなければ」
 ブリックはリブサーナとアジェンナの待つ部屋へ戻り、隠し持っていた携帯端末で艦長にプジョーヴの秘密をつかんだと報告した。
 端末の画面から艦長の姿が立体的に映し出され、ブリックはレプリカントが服用している薬剤とプジョーヴの立入禁止区域の事を艦長に伝えた。
『そうか。よくやったぞ。レプリカント輸送船については、船がプジョーヴに就いてから連合軍を送ってほしいと知らせておいた。
 後は立入禁止区域のレプリカント救助と首謀者の捕縛だが……』
「レプリカント達が服用している薬が違法薬品だって証拠がないよ?」
 リブサーナがその問題に突いてきた。
『首謀者の逮捕はドリッドを応援によこす。あの遊郭の中に戦闘のプロが入り混じっている可能性があるから、アジェンナにも首謀者逮捕に出てもらう。輸送船到着二時間前に任務開始だ。
 と、なるとブリックとリブサーナは当然、薬剤の証拠押収とレプリカントの救助だ。
この任務、果たしてもらうぞ』
「了解!」
 三人はグランタス艦長から与えられた任務を承り、艦長の姿が画面から消える。
「あとは、輸送船が到着する二時間前までは、いつも通りに潜入捜査に集中だ。いいな?」
 ブリックはリブサーナとアジェンナに言うと、二人は頷いた。

 一方、宇宙空間では灰茶の大型輸送船がプジョーヴに向かっていた。その船の中の倉庫のような船室の中で、二〇余人の女レプリカント達が座っていた。彼女達は見かけも髪の色も目の色もそれぞれ違い、住んでいた惑星や星域による衣装を身につけていた。皆同じだとすれば、生気のない暗い表情をしている事である。
 その一角に薄桃色の短い髪に鮮やかな水色の瞳と白い肌、小柄な背丈に擦り切れた衣とズボンと皮靴のレプリカントがうつろな目で空(くう)を見ながら呟いていた。
「ブリック……。どこ行っちゃったの……? ブリック……」