エターニティア・その1

 

 
1.ウィーニル村のラセッタ

 ラセッタは昨日誕生日を迎えたばかりで、遠くにいるお父さんからは黒ワシの羽がついた赤茶色の皮帽子、お母さんからはバラ紅色のマントをもらいました。マントは紐でしめるものではなく、マントに映える黒い貝素材の丸ボタンが二つ付いたしゃれたものでした。
 ラセッタは厚いたすきがけの皮のナップザックに着替えと下着、財布や針と糸、それからお母さんが持たせてくれたメニミール麦のパンとベーコンとチーズとリンゴがいくつか入ってます。
 ラセッタは薄い桃色の肩出しの長い胴スカートに白いシャツ、薄紫のすその広がった半ズボンを旅の装束にし、白い靴下に茶色いスウェードの網あげ長靴をはきました。
 ラセッタの部屋は屋根が斜めの天井になっている小ぶりの部屋で、カシ材のタンスと机と椅子とベッド、床には茶色の床板と対照的な白地にバラ紅色の格子模様のラグが敷かれ、カーテンと枕と布団は白地に薄桃色の小花の柄で、綺麗に整っています。旅に出る時、お母さんが帰ってきた時に気持ち良く過ごせるようにと、昨日のうちに掃除したからです。窓はカーテンで閉ざされていましたが、太陽の白い光が白い石壁の部屋を照らしていました。

 わたしたち人間の住む世界とは別に、妖精たちの住む世界がありました。その名前はエターニティア。
 エターニティアは常に空気が清らかで水も澄んでいて、陸には草や木や花もあります。動物も鳥も魚も虫も棲んでいます。人間と同じように妖精の種族もいくつか分かれていました。
 妖精は人間と違って若い時期が長く、二〇〇年も生きることができて、喜びや悲しみ、楽しいことや辛いことをたくさん覚えます。
 妖精たちは人間と同じように自分に見合った環境に村や町を造って住みます。留まる妖精もいれば、自分の生まれ育った場所を出ていく妖精もいます。
 妖精は人間でいうとこの十歳になれば、自分の生まれ育った場所を出て、他の町や海や森へと行き、色々な経験を積んで、自分に相応しい生き方を見つけます。
 
