アシリカル2-7

 
 亜熱帯林の狩人
 

 高山都市ナンナナンナ王国での王位継承問題をめぐる事件を解決した後、アシリカル達はカントの背に乗って、新しい土地へと向かった。晴れた空は淡い青で太陽の光が直接当たる事はなかったが、高地は空気が薄くて清らかで風が強く吹き、山は中腹から頂点が灰色で中腹からその下は緑の草地や木々があり、ナンナナンナ王国の民家と同じ建物がいくつも見られ、それがナンナナンナの傘下の村だというのがわかった。
 カントは次第に降下していき、山の斜面に沿って高度を下げていった。医師団や黄色い曲線の道が低地の平原辺りで切れると、山のふもとに築かれた石造りの壁に木と藁の屋根に粘土と石灰で出来た壁の家々や店が並ぶ村があった。人々は軒下に野菜や果物や布などの商品を並べ、子供達は建物と建物の間で白墨で升目を描いていてけんけんをしていたり縄跳びや色付きの硝子のおはじきで遊び、通りを行く人々は水が目や籠を持って歩きまわり、またロバやラマやヤギを引いて歩く人々も見られた。どの人達も浅黒い肌に黒髪黒眼、虹のような色とりどりの衣をまとっていた。
 山のふもとの村を通り過ぎていくと、とてつもなく広い平原に大きな絵がいくつも描かれており、それが翼を広げた鳥や巻き尾の尾長猿、トカゲなどの生き物が刻まれていた。
「すげぇ……」
 ヤトロが巨大な平地に刻まれた巨大な絵を見てぽかんとした。
「誰が描いたのかしら……」
 ランコも地上絵を見てあっけにとられる。
「悪いけどカント、ここらへんで進路を止めたままはばたいてくれない? この絵を描き写したいから」
 そう言ってアシリカルは紐でとじた手記帳を広げて更に筆代わりの石墨で地上絵を無地の手記帳に書き写した。アシリカルが最初の旅やこれまでの旅で目にした生き物や花や建物はこの手記帳に写していた。
 虎に金毛の猿、魔女ヤガーの住む鶏足の家、ムスタファの住む村の水源を枯渇させていた巨人、レベッカとその恋人の住んでいた町の木々や果実、大きな耳と長い鼻の象、鎧帷子のような皮膚に大きな虎ばさみのような口と鋭い眼のワニ、海底の竜宮王国の城や魚、ラモンの住む島の守り神、人喰いジャガーにナンナナンナ王国の城と紋章……。今アシリカルは地上絵の鳥や猿やトカゲを新たな項目に記していた。
「アシリカル、まだかい? 進路を止めながらのはばたきは疲れるんだよ~」
 カントが言うと、アシリカルは急いで記録を描いて閉じて背負い袋の中へ入れた。
「ごめんね、カント。でもちゃんと描けたから……」
「やれやれ出発だ」
 ヤトロが言うと、一行は再び前進してやがて緑の木々が生え、鱗のような木肌や肉厚の大小の葉や形の異なる木がいくつも生えた密林の中へ入っていった。
「うっ、さっきまでは少し寒かったのに、こっちはむわっとしているぞ」
 ヤトロガ密林の湿度と温度を感じて述べた。それだけでなく、黒と緑の翅の蝶や緑色のバッタやイナゴのような虫が木の幹や木の葉に止まり、見た事もない鳥が木の身をつついたり飛んでいたり、どの鳥も嘴や羽冠に特徴を持ち、赤や黄色の羽毛を持つ鳥や白と黒の羽毛を持つ鳥も見られた。更に密林には広々とした川が流水の音を立て、川の水の色は密林の上空から見た時は青く見えたが、近くによって見てみると深い青緑色だった。川の真上は空を見渡せることが出来、流れは思ったよりゆるやかで、川の表面が陽光で煌めいていた。
「カント、この川の水を飲む?」
