エターニティア・その5

 

 5.戦争をやめるには


 夜が明けて太陽が東の空から昇り、薄暗い紫の空を明るく染めていき、犬たちの陣地も朝から始まり、朝食に入る前の実戦訓練が始まりました。どの犬も二組に分かれて、一方の組の犬たちは棒で突き合いをし、もう一方の組の犬たちは染料の弾丸で的に当てる射撃の訓練をしていました。的は赤や青の染料で色とりどりのまだら模様になりました。
 若い新兵の犬たちは炊事をし、ラセッタやインレットも宿泊のお礼として手伝いました。兵士も士官も将校もみんな同じ食事で、お盆も鉢も皿もコップもフォークもスプーンもみんなブリキで、朝食はスパムと薄切りの麦パン、ソーセージのスープにミルク、野菜はというとスープに細かく刻んだ人参とエンドウ豆で、ラセッタやインレットもいただくことになりました。
「いくら犬の国の兵士だからって、肉が多くない?」
 インレットは犬兵士たちの食事を見て呟きました。海の妖精であるインレットにとって肉はあまり口にすることなく食べることはあってもクジラやアザラシや海鳥の肉ぐらいで、こんな量の肉はきつかったのです。
「我々ハウルヘムにとって、これが普通の食事なんですよ」
 ココティーヌが言いました。ラセッタも豊穣の妖精ファムコーンであるため、野菜や穀物の量が多いのが常でした。
 こうして朝食が終わって兵士たちは役割を決めて警備と猿の国の刺客がこないかの見回り、残った者は地下水からのわき水で食器を洗いに行ったり、訓練に励みました。
 そして将軍たちは大きなテントで作戦を企てました。折りたたみ式の大きなテーブルには細かい傷やインクの跡があり、その上に地図が置かれていました。地図はエターニティアの南東部、野原で野宿しようとした地域で西南がハウルヘムの陣地、その東隣が戦争の原因となった公有地の森と湖、その二つを東に越えた場所がエイパロトンドの陣地となる荒れ地で森の真南がエイパロトンドの都なのです。
 元帥や将校の犬たちはどうやって猿たちを負かそうか話しあっていました。ラセッタとインレット、ココティーヌはテントの出入り口の遮幕から会議を見つめていました。
「あなたたちスパイの容疑が晴れたから、ここを出ていった方がいいですよ」
 ココティーヌがラセッタとインレットに言いました。二人の妖精には犬の国と猿の国の戦争は関係ないからです。でもラセッタは言いました。
「でも公有地の森と湖をエイパロトンドの猿たちに取られたら、ハウルヘムの犬さんたちは良くないんじゃないの? だからって、エイパロトンドの猿たちに勝って、森の出入りを禁止にするのも何かって……」
「ねぇ、ラセッタ。もう行こうよ。わたし戦争には巻き込まれたくないし」
 インレットがラセッタの袖を引っ張りました。
「せめてエイパロトンドの者たちが自分で食べ物を作ってくれれば……」
 ココティーヌの言葉で、ラセッタは手を叩いて叫びました。
「それだ!! エイパロトンドの猿さんたちにそうしてもらった方がいい!」

