一次創作小説メイン、SF大好きな人には必見!

エターニティア・その10

 

 10.行く道、帰る道


 クラスヴィーに穏やかな風が吹き、湖の表面の水を揺らしていきました。河童やリザードマン、ルサールカといった水属性の妖精に混じって、観光や停泊や寄り道に来た海や山や森の妖精が街道からや妖精列車に乗ってやってきていました。
「あーあ、ラセッタはいつになったら帰ってくるのかなぁ」
 ほうきでごみや落ち葉を掃きながらインレットがエクレールに尋ねてきました。
「ラセッタは自分のお父さんを探しに禁忌区の林に行ったんだ。おれたちまで行ったら、クラスヴィーの妖精が絶対止めていただろう。ラセッタに父親のことを話したリザードマンの兄さんだって、ラセッタが林に入っていったことを知ったら知ったで、後ろめたさを感じて黙りこくっていたし」
 ラセッタがお父さんを探しに『青白幹の林』に行った日の朝、インレットとエクレールは宿屋のおかみから渡されたラセッタの書き置きを見て、驚きました。しかし自分たちまで行ったらクラスヴィーの妖精たちに反対されるのは確かです。そこで二人は湖の周りの清掃の日雇いでクラスヴィーに留まりました。
 屋外での仕事なら町中にラセッタとお父さんが帰ってきているのを目にすることができるかもしれないと思って。二日も待ちましたが、通りゆく妖精の中にラセッタとお父さんの姿は見当たりませんでした。空が橙色に染まり、赤い夕日が西の方へ沈みゆく時でした。街道へ行く道の向こう側から大きな銀色の獣が大人の男妖精と女の子妖精を歩いてきたのをインレットとエクレールが目にしたのでした。
「おおーい、インレット! エクレール!」
 獣の背中に乗っている女の子が二人の名前を呼んで、手を振っているのを見て、インレットとエクレールはその女の子がラセッタだと気づき、駆けだしていきました。
「ラセッタ! 良かった、無事だったのね」
 インレットがラセッタとお父さんとおぼしき妖精が禁忌区の林から戻ってきたのを目にして涙ぐみました。インレットが盛大に泣いていたら、水浸しになっていたでしょう。
「ラセッタ、その獣は……?」
 エクレールがラセッタ親子を乗せている獣を見て尋ねてきました。
「ああ、この子かい? わたしとラセッタが魔女の元から逃げる時、林の中にうずくまっていたのを見つけて、一緒に逃げたのさ」
 ラセッタのお父さんのゾイーゼが獣についての合流を二人に教えました。
「この雷獣は雷神トールの……おれが逃がしてしまった父さんが大事にしていた雷獣の一匹だ!」
「ええっ!?」
 ラセッタとお父さんを助けてくれた獣が天上界ヘブンティアの生き物である雷獣で、それもエクレールが逃がしてしまった雷獣だと知って、エクレールは仰天し、インレットも目を丸くしました。