 アシリカルがカントに尋ねると、カントは「うん」と答えて、地面に足をつけた。密林の川辺の土は水気のある泥と乾いた土と砂利が混ざり、木の葉や小枝が細かく散らばっていた。カントは銀色の嘴を川につけて水を飲んで力をつけた。アシリカル達も地面に降りてカントが元気になるのを待った。
「あらっ、これは何かしら?」
 ランコが大きな金色の百合によく似た花の周囲を旋回する生き物を見つけた。よく見るとそれは小鳥だった。大きさは六寸(位置八センチ)ぐらいでくすんだ緑色の羽毛にお腹は砂色で嘴が黒くて針のように細長く、よく見てみると他の花にも小鳥が素早く羽ばたきながら花蜜を飲んでいた。
「ふぅーん……、密林にはこんな生き物もいるんだなぁ」
 ヤトロが花蜜を飲む小鳥を見つけて感心する。
「だけども、わたしが象とワニのいる密林を訪れた時はこんな小鳥はいなかったなぁ。あの密林は北の方だったから、土地によっては棲息する生き物が違うんだろうね。人間だって色んな髪や目や肌の人がいたしね」
 アシリカルがヤトロとランコに言った。
「だろうなー……。おれやランコはカムイシレペツを出る事はずっとない、って思っていたからなー……。まさかアシリカルについていくなんて、数か月前まで思ってもいなかった」
 ヤトロがそう呟いて川の中を覗いた。川の中は様々な水藻が揺らめき、魚もフナやスプン(ウグイ)やカムイチェプ(サケ)とは違った魚が泳ぎ、白い光沢の髭の長い三尺(九〇センチ)はありそうな魚の姿も見られた。
「まぁ、流石に密林には人間なんて住んでいるわけないわよ……ね?」
 ランコがアシリカルとヤトロに言ったその時だった。近くの茂みがガサガサッと音を立ててアシリカル達とカントは驚いた。
「ま、まさか本当に人が……!?」
 ランコがアシリカルの腕をつかみ、ヤトロが護身用の刀を出して身構える。茂みから現れたのは……。
「!!」
 アシリカル達は声を押し殺したまま気づいた。彼らの前に現れたのは塩の山近くの森で遭遇したのと同じ獣、ジャガーだった。黄褐色の毛色に黒い斑点模様、鋭い牙と爪に赤褐色の眼に虎にも劣らない大きな体……。叫んだり大きく動いたりしたら襲われる――と三人は確信していた。だがジャガーはアシリカル達を襲ってくる事はなかった。どうしたのかな、とランコが首をかしげてジャガーを見てみると、ジャガーの後ろの左脚が赤く染まっているのを目にした。
「ケガしている……」
 ランコの言葉でアシリカルとヤトロ、カントもジャガーを見つめて襲ってこないとわかると、少し安堵した。
「ひどいケガ……。一体何で傷ついたの」
 アシリカルがジャガーの脚のケガを見て哀れみを感じ、ランコは懐から手ぬぐいを出して川の水で濡らして絞ってジャガーの脚の血を拭って乾いている部分を裂いて止血してやった。
「いくらおっかない獣だからって、他の誰が見たってひどいケガを負わせたくなったっていいよな。この密林に住む奴らがやったのか?」
 ヤトロがジャガーの傷を見て考え込んでいると、アシリカルがカントにある事を思いついて頼んだ。
「このジャガーさん、脚を引きずっていて上手く歩く事も川を泳ぐ事もデイなさそうだから、ジャガーさんも運ぶ事何とかならない?」
 しかしカントは首を振った。
「それは流石に無理だよ。ジャガーまで乗せて飛んで行くのは……」
「だめか……。だとしたら、おれ達が川を伝って泳ぐしかないのか?」
 ヤトロが残念がると、ランコがある事を思いつく。
「そうだ!  いかだを造りましょ。丈夫な蔓と木でいかだを組み立ててわたし達とジャガーさんがいかだに乗ってカントがいかだを引っ張る……。そうすればそんなに疲れないわよ」
