一次創作小説メイン、SF大好きな人には必見!

フューザー7-1


 平穏な日々


「――以上で今年の春の文化祭の催し物会議は終わりです。お疲れ様」

 机を長方形状に並べ、窓は薄色のカーテンで遮光され、室内の奥には大型モニター、机に生徒会役員の学校生が並ぶ中、上座の席の少女が今年の春に行う上級学院の文化祭についての説明をして終える。

 生徒たちは教室を出て、ぞろぞろと各々の教室へと帰っていく。文化祭の説明をしていた少女も最後に出て、扉を閉める。

「今年でこの学校での文化祭も最後かぁ......」

 肩まである明褐色のセミロングヘア、金色の双眸、中間肌、やせに近い体格、学校生らしく黒い襟付きジャケットに黄色いシャツと薄緑のフロントタックスカートのベーシックな服装。手には学校用のミニコンピューターや文化祭についての書類を抱えている。少女は教室を歩き、廊下を歩く。廊下の窓からは校舎から出て帰宅する男女人種問わずの学校生、窓は澄み切った碧空で白い雲がいくつも浮かんでいた。校舎より小さい運動校舎では運動部員の学校生たちがクラブに励んでいる。

 彼女がこの国に来てから四回目の春が来た。あと二ヶ月もすれば一七歳になる。その次は上級学院の卒業だ。

 ジャケットの内側に入れている携帯電話の着信音が鳴った。取り出して薄い板状の携帯電話の画面を指先で操作する。画面にはメールや計算などのアイコンが並び、彼女は電話と書かれているアイコンを触る。

「はい、もしもし」

 彼女は電話を耳に当てて通話に出る。

「あ、お母さん? 今ね、文化祭についての会議が終わったところ。この後帰るよ」

 電話に出たのは母だった。母は都市開発業者で、昨年都市開発業務課の課長に就任した。

 彼女は通話を終えると、自分の教室へ戻り、教室は席が三段状で、白いデイパックの置かれた席へ向かっていき、ミニコンピューターやプリントをデイパックの中に入れて、教室を出た。どの教室も三段状の席と教壇、授業内容を映す大型モニターの造りで、廊下に出ると一度クラブに行っていた学校生が何人かが自分の教室に戻っていくのを目にした。

 階段を降りて、クリスタルアークルと強化金属材で出来たドーム状の校舎を出て、茶色を基調とした石畳の敷地に出る。

 外に出ると春の暖気と冬の残りの冷気が混ざり合っていたが、それ程寒くはなかった。校舎の外では帰宅する学校生たちが二、三人のグループで家へ向かっていったり、一人だけの生徒が学校近くの商店街で書店や文具店に寄ったりするのを目にした。

 学校の敷地はすり鉢状になっており、階段、庭木は桃色や白のつぼみに緑の葉をつけていた。学校の周りは低層ビルや商店、道の上には筒間列車(チューブライン)浮遊車(カーガー)が何台も走行している。彼女はビル街を抜け、賑やかさは薄れていき、静かな住宅街に入る。住宅街の家宅は水色や薄黄色や淡緑などの色合いの壁や屋根、形も長方形や円筒形など凝っており、庭では洗濯物を取り込む主婦、庭木の枝を切る老人、昼寝をする(フュンフ)、屋根の上では灰色や茶色の羽毛の鳥が泊まり、庭の花壇に咲く黄色や紫の花には美しい(ピレクレオ)の蝶が蜜を吸っていた。

 彼女は住宅街の一軒、長方形と半分にした台形を合わせたような白い壁に小さな庭のある家に到着する。ポーチに入ると家の住人を確かめる指紋ロックセンサーに手を当ててロックを外して玄関の戸を開ける。

「ただいまー」

 彼女は履いていたベージュのブーティ靴を脱いで中には入り、廊下を通り抜けて二階とつながる居間に入り、階段を上がって自分の部屋に入る。彼女の部屋は屋根が半台形の六畳半だった。天井は半分がクリスタルアークルのガラスで張られた屋根で、日光が差し込み碧空が見えるのだった。夜や雨や雪には部屋の内部に設置されたシャッターで閉められるようになっている。