 夜空は紫から紺に変わり、金銀の星々が瞬く頃、エクレールは雷獣をクラスヴィー近くの茂みの中に隠し、ラセッタのお父さんゾイーゼは着ていた服がボロボロだったので、手元に残っていたお金で安めのシャツとズボンと上着と靴を手に入れました。服は木綿と麻で靴も安い豚皮でしたが、それでも魔女の所にいた時よりもうんと良く映えました。インレットはラセッタの薬草で緑色になってあかぎれが痛々しそうなラセッタの指を見て、ラセッタの苦労ぶりをうかがえました。
 宿屋の食堂で四人は集まって食事をし、ゾイーゼは久しぶりの焼き立てのやわらかな麦パンと熱い豆のスープと川魚のソテーを食べて活き活きとし、血色も良くなりました。
「それで、お父さんはこれからどうするの?」
 ラセッタがお父さんに尋ねてきたので、お父さんはパンを飲みこんでから答えました。
「そうだなぁ。お父さんはウィーニル村へ帰って、ナタリアや村のみんなに顔を合わせるよ。ただ、ウィーニル村へ帰るための旅費を稼がなくっちゃいけないから、クラスヴィーに留まって仕事するよ」
「そうだもんね。三年もウィーニル村に帰ってないもんね」
 お父さんのこれからを聞いて、ラセッタは安心しました。
「そういえばエクレールって、お父さんの大事にしている雷獣が見つかったから、天上界に帰るんでしょ? そしたらまたわたしとラセッタとお供動物だけになっちゃうよ」
 インレットがエクレールに言ってきました。ラセッタとインレットはエターニティアのめぐり旅でしたが、エクレールの目的は逃げてしまった雷獣を探すことでした。
「うん。だけどなぁ……」
 エクレールは難しい顔をしました。エクレールは子供といえ神様です。エターニティアの住民ではないのですから、雷獣が見つかったら天上界に戻るでしょう。
「エターニティアに行ったら思っていたより、いい所だったからなぁ。おれは天上界からエターニティアの様子を見たり、エターニティアの地理や歴史や法律は勉強してきたけど、実際に見てみたら何かねぇ……」
 曖昧な言葉を言いながら、エクレールはうなりました。
 夕食が終わると、ラセッタとお父さんは同じ部屋の二段ベッドで眠りました。お父さんは久しぶりの柔らかな布団と枕で安眠でき、一番に寝入りました。
 夜が明けて、青紫の空がバラ色に染まる朝にクラスヴィーに住む妖精たちや鳥や犬猫が起き出す頃、宿屋に泊っている妖精も次第に目覚めていきました。
 ラセッタたちも起きて、お父さんだけがクラスヴィーでしばらく留まって働くことになって、娘と仲間たちの旅立ちを見送りました。
「行ってきます、また会いましょう」
「ああ、元気でな。あと、ウィーニル村のお母さんにも手紙を出すんだよ」
 お父さんとラセッタはこうして、別々の道を歩いていくことになったのです。

 ラセッタたちはクラスヴィーを出て、街道近くの茂みに隠していた雷獣を連れだしました。雷獣は夕べエクレールが静まし草の入った大きなハムを食べさせたので、大人しくしていました。
「良かった。誰にも見つかっていなくって」
 エクレールは安心して、雷獣に朝ごはんのパンとハムの端きれを与えて、雷獣はそれらを食べて、活き活きとしました。ラセッタたちが今いる街道は青々とした草の平原とプラタナスや楓やケヤキの木がいくつか生え、道は白土がむき出しになっていました。
 ラセッタは地図を広げ、この街道を進んでいったらどこに着くか調べました。道は二手に分かれており、左は泡吹樹(あわふきじゅ)の森、右は木イチゴやイチゴなどのベリー畑でした。
「どっちへ行こう?」
 インレットが訊いてくると、エクレールが言いました。
「そりゃあ、コーメイが妖精の里に出たりしたら大騒ぎになるからなぁ。ベリー畑は里の一部だし。泡吹樹の森へ回ろう」
 コーメイというのは雷獣の名前です。ラセッタたちはエクレールの意見に合わせて泡吹樹の森へ向かいました。