「成程!」
アシリカルもランコの思案に賛同し、ヤトロとカントも頷く。
「ようし、早速造ろう!」
 アシリカルとランコは蔓や木の枝のしなやかで丈夫そうな物を集めて編んで、カントが嘴で木をつついて切って蹴爪でもぎ取り、鳥の巣やコウモリなどが棲んでいる者は避けてヤトロが蔓や木の枝の縄でいかだを組み立てアシリカルとランコがいかだがずれないように固定し、両端の一番長い部分にカントに引いてもらう縄を結んで完成させた。いかだが完成した時は空は朱く染まり、夕焼けの影響で川の水面の光沢が増して眩しいくらいだった。
「やっとできたか~」
 アシリカル達はもうへとへとだった。枝がピンとはねて顔を傷つけたり、指が切り傷や擦り傷だらけになり、湿気と熱気の多い密林で作業していたから服や頭帯は汗で濡れて肌に張り付いていた。
「みんなご苦労さん。後はぼくが頑張るよ」
 三人がいかだを組み立てている間は敵が来ないように見張り、ジャガーを守っていたカントがいかだを引っ張る縄を自分の胴周りにくくりつけ、アシリカル達とジャガーはいかだに乗って川上に向かって前進した。
 カントがいかだを引っ張って羽ばたき、密林からは様々な鳥や獣の声が響き渡り、蝶やバッタや枝に擬態するナナフシやカムイシレペツや和人の国に住むものよりも三、四倍の大きさはある甲虫の姿も見られた。光沢があるものもいれば模様のある虫もいた。
 カントが引っ張るいかだは密林の川上へと前進していき、空も紫がかってきた頃だった。カントはアシリカルら三人とジャガー、いかだ一そうを引いて羽ばたいているために流石に夜が近づくと一晩休まなければならなかった。
 川上を進んでいくと、川が左右に分かれており、その間に小さな木がいくつも集まって天然の野幕のような離れ小島を見つけたのだった。
「ねぇ、みんな。今夜はあそこで過ごそう」
 カントが尋ねてくると、アシリカルもランコもヤトロも賛成した。
 まずカントが小島に足をつけると、カントは自身とつなげている縄を嘴で引いていかだと小島をつなげた。ヤトロが先に小島に入り、綱を一番幹の太い樹に巻いて、アシリカルとランコがジャガーを連れて小島に入った。小島の木々が覆い合わさった自然の野幕は枝の隙間から空の様子がうかがえ、空はすっかり青紫に染まり星がぽつぽつと瞬いていた。
 アシリカルとカント、ランコとヤトロ、そしてジャガーはここを今夜の寝床にし、密林は昼間と違って厚さが少し和らいで楽だった。ヤトロが枝を少しずつ折って一ヶ所にまとめて懐から黄色い火打石を出した。
「ヤトロ、その火打石はどうしたの?」
 ランコがヤトロが火打石を持っていた事を知ると、ヤトロが火打石はナンナナンナ王国から手に入れた物だと教えた。
「あそこは翡翠や瑪瑙の他にも黄鉄鉱も採れる、っておばば様が言っていたんだ。……で、小さいのを分けてもらった」
 そう言いながらヤトロは火打石を叩き続け、枝の山に火が着くと周りが赤々と明るくなっていった。
「グルルル……」
 ジャガーが火を見て後方へと下がったのを見て、アシリカルはジャガーをなだめた。
「ごめんね……。でも今は灯りが必要なの。ほら、これを食べて」
 そう言ってアシリカルはジャガーに羊とラマの干し肉をジャガーにあげた。ジャガーは干し肉の匂いを嗅ぎ、前足で押さえてバリバリと食べたのだった。
 アシリカル達も羊とラマの干し肉の他、ナンナナンナ王国の女王姉妹からもらった高山麦で焼いた麦まんじゅうやラマや羊の乳を発酵させたチーズ、そして竹筒の水を飲んで今日の晩さんを済ませたのだった。
