フューザー6-7


 戦い終わって


「ん......」

 超変化を解除して、どのくらいが経ったのだろうか。ジュナはようやく眠りと疲労から解放されて目を覚ました。

「ジュナ、起きたか......」

 ジュナが瞼を開くと、目の前に苔緑の髪に銀色の目の青年と翼と角を持つ融合獣、ラグドラグが目の前にいた。

「お兄ちゃん......?」

 ジュナは青年を見て呟いた。亡くなった父によく似た面立ちの兄、八年前の戦争で逃げゆく中にはぐれて行方不明になった四歳上の兄、八年の間に忘れていて一三歳になる前に思い出した兄。久しぶりに見た兄はヨレヨレのカーキのロングジャケットに黒い中シャツと灰色のカーゴパンツを身にまとい、足元はやはりヨレヨレの茶色のアーミーブーツ。

「何言ってんだよ。お前、超変化の代償で四ノルクロも寝ていたんだぞ」

 レシルが笑いながらジュナに言った。ジュナは右手で目をこすりながら身を起こすと、周囲に同じ型と色の簡易型衣をまとった目も髪も肌も年齢も背丈も異なる三〇人ほどの女性がジュナの周囲を取り囲んでいたのだ。

「......! この人たちは......!」

 そう、ジュナたちがダイロスの所の来るまでに途中で見かけた契合石の研磨をしていた女性たちであった。女性たちは無表情でジュナたちを見つめていた。

「ま、まさか、幹部たちや主であるダイロスの復讐をしに......!?」

 ジュナは女性たちを見て兄の腰にしがみついた。しかし女性たちはそうではなかったのだ。

「私たちは身よりも家もなく、ダンケルカイザラントの幹部たちに拾われて、ダンケルカイザラントで過ごしてきた。

 ここは住居も食糧にも困らなかったし、何の疑問を持たずに暮らしてきた。

 だけど、ダイロス様はあなたが倒して、私たちは様子を見にここに来た」

 一番年長らしい黒髪に褐色の肌のふくよかな女性が訛りのあるアリゼウム語でジュナに言ってきた。

「私たちはダイロス様が異形の怪物に姿を変えたのを見て思った。私たちもいずれは異形の姿にされてしまうのでは、と。

 あなたの戦っている姿を見て、私たちは気づいた。私たちのいる場所はここではない、と。あなたたちがダイロス様を倒したところで、私たちは目が覚めたのです。ありがとう」

 年長の女性はジュナにお礼の言葉を述べた。

「べ、別にわたしはただ......、兄の導きでここまでこれたので......。あっ、エルニオたちは!?」

 ジュナは思い出した。エルニオたちは途中で別れて、あの後どうなったかわからずじまいであった。

「ここにいるよ」

 女性たちの群れから聞き慣れた声が飛んできた。金髪緑眼の少年と鳥型の融合獣、白群の髪に和仁族衣装の少女と桃色の耳長尾長の融合獣、長身に紫髪の少女と水色の鋭角な魚型融合獣が現れた。

「エルニオ、羅夢ちゃん、トリスさん、みんな......! 生きていたのね!」

 ジュナは仲間の無事を見て目を潤ませる。

「ああ、心配をかけてすまなかった......。ユリアスと戦うために超変化を使ったために、反動で動けなかったんだ」

 エルニオはジュナに来られなかった理由を教えた。

「わたしもガルヴェリアさんと戦うために超変化を......」

「私もマレゲールと戦うために......」

 羅夢とトリスティスも理由を語る。

「そうだったんだ......。ユリアスたちは?」

 ジュナはエルニオたちにダンケルカイザラントの幹部の行方を聞く。それを聞いてエルニオたちは苦い顔をした。

「それが......追い詰められて、自ら命を絶ったよ」

「ガルヴェリアさんも......、自決しました」

「マレゲールは持病を患っていたけど、薬が見つからなくって、そのまま発作を起こして......」

 エルニオたちは幹部の最後をジュナに伝える。それから彼らの足元に黒い獣と赤銅の虫と白い巻貝を持つ融合獣が現れる。幹部と融合していた融合獣、ヴォルテガとレノアリスとオーガジェである、三体とも困った顔つきをしていた。

