一次創作小説メイン、SF大好きな人には必見!

アシリカル3-1

 トウモロコシ畑の少年


 大小不揃い葉や掌型の葉が生い茂り、赤や青や黄色の羽毛の鳥が羽ばたく密林の上を一羽の小丘ほどもある大きさの鳥が鮮やかな青い空と白い雲が浮きかう中を飛んでいた。

 鳥は夕焼けのような朱色の羽毛、腹部と翼の外側は夜のような藍色、鋭い嘴と蹴爪は銀色で眼は金色だった。鳥は背に三人の少年少女を乗せて羽ばたいていた。

 少年少女の背丈は五尺(一五〇センチ)ばかりの小柄さだが、十五歳のしっかりした齢である。

「うーん、密林を出たら熱気がなくなるんだけどなぁ。あっ、空と陸の色が微妙に似ている......。海だ!」

 鳥の背の中心に座っている少女、アシリカルが両脇にいるランコとヤトロに言ってきた。

「海を出たほうがやばいんじゃないのか? 小島じゃなくって、海から突き出た岩にカントが休みたがっていたらどうするんだよ?」

 黒一点のヤトロがアシリカルに言うと、三人の中で一番小柄で長い黒髪を垂らしたランコが割り込んできた。

「そんなことないよ。ほら、海の中に緑の丸がいくつかあるでしょ? あれは島よ。あの大きさだと人も住んでなさそうだし......」

「カント、もし休みたかったら言ってよ。できれば島に着陸してもらいたいの」

 アシリカルが自分たちを乗せている鳥、カントに言う。

「うん。まだ大丈夫だから」

 カントは人語でアシリカルたちに返事をした。

 アシリカル・ヤトロ・ランコはカムイシレペツという島国に住む人間で、その中のチュプカントコタンという村の生まれだった。カムイシレペツの真南の島国に住む和人たちと交流を得てから数十年、カムイシレペツの人間たちの暮らしは和人たちの影響を受けて文字の習得や異文化交流などの基準で変わっていった。しかし村の女剣士として生まれたアシリカルは日々の剣舞の訓練や家事や農業狩猟に退屈していた。アシリカルは何とかしてチュプカントコタンから出て他所を見てみたいと思っていた。

 そんなアシリカルの前に一羽のフリィ――神鳥の子であるカントと出会い、アシリカルはフリィが自分の国に帰れる次の満月の間まで二〇日間だけ、カントに乗って旅をした。山奥に住む金の猿とトラ、雪に覆われた国の魔女、水源が枯渇していた山村、石造りの港町、密林の象とワニ、海の中にある国、アシリカルとカントが帰ってきた時にはカントの親兄弟がカントを人間がさらったと勘違いしてチュプカントコタンを目茶目茶にされてしまったが、誤解が解けてアシリカルとカントは一度別れ、その一ヶ月後にアシリカルとカントは再会し、今度は幼馴染のヤトロとランコも連れて旅に出たのだった。

 三人と一羽の旅は顔面石像の島、塩の山にある村、天空に近いナンナナンナ王国、密林の民が敬う有翼蛇神ケツァルコアトルス――を見て聞いて触れてきたのだった。

「アシリカル~、もうへばりそう。降りてもいい?」

 カントは少しずつ下降しながら背中のアシリカルに尋ねてくる。

「そうね。じゃあここから丑の方角(一時)の方角にある島に降りて。あそこが一番近いから」

 アシリカルに言われてカントは下降し、カントは白い砂浜に着地する。そこは無人島で鳥と魚と木花とトカゲなどの小動物しかいない場所だった。しかし植物は葉や枝や草に刺の多い物が多く、木の実や花蜜なんて採れなさそうだった。水は島の中の土を掘り起こした湧水で何とかなったけど、この日のアシリカルたちの食事は磯で捕れた魚と貝、海老と水でしのいだのだった。植物性の食べ物はムパたち密林の民から分けてくれたマニオカ芋の団子(シト)で補った。食べた魚の骨やエビの殻や貝殻は地面に埋めてチュプカントコタンの習慣で大地神に還した。

 その後は日の入りになったため、アシリカルたちはこの島で一夜を過ごすことになった。流石に棘だらけの草や枝のある植物を寝床にする気にはなれなかったので、海岸と森の間にカントが頭を翼にうずめて眠り、その近くにアシリカルたちがカントの翼を布団代わりにして寝入った。アシリカルたちは眠っていたけれど、瑠璃色の夜空には銀粉のような星屑が煌き、十六夜の月が青白く光っていた。海がザンザンと波打っていたり、風で木の葉のすれる音はアシリカルたちにとっては良き子守唄だった。