 壁はクローゼットと備え付けの本棚、小型のテレビジョンモニター、白い天板の机は端が

丸く、その上に薄型のモニターコンピューターとキーボード、辞書や参考書が並べられ、丸

筒のベビーブルーのペン立てにはカラーペンやシャープペンシル、ノック消しゴムやハサミ

が入っている。机の傍らには回転椅子があり、グレイッシュピンクの布地が張られている。

 部屋の左端にはベッドがあり、ヘッドボードが棚になっており、デジタル時計と写真立て

が置かれ、ベッドカバーや布団や枕は無地のレモンイエローで統一されている。ベッド側の

壁にはタペストリーが掛けられており、花畑と空を現した緑系の布でできている。

 床は板張りで部屋の中心には明るい灰色の絨毯が敷かれ、他にも(べマーグ)(ゲートイル)(ラビーニ)海豚(ルカフィー)のぬいぐるみが置かれている。

 灰色の絨毯の上には床上で寝る白い体に双角に羽と長い尾の白い(ドーリィ)型の生き物が昼寝をしていた。

「ただいま、ラグドラグ」

 彼女はその生き物の名を呼んで挨拶をし、ラグドラグは彼女の声を聞いて目を覚まし、帰ってきた部屋の主を目にして返事をする。

「おかえり、ジュナ」

 ジュナは机の上にミニコンピューターと文化祭のプリントを置くと椅子に座り、各クラスの企画を読んで赤いペンで採用・不採用や備考を書き込んでいった。

「ジュナ、文化祭の実行委員長になったんだって?」

 ラグドラグがジュナに尋ねてくる。カーテンで遮光されている部屋の中では隙間からの木漏れ日が入り込んできて、ジュナの部屋を照らしていた。

「うん、他にやる人がいなかったから、わたしがやることにしたんだ」

 ジュナは振り向きもせずに書類を目に通していた。

「お袋さんは?」

「今日は遅くなるからって、わたしが夕飯を作る」

 ジュナの家は母子家庭だ。父はジュナが一二歳の時、以前住んでいた国のエネルギー工房の爆破事故で亡くなった。父の死から六ヶ月後にジュナと母はエリヌセウス皇国に転勤が決まり、ジュナはエリヌセウス上級学院に転入した。その約数日後、ジュナは通りすがりの女の子の子犬を助けようとした時にピーメン川に流され、川とつながる下水道でラグドラグと出会い、身寄りのないラグドラグを連れて家に帰ったところ、母の許しを得て、家族となった。

「あれから四年も経つんだなぁー......」

 ラグドラグが呟いた。ラグドラグの胸には紫色の宝玉のような突起があり、これはラグドラグの生命核である契合石と呼ばれ、融合獣と呼ばれる人工生命体の命である。

 ジュナはラグドラグと融合し、ジュナを普段とは違う姿と能力を与える融合闘士(フューザーソルジャー)に変えることができるのだ。

 融合獣の起源は二〇〇年前に遡り、ジュナたちの住む惑星アルイヴィーナにガルザイダと呼ばれる異星の侵略者軍団が現れた時に、ある科学者のグループが人工生命体と人間を一体化させた戦士たちを送りガルザイダ軍を撃退させたのが融合獣であった。融合獣は急速再生皮膚組織強化骨格などの人工生体パーツの塊で、命である契合石を抜かれたり首を斬られたり体がバラバラにならない限り生き続ける不老不死の存在と化した。

 だが二〇〇年の間に融合獣にも権利の問題が生まれていき、エリヌセウス皇国も融合獣の権利を持つ国の一つであった。

 融合獣は自分の契合石の一部を融合する人間の体内に入れて、融合適応者にし、適応者が生きている間は融合できるという能力を備え、また融合獣も個体によってだが水や炎を出させるということが出来た。

