一次創作小説メイン、SF大好きな人には必見!

エターニティア・その9

 

 9.魔女クロコディーヌ


 

 ラセッタは『青白幹の林』に住む魔女に捕まったお父さんを助けるため、林の奥を進んでいきました。途中でヒエや粟を落としていき、そこから生えた芽を目印にしていきました。林を進んでから三十分ぐらいが経った頃でしょうか。甘い匂いが漂ってきて、ラセッタは林の中にあるそれを見て、眼を見張りました。
 掌二つ分もある大きな黄色いナシに、粒がビー玉よりも二まわり大きくつやつやした紫色のブドウ、鮮やかなオレンジにラズベリーが埋めつくされるほどに生えた垣根がありました。
「ここが魔女の果物畑? 確かにおいしそう……」
 ラセッタは果物の瑞々しい匂いや大きさや見ただけでおいしそうに感じる色にひかれましたが、木の根元にいる生き物を見てはっと足を止めました。緑や灰色や茶色の堅い鱗に覆われた子供のワニがたくさんいたからです。どのワニも目が鋭く、のこぎりのような歯が規則正しく生えており、木から落ちた果物をかじっていました。
(お父さんはきっと落ちた果物を拾って食べたために魔女に捕まったんだ)
とラセッタは思いました。ラセッタは果物畑を通り抜けて、沼の真ん中に建てられた小さな灰色の石造りの家を見つけました。
「あれが魔女の家だ」
 しかし、家に入るにはどうしたらいいか悩みました。渡し橋もないし、小舟もないのですから。その時でした。家の扉が開いて、一人の女が出てきました。長い水草のような黒髪に異様に白い肌、切れ長の黄色い目に高い鼻ときりっとした唇、手は枝のように細いけどしなやか――ただし女の上半分は妖精と同じでしたが、下半分はワニと同じ堅い鱗に覆われた暗い緑の脚と尾を持っていました。着ている服も木の皮を合わせたような灰白色の衣です。
「お前は妖精の子だね。この『青白幹の林』がわたしの住処と知らずに入ってくるとは。随分と大胆な子だね」
 魔女はラセッタを睨みつけました。
「わ、わたしはラセッタといって、あなたの果物を食べてしまった妖精の娘です。お父さんを帰してやってください」
 ラセッタは魔女に恐れながらもお願いしました。
「ふん。いい度胸だねぇ。まぁ、どうしてもお前のお父さんを助けたかったら、わたしの言うことを聞けばいいさ。それでもいいかい?」
 魔女はラセッタにきつく言いました。
「どんなことでも、やります」
 ラセッタは魔女に怯えつつも、お父さんと一緒に林を抜けようと決めていました。

 ワニの魔女はクロコディーヌといって、長いこと『青白幹の林』に住んでいました。ラセッタは三日間の間といえど、クロコディーヌの元で働くことになりましたから、屋根裏で寝起きをするようあてがわれました。
 さて、クロコディーヌのもとでの言いつけはウィーニル村にいた時と同じように掃除や水汲み、子供ワニのえさやりといったものでした。ただ、洗たくだけは太陽の当らない林の中なので、部屋の洗たく物を干すロープを張り、暖炉の熱で乾かしました。
 クロコディーヌと子ワニたちの食事は当然家前の果物と森に棲む山鳩や野ネズミやカエルの肉を食べ、ラセッタにはふすまを水で練った焼いたものにしておきました。というのも、クロコディーヌも子ワニたちもそのままで野ネズミやカエルを食べていたのですから。
――しかしクロコディーヌの元で言いつけられた仕事の全てがウィーニル村と大して変わらないとは限りません。クロコディーヌの体の手入れが一番大変でした。一二、三種類の薬草と水草を混ぜた液でクロコディーヌの髪にトリートメントをし、クロコディーヌの尾や下半身の鱗は猪の毛で作ったブラシや軽石でぬめりや砂利や苔を取り除かなくてはなりませんでした。これが一番大変な作業でした。ラセッタの指の先は緑色に変わり、手の皮膚は軽石と猪毛のブラシで細かい傷だらけになっていました。しかしそれを台所に片付ける時、ラセッタは金やすりを見つけることが出来ました。そしてクロコディーヌが寝入ってしまうと、ラセッタはお父さんのいる奴隷小屋へ持っていきました。ラセッタが目印に埋めたヒエや粟は小さな芽を吹かせていました。
「お父さん、やすりを持ってきたよ」
 ラセッタは格子越しでお父さんにやすりを渡しました。お父さんはラセッタの緑色に染まり、ガサガサになった指先を見て我が子が自分のために魔女に従っていることを知りました。
「ラセッタ、直ぐにとはいえないけど、絶対に二人でここを出よう。二人で頑張ろう」
 お父さんがラセッタにラセッタが魔女に従っている間は自分もやすりで奴隷小屋を出るから、そう伝えたのでした。