 太陽が東の海から顔を出し、水面や薄暗い空を照らし始めた頃、アシリカルたちは目を覚ました。島の中の湧水で顔を洗って口をゆすぎ、磯の魚と貝で朝食を採ってから再びカントの背に乗ってカントは島から出た。

「やれやれ、もうあんな棘だらけの木や草のある島にはもう居たくはないぜ」

 ヤトロが島から出た後に呟いた。

「あの島の木や草が棘だらけだったのは、島での厳しい環境で生き抜くためにああなったんだと思うよ」

 アシリカルがヤトロに言った。ムパたち密林の村でも大きな蛇や虫、魚がそれなりにいたから、人も動植物も環境の変化によって独特の進化を遂げたのは自然の流れの一つだと感じた。

「それにしてもやっぱし水と魚と貝だけじゃ、もたないわ。陸はまだなのかしら......」

 ランコが風で長い黒髪をなびかせながら周囲を見回していると、見渡す限りの白波と小島と岩。人が住んでいそうな陸地はまだ見当たらない。

 それからしてまたカントが自然の水で力をつけるために小島に着いては休み、それを三回も繰り返した頃、カントの背上のアシリカルたちはようやく、緑の陸の中に茶色と黄緑が混じった切り開かれた土地を見つけた。開拓された地には駒のような家々と泉や川、そして家の近くの明るい緑の敷地を見つけたのだった。

「にしても、森でも草原でもない部分って何なんだろ? ねぇカント、森に一旦降りてくれない? ちょっと調べたいから」

「えっ、あそこに行くのかよ?」

 アシリカルの発言を聞いてヤトロが反対そうに言うが、カントは既に少しずつ下降していった。ヤトロはこのまま体を起こしていたら落下すると思い、カントの背にしがみついた。

 森の中は山ガラスや野バト、その他の見た事もない鳥たちが棲み、他にもトカゲや野ねずみ、木の枝には網のような巣を張ったクモやハエなどの虫も棲んでいた。

「降りた処が民家に近い森でよかったよ。じゃあ、ぼくはしばらくここにいるよ」

「うん、行ってくるね」

 アシリカル・ヤトロ・ランコは枝や葉のある森の中を歩き、森の木々もアシリカルの国の楡や楢とは違い、密林の独特さを持つ木々とは違ったものだった。葉の形は楕円や三角とまちまちで中には実のついている木もあったけど、食べられるかどうかわからないのでやめた。森の中は木の枝で遮られた日光の木漏れ日が茶色い地面を照らし、気温は密林ほどでなかったけど暑かった。

 森を出ると、それは一枚(ひとひら)の畑だった。

 森を切り開いた平地には細長い葉と茎の植物がいくつも植えられ、その茎にはランコの腕ほどもある薄緑の楔のような実がたわわに成っていたのだ。

「これ、何だ......? なんかの作物なのか......」

 ヤトロが植物を見て呟く。するとアシリカルが足元に落ちている実を拾う。自重で茎から落ちたらしい実はいくつもの葉に覆われており、中には黄色い粒がびっしりと詰まっていて、カムイシレペツや今まで見てきた国の植物にはなさそうな物であった。小鳥がついばんだのか粒のあったところには欠けて白い肌が見えていた。

「見た事もない植物だけど......、何か美味しそう。落ちているやつなら食べてもいいよね」

 アシリカルは実の一粒をつまんで口にする。粒を噛むとピチュッと潰れ、口内に渋みと甘みを感じた。

「あっ、おいしい」

「えっ、ホントかよ」

 ヤトロが実の粒を食べたアシリカルを見て尋ねる。

「食べて見ればわかるよ、ほら」

 アシリカルは粒をいくつか摘みとって、ヤトロとランコの掌に乗せる。ヤトロもランコも粒を口に入れて味見をする。

「あっ、ほんとだ。塩とかで味付けすれば旨いかも」

「でも、ここだれかの畑でしょ? 勝手に持ってったら泥棒扱いされる、って......」

 ヤトロが実の粒を食べた後に味付けを思いついたが、ランコが自分たちの他に誰かいないか見回す。その時だった。

「おい、お前ら、そこで何をやっているんだ!?」

 若々しい男の声が飛んできたので、三人は驚きアシリカルは手に持っていた実の芯を落とし、落下した時の衝撃で実の粒が四方に散らばった。

 アシリカルたちの近くにこの畑の持ち主の身内らしい少年が立っていたのだ。少年はアシリカルたちより四寸(十二センチ)ほど高い背丈に赤みがかった浅黒い肌に短く刈った黒髪に切れ長の黒い目、服装も麦わらを編んだ筒型の帽子に四角く空いた襟の上衣は麻繊維で赤と白の稲妻模様で縁どりされ、裾が広がった黒い下衣、足元は黒い厚手布の短靴を身につけていた。