「わぁっ……」
 インレットが泡吹樹の森を見て声をあげました。泡吹樹の森は見ただけで幻想的で、白っぽい茶色や黄色い木肌の木の枝の先から次々に泡を出して、シャボン玉のように浮いていました。木の葉も泡がついており、ヒスイの枝に小さな真珠を貼り付けたような美しさでした。
「この泡ってなんだろう?」
 ラセッタが思わず泡に手をふれると、泡はパチンと弾けて消えてしまいましたが、ほの甘い匂いが残りました。この匂いをかいで、ラセッタはこれが木の出す蜜だということに気づきました。そのためか泡吹樹の森には紫アゲハや黄色カナブン、ミツバチや赤星カミキリ虫などの虫が集まって泡蜜を吸っているのを目にしました。
 ラセッタは泡蜜だらけにならないように森の中を歩きました。泡吹樹の他には木の根にアミダケや一本シメジなどのキノコ、泡蜜で半ば湿った土からはペンペン草やナズナ、ハルジオンやシロツメクサなどの小さな花を咲かせる草花が生え、シジミチョウや花アブなどがとまっていました。
 その時、空が一瞬黒い雲に包まれ、急に悪天候に見まわれたのかと、ラセッタたちは思いました。が、そうではありませんでした。黒雲の中心から金色の光の柱が出てきて、そこから一匹の大きな獣に乗った男の神様が現れました。そして、ラセッタたちのいる方向へ向かってきました。男の神様が乗 っている獣はコーメイよりも一回り大きい金毛に紫の眼の雷獣でした。
「と、父さん……」
 エクレールは雷獣に乗ってやってきた男の神様を見て呟きました。
「えっ、エクレールのお父さん!? エクレールのお父さんって、雷神トールよね?」
 ラセッタがエクレールに問いだしてきました。男の神様は一九〇センチもあり、エクレールと同じ赤い髪に金色の眼、赤い口ひげをたくわえ、長い黄色のマントに黒地に赤い縁のサテンのガウンをとズボンをまとい、黒い別珍の靴をはいていました。
「あ、ああ。父さんはおれとコーメイがいなくなったことに気がついて、自ら探しにきたんだ……」
 エクレールは返事をすると、金の雷獣に乗っていた雷神トールはラセッタたちの前に降り立ち、エクレールの前に出ました。
「父さん……」
 エクレールが後ずさりすると、雷神トールは平手でエクレールのほおを叩きました。それを見て、ラセッタとインレットは驚きました。
「雷獣が一匹エターニティアに逃げ出したからって、みんなに黙って探しに行くとは何事だ! この大バカ者がっ!」
 叩かれて腰を抜かすエクレールを怒鳴った雷神トールは声を張り上げました。神様の怒れる姿を見て、ラセッタは穏やかな自分の父との違いに感心しました。
(雷神トールは息子のエクレールが家でしたことに大そうお怒りになっている。勝手にエターニティアに行ったエクレールが余程許せないんだろう)
「父さん、ごめんなさい……。でも、父さんたちに迷惑をかけたくなくって、一人で探しに行ったんだ……」
 エクレールは震えながら父神に謝りました。息子の家での理由を聞くと、トールはため息をつき説教を続けました。
「全くお前という奴は。一人で責任を果たそうなんて、お前も神としてまだまだだな。エクレール、お前は罰として……」
 天上界ヘブンティアに連れ戻されて神様修行のし直しかとラセッタもインレットもエクレールもそう思いましたが、雷神トールはこう言いました。
「エターニティアでお前と一緒に旅をしている妖精たちと共に世界めぐりの旅をするがよい。その方がお前にとっていい経験になるだろう」
 それを聞いてエクレールは驚きました。
「いいの。父さん? ヘブンティアに連れ戻すんじゃ……」
「ヘブンティアで修行しても神としては足りなさすぎる。エターニティアで何が正しくて何がいけないかを学んでこい」
 雷神トールはそう言って後ろを向きました。ラセッタとインレットは喜びました。エクレールとまた旅が続けられるのだから。
「父さん、ありがとう。おれ、エターニティアで学んでいくよ。良いことも悪いことも」
「ああ、行ってこい」
 そう言うと雷神トールは金と銀の雷獣を連れて金の雷獣に乗り、雷獣は空へ駆け昇っていき、ヘブンティアとつながる金色の光の柱の中へ入っていき、黒雲が晴れても白い太陽と緑の空に戻り、泡吹樹の森の木々は枝から泡を出していました。――何事もなかったかのように。
「エクレール、また一緒に旅ができるね」
「ああ、そうだな。これからもよろしくな。ラセッタ、インレット」
「うんっ!!」
 インレットも賛同しました。こうして、二人の妖精と二匹のお供動物、そして神様の子は改めて世界めぐりの旅を続けることになりました。