「四年の間は本当に良かったよ、おおごともなくってさぁ......」

 ジュナはプリント整理をしながらラグドラグに返事をする。

 アルイヴィーナ新暦二〇〇年、母の転勤でエリヌセウス皇国に住むことになったジュナは融合闘士(フューザーソルジャー)となった。きっかけは転校して同じクラスだった女子ケティ=ホーマーの家である児童養護施設『集いの家』に強盗が逃げ込んだこと。ジュナは同級生と『集いの家』の子らを助けるためにラグドラグと融合し、強盗を撃退した。その女子はあの後、長いこと生き別れていた母に引き取られて、新しい父とその父との間に生まれた弟妹と暮らすことになった。

 ジュナはエリヌセウス上級学院で同じ学年で違うクラスのエルニオ=バディス、後輩となる宗樹院羅夢(そうじゅいんらむ)、二歳上のトリスティス=プレジットと出会い、同じ融合適応者仲間となった。

 彼らと共に社会に暗躍する組織ダンケルカイザラントの人口怪物ブレンダニマや融合闘士、幹部たちの猛攻に立ち向かい、謎の融合闘士との助けや関わりを持って、総帥ダイロスを打ち倒してきた。

「そーいや、レシルとペガシオルはいつ家に帰ってくんだ?」

 ラグドラグが尋ねてきたので、ジュナは一旦沈黙してから答える。

「わたしの文化祭の期間には三、四日程帰宅するって」

 ジュナの兄、レシルはジュナが五歳の時、行方不明になり、八年の間に忘れていた。ジュナは生まれた時から六歳頃まではオーディニア大陸の南端国、アクサレス公国に住んでいた。アクサレスが大国からの戦争に遭った時に兄はジュナと父母とはぐれて敵に捕まり、ダンケルカイザラントに連れて行かれて拷問を受けて記憶を失い、その数年後に融合獣のペガシオルと意気投合して脱出。そしてジュナと仲間たちの前にちょくちょく現れては助けてくれていた。兄レシルはダンケルカイザラントの崩壊後、エリヌセウス皇国軍の総帥ゲーニッヒに戦闘力の才覚を見込まれて、軍隊に入った。軍隊は寮住まいであったが、一ヶ月の五日ぐらいは帰宅して、家族五人で過ごしていた。兄は二〇歳で曹長の位を得ていた。

「去年の夏には融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)で優勝しちまったんだもんなー」

融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)。それは三年に一度開かれる融合闘士だけが参加可能な催しである。四年前にジュナとエルニオたちはこの大会にダンケルカイザラント打倒の修業の効果を発揮するために参加した。三回連続大会優勝者のフリージルド=クロムとその融合獣エグラとの決勝戦にのぼったのはジュナだった。しかしダンケルカイザラントの機械兵(インスタロイド)軍団が現れ、しかも融合適応者の犯罪者と呼ばれる融合暴徒(フューザーリオター)も紛れ込んでいたために四年前の大会は優勝者なしで終わった。フリージルドはジュナの戦士としての可能性を見極めており、翌大会で一六歳のジュナと二五歳のフリージルドは再び決勝戦で出会い、ジュナはフリージルドに勝ち、新たなチャンピオンとなった。新しく吊るした棚には金色のトロフィーが飾られていた。

「あとみんなはどうしているんだろうなー」

 ラグドラグがまたしてもジュナに尋ねてきた。

「そういえば......そうだよね」

 ジュナと同じ

エリヌセウス上級学院に通う三人の融合適応者仲間の黒一点でエルニオ=バディスはジュナと同い年だが機工学科に属しており、二年前にエリヌセウス皇国内の名門レジスターランド大学に飛び級で進学しており、今は大学二年生であった。

 三歳下の羅夢は現在は自身の故郷である和仁(わと)族の国、暁次(あきつぐ)国に母方親族の元で陰陽師の修行しながら、そこの上級学院に通っていた。

 二つ上のトリスティス=プレジットは水中生活可能な人種、水棲人種(ディヴロイド)の血を引いており、学校は二年前に卒業し、その後は四年前の融合闘士格闘大会(フューザーソルジャーコロッセオ)で出会った水棲人種(ディヴロイド)の適応者、ヒアルト=ゼペリックの住むエクート共和国に留学し、今はゼペリック家でホームステイし、彼氏のヒアルトよりも妹のフローリアと親友になってしまったほどである。

「もう戦いは終わったんだよ。みんな自分で進路を決めて、歩いてんだよ?」

 ジュナはラグドラグはラグドラグにそう言いながら、プリントをひとまとめにし、デイパックの中に放り込む。

(進路、か......)