「ああ、そうか。ユリアスたちが死んだから、適応者なしになったのか......」

 レシルがヴォルテガとレノアリスとオーガジェを見て彼らの状況を理解する。

「俺たちはユリアスたちと違って自ら死を選ぶことができなかった。不老不死の人工生物でも、命を失うのが怖かった。

 俺たちは罪を償う。頼む」

 三体の融合獣はジュナたちに(こうべ)を垂れた。

「これからは道を外さなければいいのよ」

 ジュナがヴォルテガたちに赦しを与えた。女性たちもジュナに視線に向ける。

「私たちもここを出て、地上で生きようと思います。出入り口を教えてください」

「ああ、そうだな。このまま引き返して、地上に出よう」

 レシルがみんなに言った。

 ジュナたちは司令室を出て、自分たちが入ってきた出入り口へ向かっていった。

 途中で三幹部の死体を見つけ、ヴォルテガたちが背負っていった。

 出入り口に向かっていくと、何かざわざわと聞こえる。二人や三人ではない。濃い青色の制服と灰色の軍服をまとった数十人のエリヌセウス皇国の警官と軍人が入ってきたのだ。

(えええ~っ!?)

 ジュナ一行はいつの間に警察と軍隊が来ていたことに驚き、目をひん剥いた。すると初老の将校がジュナ一行と女性たちを見て、他の者に指示をする。

「いたぞ! 彼らを連れて行くんだ!」

 男女の若い軍人と警官がジュナたちの周りに集まってきて、ジュナたちは戸惑っていた。

 ジュナたちは軍隊と警官たちに連れ出されて、その後は軍隊が所持する灰色の護送機動船に乗せられて、長方形に飛翼の付いた軍隊の機動船は空を飛んで、エリヌセウス皇国の皇族領区内の軍用収容所に移動していった。

 護送機動船の中はゆうに五〇人は乗せられて、ダンケルカイザラントの女性たちは小さな四角い窓から外の様子を見つめていた。空は清々しい碧色で白い雲がチリのように浮かび、緑の山や青い河川、駒のような建物や家や見えた。白金の太陽が真上に輝いていた。

「ああ、外の様子ってこんなに明るかったのね」

 女性の一人が久しぶりに目にした地上を見て呟いた。ジュナたちは一ヶ所に集まって立っていた。護送スペースには女性軍人が五、六人ほど立っていてジュナたちを見張っていた。銃は持っていなかったが、鋭い目で三〇余人を監視していた。

「何ていうか、そのう......。ダンケルカイザラントには捕まらなかったけれど、国政府から何か言われそうですね」

 羅夢がジュナに言ってきた。

「うん、でもどうせ、話をしたらすぐに家へ帰れるよ」

 ジュナは前向きに言った。

 軍の護送機動船は皇族領区の東北にある軍の収容施設に着いた。街二つ分はある広い敷地には護送機動船の格納庫、ランニング用のトラック、荒地や水辺などの人口地形の訓練用フィールド、シンプルなコンクリート造りの軍事館があった。

 ジュナ一行と女性たちは機動船を降り、三つある軍事館のB館に入れられた。A館は会議室や情報管理室などの重要施設で、一番小さいC館は軍人の寮である。B館は重要参考人を取り締まったりなどの仕事を行う施設でジュナたちはB館内のホールに入れられた。ホールはゆうに一〇〇人が入れる広さで、東側には前後に自動ドアの出入り口、西側は窓だが黒いカーテンで外からは見えないように遮られている。幸い天井からは暖房機が動いていたので寒くはなかった。

 しばらくして、食器やステンレスの鍋などを乗せたカートを運搬してきた女性軍人が現れて、ジュナたちに食事を与えた。ジュナもみんなもダンケルカイザラントを出てから何も食べていなかったことに気づき、配給された食事を受け取った。配給された食事は金属の小鉢に入った野菜と新家畜メヒーブの骨で煮込んだスープとふた切れのモグッフ(パン)とマグカップ一杯の水だけだったが、みんなは喜んでいただいた。

