エターニティア・その7

 7.妖精機関車に乗って


 人魚のインレットに続き、雷神トールの息子である少年エクレールを旅の供になったラセッタはカシ林を出てパッツィ村に一たん戻って、宿屋で一夜を過ごしました。
 エクレールがエターニティアに降りたった時、彼は無一文のまま天上界ヘブンティアからやってきたため、どうしようか悩んでいると、偶然パッツィ村の宿屋で賭け事があったため、そこに立ち寄ってみたら意外にカードゲームを興味半分でやってみたら、次第に勝ち続けてこんなに金貨と銀貨をもうけたのでした。
「でも、賭け事で稼いでみてわかった。後でとんでもない目に遭うこともあるってな。これからはきちんと働いて稼ぐよ」
 エクレールは誓いました。
 翌朝は三人と二匹でパッツィ村を出て、赤と白と紫の花の道を歩き、花の道が終わると草原に入りました。といってもただの緑の草が生い茂る草原ではなく、灰色の岩がいくつもあり、それらは動物の姿が彫られていました。いえ、はっきりいえばこれは岩石獣という生き物で、者音に敏感で大きな音に反応すると丸まった姿から角や牙のある姿になるので、襲いかかることもあるのです。
「でもここを通らないと、機関車駅に行けないからなぁ」
 ラセッタが地図を見て呟きました。
「こりゃあ、大きな音を立てない限りゆっくりと進むしかないな。険しい近道より安全な遠回りって言うし」
 エクレールが言いました。パッツィ村を出て次の町に向かうには、妖精機関車に乗って他所の町に行くかパッツィ村の河川の下の道を歩いていくの二つだけでした。しかし河川の道は土砂で崩れて、いつ土砂工事が終わるかわからないため、そこは通れません。妖精機関車に乗って一番近い町まで乗っていくことにしました。
三人はお供動物を腕に抱いて岩石獣の草原を静かに進むことにしました。よく見てみると、サイや象やゴリラ、ライオンやトラ、ダチョウや水牛といった大きな動物の姿で、普段は丸まっているようなのです。幸い空も晴れていて雲が少ない鮮やかな緑で静かな西南の風が吹いていました。
 しかし……。静かに歩き続けていると、太陽の熱がじりじりと焼きつけてきて、体から汗を出しまくらせて、喉を乾かせます。一時間以上もゆるやかに歩いていると次第に疲れも出ます。特に海の妖精であるインレットは皮気は大敵でした。
「もう無理だよぉ……。水が飲みたい。人魚の干物になっちゃう……」
「そんなぁ、折角半分まできたのに」
 インレットの様子を見てラセッタは困り出しました。
「おれがおぶると、かえってたどり着くのに時間がかかっちまうからなぁ……」
 エクレールも困り出しました。その時、一匹の大きな紫アゲハが飛んできて、ラセッタたちの周りにまとわりつきました。紫アゲハは翅の模様は菫色と白と黒のリンプンでステンドグラスのような美しさがありますが、舞うとリンプンが散ります。
「ちっ、こういう時に寄りつくなよな」
 エクレールが紫アゲハに毒づきましたが、おかまいなしに舞っていました。その時、紫アゲハのリンプンを吸っていたラセッタの身に思ってもいないことが起きました。
「ハァ、ハァ、ハーックション!!」
 紫アゲハのリンプンを多く吸っていたラセッタが盛大なくしゃみを発したのです。ラセッタのくしゃみで丸まっていた岩石獣が反応して丸めていた体を広げて、ラセッタたちの前に現れたのです。
「何てしてくれたんだよ、ラセッタ……」
「だって、くしゃみが我慢できなくって……」
 岩石獣は赤い目を一同に向けて敵意を放っています。鼻の頭に三日月状の角を持つサイの岩石獣がラセッタたちに突進してきて、ラセッタはインレットを抱えて右、エクレールは左へよけました。ラセッタとインレットの目の前にはゴリラの岩石獣がいて、ゴリラの岩石獣は大きな掌でラセッタとインレットを叩きつけようとしました。
「ひえっ」
 ラセッタはまたしてもよけ、ゴリラ岩石獣が叩いた地面が丸く凹みました。エクレールは左右に大きな角を持つ水牛の岩石獣に追われており、続いて長い鼻と大きな耳を持つ象の岩石獣に追われてました。
「ああ、もうしつこい!」
 ラセッタはインレットを連れて逃げ回ることに苛立って近くに落ちていた小石を見つけて、岩石獣に投げつけました。ガツン、とゴリラ岩石獣の眉間に当たり、かえって怒らせてしまいました。
「おい、何やってんだよ!」