 文化祭のプリントの加筆修正を施したジュナは両肘をついて(くう)を見つめた。

 ダンケルカイザラントの戦いが終わった後はジュナと適応者仲間たちは平凡な学校生に戻った。まぁ、ダンケルカイザラントへ行く前に、非適応者であるジュナの同級生のダイナ=タビソとラヴィエ=ネックをダンケルカイザラント融合闘士との戦いに巻き込んでしまった件でジュナたちは上級学院の大方の学校生から糾弾されてしまった。誤解が解けたのは随分と後のことで、ジュナたちは他の学校生と気まずくなっていた。

 生涯というのは楽しいことや幸せなことばかりではなく、苦しみや悲しみも伴うこともある。それに学校を卒業しても、まだ困難や問題も出てくる。

(でもなー......)

 ジュナはフウっとなった。適応者仲間は留学や飛び級、ダイナはエルネシア地方内にある教育大学に合格し、またエルニオに片思いしていたから、思い切って告白したらエルニオと交際したのだった。またラヴィエもエリヌセウス名門大学であるカーリナ大学情報処理科に合格した。しかもジュナの家に遊びに来た時にジュナの兄、レシルに一目ぼれしてしまい、上級六年の時にカップルになったのだった。

 一方でジュナは恋人もなし、進路は未決、いや大学には二つ進学受験したのだが、通らなかった。今ならあと二回は受験できるのだが、受験したくないのか大学に行きたいのかとどまっている状態であった。

(わたしは何がしたいんだろ?)

 勉強で最良なのは保健と家庭科、後は可が多くてクラブ活動も委員会も入っておらず、何かの資格も持っていないジュナは先の見えない道を歩いているようだった。

(だけど今は上級学校最後の文化祭をいいものにしないとな......)

 進路は決まってはいないけど、学校行事をクリアすることをジュナは考え直した。

 文化祭は三月の下旬、三日間行われた。三日間雨天の心配はなく、校舎の前で各クラスによる催しの屋台がいくつも並んでいた。

 串焼き、あげジャポネ(芋)、薄く焼いて果物やクレメを包んで食べるラッパモ(クレープ)、ミキサーを使って作るブレンドドリンクなど様々であった。文化祭では他の学校や学校のあるラガン区以外の街から来た人々が年齢・性別・人種・目的を問わずに来訪していた。

 校舎ではクラブ活動ごとに教室が一つ借り出されており、写真部なら学校生が休暇を利用して撮影されたエリヌセウス地方各地の自然や街の写真が展示され、手芸部は鳥や動物などのぬいぐるみや刺繍入りのエプロンやクッションといった学校生の作品が展示され、美術部も手描きの油絵やコンピューターで作ったグラフィックアートやリトグラフに神話人物の石膏の彫刻や布と紙と針金で出来た造花が展示され、模擬店の喫茶店や甘味処、運動校舎では演劇部の催しである名作劇、軽音部の演奏、チアリーディングのパフォーマンスなどが発表され、どの日も拍手喝采であった。