 その後は一人ずつ軍隊からの尋問であった。ダンケルカイザラントにいた女性たちは自分の生い立ちを話しただけで、半ノルクロ(一五分)で終わってホールに戻された。

「次、ジュナ=メイヨー、エルニオ=バディス、ラム=ソウジュイン、トリスティス=プレジット、各融合獣」

 呼び出されたジュナたちは顔を見合わせた。すぐには家に返してもらえないことを覚悟して。

 尋問室に連れてこられたジュナたちはパイプイスに座らされ、二組を挟んで長机、ジュナたちの真向かいには軍帽に軍服とケープ、強面の口ひげの壮年の将校と両隣に男女の軍人が座っており、男は尋問記録を記すために紙とペンを持っており、女性は録音レコーダーを持っている。ジュナたちは両手を膝に置いて強ばった顔をして固まっていて、後ろにはラグドラグたちが見つめていた。

「初めまして、私はエリヌセウス皇国軍総帥、ゲニッヒ=ヘッセボーグ。

 君たち及びダンケルカイザラントのことを質問してくるが、いいかね?」

「......はい」

 ジュナたち四人は座っていても威圧の感じるヘッセボーグ総帥に従った。総帥は軍の最高役職だからだ。

「ダンケルカイザラントとは、いつどこで初めて会ったのだ?」

「君たちは何故、誰にもダンケルカイザラントのことを秘密にしていた?」

などと山のようにヘッセボーグ総帥が質問してきたので、ジュナたちはかわりばんこに答えていった。

「質問の内容はわかった。だけど、君たちにはもうしばらくここにいてもらう。まだ調べることはあるからな」

「そんな......」

 四人はそれを聞いて落ち込んだ。尋問が終わればすぐに家に帰してもらえるかと思っていたのに、軍の収容施設で軟禁されることになったのだから。

「君たちは下がって用意された部屋で待機していなさい」

「ありがとうございました......」

 四組は半ば恨めしい目つきをしながらも尋問室を出て、若い女性軍人の案内を受けて寝所にやってくる。

 寝所は縦長の小さな部屋でドアの向こうに小さい窓、両の壁には二段ベッドが四つ備え付けられていた。部屋はトリスティス組と羅夢組、エルニオ組に分けられ、ジュナは軍にお願いして兄と同じ部屋にしてほしいと頼んだ。ジュナとラグドラグは二段ベッドの合間のスペースで体育座りで兄が来るのを待っていた。その間に疲れが一気に出てしまい、ジュナはベッドの上段で寝入った。

 その頃、レシルはヘッセボーグ総帥の質問に答えていった。

「君がたった一人......、いや、融合獣のペガシオルと共にダンケルカイザラントと戦っていたとはな......」

 ヘッセボーグ総帥はレシルから彼の経歴を聞いて頷いていた。

「はい。九歳の時に生まれ育ったアクサレス公国に戦争が仕掛けられた時、僕は両親とはぐれて敵軍に捕まって、ダンケルカイザラントに売り渡されました。......それからは拷問にかけられて記憶を失い、一年くらい前に記憶を取り戻して、僕から家族との思い出や平凡な暮らしを奪ったダンケルカイザラントに復讐するために、同じくダンケルカイザラントに無理やり連れてこられたペガシオルと共に対立することにしました。

......そしたら妹も融合適応者になっていて、しかも同じ学校にも融合適応者がいて、僕は妹たちを密かに助けて、共にダンケルカイザラントを打ち倒す機会を見計らっていました。

 そして潰す時が今だったんです」

 ヘッセボーグ総帥は考え込んだ。レシルが見かけによらずスタミナとガッツがあると知ると、いずれは軍の希望になると見込んだが、それは言わなかった。

「ああ、もういい。君の経歴はよくわかった。ありがとう」

 ヘッセボーグ総帥はレシルとペガシオルを退室させて、女性軍人の案内を受けて寝所に送られた。シャッ、と扉が上下に開いて中に入ると、窓から見える外の景色は太陽は西に傾いていて朱色に染まり、空は琥珀色に変わり、日光が薄暗い寝所を照らしていた。