 水牛と象の岩石獣に追われているエクレールがラセッタに怒鳴りました。ラセッタとインレットはサイとゴリラに追われていて、もうだめかと思いました。
(そうだ、岩石獣は物音に敏感な奴なんだ。だったら……)
 そう思ってエクレールは右掌を空に向けて、金色の稲妻を出して放ちました。
 ドンガラガッシャーン
 エクレールが放った稲妻が地面に当たって盛大な音を立てて、岩石獣はその音に反応して驚きラセッタたちの前から逃げ出していったのでした。
「はぁ……、どうなるかと思ったぜ」
 エクレールが呟くと、ラセッタがインレットを肩に抱えて寄ってきました。ラップはインレットの肩に乗り、ハックルはラセッタの頭の上に乗っています。
「ラセッタがくしゃみなんかするから、おれたちゃこんな目に遭ったんだぞ」
「ごめんなさい。でも今はインレットを助ける方が……」
「ああ、そうだったな」
 よく見てみるとインレットの顔色は少し蒼くなっていました。ラセッタとエクレールは岩石獣の草原を抜けていき、半分越えた先の草原には岩石獣がいなかったので、ラセッタとエクレールは草原の中の流れる小川を見つけてインレットに水を飲ませました。インレットの顔色は赤みをさした真珠色の肌に戻りました。
「良かった、元気になって」
「さぁ、あともう一ふんばりで機関車駅だ。急ごう」
 三人と二匹は再び動き出し、草原の中の建物を見つけました。その建物は横長の三角屋根に白い漆喰に赤や緑や黄色のタイルがはめ込まれた機関車駅で、屋根の下の真下の看板には『岩石ヶ原』と黒い文字で駅名が書かれていました。中に入ると、高い天井には白い梁が交差するように組み立てられ、針から吊るされたスズラン型のランプは昼間の今は灯りがともされてませんが、夜になると昼間に蓄えられた光が照明になるのです。床や壁は黒い大理石で、駅員や店の従業員は妖精ではなく、粘土と木片で作られた人形ゴーレムで、静かに立っていたり座ったままでした。
「どうしてゴーレムがこの駅を営んでいるの? 何か不気味」
 インレットが呟くと、エクレールが答えました。
「岩石獣は物音に敏感だ。妖精だと何らかの拍子で大声を出したり大きな音を立ててしまうことがある。だからゴーレムに営んでもらっているんじゃないのか」
「そうみたい……だね」
 ラセッタもうなずきました。ゴーレムは金ボタンのついた黒い制服や黒いワンピースに白いエプロンを着せいていましたが、一言もしゃべらず、またそんなに動いたりしないので、まん丸い黄色い目がかえって不気味さを増させました。
「えっと……。切符を下さい」
 ラセッタたちは切符売り場に行って、機関車に乗るための切符を買いました。ゴーレムはお金を受け取ると、目的地の名前が刻まれた灰色の切符を出しました。
 三人は切符を買うと、改札員のゴーレムに切符を見せて改札員のゴーレムは乗車の証である孔空け機を上下に動かして、ラセッタたちはホームに入りました。ホームには木のベンチがいくつかと金網のごみ箱、無人商品販売の棚と商品のお金を入れる小箱がありました。商品棚にはビスケットや干しイチジクやレーズン、飴玉などの甘味類が並べられています。線路は一つだけだけど、時間によって上りにも下りにもなるようになっており、ホームから見える空は雲と太陽が浮かんでいました。
 ラセッタたちが駅に入ってから十分後、ホームの右から黄色い機関車が走ってきて、汽笛を鳴らしてやってきました。
「岩石ヶ原、岩石ヶ原、お乗りの方はご乗車下さい」
 機関車から車掌のアナウンスの声が聞こえてきました。ただ岩石ヶ原に下車する乗客はなく、ラセッタたちは三両ある緑色の客車に乗りました。再び汽笛が鳴って、機関車は白い煙をあげて走り出しました。
 客車は一両目が柔らかな座席が右に三列、左に二列に真っ直ぐ並ぶ普通の車両でレ―シィやケットシーやニンフが乗っていました。ラセッタたちは空いている三席の一ヶ所に座りました。窓からは川や森の景色が見えます。ラセッタたちの客車にいる白い制服と制帽の車掌であるリザードマンが入ってきました。リザードマンは青緑の鱗に鋭い黄色い目を光らせていました。
「皆さま、この妖精列車サントカルマラ号へのご乗車ありがとうございます。サントカルマラ号は一号車が客車、二号車が娯楽車、三号車がアウトレットとレストラン車となっております。次の目的地まで何なりとお楽しみください」
 車掌の説明を聞いて、他の乗客たちが立ちあがって、二号車や三号車に行きました。ラセッタたちもお腹が空いたので、三号車のアウトレット・レストラン車に行きました。