 また来訪者は帰る時に昇降口に前にアンケートでクラスやクラブの催しが良かったか答えて、集計箱に入れていく。

 三日目の昼、放送部の学校生がアンケートの結果発表を伝える。

『今年の文化祭のアンケート第一位は......、ダンス部です』

 おおーっ、と校舎にいた学校生たちがそれを聞いて声を上げ、ダンス部のメンバーに至っては手を取り合ってジャンプするほどであった。

 文化祭は日入り前に終わり学校生たちは片付けに入る。文化祭実行委員長であるジュナは各教室を一ヶ所ずつ回って、他のクラスの学校生の手伝いをしていた。

「ああ、これでようやく終わった」

 エリヌセウス上級学院は一一歳から一七歳までの少年少女が集まって、しかも普通科をはじめとして学科が二〇以上もあるため、ジュナは転々と移動した。七年普通科の教室に戻ってバッグを取りに行って帰ろうとした時、二人の少女と出会った。

「ジュナ、おつかれー」

「良かったら一緒に帰らない?」

 一人はオレンジ色のボブカットの青緑の眼に丸顔、もう一人は長い紺青の髪に茶色の眼に細長の顔の少女。ジュナの同級生であるダイナ=タビソとラヴィエ=ネックである。

「あ、ああ。ありがとね......」

 文化祭の学校生が次々と校舎から出て家や駅に向かう中、ジュナもダイナとラヴィエと共に校舎を出た。日はすっかり西に傾き、空は琥珀色になっていた。

「ジュナ、今年の文化祭、上手くいったね」

 ダイナがジュナに話しかけてくる。

「うん。でもなぁ、他にやる人がいなかったから、わたしが引き受けただけで......」

「何言ってんの。ジュナのおかげで予算は範囲内、人数は想定外になったから成功したんじゃない」

 ラヴィエがジュナに向かって言った。

 

「でもなぁ、今年もエルニオくんがいなかったし、エルニオくんは大学に行っているとはいえ、文化祭ぐらい来て欲しかったわ」

 ダイナが一つだけ不満なことを呟いた。

「レシルさんは最初の日に来ただけで急用ができたからって、軍隊に戻っちゃったし」

「お兄ちゃん、大変だし......」

 ジュナがラヴィエに言った。

(恋人か......)

 ダイナとラヴィエの現恋人が自分の適応者仲間と兄とはいえ、ジュナは羨んだ。

(わたしもいずれは素敵な男の人と出会えるんだろうか......)

 ジュナは夢想にふけった。

 エルネシア地方の中央部に位置する皇宮。それは広々とした敷地には世界各地の木花が植えられた庭園と運河、中央には白い壁と柱、レース模様のような金属窓枠に青い屋根。皇宮は言うまでもなく、エリヌセウス現大皇(だいこう)の住まいである。

 大皇は今年七七歳を迎え、隠居を考えていた。大皇には妃と二男二女の子、男女合わせて一三人の孫がいた。

 赤銅の縁に黒い木材の観音開きの扉の向こうではエリヌセウス大皇に仕える大臣たちがある会議を(おこな)っていた。会議室の中は茶色い板張りの壁に黒い角柱が左右に六本建てられ、天井には簡素な造りの銅のシャンデリア、机は左右に三段、奥に会議内容を映す巨大スクリーン、その下には上座となる議長席。議長席にはエリヌセウス皇室仕えの宰相が座り、左右の席には十数人の大臣。

「現大皇の退位を決して、皇室のマザーコンピューターが新大皇の候補を全国民の中から八人絞り出しました」

 国民の安全と保障を管理する担当の国務民生大臣が宰相に伝える。

 エリヌセウス皇国は血統ではなくて、皇室のマザーコンピューターが次の大皇を選び出すというシステムである。現大皇を退位した者及び大皇死去後の大皇遺族はエリヌセウス国内の"影宮(かげみや)"と呼ばれる建物で余生を送る。現大皇の息子や娘たちもそこへ送られ、送られた影宮の土地を治める領主としての役職を与えられる。

 現大皇もかつてはエリヌセウス国内のレジスターランド地方出身の役所勤めで、五十二年前に新大皇候補に選ばれた。八地方から一人ずつ選ばれた大皇候補は性別・人種・職業・実績問わずで、病気や障害・異国への転勤がない限り放棄することができない。