 二日目からラセッタは次第に指が痛むようになりました。雑巾を絞る時も食器を洗う時も洗濯物を板でこする時もあかぎれだらけになり、ラセッタは指に息を吹きかけて痛みを和らげました。昨日と同じようにクロコディーヌの髪の手入れと鱗磨きをする時なんか薬草が指の傷口に沁みたり、手の皮膚が軽石でむけました。
「辛かったら止めてもいいんだよ? 年頃の娘の指がこんなに傷ついているじゃないか」
 クロコディーヌがラセッタに皮肉を言いましたが、ラセッタはあと一日の辛抱だからと歯を食いしばりました。
 さて、その日の夜、ラセッタは手の痛さに悩まされつつも屋根裏部屋にわらを敷いてわらをかぶって寝ていました。ハックルがラセッタの傷ついた指を見て、舌でなめてあげました。
 明け方頃に林の何処かで金属の折れる音がしました。その音でラセッタは目を覚まし、屋根裏の空気孔からその様子を目にしました。空は仄青く変化しており、林の木々が黒く影になりながらも、外の様子がはっきりと見えました。お父さんが閉じ込められている格子が外に出されており、そこからお父さんがはい出ていました。
(お、お父さん! やすりで格子を破ったんだ!)
 ラセッタはお父さんが逃げることができて、安堵しました。幸いなことに魔女は寝入っており、ラセッタとハックルは魔女に気づかれないように家を出ました。ラセッタは玄関の戸を開けると、一本の直線状の道が沼の上に浮かび上がっているのを目にしました。沼は一時間のうちの三分だけ沼と岸の通り道を見せるのです。ラセッタとハックルは音を立てないように急いで沼と岸をつなぐ道を歩きました。ラセッタが道を通り終えると、沼の水が増して道は水の中に隠れました。目印にしたヒエや粟の芽は茎になっていました。
 ラセッタはきびすを返すと、ハックルを連れて、お父さんのいる小屋へ小走りで行きました。奴隷小屋の近くでは、お父さんが待っていました。
「お父さん、お父さん!」
 ラセッタはお父さんに飛びつき、二人は三年ぶりに再会できたことを喜びました。お父さんはやせていましたが、穏やかな顔つきはそのままでした。
「さぁ、クロコディーヌが気づかないうちに、林を出るんだ」
「うん、お父さん」
 ラセッタとお父さんは明け方の中の林を駆けていきました。

 クロコディーヌは明け方を過ぎても起きてこないラセッタを見に屋根裏へ行きました。が、床板に敷かれたわらの中は空っぽでした。
「さては逃げたね! まぁ、いい。奴隷小屋にはラセッタの父親がいるんだ。薄情な娘だねぇ」
 クロコディーヌはそう思っていました。しかし、子分の子ワニがクロコディーヌに教えてきました。
「ご主人様、奴隷小屋が空っぽです。鉄格子も内側から破られていました」
「な、何だって!? ぬうう、いまいましい。こうなったらわたしが直々に恐ろしい目に遭わせてやる!!」
 クロコディーヌは怒りだし、直角に曲がっているワニ足を踏み荒しながら、ラセッタ父娘を追いかけました。