 他の車両には廊下と扉が五、六つ並ぶ壁がありました。扉にはそれぞれ、『花畑』『海』『森林』などと名称が刻まれていました。三号車には『ファッション』『グルメ』『ホビー』などの名前が入っていました。扉を手にかけて横に引いて開けると、ラセッタたちの目に思ってもいなかった光景が入ったのです。
「わぁっ……」
『グルメ』の扉を開けると、何と広々としたレストランがあったのです。先に食事に来ていたレ―シィたちが黒い椅子と白いテーブルクロスのかかったテーブルに着いていました。レストランはこげ茶色の壁にワインレッドのじゅうたんが敷かれています。ちゅう房を覗いてみると料理する妖精はなく、大きな金属の冷蔵庫から肉の塊や魚などが飛び出してきて、宙に浮いている包丁が食材を刻んで、調理さじが塩やこしょうなどの調味料を鍋に入れてソースを煮たり、刻まれた材料がフライパンやオーブンの方へ行って焼かれたり、スープのお玉が鍋に入って一杯ずつ銀色の鉢の中へ入れられていく様子が目に入りました。
 料理が出来ると、コイの玉ねぎソース焼きや牛カツレツなどの料理皿は食堂へ飛んでいき、乗客がどれでも好きなお皿が取れるようになっていました。他にも茹でキャベツと極太ソーセージのケチャップがけ、生ハムとルッコラのパニーニ、モッツァレラチーズ入りの焼きミートボール、赤玉ねぎと大パセリを挟んだ羊ロースト、ニンニクとトウガラシと炒めてバジルソースをかけたガチョウ、アユのフライ、六つの香草と共に焼かれたウナギのパイ、ホタテガイのワイン蒸し、デザートもイチゴのクリームケーキやミントババロアや色砂糖をまぶしたドーナツ、木イチゴソースをかけたリコッタチーズのムースとありました。
 ラセッタもインレットもエクレールも岩石ヶ原でさんざん岩石獣から逃げ回っていたので、お腹がペコペコでした。ラセッタは真っ白な化マンベルチーズのパンとマッシュポテトとコーンスープとハーブチキンと豆腐サラダを取り、インレットはレーズンパンと茹で卵とイワシのスープと海老とイカの入ったソテーとメロンソーダ、エクレールはベーコンやアボガドの入ったベーグルサンドとチーズ入りマカロニと鶏胸肉のマスタード焼きを取って食べました。その大きいことと味付けの良いことと見た目のいいこと。それもどれだけ食べても同じ値段なのですから。
「よし、食ったことだし、今度は娯楽車両に行ってみようぜ」
 エクレールが二人にそう言って、ラセッタたちは二号車の娯楽車にやってきました。『森林』と書かれた扉に手をかけると、一度外に出たかのような広さでした。森の木はどれも高く、空が見えない程で白い幹の白樺や背の高い杉に葉っぱには小さい棘のある柊、ブナやナラやシイの木もあり、空気も透き通ったのと葉や実の匂いが混じっていて、三人と二匹にとってはいい気分転換でした。
「わたしは海が見たいな!」
 インレットがそう言ってきたので、ラセッタたちは『森林』から『海』の部屋に入りました。それは平原育ちのラセッタや天上界ヘブンティア生まれのエクレールには珍しい光景でした。
 白い砂浜に深い青の海に白い波が泡立ち、空も鮮やかな緑ではなく、青だったのです。浅瀬には見たこともない魚や海の生き物がいます。
「わぁ、海牛にイソギンチャクにヤドカリにアメフラシだぁ! こっちにはベラやスズメダイが……」
 インレットは海の生き物を見て大はしゃぎ。太陽はギラギラ照りつけて、ラセッタたちの肌を熱くしました。さっきの森も涼しい中に草木の匂いが強かったので、妖精機関車とどこかの森や浜辺とつながっているのか、本物そっくりの虚像なのかわかりませんでしたが。
 インレットは海に足を踏み入れ、二本の白木のような両脚が青と白銀の鱗と黄色いヒレを持つ魚の尾ひれに変わりました。
「人魚になった……」
 エクレールがインレットの変わる様子を見て目を丸くしていると、ラセッタが教えました。
「人魚に戻ったんだよ。人魚は陸を歩く時は二本の脚になるんだよ。インレットが海で泳いでいる間は砂でお城を作ろう」
 インレットが海で思いっきり泳いでいる間、ラセッタとエクレールとはックルは浜辺の砂でお城を作りました。海の水で砂を湿らせて砂を積み上げて塔を作り、貝殻を窓や飾りにしてはめ込みました。貝殻も薄紅の桜貝や周りに棘のあるリンボウ貝、黒やまだら模様の二枚貝に巻貝も黄色や種のような貝があり、砂浜には乾いた星のようなヒトデもあります。