 少年はアシリカルたちの肌の色と服装を見てじろじろと確かめる。

 アシリカルは桃色を基調とした二枚重ねの上衣(アツシ)と帯(クッ)と膝までの下衣と紺の脚絆(ホスィ)と手甲(テクンペ)、ヤトロは赤縁に紺地の衣と足首までの下衣と赤い手甲と脚絆、ランコは丈の長い生成り地に黄色い縁の衣、アシリカルとランコの共通は頭帯(マタンプシ)、ヤトロは木の繊維の冠、アシリカルとヤトロの共通は腰の山刀(マキリ)、三人の共通は魚皮(チェプ)で作った靴である。少年から見ればアシリカルたちの服装は異端である。

「お前ら、さてはうちの畑のトウモロコシを盗みに来たな。覚悟しろ、泥棒め」

 少年はアシリカルたちを睨みつけ、アシリカルは手に持っていたトウモロコシと呼ばれた実を見て気づく。

「そ、そんな、泥棒なんてしてないよ。落ちているのを拾っただけで......」

 アシリカルは説明するが少年は聞き入れてくれない。

「でもここは村の畑だ。あとお前ら、その肌の色からして白人だろ。おれたち村の住人にとっちゃ、白人は敵なんだよ」

 少年がアシリカルたちを〈白人〉と言ったので、アシリカルたちは密林の民もジャガーを狩ろうとした者を〈白人〉と呼んでいたのを思い出す。

「確かにおれたちは肌の色は白いし、君たちから見れば変わった服を着ているから怪しいかもしれない。でも、このトウモロコシっていう野菜の泥棒までは......」

 ヤトロが少年に弁えを言う。

「言い訳をするな。とっちめてやる!」

 少年はズカズカと足音を立ててアシリカルたちに近づく。アシリカルたちは覚悟を感じてまぶたを閉ざした。

 ピシリッ、と平手でほおをはたいたような音がしたので、アシリカルはヤトロかランコのどちらかが少年に叩かれたのだと思って、おそるおそる目を開いた。

 だが少年はヤトロかランコを叩いた訳ではなくトウモロコシを食べに来る動物よけの罠によって、よりによっても自分が罠にかかってしまい、しなやかな細い木の枝が自分の顔に当たったため、その痛さのあまり声を出せずに尻餅をついていたのだ。

「~......っ」

「ちょ......、大丈夫ー!?」

 アシリカルハ少年に駆け寄る。アシリカルの声でヤトロとランコも目を開き、場の状況を目の当たりにする。「どういうこと......?」

 アシリカルが少年の様子を見て、ケガをしていないか確かめているのを目にして。

「ちょっと口開けて。ああ、良かった。歯は折れてなかった。表面が当たって腫れただけだね。そうだ、近くに井戸が水辺はない? 冷やさなきゃ」

 少年は右頬を手で押さえながら指をさす。

「どうやらおれたちの誤解を解いてくれたみたいだな」

「そのようで......」

 アシリカル・ヤトロ・ランコは少年が教えてくれたトウモロコシ畑近くの泉に行って、手ぬぐいを濡らして、少年の顔に手ぬぐいを当てる。すると痛さで強張っていた少年の顔が穏やかになる。

「ありがとよ、大分良くなった」

 少年はアシリカルに礼を言った。

「お前ら、本当にトウモロコシ泥棒じゃなかったんだな。誤解していた。おれはジェロっていうんだ」

 少年はアシリカルたちに名乗る。

「わたしはアシリカル」

「おれはヤトロ」

「わたし、ランコ」

 アシリカルたちも自己紹介をする。

「お前たち白人だけど、海の向こうからやって来た白人とは違う感じみたいだな。どこから来たんだ?」

 ジェロがアシリカルたちに尋ねてきたので、アシリカルは答える。

「わたしとヤトロとランコは、海の向こうといえばそうなんだけど、カムイシレペツという島国のチュプカントコタンってとこからやってきて、ええと......観光に来ているの」

「ふぅん、観光ねぇ......。船で来たのか?」

「今はここにいないけど、カントっていうもう一人の仲間と一緒に来て、カントって子の力を借りて、ここに来たんだけれど......」

 アシリカルはジェロにわかるように説明する。

「チュプカントコタンねぇ......。初耳だな。でも取り敢えず、おれの村に来るか? トウモロコシ、ごちそうしてやるよ」

 ジェロがアシリカルたちにそう言ってきたので、アシリカルたちはジェロの村へ行くことにした。