 アシリカルとヤトロは川の水で火を消し、火が消えると木々の隙間から月の光が入り、斑紋状に小島の地面を照らしたのだった。
 アシリカル達はカントの羽毛を布団にして、カントも懐に頭をうずめて眠り、様々な鳥や獣の声が響き渡る密林の中で一夜を過ごしていったのだった。ただ、アシリカル達に助けられたジャガーだけは小島の端に近い場所で起きていたのだった。眼をらんらんと光りつけさせて獲物が来るのを伏せ待つように。

 チチチ……という小鳥のさえずりで密林に朝が来て、太陽が深い青の空をだんだんと薄く染めていった。アシリカル達のいる場所にも木漏れ日が目に入り、祖の眩しさで目が覚めたのだった。
「ん……」
 アシリカルが起きると、ヤトロとカントはまだ寝ており、そしてジャガーも小島のへりで伏せて眠っていた。そしていかだの上ではランコが着替えの同型同色の衣を着て、昨日来ていた衣と下着を洗っていたのだ。
「おはよう、ランコ。旅先まで洗濯?」
「おはよう、アシリカル。昨日いっぱい汗かいたから、汚れていたり臭うのが困るから洗っているの。アシリカルも洗って。あ、出来ればヤトロの服も洗うから脱がしてよ」
 ランコはアシリカルにそう言うと、アシリカルも背負い袋から着替えの服や帯を出し、昨日着ていた服だけでなく、ヤトロが起きないようにそっと服を脱がした。肌着だけはそのまま着せて。
 洗濯といっても洗濯桶も洗濯板も砧もないためランコが持ってきたハスカップの石鹸で香りをつけて汗の臭いを薄めて水でゆすいで絞って水気を切るという単純ながらも力のいる作業だった。汗と赤で汚れてて臭いよりはましだった。
 アシリカルとランコは洗濯を終えると、カントとヤトロが起きてきた。ヤトロは自分がどうして肌着だけでいるのかと驚いたが、木の枝の一ヶ所に水気と接見の香のついた自分やアシリカルやランコの服が引っかけてあるのを見て納得した。ヤトロも着替えを持っていたので心配なかった。
 この日の朝食も麦まんじゅうと干し肉、そしてクルミやナツメなどの木の実で食事を採り、これからどうしようかと一同が考えていると、小島の外から聞き慣れない声が聞こえてきて、アシリカル達は驚くも小島の木々の隙間から様子を覗いてみた。
「奴は何処だ!? 血の痕を辿っていけば見つかると思っていたのに……」
 それは三人の男達だった。三人とも背丈が六尺近くで白い肌に大きな青や茶色の眼で髪の毛も金や明るい茶色で、丸い止め具付きの生成色の服と下衣、黒い革の編みあげ靴をはいていた。何よりもアシリカル達をおびやかせていたのは黒い棒状の道具――鉄砲である。和人達が使うような火縄銃ではなく、それよりも優れていそうだった。
「ジャングル一強そうなジャガーをしとめれば依頼主から金貨三〇枚が出るのに、一体が一晩のうちに消えちまった」
「もしかしたら原住民の奴らがかくまっているかもしれん。奴らの村へ行って、無理矢理にでも聞き出すんだ!」
「はい。あの小島にいかだがありますよ、あそこに住んでいる者に尋ねればいいんじゃないでしょうか?」
 一番下っ端の男が小太りの年長者らしき男に言った。だが年長者の男は、
「いいや。あそこはどうせ川魚を獲って暮らす漁師の家だろ。ジャガーのことなんザ聞いても無駄だと思うがな。よし、引き続き探すぞ」
 男達はアシリカル達のいる場所から引いて、ジャガーを探しに行ったのだった。アシリカル達はようやくわかったのだった。自分達が助けたジャガーは男達に撃たれて偶然アシリカル達と遭遇した事を。