「ジュナ?」

 レシルはベッドを覗いて二段ベッドの一ヶ所に上段にジュナ、ラグドラグが下段で寝ているのを目にした。ジュナはコートとプルオーバーと靴とソックスを脱いでブランケットをかけてスースー眠っていた。安らぎのある寝顔だった。

「もう少しの辛抱だから、それまでたっぷり休んでおけ」

 レシルはそっと呟いた。

 ジュナたちが家族と再会できたのはジュナたちが軍の収容所に入れられてから三日後のことだった。

 ジュナたちの家族は、娘や弟がいなくなったことを知ると、仕事を休んでまで行方を探し続けていた。学校は行っておらず、自分たちの知らぬ間に家を出て、事故が誘拐に遭ったと思って川などの災害の起きやすい場所も探し出した。

 しかし皇国の軍隊から電話が来た時、家族は娘や弟が軍に保護されたという報せを受けると、急いで駆けつけたのだ。

 軍事館のB館でジュナ一行は客室のソファで待っており、扉が開いて彼女たちの家族が姿を見せたのだ。

「ママ!」

「姉ちゃん!」

「お父さん、お母さん!」

「父さん!」

 ジュナの母とエルニオの姉のネリス、羅夢の両親の宗樹院夫妻、トリスティスの父のガイリーが娘や弟に近づくと怒鳴った。

「家族に黙って家を出るなんて何を考えている!!」

 四人は体をビクッとさせて、後ずさりした。

「お父さんだけでなく、娘のあなたまでいなくなったら、私はどうしたらってなっていたのよ!」

「おばあちゃんなんか目眩を起こして寝込んじゃったんだから!」

「じいちゃんと弟もすっごく心配していたんだぞ!」

「遊びに行くだけならともかく、何日も帰ってこないなんて、店を困らせる気か!」

 家族はジュナたちを叱り飛ばした後、近づいて抱きしめた。

「良かった、ジュナが生きているだけで私は幸せなのに......」

「ママ......」

 また母に心配をかけて泣かしてしまったことにジュナは罪悪を感じた。

「これでわかったでしょ。普段の生活のありがたみがってのが」

「姉ちゃん、ごめんなさい......」

 エルニオは姉に謝った。

「事件に遭ったって言うから、負傷したかと思ったぞ......」

「お父さん、お母さん、申し訳ないです......」

 羅夢は父母に頭を下げた。

「家を空けていた分、お前には母さんに代わって家事を一ヶ月間と店の掃除と皿洗いをやってもらうからな!」

「はい、父さん......」

 トリスティスは父から与えられたペナルティを受入れた。その時、ヘッセボーグ総帥がジュナの母に声をかける。

「ジュナさんのお母さん、あなたに会わせたい人がいます」

「はい?」

 そう言ってヘッセボーグ総帥は客室の仕切りのカーテンの奥から一人の青年を紹介した。

「あ、あなたは......!」

「誰だかわかります? 八年前に行方不明になっていたレシル=メイヨーです......」

 レシルも久しぶりに母を見て、どぎまぎさせながら母セイジャに挨拶をした。

「ほ、本当に......、レシルなの?」

 母は両手で口を抑えながら小刻みに震える。

「はい、軍内の医療室で遺伝子鑑定をしたところ、ジュナさんと同じ血縁上の兄妹だということが判明しました」

 ヘッセボーグ総帥が伝えると、ジュナの母は金色の双眸から涙を流して、レシルに飛びついた。

「レシル! レシル~ッ」

「母さん、ただいま......」

 母も盛大に泣いた。夫は亡くしたが、息子が生きていたことに喜んだ。哀しみの後の喜び。言葉では言い現せなかった。

 ジュナたちやラグドラグや融合獣も母と息子の再会を見守っていた。

 セイジャ=メイヨーはもう二人の子供を決して失うことはないだろう。

 その後、ジュナ一行はエルネシア行きの夜間急行客運浮遊車(ゲストキャリーカーガー)に乗って皇族領区を出て、濃紺の空に白く閃く星々、そして永久に円い人工月と青白い上弦の月が浮かぶ中を帰っていった。夜の空を走る浮遊車は少なく、急ぐ時は昼よりも早く目的地に着くことができるのだ。