「はぁ~、楽しかった。海で泳いだのは久しぶりだったから」
 インレットとラップが海から上がってきて、ラセッタとエクレールが作った砂の城を見て言いました。
「うわぁ、素敵! 海妖精の国にも、こういうお城があるのよ。海の中のお城の方が立派だけどね」

 三人と二匹は『海』の部屋を出て、インレットは手で尾ひれをこすって、青い脚リボン付きの靴をはいた二本脚になりました。
「わたし、ファションの部屋に行ってみたい。色々な服が置いてあるんだろうな」
 ラセッタがインレットエクレールにねだり、エクレールはやれやれと言うように苦笑いして、三人と二匹は『ファッション』の部屋に入りました。
 何とこの部屋はマネキン人形が高天井の広間を歩いていたのです。どのマネキン人形も古今東西の様々な国や文化や文明の服や靴や帽子やネックレスやブレスレット、バッグなどの小物も身に付けていました。黒井タキシードを着たマネキンはピアノを弾き、赤いロングドレスのマネキンはバイオリンを弾いていて、マネキン人形が踊っていました。
 赤や青や黄色、紫や緑もあれば、赤いバラ模様や黒地にピンクの水玉、青と白の縞模様や緑と金の格子柄といったパターンの布のドレスやスーツ、素材も一般的な麻や木綿、フランネルや麻木綿の重ね織りもあれば、絹やベルベットやリンネル、高級なサテンや別珍、タフタやメリンスといった特級品もあります。
 マネキン人形たちはラセッタたちに気づくと、控室に連れていって今来ている服から立派な服に着替えさせてくれたのです。ラセッタは着せかえられた自分の鏡に映った姿を見て目を丸くしました。
 ラセッタはスカートと襟と袖口がモカブラウンのドレスを着ていたのですから。二メートル近い黒曜石の枠の鏡に映るラセッタは貴族か豪商の令嬢のようでした。ドレスはタフタ製で胴体は白く、袖はベルスリーブで靴もドレスに似合うチョコレート色の別珍のストラップシューズで白い靴下も似合い、腕と首元にはドレスにピッタリのピンクゴールドのチェーンブレスとネックレス、頭にはドレスと同じ色のタフタ生地のカチューシャです。
 インレットも青いビスチェと巻きスカートから紫色のドレスを着ています。ドレスはラセッタのベルスリーブとベルスカートとタフタ生地に対して、インレットは三段重ねのティアードスカートとティアードスリーブとサテン生地で、袖とスカートはブドウ色で胴体は淡い紫で、靴もブドウ色のベルベットで、アクセサリーも幅太の銀のブレスレットとサテン紐に銀のダイヤ型のチャーム。髪飾りも紫のガラスが付いた銀製のヘアピンです。
 エクレールは赤い腰までのジャケットと黒いスラックスと赤いモカシン靴で、ジャケットはラシャ布で襟と裾が黒く、金糸の刺繍が施されています。スラックスは光沢布で絹とリンネルの重ね織りです。服を買う妖精もいましたが、ラセッタたちは試着だけにしておきました。ドレスは旅の装束に向いていませんからね。
 ラセッタたちは部屋を出ると、車掌と遭遇しました。
「お客様、我が妖精列車の乗り心地はどうですかな?」
「はい、とっても素晴らしいです!」
 ラセッタは車掌に笑いながら返事しました。
「いやぁ、それは良かった。この妖精鉄道の通る区間というのは、森と草原と荒れ地と岩場といった村や町のない所に線路が敷かれているんですよ。次の目的地まで一時間から二時間おきもあるため、列車の中にレストランや遊技場といった特殊空間を設けているんですよ」
「へぇ~、そうだったんですか」
 インレットが納得しました。
「車掌さん、おれたちが向かっているクラスヴィーまで、あとどれぐらいですか?」
 エクレールが尋ねてくると車掌は胸のポケットに入れていた懐中時計を出して調べました。
「ええと、あとたったの十五分で着きますよ。ほら、窓を見てごらんなさい。向こうに大きな湖が見えるでしょう?」
 車掌が窓に手をやると、空はすっかりオレンジ色に染まり、空と対面する湖の水面は夕日の反射によって金色に輝いています。ラセッタたちは客車に向かい、席に座ってクラスヴィーに着くまでイチイやコケモモやサルスベリの林を眺めていました。
『クラスヴィー、クラスヴィー。お降りの方は、忘れ物と落し物にご注意ください』
 列車が停まるアナウンスが聞こえてきたので、ラセッタたちは自分たちの荷物とお供動物を確かめて、妖精列車から降りて、石畳と灰石の石柱のあるクラスヴィーの駅ホームに足を着けました。