 メニミール国は平地で青い曲線を描く川、常に緑の葉をつける森、広々とした草原に囲まれた国で、一年中様々な作物に恵まれた国の一つでした。メニミール国の南東にあるウィーニル村は石を積んだ壁と木の板とわらでできた三角屋根の家が特徴の村でした。ナタリアというおかみさんにはラセッタという若い娘がいました。ラセッタは肩まである亜麻色の真っ直ぐな髪に彩やかな藍色の瞳に中間肌、これから伸びるであろう背丈の女の子でした。
 ナタリアも夫のゾイーゼも娘のラセッタも豊穣の妖精ファムコーンという種族で、ファムコーンは、麦でも豆でも一粒を千粒に増やすという能力を持っていました。
 そのラセッタは生まれた時から過ごしてきたウィーニル村を出て、他所から他所へ回るという旅をすることになったのです。
 ラセッタの旅立ちの日は、よく晴れた明るい緑色と黄色が重なった空で、白い雲が細かく浮いていました。時期は秋の半ばに入る頃ですが、メニミール国とその周辺の国は、年中春のように暖かく、刺すような寒さや焼きつくすような暑さに悩まされることはありませんでした。ただ嵐には手を焼いていましたが、様々な実りに恵まれておりました。
 ウィーニル村は石と木とわらの家々の他、米や豆や麦などの穀物畑、また赤や白や黄色の花を育てる園芸作農の家もありました。
 村の出入り口では、ラセッタの見送りにやってきた妖精の住民が十数人集まっていました。ラセッタ一家と同じファムコーンもいれば、長身で耳の先が尖ったエルフもいれば、体が小柄なブラウニーや清潔なのが好きなキキーモラもいます。またウィーニル村にはラセッタと同年代の妖精の子もいましたが、旅をするのを嫌がったり危ない目に遭いたくないからと怖がるので、もう少し体と心が成長してから旅立つのでした。
「ラセッタ、元気でね」
「もし帰ってくるのなら、前もって飛行郵便で教えてよ」
 村の妖精はラセッタにあいさつをして、けんとうを祈りました。その時、髪の毛が白と灰色で顔も手足もしわだらけで腰も曲がった長老の妖精が杖をつきながら、ラセッタの前に現れました。長老は齢(よわい)二〇二歳のファムコーンの老婆で、若い頃は何度も旅をしたことがありました。
「ラセッタよ、お前に相応しいお供を与えようぞ」
 長老はしゃがれ声を出しながらもしっかりとした口調で、長老の後ろにいた若い世話係の妖精の娘が両手に持っている生き物をラセッタに見せました。
「うわぁ、かわいい!」
 ラセッタは自分のお供となってくれるその生き物を見て声を張り上げました。それは背中に無数の棘を持つ灰茶色のハリネズミだったからです。
 初めて旅をする妖精にはボディガードや支え役になってくれる動物がつけられます。それが犬だったり猫だったりコウモリだったりウサギだったり個人によって異なり、ラセッタの場合はハリネズミがつけられました。
「この子はハックルといいます。鼻と目がいいから、どんな危険も教えてくれます」
 長老の腰元はハックルをラセッタに渡しました。ハリネズミの棘はとても痛いので、ラセッタは棘のないお腹の横を持ってハックルを抱きました。
「ラセッタ、よく気をつけるんだよ。あんたはお父さんみたいに気がゆるむとこがあるからね。自分は大丈夫だと思っていても、油断するんじゃないよ」
 ラセッタと同じ亜麻色の肩まである髪に綿毛のように白い肌、明るい茶色の眼に女の妖精にしては高い背丈にシャツも上着もスカートも木綿と麻織りで靴は厚手木綿の短靴をまとったラセッタに似た顔立ちのファムコーンがラセッタに注意を述べました。ラセッタのお母さんのナタリアです。ラセッタの顔つきと髪の色と肌の色白さはお母さん譲りでしたが、藍色の眼とお母さんの言う気のゆるみやすさはお父さんのゾイーゼ譲りでした。ラセッタのお父さんのゾイーゼは今はウィーニル村にはいませんが、二、三年前から他所の国へ行っていて家を留守にしていました。お父さんは旅職人で、あちこちの村や町で机や椅子やベッドの修膳をしたり宿屋で新しい家具を造ってそれを売る家具職人でした。本当なら一年で帰ってくる筈が、おおらかさの故、長びいてしまったのです。
「……だけど、ちゃんと学校での勉強も出来てたし、そんなに軽率じゃないからね。じゃあ、行ってらっしゃい」
 そう言ってナタリアはラセッタの肩を叩いて娘の出発を見送りました。
「行ってきます。時々、報告するね」
 お母さんや長老、村の住民の妖精たちに見送られて、ラセッタとハックルは長いこと住んでいたウィーニル村を出ました。
 ウィーニル村を出た後のラセッタは緑の草地に切り拓かれた薄茶色の地面の道を歩いていました。草原の他には柏やナラやケヤキなどの樹も生え、コガネヒワやアカハト、白スズメなどの鳥が枝に泊まってさえずり、大きめの渡り鳥が空を飛び、生温かい風が吹いて、木の枝の葉やラセッタの髪やマントを揺らしました。
 村を出てからどれくらいが経ったでしょうか。ラセッタが振り向くと、村は見えなくなっていて、あとには木や草地が残っていました。
 ラセッタは幸いナップザックに着替えと食糧の他に、お母さんがウィーニル村から西に向かう地図を持たせてくれました。ラセッタは近くにある白い岩を椅子にして、地図を広げました。地図は破れても虫に喰われても丈夫なガミロンという木の繊維で作られていました。
「この道をまっすぐに行けばキノコ森で、キノコ森を出れば、リーゼレイン村だ。リーゼレイン村に一晩だけでいいから泊めてもらおうかな」
 リーゼレイン村に行く途中の道にはキノコ森があります。その名の通り様々なキノコが生える森で、小指ほどのキノコから大樹のように大きいキノコがあるとの情報です。
 毒キノコさえ食べなければよい、とは限らず他にも注意することがあるのを、ラセッタは森に入ってから気づくのでした。