 宰相であるバルヴェ=キュインはスクリーンに映し出された八人の大皇候補のリストを見て、大臣たちに伝える。

「候補者に通知を送付せよ」

 文化祭が終わり、いつもと変わらぬ学校に通い、会社勤めの母に代わって家事をこなして過ごすジュナ。三月の終わり頃だった。彼女の運命の変わり目となる一通の封筒が来たのは。

 その日は空は白い雲に覆われて小雨がしとしとと降り、瀝青の道や花壇などの土は雨水で濃く染まり、木の葉や若草に雨露が滴り空気が肌寒く薄手の上着がもう一枚必要な位の時だった。

 ジュナは自分が使うベージュに茶色のレース模様が施されている傘をさして自分の家に帰ってきた。郵便受けを見ると夕方の新聞と母の行きつけのブティックのダイレクトメール、水道などの公共料金請求のハガキ、そしてジュナ宛の白い封筒。切手はなく特別郵便と書かれており、裏には封蝋も差出人もなかった。

「何か気味悪い手紙だな......」

 ジュナは差出人不明の封筒を見て気味悪がる。嫌がらせの手紙かジュナの着替えとかの盗撮写真だったらどうしたらいいか、と。

 ジュナは家の中に入り、傘をたたんで靴を脱いで、手洗いとうがいを済ませて二階の自分の部屋へ行く。

「おう、お帰り」

 ラグドラグがジュナに話しかけ、ジュナはラグドラグに顔を向けると「ただいまっ」と一瞬であいさつをし、デイパックを机に置いて引き出しからハサミを出して封筒を開封し、中に入っている物を取り出して中身を確かめる。

「――......うそ」

 ジュナは白い便箋に書かれた文書を見て目を丸くする。

「ん? 一体どうしたんだっていうんだよ?」

 ラグドラグがジュナの手紙の内容を後ろから覗き込んで仰天する。

「こ、こりゃ、どういうことだよ!?」

 その夜、母が帰ってきてジュナの作った四色豆の蒸米と(ピゲン)の甘辛ソースあえと新鮮野菜とジャポネのスープをジュナとラグドラグと母で食べた。台所はコンロと流し台と戸棚と冷蔵庫、中央に長方形の食卓と椅子が六脚。母は奥の席に座り、ジュナとラグドラグは母の左手前に座る。

「どうしたの、ジュナ。浮かない顔しちゃって」

 ジュナの母、セイジャ=メイヨーは肩まである千年緑の髪に金色の眼、シワとシミを隠すための化粧をし、仕事帰りのためシャツとタイトスカートのままだった。

「あ、お母さん。実は......わたしにこの手紙が来て......」

 ジュナは懐から封筒を出しておそるおそる母に手渡した。母はジュナが受け取った手紙の内容を見て声を失い、しばしの沈黙の後にジュナに言った。

「こ、これって......。ジュナがこんな役目を......」

『ジュナ=メイヨー殿

 あなたはエリヌセウス皇国新大皇候補エルネシア地方代表に選ばれました。

 四月の平和祭に新大皇選の儀式を行いますので、必ずご出席願います。尚、体調不良のご都合の場合は代理人委任をお願いします。

 場所とお時間は別添の詳細をご参考にして下さい

エリヌセウス皇国大臣一同』

「今日届いたんだよ。まさか、まさかジュナが新大皇の候補に選ばれるなんてよ......」

 ラグドラグは母に言った。

「ジュナ......。まさかまさかあなたがこの国の大皇に選ばれるなんて......思ってもいなかったわ。これは大事で名誉なことだわ」

 母はめまいを催しつつも娘が新大皇候補に選ばれたことに驚いていた。

「わたしだって思ってもいなかったよ。でも、選ばれたのなら、行くしかないよ」

 大皇候補に選ばれたらそれは名誉で悩ましいことだった。大皇は国で一番偉く、また誰よりも全国民のために働かなくてはならない役目だからだ。身分も人種も性別も関係なく、政治や軍事を担い、また民の支持を得なくてはならない。

(もしかしたら、これは神様の啓示なのかもしれない......)

 ジュナは試練として受けることを誓った。

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