 一方エイパロトンドの陣地では、今日こそハウルヘムの犬たちを倒そうと決めていました。エイパロトンドの都は岩盤をくり抜いた住居や蔵にしており、一番高い岩盤の住居はエイパロトンドの王の物でした。エイパロトンドの軍人は皆、深緑の軍服と軍帽、兵士はベレー帽をかぶっており、軍隊の最高長である総督は現エイパロトンドの王の弟で、齢四十歳のゴリラで、腕に星五つの腕章、胸にもいくつかの勲章をつけています。
「エイパロトンドの諸君、今日こそあの森と湖をエイパロトンド領にするために今日こそ終わりにしよう! このまま同胞が増えすぎれば我々は飢餓と貧困で滅んでしまう。
 行こう、戦場へ! 甘い思考の犬たちを払いのけるのだ!」
「おおーっ!!」
 兵士の猿たちも叫び、尾長猿やクモ猿、マントヒヒやマンドリル、オランウータンやチンパンジー、中には身の丈が二、三〇センチのリスザルやマーモセット猿もいました。
 猿の軍隊は整列して規則よく行進し、家々の窓からは猿の母や姉妹や子供たちが見送っていました。
 猿の軍隊は都を出て荒れ地に出たところ、見慣れない光景を目にしました。
「総督、あれを!」
 体の小さなリス猿が望遠鏡で様子をとらえました。それは妖精の娘が犬の兵士から借りたスコップを持って荒れ地を耕していました。
「何だ、あの娘は? 今すぐどけろ」
 総督が部下に命令しましたが、妖精の娘が荒れ地の土を掘り返して柔らかくした後、何かの粒を地面にまいてました。今度はもう一人の妖精の娘が現れて、公有地の森から採ってきた匂いを嗅ぐだけで涙が出るナミダコブシの花をかいで涙を流しました。しかも涙は粒ではなく、にわか雨のようで地面を黒く濡らしていきました。そして地面から緑の芽が吹いて、茎となって刃を出して、花を咲かせて実をつけて、それらが豆や麦やトウモロコシなどの穀物になるのを目にして、猿たちは驚きました。
「おおっ、食べ物だ! そうか、あの娘は妖精だったか」
 猿の兵士たちはラセッタとインレットの能力を見て驚き、さっきまでは石ころと砂利と雑草しかなかった荒れ地にほんの九平方メートルでしたが、たわわに実った作物を見てはしゃぎました。
「エイパロトンドの皆さん、今すぐ退いた方がいいですよ。森と湖を独占するのをやめて、この荒れ地を畑にして作物の種をまきましょう。そして水は地下水を掘り出して、井戸や水路を造りましょう。
 わたしは豊穣の妖精ファムコーンだからすぐに作物を実らせたけど、エイパロトンドの皆さんが毎日土を耕し、水をまいて肥料をやっていけば、麦や豆やトウモロコシがいつでも食べられますよ~!」
 ラセッタの唱えを聞いて、槍や鉄砲を持っていた猿たちは顔を見合わせました。
「そうだ。戦争はやめよう。畑を作ろう。そっちの方が安全で食べ物が出来る楽しみがある」
「こんなに広い荒れ地なら食べ物もたくさんできるぞ」
「おれは麦のパンが食べたい!」
「ぼくは豆のスープがいい!」
 猿の兵士たちは次々に武器を捨て、ラセッタの持っている作物の種を欲しがりました。総督も驚いていましたが、猿たちが公有地をめぐる戦いよりも畑を作る方に心を向けると、鉄砲に白い大きな布の端を結んで、ハウルヘムの犬たちに見せました。もちろん犬たちも驚きました。
「どういうことだろう……?」
 安心したのは元帥です。自分たち犬よりも身軽で賢い猿のことだから、公有地の森を独り占めしなくてもいい方法が見つかったのだ、と。


 ラセッタとインレットとハウルヘムの元帥はエイパロトンド王から呼び出されました。エイパロトンド王は灰色がかった毛のゴリラで、大理石の椅子に座っていました。大臣の猿も女官の猿も立派な絹の服を着ており、王は赤いビロードに白い羽毛の毛飾りのガウンをまとってました。
「何かご用でしょうか……?」
 ラセッタとインレットも元帥も王の前にひざまづきました。すると王はこう言いました。
「お前たち、我がエイパロトンドの危機を救ってくれてありがとう。国民の猿だけでなく、わたしの弟も畑仕事に精を出してくれている。
 剣や銃ではなく、妖精たちは知識と思いやりで解決させたのだ。礼を言うぞ」
 ラセッタとインレットは顔を見合せて笑い、元帥も深々とエイパロトンド王に頭(こうべ)を垂れました。森と湖は公有地のままとなり、猿たちは鋤や鍬を持って地面を耕し、地下水を堀出して井戸や水路を作りました。今は始まったばかりだけど、数ヵ月後には色々な作物が実り、エイパロトンドの住民はパンやお酒を手に入れられるでしょう。
 ラセッタとインレット、お供動物たちは犬に見送られてハウルヘムの兵士連れて行かれる前の野原へ戻りました。
 空はすっかり赤く染まった夕焼け空で、風も少し冷たくなっています。二人はパッツィ村へ歩いて行きました。