 ラセッタとお父さんは『青白幹の林』の中を駆けていました。夜も不気味ですが、朝昼の木々も青白い幹の木がラセッタたちを見つめているようで不気味でした。二人がかまわずに駆けていると、枝がしなってお父さんの目を叩こうとしてきました。
「うわっ!!」
 幸いお父さんの顔に枝が当たりませんでしたが、お父さんは尻もちをついてしまいました。ラセッタはどういうことか、と周りを見てみると、何と木が根っこを足にして自分たちの方へ何本も向かってくるではありませんか。
「きゃーっ! 木が……木が動いているわ!」
 これはクロコディーヌがかけた魔法のためでした。木は枝を腕にし、木の葉の手がラセッタとお父さんに迫ってきます。お父さんは絞めあげられ、ラセッタも木の一本に捕まってしまいました。
「折角お父さんと会えたのに、こんな終わり方なんてやだよーっ!」
 ハックルはラセッタの肩につかまってしがみついていました。
「ラセッタ、お前のかぶっている帽子を使うんだ! これはお父さんも使っていた鉄砲帽だ!」
 お父さんがラセッタに言いました。ラセッタは急いで帽子を取り、手に持ちました。
「それで、どうするの?」
「つばを内側に折るんだ……。そうすれば……この木どもを追い払える……」
 お父さんは苦し紛れにラセッタに伝え、ラセッタは帽子のつばを内側に折りました。すると帽子は小さな鉄砲になったのです。
「こんな仕掛けがあったなんて! 今助けるね、お父さん!!」
 ラセッタは鉄砲の引金を引き、帽子の先の銃口から火が吹いて、弾丸がお父さんを襲っている木に当たりました。
「ぎょおぅっ!!」
 木は驚いて退き、ラセッタは自分とお父さんをつかんでいる林の木に鉄砲を吹かせていきました。木はラセッタの帽子銃に驚き、自分たちが尻込みするという結末になりました。
「ええい、役立たずの木どもめ。やっぱりわたしが行くしかない」
 そう言ってクロコディーヌはワニの足を踏みならして、ラセッタとお父さんを追うことにしました。ラセッタとお父さんが林の抜け道を探していると、一匹の獣を見つけました。それは銀毛の狼のような獣でしたが、豊かなたてがみがあり、眼は氷のような青で牙も長いのです。この獣も魔女の部下かとラセッタが見てみると、左前脚に木の枝が刺さっているのです。
「かわいそうに。今取ってあげるよ」
 お父さんがゆっくりと獣に近づき、獣の脚を傷めつけている木の枝を取ってあげました。そしてお父さんは自分の着ているシャツの一部を裂いて、獣の脚に巻いてあげました。
 すると獣はラセッタとお父さんを背中に乗せてあげて、林の中を突風のように駆けていったのです。
「わわっ! 何て速さなの!」
 ラセッタは振り落とされないように獣にしがみつきました。獣がラセッタとお父さんを乗せて駆けだしていると、後からきたクロコディーヌが現れました。
「よくもわたしの言いつけを守らなかったね! 親子もろとも八つ裂きにしてやる!!」
 そう言うが早いか、クロコディーヌの肌が暗い緑になって堅い鱗に変わり、口もみるみる大きく長くなって歯も鋭くなり、手もごつく爪も伸び、クロコディーヌは二階の家ほどの大きさもあるワニに変身したのです。
 大ワニに変身したクロコディーヌは周りの木々を尻尾でなぎ倒していき、木はメリメリと折れてラセッタとお父さんを乗せている獣の方へ向かってきました。
「危ない!!」
 二人を乗せた獣は倒れてくる木々をするすると駆け抜けていき、木々はドーンと音を立てていきながら倒れていきました。
「すごいのね、あなた! 軽々とよけるなんて!」
 ラセッタは獣に言いました。しかし、ワニ姿のクロコディーヌが地響きを立ててきながら、ラセッタたちに迫ってきます。
「こうなったらまず獣をわたしの歯で真っ二つにしてやるよ!!」
 クロコディーヌが大きな口を開け、猛獣用の罠のようなあごをラセッタたちに向けてきました。もうダメか、とラセッタとお父さんは思いました。しかし、そうではなかったのです。ラセッタとお父さんを乗せている獣がたてがみを逆立てて、白い電撃を放ったのです。電撃はクロコディーヌに向けられ、クロコディーヌは電撃を受けて全身がしびれ、黒焦げになりました。
「ぎゃああああ!!」
 クロコディーヌはバランスを崩し、仰向けになって倒れました。クロコディーヌは生きていましたが、体がマヒして手足をけいれんさせて動くことはできませんでした。
「すごい……。あなたがやったの……?」
 ラセッタは獣に尋ねたところ、あることを思い出しました。
「もしかしてあなたは……、エクレールが逃がしてしまった雷獣なの……?」
「雷獣だって? 確か雷獣って天上界ヘブンティアにしかいない生き物じゃないか。どうしてエターニティアに来ていたんだ?」
 お父さんが訊いてくると、ラセッタは一緒に旅をしている少年、エクレールのことを話しました。エクレールは妖精ではなく神様の子で、父親の大事にしている雷獣を逃がしてしまったためにエターニティアにやってきて、ラセッタと一緒に旅をすることになったのを話しました。
「そうか。でも見つかってよかったよ。雷獣くん、わたしたちをこの林から連れだしておくれ」
 お父さんが雷獣に言うと、雷獣は再びラセッタとお父さん、そしてハックルを背に乗せて強風の如く、『青白幹の林』を脱け出しました。