 夜間急行客運浮遊車(ゲストキャリーカーガー)は一般の客運浮遊車よりも小さく、二〇人までなら乗ることが出来る。幸いジュナ一行とその家族が乗れる車体が一台あり、彼らはそれに乗って帰っていた、みんな疲労で疲れており、気がついた時はエルネシア駅近くの停車場に着いていて、外は東から太陽が半分出ており、空を白と紫と青緑に染めており、駅では地上の上を走る筒間列車(チューブライナー)に乗り込む会社勤めの男女や学校へ行く少年少女の姿がたくさん見られた。冬の初まりで、空気は冷たくコートや毛のジャケットを身につけていた。街路樹は葉も花もないがこれから芽がかすかについていた。黒や茶色や灰色の羽毛の鳥たちは空を飛び、様々な家屋や建物、瀝青の道といった見慣れた風景が彼らの視線に入ってくる。

「帰ってこれた、エルネシアに......」

 ジュナは夜間急行客運浮遊車(ゲストキャリーカーガー)から降りると、久しぶりの光景にホロリとなった。

「ああ、そうだね......」

 ラグドラグも言った。

「それじゃあね」

「また会いましょう」

 エルニオも羅夢もトリスティスも姉や親に連れられて自分の家へと帰っていった。

「さぁ、私たちも行きましょう」

 母セイジャは二人の子供とその融合獣を連れて、ラガン区にある自分たちの家へ向かっていった。円筒や長方形や屋根付きなどの形や水色クリーム色などの住宅が並ぶ通りは大人たちは会社や仕事場へ行くために家を出て駅へ向かい、子供たちも学校や幼稚園に行くところで、庭では主婦や老人が庭で出て洗濯物を干したり、枝切りバサミで庭木の枯れ枝を切り取る様子が目に入った。

「ここが母さんとジュナの家?」

 レシルとペガシオルは半台形と長方形を合わせたような白い家の前に着く。庭には芝生もあり、塀の代わりの垣根もあった。

「そうよ。エリヌセウスの転勤が決まった時にここを買ったの。台形の屋根のところはジュナの部屋よ」

 母セイジャはレシルに教える。

「そういえば、お兄ちゃんとペガシオルさんの部屋がないんだっけ」

 ジュナが言うと、母は言い続ける。

「母さんの部屋をあげるわ。それで母さんのベッドとかは母さんの書斎に置くから、それでいいでしょ?」

 一家は家の中に入り、ジュナは五日ぶりの我が家の居間を見て一息つく。壁付けテレビモニターもフローリングの床もカーテンも絨毯もソファも何もかも変わっていなかったことを。するとジュナは自分がとても空腹だったことに気づいた。

「お腹空いたな......」

「ああ、そういえば朝ごはんがまだだったわね。台所に行って作ってくるわ」

 そう言って母はコートを脱いで洗面所へ行ってうがいと手洗いをし、台所の棚にしまっていた紺のエプロンをつけて朝食を作った。電熱コンロの上にフライパンを置いて、厚切りのモグッフにとき卵とミルクを混ぜた液を染みこませて乳脂を熱して両面焼いたパントーストである。

 他にもパックの果実茶、小鉢に入ったギョルトル(ヨーグルト)、パントーストにかける糖蜜の容器を出して、食卓の上に置いた。もちろん五人分である。

「いただきまーす」

 ジュナたちは初めて五人で食べる朝食にありついた。軍の施設にいた時はモグッフ一切れとスープ小鉢一杯と付け合せの果物が一種類で昼はやたらと豪勢で肉のソテーと盛り芋がつき、夜は朝食にサラダをつけたものであった。久しぶりの家での食事は当然美味しく、普段の暮らしのありがたみを改めて感謝した。

 ダンケルカイザラントの侵略はもうこないだろう。ボスも幹部もいなくなり、融合闘士は逮捕されて、その他のダンケルカイザラント所属者は軍に保護され、その後は自分に適した仕事を見つけて生きていくだろう。

 その後のメイヨー一家は母のベッドやドレッサーや服を母の書斎に移していき、母が寝ていた部屋はレシルとペガシオルの部屋として、母は彼らのために使う机や椅子、本棚やタンス、ベッドを購入した。

 次にレシルの戸籍のために役所に行って申請して、レシルはセイジャ=メイヨーの長男としての戸籍を手に入れ、学校の方の公立の上級学校の四年生に編入し、基礎知識と社会適応力を身につけるために通うことになった......のだが、レシルは飛び級で翌年の夏には上級学校を卒業した。頭脳が飛び抜け強かったからだ。

 それからエリヌセウス皇国軍は現大皇(だいこう)にダンケルカイザラントの存在と侵略を報告し、エリヌセウス大皇はヘッセボーグ総帥の話を聞いて半信半疑だったが、つい最近まで起きていた身寄りのない子供や大人の集団失脚、無人地に起きた災害、また各国の重要機密やレアメタル独占採取などの問題が全てダンケルカイザラントの仕業だとわかると、大皇は納得したのだった。

「それで、ダンケルカイザラントの上層部はどうしたのだ?」

 皇間にある高級布張りに高級木材の白木を使った椅子に座った七〇歳になる大皇はヘッセボーグ総帥に尋ねてきた。大皇はふさふさの灰色の髪にしわがあるが顔立ちはよく、紋章入りの普段用の紫のマントと金縁に赤いバーベッタ(ベルベット)生地のガウンを身につけている。

「はい。三人の幹部である若い男のユリアス、女のガルヴェリアは現場にいた少年たちの証言によれば罪を償うことを知らないからと自ら毒を飲んで死亡しました。大男のマレゲールは持病の発作で服用している薬をなくした為に亡くなりました。

 ダンケルカイザラントを仕切っていたダイロスは自らを融合獣に変えて、メイヨー兄妹によって倒され死亡しました。契合石の中にダイロスのものだという遺伝子が入っていました。

 他にも兵器工場、ブレンダニマと呼ばれる人工生物の研究施設、身体障害者をサイボーグに変える手術場などがダンケルカイザラントの本拠地で見つかりました」

 ヘッセボーグ総帥は大皇にダンケルカイザラントに関する情報を伝えた。

「首領であるダイロスが亡くなったのならば、もう国民に公表しても良いだろう。この九ヶ月間、エリヌセウス皇国及び各国で起きた変異事件のことは。

 災いの根がなくなれば生者は安心できる。今のうちに発表しておくように」

「はい大皇陛下」

 それからして、エリヌセウス皇国及び世界各国に変異事件の原因であるダンケルカイザラントの存在及び壊滅が報道された。テレビ番組のニュース、新聞、情報誌、サイバネットの記事、ラジオ。これを見聞きした人々はたいそう驚き安心した。

 いつかの大会みたいに機械の群れや巨大な怪物が自分たちの前に現れるという恐怖に心配する必要がなくなったからだ。ただし、五人の少年少女が壊滅させたことは非公開しておいた。エリヌセウス現大皇とヘッセボーグ総帥が一般人であるジュナたちの人権のために伏せておいたからだった。

「ジュナ、忘れ物はない?」

 ある朝、セイジャ=メイヨーは娘のジュナに言った。ジュナは学校用のコートを着て白いデイパックを背負い、玄関を出るところだった。

「うん、大丈夫。じゃ、行ってきます」

 ジュナは家を出て家より北にあるエリヌセウス上級学院へ向かっていった。

「もう行ったのか?」

 ラグドラグがセイジャに尋ねてくる。

「うん。あの子が学校から追われて二〇日も経ったとはいえ、勉強のために学校にまた行くと言ったとはいえ、また悪く言われるか心配で......」

 セイジャはため息をついた。勉強は家でやっていたからともかく、対人関係の方を気にしていた。

「大丈夫だよ。ジュナたちなら、どんな困難も乗り越えてきたんだから」

 ラグドラグがセイジャに言った。